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14 実家

 多少のヘイトがありますが大丈夫です。メイドさんが付いております。


 



 トゲ棍棒をスカートに仕舞ってお嬢様に道を空けると、物音に気付いた使用人達の慌ただしい声が聞こえ、詰め所らしき場所から兵士達が飛び出してきた。

「シャロン様っ!?」

 その中からお嬢様のお顔を知っていた年嵩の騎士が驚いたように声を上げた。それでも構えた槍を向けようとする兵士達に、お嬢様が凛としたお声を掛ける。

「あなた達は誰に矛を向けているつもりですかっ」

「はっ、お前達、何をやっている!? 武器を下ろせっ!」

 先ほどの騎士が声を張り上げると兵士達は慌てたように武器を下ろした。

「シャロン様、一体これは……」

 門扉の惨状に、何事かと尋ねる騎士に、お嬢様は冷たい視線で一瞥する。

「……バルド。兵士達の教育が足りません。ミシェル家の警備隊長であるあなたは何をしているのですか」

「は、申し訳ありません」

 その場で膝を付き頭を下げるバルドの前を、お嬢様は悠然と通り過ぎる。

 そんなお嬢様を見つめる使用人、兵士、騎士達の瞳。

 それら畏怖や恐怖、侮蔑や嘲り、怒りや憎しみなどの向けられる瞳の中を、お嬢様は毅然とした態度で歩いて行く。

 

 ご立派です、お嬢様っ。

 少々脈拍が上がって涙目になっておりますが、大丈夫ですか?

 お嬢様はテンパると無表情になったり口調がきつくなったりしますが、私は分かっておりますよ。……怖かったんですね?

 後でお膝に乗せて、ナデナデよしよし、お慰めさせていただきますわっ。

 そんなお嬢様のお世話をさせたら業界№1メイドのフルーレティにございます。

 

 しかしまぁ、思っていたよりも酷いですね。

 否定的な視線と、せいぜい中立と言いますか我関せずな者達ばかりで、好意的な視線がほとんどありません。

 あのバルドとか言う壮年の騎士は比較的まともそうですが、兵士達の質を見るにあまり期待は出来なさそうです。

 

「これは何事だっ…… 姉上っ!? 何をしているんだっ!」

 

 おや、弟君も帰られていたのですね。

 現れて早々、お嬢様に向けて顔を顰めるヨアンの後ろから、あの小煩い侍女のミーアが顔を出す。

「シャロン様、困りますわっ。いきなり門を破壊するなど、ミシェル家の人間とは思えない蛮行ですっ」

「そ、それは、そこの門番達が、」

「人のせいになさるなんて、なんと下劣なっ! 門の修理費用はシャロン様への仕送りから引かせて…」

「あら、ミーアさん? お嬢様は何もしておりませんわよ」

 

 お嬢様の後ろを、ひっそりと気配を消して付いてきていた、メイドの唐突な発言に、使用人達が驚きの視線を向ける。

 

「ま、また、あなたですの? 人の発言を遮るなど、何と無礼なっ!」

「おや、これは失礼いたしました。侯爵家令嬢たるシャロンお嬢様のお声を遮った使用人がおりましたので、ここの家風かと思いまして」

 不思議ですわね? と言いたげに私が微笑みながら首を傾げると、ミーアの顔がどす黒く変わる。

「……あ、あんた、」

「そこの門番達の耳が遠かったようですので、私がノックしましたら、あのように壊れてしまって……。ずいぶんと痛んでいたようですわ。ねぇ?」

 そこで私がカードゲームをしていた門番達に視線を向けると、彼らは顔を青くして俯いた。

「そんなことがある訳、」

「もう良いっ」

 尚も食い下がろうとするミーアを若干疲れたようなヨアンが止める。

「こんな所で騒いでいたら醜聞に繋がる。姉上もさっさと入れっ、父上と母上がお待ちだっ。ミーア、行くぞ」

「……くっ、かしこまりました。兵士達は門を直しておきなさいっ!」

 

 ヨアンとミーアが城の中に戻り、兵士や使用人達が動き出すと、微かに震えたお嬢様の手が私の指先をそっと握る。

「……レティ、無茶をしてはいけませんわ」

「はい、お嬢様。ムチャはいたしませんのでご安心下さい」

 安心なさるように私が微笑むと、手から震えが消えて私のほうへそっと寄り添ってくるお嬢様は、子犬のように可愛らしかったです。

 

   *

 

