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16 勝負

 



「どうしたらいいの……」

 秋留(アキル)は与えられた客室で、一人になって困惑していた。

 自分は選択を間違っていない。ヨアンの攻略ルートは他の攻略対象者に比べて、比較的単純で簡単なものだ。

 オンラインゲームの性質上、他の介入があって多少ストーリーに変更があっても、一番好感度の高いプレイヤーが、母親であるギーデルからシャロンの罪状を記した証拠を貰い、糾弾されるシャロンを諫めながらも庇うことでヨアンから告白される。

 そして、それに『答える』ことでフラグが成立する。

 後は、好感度が下がらないように卒業イベントまでイチャイチャするのでもいいし、適当に放置して他を攻略しても良い。

 それなのに、秋留が『答える』前にまた“あの子”に邪魔をされた。

 

 時期的にゲームではまだ序盤なので、シャロンの罪状は軽いものだ。

 時期によって悪役令嬢であるシャロンの罪状は様々で、卒業イベントで罪が問われる時は、国家反逆罪で処刑になることもある。

 秋留としてもさすがに処刑は寝覚めが悪いし、序盤であっても、何度も何度も攻略したルートなので、他のプレイヤーの邪魔が入る前に成立させる自信もあった。

 秋留は自分でも驚くような行動力で、プレイヤーの可能性がある同級生女子や、メインヒロインである子爵令嬢の目をかいくぐり、ヨアンの好感度を高めた。

 

「……ステータス」

 秋留がそう呟くと、目の前にアクリル板のような透明な板が浮かび上がる。

 これはこの世界の誰も使えない、プレイヤーを自覚した者だけが使える魔法だった。ゲームにもあったもので、もしかしたら……と唱えてみたら使えてしまった。

 

 名称・アキル 女性・14歳 状態・良好

 スキル一覧【☆印は隠蔽されます】

 【水魔法の才】【高貴なる血】【錬金術の才】【異世界言語】

 【魅了(弱)☆】【女神の恩恵☆】

 

 見えているスキルにあまり興味はない。あればこの世界でも生きやすいのだろうが、問題は隠されているスキルのほうだ。

 これはどちらもプレイヤー特典のスキルだろう。女神の恩恵が何か分からないが、魅了のほうは、あの緊張して棒読みになってしまった台詞でも、ヨアンの好感度を上げ、好意的に受け止めさせる効果があった。

 それなのに、最後で邪魔をされた。

 もしかしたら“あの子”もプレイヤーなのだろうか? だとしたら攻略をするプレイヤーではなく、自ら悪役令嬢となり、他人の邪魔をするタイプの、嫌われ者プレイヤーかも知れない。

「……私の“ゲーム”を邪魔をさせるもんか」

 自分が過去にやったことも忘れて、秋留は“あの子”を敵と認識する。

 

 コンコン……。

「……はい」

 叩かれた扉の音に秋留が返事をすると、侍女が扉を開きこの屋敷の女主が現れる。

「まあ、ギーデル様」

「アキルさん。少々宜しいかしら?」

 にこやかに笑うギーデルの手にある、おそらくはシャロンの“罪の証拠”である書類を見て、秋留もニコリと微笑む。

 

 秋留はまだ、この世界が“現実”であると気付いていない。

 

   ***

 

 ヨアンが“勝負”と明言したことによって、シャロンお嬢様とヨアンの後継者を賭けた姉弟対決になりました。

 最初はギーデルや使用人達がヨアンを押さえようとしましたが、私が軽く……

『ママンが居ないと何も出来ない、○○が小さい、○○○野郎ですわね』

 と、ほんの少しだけ教育しましたら、とても乗り気になってくれたのです。それだけでなくギーデルにも思惑があったようですが。

 

「あの時、レティはヨアンに何を言いましたの?」

「激励させていただいただけですよ」

 悪い言葉をお嬢様のお耳に入れる訳にはいきませんから、手で塞がせて戴きました。

「でも姉弟で争うなんて……」

 お嬢様のお顔がわずかに曇る。お嬢様はお優しいですからね。

「少々ひ弱な弟君の為に、多少の試練を与えるのは姉の勤めかと思われます」

「……本当に?」

 本当でございますよ。建前ですが。

 

