18 閑話 メイドさんの一日
閑話的な何かです。
大陸中央に位置するアルグレイ王国。その王都にある魔術学院では、最終学年である五年時の初頭に貴族、もしくは成績優秀者が、異世界より一生の【パートナー】となる知的生物を召喚する。
召喚される知的生物は、召喚者である生徒達と同じ数が召喚される訳でもなく、召喚された知的生物が全員、パートナーとなることを認める訳でもない。
故に生徒達はパートナー候補者達に自分の【パートナー】となる利益を示し、選んで貰うことで、魔導師――そして貴族としてのステータスとしての【パートナー】を得ることが出来るのだ。
今年、召喚を行った生徒達は、数百年ぶりに自分達と同じ【人族】の少年少女達を召喚することに成功する。
卒業までのたった一年で彼ら彼女ら【人族】の信頼を得なければいけないが、一人の劣等生である侯爵令嬢が、初日にパートナーを得てしまった。
その人族の少女フルーレティは、周りの人間が戸惑う程にあっさりと侯爵令嬢シャロンのメイドとなり、シャロンの周りの環境を瞬く間に変えていった。
本日は、そんな変わり種の『メイドさん』の一日をご覧いただこう。
メイドさんの一日は、朝のまだ暗い時間に始まります。
全寮制である学院に住む“お嬢様”の、その部屋と繋がる従者用の部屋がメイドさんの住処です。
どことなく生活感のない部屋でしたが、その綺麗にメイクされたベッドではなく、メイドさんが目を覚ますのは天井の隅に張られた蜘蛛の巣でした。
ベッドで眠れない訳ではないのですが、メイドさんは自分で作った“巣”のほうが落ち着くみたいです。
眠らなくても問題はないようですが、さすがに人としておかしい行動は自重していました。
「もう、レティは本当に、“自重”と言う言葉を知りませんの?」
「ご安心下さい、お嬢様。私はジチョーがあればご飯三杯いけますわ」
「本当に“自重”と言う言葉を知りませんのっ!?」
話は戻って、メイドさんの一日は、朝のまだ暗い時間に始まります。
身だしなみを整えて、お嬢様の朝食の準備をする為に“魔の森”へ向かい、コカトリスの新鮮な玉子を取っているメイドさんに、通りかかったグリフォンが平伏するように獲ったばかりの獲物を差し出してくれました。
メイドさんが来るようになってから、森の動物達とそんな微笑ましい光景が見られるようになったのです。もうお肉には困りませんね。
食材の下拵えをしていると朝日が昇ってきます。メイドさんがお嬢様の為に新聞を取りに行くと、仲良くなったお馬さんが餌を強請ってきました。
「良い子ですね。残さず食べるのですよ」
『グルルゥ……』
生き餌のゴブリンを丸かじりするお馬さんを、メイドさんは優しげに見つめます。
旅をして仲良くなったお馬さんは、飼い主である寮監よりもメイドさんに懐いているようです。新鮮な生き餌を与えられて、最近、馬の脚が八本に増えました。
「“私”とお揃いですね」
『グァオオオオオオオオオオオッ』
そのあまりの仲の良さに、嫉妬したのか寮監は馬を見る度に卒倒しているようです。
寮監もまだ四十路の女の子です。心が不安定になって、街で未成年の男の子を買うくらいなら見逃してあげましょう。
さあ、朝食の準備が整いました。本日は彩り野菜とベーコンのキッシュです。
「ねぇ、レティ……最近、寮監の様子がおかしいようですけど、知ってます?」
「馬が元気に戻ってきたので喜んでいるのですよ」
「まあっ、あの子はとても元気な子でしたから、良かったですわ」
飛び出してきた猪を蹴散らす馬を見てそう言える、動物好きなお嬢様にメイドさんは仕えられる喜びを感じていました。
メイドさんはお嬢様と一緒に学園の授業にも出席します。
幼なじみのカール君がお嬢様に話しかけていますね。でもお嬢様に触れることはメイドさんが許しません。