「シャロン様、そのまま食堂のほうへお越し下さい。旦那様と奥様がお待ちです」

「分かりましたわ」

 

 そのメイドはお嬢様にそれだけ言うと、礼も取らずに踵を返し去っていく。

「……お嬢様、ずいぶんと躾のなっていないメイドですが」

「いいのよ、レティ。……いつものことです」

 私の苦言に寂しげに苦笑するお嬢様を見るに、この家では本当にお味方がいらっしゃらないのですね。

「では参りましょうか、お嬢様。私が側におりますよ」

「ええ、レティ」

 

 侯爵家のお城に入ると同時に、丁度ご夕食時だったらしく、お嬢様のお部屋に荷物を置く暇もなく呼び出されました。

 お嬢様のお荷物はお預かりしている拡張袋に入れておりますので問題ありませんが、この家の使用人は本当にダメダメです。

 食堂にお嬢様が到着すると、幾つもの強い視線が突き刺さる。

 

「まぁ、シャロン。色々と問題を起こして、良く顔を出せたものですね」

 

 上座から金髪の化粧の濃いオバ……派手な女性がそんな言葉を浴びせかけた。

 おや? 何故その女性が一番の上座にいるのでしょう。

「……ギーデル様、どうしてそこに? そこはお父様のお席ですわ」

「旦那様は、先ほど急に体調を悪くなされてお休みになりました。本当に出来の悪い娘を持ってお可哀想ですわ。あなたが帰ってきただけで伏せってしまうのですから」

「わたくしは……」

 その言われようにお嬢様が唇を噛む。そこに、ギーデルの隣に座っていたヨアンが、鬼の首を取ったような言葉を重ねる。

「お父上はお優しいから、全政務を受け持つ母上にお席を譲られたのだっ!」

「とりあえず席に着きなさい、シャロン。お小言は後にしましょう。こんな時間に帰ってくるなんて、あなたの分の料理を別に作らされた料理人に、申し訳ないと思わないのですか?」

「……申し訳ありません」

 

 その場にいたメイドの案内で、お嬢様が一番下座に座らされる。本来ならヨアンよりも上座に座るべきお嬢様がです。

 ふと強い視線を感じてそちらを見ると、ヨアンの隣にアキル嬢が居るではありませんか? お嬢様もそれに気付いて疑問を口にする。

「アキル様がどうして……」

「ヨアンがこちらのアキル嬢をお友達として連れてきたのですよ。このような素敵なお嬢さんが娘だったら、どんなに良かったことか……。アキル嬢、慣れない異世界で大変でしょう。わたくしのことを母と思っても良いのですよ」

「まぁギーデル様、私、嬉しいですっ」

 優しく微笑むギーデルにアキル嬢は満面の笑みでそう答え、その光景をヨアンや使用人達が暖かな瞳で見つめる。

 

 がしゃんっ。

「シャロン様、ご夕食でございます」

 先ほどのメイドがお嬢様の前に、皿を叩きつけるように料理を置く。

「…………」

 それは料理とは呼べない代物でした。

 虫食いだらけの野菜は良く見ると小さな虫が残り、洗ってもいないのか、土どころか小石さえも混ざり、ヨアンの後ろでミーアが下卑た笑みを浮かべていた。

 さすがのお嬢様も絶句していると、それに気付いたギーデルが嬉しそうに声を掛けてくる。

「料理人があなたの為に急いでこしらえたのですよ。我が儘言わずに食べなさい」

「………はい」

 お嬢様が小さく呟きカトラリーを手に取り、その汚物に手を伸ばす。

 

「お嬢様、それはいけませんわ」

 私はそっとお嬢様の手を止めて、そのお皿を取り上げた。

「れ、レティ?」

「何ですかあなたはっ! あなたのようなメイドは知りませんよ、控えなさいっ!」

 ヨアンから何も聞いていないのか、声を荒げるギーデルに私はお皿を片手にふわりと微笑んでみせる。

「これは失礼。お嬢様の専属メイドのフルーレティにございますわ。ミシェル家のメイドではないので、あなたに命令される筋合いがありませんねぇ」

「なっ、シャロン、あなたはまた勝手にっ」

「おやおや、淑女とあろうものが優雅ではありませんわね。こちらの料理は、まず私が味見させていただきますわ」

「毒でも入れているというのですかっ、無礼なっ!」

「ですから“味見”と言っていますわ。こちらのお屋敷の方は耳が遠いのですね」

 