 さて肝心の勝負内容ですが、このミシェル領西部にあるダンジョンから、翌朝までに価値のあるダンジョンアイテムを取ってくることです。

 そのダンジョンですが、四十階層ほどの中規模ダンジョンで、良い瑪瑙が出ることで有名でしたが、百年以上前にほとんど取れなくなり、今は魔物の巣となっているそうです。

 双方、10名までの従者は良いと言うことになりましたが、ほとんどヨアン君の為だけの救済処置ですね。

 

「お嬢様、儂もお伴しますぞ」

「フランツ……気持ちは嬉しいけど駄目ですわ。あなたが居ない時に、お父様に何かあったらどうなるのです」

「お嬢様……儂は、」

「それにお母様のお墓も護って欲しいのよ。あなたが怪我をすれば、その間に荒らされてしまうかも知れませんから」

「……かしこまりました」

 口惜しげに跪くフランツの肩を、お嬢様が慰めるように優しく触れる。

「レティもいるので大丈夫ですわ。……見てフランツ。夕陽の照り返しで、遠くで何かキラキラと輝いていますわ」

「……本当に綺麗ですな。キリア様にも見せて差し上げたかった」

「ええ、本当に……」

 

 それはキリア様のお墓でございます。

 

「それではお嬢様、お気を付けて。フルーレティ嬢、お嬢様をお願いします」

「はい、承りました」

 ダンジョンまで馬車で送ってくれたフランツさんは、私に信頼の瞳を向けて侯爵家のお城に戻られました。私もその信頼に応えねばいけませんね。

 ちなみに私達が寮監様に借りた馬車ですが、与えた魔物血の影響か、馬車を引きずったまま森の魔物を食い散らかしていましたので、絶賛放置中です。

 

「お嬢様。弟君はもうダンジョンに入られたようです」

「まぁ……」

 ダンジョンの入り口には、ゴブリンのような魔物の死体と、複数の足跡が残されていました。

 こちらは、徹夜になるかも知れませんので、お嬢様にお昼寝をしていただきましたから夕方からの突入です。

「で、では、参りましょうっ」

「はい、お嬢様」

 さすがに革鎧は持ってきてはいないので、お嬢様には私の糸製ローブを着ていただいております。私はいつもの通りメイド服です。

 計算通り“露払い”は済んでいるようなので、さくさく奥へ進みましょう。

 

 

「えいっ」

 お嬢様がポカッと杖で叩いたスケルトンが崩れ落ちる。

 魔力は他の方に比べても大きいのですが、お嬢様は魔力制御が苦手なので、魔法攻撃は丸焼けか効果無しの二択です。

 そのうち、効果的な魔力の使い方を考えないといけませんね。

「レティっ、やっつけましたわ」

「お見事でございます」

 地下二十階まで降りましたが、あまり強い敵はいませんでした。あまり良いアイテムが出ないのなら魔物素材を取ろうかと思いましたが。

「これは最下層まで降りたほうが早いかも知れませんね」

「では急ぎましょう。ヨアンはもっと先に進んでいるはずです」

 

 ……少々おかしいですね。

 露払いを兼ねてヨアンを先行させましたが、魔物の残骸を予定外の処で見かけます。ヨアンとは違うルートを通っても残骸があるのは、二手に分かれているのでしょうか?

