19 教会
第二章の始まりです。
17、18話を若干修正しました。
「シャロン……」
「……お父様っ」
足下も覚束ないほど衰弱しているミシェル侯爵が、それでも自分の足で立ってお嬢様の名を呼ぶと、お嬢様が涙を零しながら抱きつき抱擁を交わす。
ずっとあのギーデルに会わせて貰えず、心ない内容の手紙ばかりを貰っていたようですが、お嬢様はお父様を信じていたようですね。
ミシェル侯爵はずっとギーデルから毒を受け続けていたらしく、ずっと動けなかったそうです。今は解毒されてある程度動けるようになっていますが、まだまだ安静にしていなければ危険です。
まぁ、うっかり私の毒も入ったせいなのですが。
「あ、姉上っ」
「……ヨアン?」
ヨアン君が今までとは人が変わったように、お嬢様をキラキラした瞳で見つめています。その頬が赤くなっているのは、先ほどお嬢様のたわわな果実に抱きしめられたせいでしょうか? エロガキでございますね。
「あ、あの……これからは学園でも話しかけてもいいですか?」
「ええ、もちろんよ。私達は姉弟ですから遠慮はいりませんわ」
「はいっ」
ヨアン君、お嬢様は姉上ですよ。分かっていますか?
今回の結末としては、バルラ伯爵家は家人及び上位の使用人が行方不明。ただ一人生き残ったギーデルが容疑者として拘束されていますが、酷い錯乱状態及び心神喪失で、おそらく檻の付いた病院から出てくることはないでしょう。
彼女は不死化していませんでしたが、この件の責任を取ってもらいました。
バルラ伯爵家の血縁者はヨアンしか残っていないので、彼が成人後伯爵になるか、ミシェル家の領地に統合されるか、お嬢様の領地にするという案も出ていますが、まだだいぶ先の話です。
ミシェル家の使用人でギーデルの子飼いの部下は、大部分始末出来ました。
何も知らずに騙されていた使用人達は、今回助かった若い侍女達に説明を任せたので問題はないでしょう。問題があるのは、ギーデル寄りで悪事を知らなかったミーアのような使用人ですが、何かに使えるかも知れませんから、監視させておきましょう。
「ではそのようにお願いします。フランツ殿」
「かしこまりました、フルーレティ様。こちらのことはお任せ下さい」
フランツ殿はあの庭師のような格好から、執事服に変わっています。上級使用人が何人も居なくなったので、現役復帰していただきました。
今はあの騎士のバルド殿と、辞めさせられた者達を呼び戻しているようです。
さて……
「ひぃっ」
私が視線を向けただけでアキル嬢が怯えた顔で後ずさる。
目の下の隈が酷いですね。多少実験のお手伝いをして貰いましたが、私が近寄っただけで失禁してしまうヒナ嬢のようにならないでくださいね。
アキル嬢に“お話し”して聴いてみたところ、この世界が乙女ゲームの世界だと言っておりました。そんな阿呆な、と不死化しているので致死量ギリギリのおクスリを投与しましたから、本人はそのように信じていると間違いなさそうです。
要するに、この世界がその“乙女ゲーム”とやらと酷似した世界である、……と。
世界には数人の“ヒロイン”が存在し、対象者を攻略する為には“悪役令嬢”達を貶めて好感度を上げなければいけない。
そして……その悪役令嬢の一人が、シャロンお嬢様であると。
……ふざけた話ですね。
「レティ?」
「申し訳ございません。少々考え事をしておりまして」
お嬢様と私はミシェル侯爵領から王都の学院まで戻りました。
色々とありましたが、このような確証のないことで、お嬢様にご心配をお掛けする訳には参りません。
「あら、レティが珍しいですわね」
「お嬢様の学力とバストサイズが反比例することを、論文にして学会に提出しようかと思いまして」
「本気でやめてくださるっ!?」
「まぁ、半分冗談はさておき」
「……それならいいのですが」
半分は本気です。学院長もこちらが驚くほど興味を持っておられて、研究費を全額自費で負担するとまで言われましたし。
「本日はお嬢様の学力向上の為に、魔術のお勉強をいたしましょうか」
「うん……」
上目遣いでちょっと拗ねるお嬢様は大変可愛らしいのです。
シャロンお嬢様がその“悪役令嬢”なら、私がヒロインを倒すだけで済むのですが、学力を上げて劣等生というレッテルを剥がすことも重要なのです。
この与太話、何処まで本気にしたらいいのでしょうね。
「そう言えば、魔力制御を学ぶには“神術”が良いと聞いたことがありますわ」
「神術……ですか?」
神術とは、魔術学院で学ぶ、土、水、火、風、等の魔法と違い、“光”を使う魔法で、この学院でも基礎的なことは教えてくれるのですが、治療系が多いことから【教会】が管理しているそうです。
「お嬢様は今まで、その教会とやらには行かなかったのですか?」
「えっと……お祈り程度はしたことはありますが、神術を学ぶには……その…」
「ああ、お嬢様は貧乏でしたからね」
「黙らっしゃいっ」