 私はお嬢様のお手々からカトラリーをお借りすると、お皿の料理を一口で全部平らげる。

 ガリ…ゴリ…と石を噛み砕く私に、その場の者達が静まりかえり顔色を青くした。

 

「鮮度、素材、調理法、すべてお嬢様のお口には合いませんね。お嬢様、ご夕食は私が用意させていただいても宜しいですか?」

「え、……ええっ」

「では、こちらをどうぞ」

 こんな事もあろうかと用意していた料理を、お嬢様の前にお出しする。

「お嬢様の大好きな、ふわふわ玉子のオムライスでございます」

 黄金色に輝く玉子に切れ目を入れると、トロトロの玉子がお皿に広がり、芳醇なバターの香りが鼻腔をくすぐる。そのチキンライスと玉子とバターの香りに、どこからか、ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。

「本日はデミグラスソースではなく、これもお嬢様お好きな、あま~いケチャップにしましょうね」

 私はケチャップで、オムライスに大きくハートマークを描くと、胸元で両手の指を使ってハートマークを作り、お嬢様に声を掛ける。

「さぁ、お嬢様もご一緒に。美味しくなーれ、萌え萌えキュン」

「お、おいしくなーれ?」

「感謝するぜ。お前という強敵に出会えた、これまでの全てに!」

「かんしゃするぜ、……なんですのこれっ!?」

 

 おや? おかしいですね……。

 メイドがオムライスを作った時は、メイド長からこうするものだと教わりましたが、少々間違えましたでしょうか。

 

「はい、お嬢様、あ~ん」

「え、……あ~ん」

 まだ脳が再起動していないお嬢様にスプーンでオムライスを差し出すと、餌付けされた雛鳥のように可愛らしく食べていただけました。

「美味しい…っ!」

「それはようございました」

 

「……神白さん…それは」

 私がお嬢様を餌付けしてニマニマしていると、いち早く立ち直ったアキル嬢が声を掛けてきた。

「こちらは、極楽鳥のお肉と玉子に、精霊の森より拝借したフルーツトマトを使った逸品でございますよ」

「レティっ? あなた、また魔物を……」

「お嬢様に忌避感のない物を使わせていただいております。それにお嬢様のお食事には毎回、何かしらの魔物素材を使わせていただいていますよ」

「なんですってっ!」

 

「魔物肉なんて、半分毒物のような物じゃないかっ!」

 魔物という単語に、ヨアン君が立ち上がり声を張り上げた。私はそれにクスリと笑って一冊の古い手記を取り出す。

「そんなことはございませんよ。数百年前に召喚された一人のエルフが、こんな手記を学院の図書館に残しておりました」

 

 人間や生き物は【魔素】を取り込み、自己を強化する。

 それでも取り込み過ぎると意志の弱い動植物は【魔物化】してしまうが、人間は魔素の強い魔物肉を、味をきつく感じたり、お腹を壊すことで、大量に摂取出来ないようになっているのです。

 でもそのエルフは研究し、こう記していました。

 魔物素材の味と魔素を、人間が美味と感じる値まで減少させると、その素材を食べ続けた場合、身体がエルフに近い特性を得ることが出来る。と、自分の【パートナー】を長生きさせる為に頑張っていたようです。

 

「その研究成果で、一部魔物の魔素を取り除いた“珍味”が出回るようになりましたが、費用面と味の改善までは出来なかったようですね」

「でも、これは……」

 お嬢様が自分が食べたオムライスをジッと見る。

「ええ、私は味の改善にも成功いたしました。これによって、シャロンお嬢様の老化はかなり遅くなり、寿命も多少は伸びるはずでございます」

「えええっ」

 お嬢様が驚きつつもご自分のほっぺを擦る。最近のお嬢様のお肌は、ぷるぷるすべすべでございます。

 

「そ、そこのメイドっ! 私にもそれを作りなさいっ!」

 

 ギーデルが血走った目でそう叫ぶ。彼女だけでなく、一定以上の年齢になった女性使用人達からもギラギラとした目を向けられた。

 私は彼女達に満面の笑みを向け、ロングスカートの裾を摘み、ふわりと一礼する。

 

「申し訳ございません。私はシャロンお嬢様だけの専属メイドでございますから」



 

 第一ラウンド終了。


 次回、メイドさんは侯爵家の罠を突破出来るのか。

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レティ…………生き生きしてるわ!? そこらへんの悪意は美味しいのかな?
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