 

「お嬢様、失礼します」

「レティ!?」

 地下三十階。私がお嬢様を抱きかかえて駆け抜けると、それまで居た場所に天井から岩が幾つも落ちてきた。

 そこに罠があったのも見えていましたし、発動もさせていません。

「わ、罠ですか」

「ええ、“罠”ですね」

 遠くから走り去る足音が私の耳に届く。ダンジョンの罠を使った人為的な罠ですね。そろそろ頃合いかと思っていましたが、予測を外しませんね、あの人達は。

「そのままお掴まり下さい」

「……え?」

「駆け抜けます」

「……きゃぁああっ!?」

 ぎゅっと抱きついてくるお嬢様を抱っこしたまま、私はそのままダンジョンの奥へと駆け抜ける。そしてお嬢様は揺れている。

 不意に真正面から飛んできた矢をサイドステップで躱し、次の矢が飛んでくる前に、私は隠れていた男達をメイドキックで黙らせた。

 

 ぐぎょふ。

 

「な、なんか、果実を潰したような音がしましたけど……」

「似たようなものです。種は取れなくなったかも知れませんが」

 

 泡を吹いて悶絶しているその男二人は、お城では見たことがない人達でした。何者でしょうね? 野盗ではないようですが。

 クスリで尋問したいところですが、そんな時間もないので奥へ進みましょう。

 その後は単発的な罠が続き、

「レティっ、岩が転がってきます!」

「はい、お嬢様」

 これは、……誘導されましたか?

 岩から逃げた先は、床のない広いお部屋でした。

「きゃああっ!?」

「問題ありません」

 落とし穴と言うより、その次の層と吹き抜けになっている感じですね。扉は二つほどありましたがどちらも閉ざされていました。

 問題なく着地した私がお嬢様を床に下ろすと、お嬢様は不安そうに上を見上げる。

「……もしかして」

「これも罠でございますね」

 

「その通りよっ」

 

 その聞こえてきた声に振り返ると、扉の一つが開いて数人の人影が現れる。

「アキル様!? どうしてこんなところにっ」

「あなたの罪を裁く為よ、シャロンさんっ」

 アキル嬢は、あのお城にいた若い侍女達を引き連れ、彼女達は武装し、お嬢様と私に怯えた顔で武器を向けた。

「罪状は、ヨアン君の暗殺計画よ。酷いわ、実のお姉さんが、そんなことを」

「待ってっ! 私はそんな事してませんわっ」

「この通り、証拠はギーデル様から貰ったわ」

 アキル嬢が数枚の紙を取り出してシャロンお嬢様に突きつけた。

「もう言い逃れは、」

 

「どうして衛兵に届けでないのですか?」

 

 私がちょこんと首を傾げて尋ねると、お嬢様も同じように首を傾げ、アキル嬢がポカンと口を開ける。

「……え?」

「証拠が揃っているのなら、王城でも衛兵隊でも届ければいいのでは?」

「……でも、」

 アキル嬢の視線が泳ぎ、若い侍女が不安そうに騒ぎ始めた。

「これは、断罪イベントだから……」

 消えるような声でボソボソと呟いたアキル嬢が視線を落とす。少し地球の常識を思い出せば、普通に警察に届け出れば良いだけの話と分かるはずです。

「見せていただけますか?」

「あ、はい」

 素直に差し出すアキル嬢から証拠とやらを受け取ってみると、特殊な毒を購入する書類にお嬢様の買い取りサインが記してあった。

「お嬢様の筆跡ではありませんね」

「は?」

 こんな杜撰な証拠でも侯爵家ならごり押し出来るのでしょうが、騙される人が居るとは驚きです。

 

「騙されないでくださいっ!」

 妙な事態に困惑している侍女達の後ろから、一人の男の声が聞こえた。

「ダリオさんっ」

「アキル様、そのメイドは平気で人を騙す悪魔のような奴です。衛兵隊に届け出ないのは、奥様がシャロン様に更生の機会を与えようとしているのです」

「ギーデル様が……?」

「そうですっ。その証拠がある限り、シャロン様は言い逃れ出来ませんっ、ミシェル家の為に、この場で罪を償ってもらうのですっ」

「え……え?」

「ヨアン様の為ですっ、アキル様! みな武器を構えよ!」

 

「ナイスショット」

「ぐひょっ!?」

 