神術を教えてもらうには、高額のお布施が必要みたいです。今なら、ダンジョンで稼いだ資金と、侯爵家からも予算をあらためて貰いましたので余裕があります。
「それでは教会に行ってみましょうっ」
「はい、お嬢様。お伴いたします」
さて街にお出掛けです。徒歩でも1時間かかりませんが、お嬢様と私が寮から出ると寮監様の馬が馬車を引いて待っていてくれました。
「今日からあなたの名前は“ニール”君とします」
『ガルルッ』
「寮監の馬に、勝手に名前を付けてよろしいの……?」
よろしいのです。寮監様は、ニール君を見る度に卒倒なされていますから。
馬の脚が八本に増えただけで気絶なさるなんて、きっと寮監様は深窓のご令嬢だったのでしょう。念の為、ニール君は布を掛けて誤魔化しておきます。
さすがにニール君は速いです。普通に馬車の数倍の速さで教会まで辿り着きました。
「ここが教会ですか……」
「ええ、本当の女神様を祀った【教会】の神殿ですわ」
教会とは礼拝をする建物ではなく、【教会】と言う宗教団体のようです。紛らわしいですね。そう言えば、この世界には本物の女神様がいて、ヒロインは【神託】を受けるのだとアキル嬢が供述しておりました。
入り口は十段ほどの階段になっており、お嬢様がそこを登るとプルルンと揺れるので参拝する男性達の視線が釘付けです。
「レティ、どうしました?」
階段を登られていたお嬢様が、まだ階段の下にいる私を振り返る。
何と申しましょうか、私が教会の階段を登ろうとすると、圧力と言いますか、拒絶されるような感覚があって、上手く前に進めないのです。
「いいえ、すぐに参ります」
でもまぁ、私の行動を疎外するほどではありません。
ニコリとお嬢様に微笑んでから私が強引に一歩踏み出すと、バチッと静電気のような感覚があり、神殿の奥のほうからうっすらと煙のようなものが立ち上り始めた。
「あら……焚き火かしら」
「本日のおやつは、甘い焼き芋などいかがでしょう?」
「わぁ、楽しみですわっ」
***
「何があったっ!?」
「わ、分かりませんっ、突然、護りの護符が燃え上がって……」
神殿の護りである護符は、悪意や“邪悪”などを退ける聖なる属性の護りだ。数百年前に女神の神託を受けた【聖女】が設置したといわれ、それ以来、悪意ある人間や悪霊などから神殿を護ってきた。
それが燃え上がるとは何が起こったというのか。
まさか、聖女が施した護りを破壊出来る存在が居るとも思えず、神官や巫女達は不信心から壊してしまったのかと、おろおろとしながら燃える護符を見ていることしかできなかった。
「落ち着きなさい」
「おお、エリアス様っ!」
聞こえてきたその声に神官や巫女達から、安堵と喜びの声が溢れた。
この国でただ一人、――いや、周辺国を含めてもたった一人、【女神の加護】を受けた最強の【聖騎士】である、美貌の麗人。
その青年は緩やかに神官達の前に出ると、落ち着いた仕草で右手を掲げる。
「【聖光】」
その声と共に光が溢れ、その光に触れた護符から燃えていた炎があっさりと消えた。
「おお、さすがエリアス様っ」
「素晴らしい……さすが、女神に愛されたお方」
口々に言われる喜びと賛美に、エリアスもわずかに苦笑気味に応えながら、焦げ付いた護符に目を向けた。
(……何だったのか)
礼拝堂にいたエリアスは、一瞬だが何やら邪悪な気配を感じた。
それは気のせいかと思えるほど一瞬で消えたが、燃えていた護符からは、何か纏わり付くような悪しき魔力が感じられたのだ。
護符を消火出来なかったのはその魔力のせいだ。だからこそエリアスは邪悪を退ける【聖光】の神術を使い、悪しき魔力を浄化した。
そんな思考に耽っていたエリアスに、神官の一人が声を掛ける。
「エリアス様、いかがしましょうか……。このままでは神殿の護りが……」
「そうですね……」
神殿の護りの護符は、数百年前の聖女が神術を込めることで作り上げた物だ。
エリアスも女神の加護により強い神術が使えたが、それは戦闘面に特化しており、短期ならまだしも、聖女のような何百年も続く護符など作れはしない。
その時、エリアスは魔術学院講師をしている友人エリク・マルソーが、今回召喚された生徒の中に、神術の天才が居たと言っていたのを思い出した。
「その人がもしかしたら……」
エリアスはマルソーに連絡を取ろうと礼拝堂に戻った時、その礼拝堂に入ってきた貴族らしい銀髪の少女を目撃し……。
「なんて可憐な……」
その後ろを歩く、可憐な黒髪のメイドに一瞬で目を奪われた。
正気に戻れ。
名前が多くなってきたので、これからも色々と出てくる中学生組の、女生徒の名前を載せておきます。
秋留【akiru】 牡丹【botan】 知恵里【chieri】 伝子【denko】
依波【ena】 吹亜【fua】 銀子【ginko】 比奈【hina】
単純にABC順です。
次回、新たなヒロインの襲来。