「ま、待てっ、俺は何もしてないぞっ!」
メイドさんがそっとトゲ棍棒を取り出すと、カール君は真っ青な顔で、掛け替えのない大事なモノを守る海老さんのように腰を引いていました。
メイドさんの放課後は、お嬢様とキャハハウフフとしていることが多いのですが、一人で買い物にも出掛けます。お嬢様は甘いものが大好きなので、お砂糖やハチミツは欠かせません。
「……また、あんたか」
メイドさんが贔屓にするお店は、お塩ダンジョン近くにあるあの商人のお店です。
せっかく可愛いメイドさんが買い物に来ているのに、店主様は苦いものを噛み潰したような顔をしていました。
「何か掘り出し物は?」
「さすがにそう何度も出てきやしねぇよ。この間の“呪い石”だって、お貴族様の倉から偶然出てきたもんを押し付けられたんだ」
「売れたから良かったではありませんか」
「……侍女さんに買い叩かれなければな」
呪い石は、オークキラーの先端に埋め込んだ重い鉱石です。
「だから今日は何も…」
「隣の国から、良いラム酒が届いたとお聴きしました」
「……侍女さん」
「なんでしょう」
「本当に、うちに何も仕掛けてねぇよな? 何で知ってるんだよっ、あれは大店に売るんだっ、ほっといてくれっ!」
「人聞きの悪いことを。全部寄越せとは言っておりません。数本で結構ですよ。お嬢様がそれで作るお菓子がお好きなのです」
「……一本だけなら、金貨1枚で」
「三本で金貨一枚でお願いします」
「安すぎるだろっ! 原価割れしてまで売る気はねぇよ」
「おや? 先日私が売却した魔物素材と交換したと聞きましたよ? それから換算すると、一本幾らになりますか?」
「……金貨一枚でいい」
「そちらの氷砂糖も付けて下さいまし。何もタダで……とは申しません」
メイドさんが店主の頭部に視線を移し、そっと乾燥したワカメの袋を差し出すと、店主はチラリと中身を確認して静かに手元に引き寄せました。
「……届けておく」
「ありがとうございます」
店主様の頭皮には、前回よりもうっすらと何か生えているように思えます。でもそれは髪の毛ではなく浸食したワカメでした。
情報収集もメイドさんの大切なお仕事です。メイドさんは優しいメイド長よりそう教わったそうです。
情報を“ワカメの精”だけに任せてはおけませんからね。メイドさんは働き者です。
今日もメイドさんは、下町の鼻水垂らした子供達を集めて、氷砂糖を与えて情報を得ています。子供情報と言っても馬鹿には出来ません。
「……北の森で子爵の息子が例のモノを買うらしい」
「ほほぉ」
「個人探求者のボブが、変わった魔道具を見つけて隠しているわ」
「詳細は?」
「……暗殺系に使える」
「なるほど」
メイドさんが追加の氷砂糖を与えると、子供達は『おねーちゃん、ありがとーっ』と手を振り去っていきました。子供達の笑顔は癒されます。
寮に戻るとお嬢様の夕食の準備です。
本日はビーフっぽいシチューです。先日、牛っぽいお肉がいっぱい手に入りました。
夕食後は宿題もしましょう。
「お嬢様。本当に算術が苦手なのですね」
「ち、違います。違いますわっ」
メイドさんのおかげで、お嬢様はさらにたわわになりましたから仕方ないですね。
それからお嬢様の入浴をお手伝いします。メイドさん特製洗い布で丹念に磨かれたお嬢様は、すべすべツヤツヤプニプニしていました。
「お休みなさい。レティ」
「はい、お嬢様。お休みなさいませ」
お嬢様がお休みになってもメイドさんの一日は終わりません。
衣服のクリーニングやアイロン掛け。経費の管理に薬物の加工。下着泥棒などをする男子生徒の排除をして、明け方近くに眠りにつくのです。
メイドさんのお仕事は大変ですね。でも……。
「メイド長のお手伝いに比べたら、楽な仕事です」
トラウマだそうです。
メイド長は厳しい方だそうです。
次回から第二章部分に入ります。