 とりあえず【オークキラーEX】で真下(・・)から打ち上げておきました。

「レティ!?」

「どうやらダリオ殿は錯乱されているようです。そちらにお医者様は?」

 何故か真っ青になっているアキル嬢や侍女達が慌てて首を振る。

 鎧を着ていたおかげか、ダリオは泡を吹いて痙攣しながらも、まだ生きていますね。お嬢様に汚い物を見せる訳にはなりませんので私も精一杯手加減はしましたが、明日から男性として生きていけるか心配です。

 

「……本当に頼りにならないこと」

 

「ギーデル様っ!?」

「「「奥様っ」」」

 上から聞こえたその声にアキル嬢と侍女達が、驚きつつも安堵の声を漏らす。

 私達が落ちた扉とは別のテラスのような場所から、年嵩の侍女や武装した男共を連れたギーデルが、冷ややかな視線で見下ろしていた。

「アキルさん、ご苦労様。おかげでシャロンに罪を償わせることが出来そうですわ」

「で、でも……」

 アキル嬢が手元にある“証拠”を見つめて、微妙な顔をした。

「その執事があなたと協力してシャロンを始末出来れば、と思っていましたが、本当に残念ですわ。あなたは良い娘になってくれるかと思っていましたのに……」

「ぎ、ギーデル……さま?」

 

 アキル嬢の顔色が悪くなり、若い侍女達は怯えたように困惑していると、アキル嬢達が入ってきた逆側の扉がゆっくりと開いた。

「ひっ」

 誰かが漏らした悲鳴に、それはゆっくりを視線を巡らせて、雄叫びを上げる。

 

『グゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』

 

 三メートル近い人のような身体に、巨大な角を持つ牛の頭。

「……ミノタウルス」

 お嬢様が震えた声でそれの正体を口にした。

 

「ここは、下層にあるボス部屋の一つですよ。倒せればショートカット出来るそうですが、試してみてはいかが? ああそうそう、ヨアンは安全なルートを通っているので安心してね」

 嬉しそうに愉しそうに嗤うギーデルを、お嬢様が睨み付ける。

「ギーデル様っ、何のおつもりですかっ!? ジョエル様達のパートナー候補であるアキル様まで巻き込んで、何をしたいのですっ!」

「本当に残念ですね。あなたの罪に巻き込まれてしまったのですから」

「そんな……」

 お嬢様が愕然と呟き、ギーデルの言葉にアキル嬢が絶望の表情で、腰が抜けたようにへたり込んだ。

 

『グゴォオオオオオオッ!』

 

 その瞬間、ミノタウルスが叫び声を上げてアキル嬢に襲いかかる。

 私に助ける気はございません。彼女もおそらくは不死化しているかと思いますので。

 でも……

「あぶないっ」

 シャロンお嬢様がアキル嬢を助ける為に飛び出した。

 お嬢様がアキル嬢に覆い被さるように彼女を庇い、ミノタウルスの斧が叩きつけられる瞬間、私はトゲ棍棒で斧を弾き飛ばし、お二人を回収する。

「お嬢様っ」

「わ、わたくしは平気ですわ」

 お嬢様は破片でも当たったのか、額から微かに血を流されていながらも、気丈にも私に笑みを浮かべた。アキル嬢はガチガチと歯を振るわせながらも、そんなお嬢様をジッと見つめている。

「アキル嬢……お嬢様をお任せして良いですか?」

「で、でも……私」

 罪の意識か泣きそうになっているアキル嬢に、私は冷たい視線を向ける。

「これ以上、少しでもお嬢様を傷つけたら……」

「は、はいっ」

 

 失態です。お嬢様のお優しさを見くびっておりました。

 この人達は本当に……そこまで私を“本気”にさせたいのですか?



 

 お嬢様は天使です。


 次回、メイドさんの本気。激おこです。


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― 新着の感想 ―
それはキリア様のお墓でございます > 台無しぃっ! くそっ、吹いた…………。危うくスマホがトマトジュース塗れになるところだった………。 そういえばキラキラ輝くお墓にしちゃったもんな。
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