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12 姉弟

 



 献身的なメイドの愛により、さらにお美しくなって“再クラスデビュー”を果たしたお嬢様は、自分を冷遇していた実家の弟と再会する。

 シャロンお嬢様は、お姉様の威厳を見せることが出来ますでしょうかっ。

 

「姉上、久しぶり。……少々印象は変わったけど」

「そうですか? あなたも壮健そうで何よりです」

 弟君――ヨアン君は素直に驚いているようですが、それにしてもお嬢様の表情は固いですね。だから誤解されるのですが、可愛らしくて素敵です。

 ヨアン君の見た目は、年下好きお姉さんが誘拐しそうな金髪の美少年でした。お嬢様と似ているのは紫色の瞳くらいですか。

 その後ろにいる女性二人。その中の侍女らしき者が私を睨んでいるのが少々うざったいです。やりますか? やっちゃいますか?

「姉上は相変わらずのようだね。勝手にパートナーを決めてジョエル殿下にご迷惑を掛けたそうじゃないか」

「か、勝手じゃありませんわっ。あれは学院の生徒として正当な、」

「姉上は殿下の婚約者候補でしょ。殿下がパートナーをお決めになるまで控えるくらいの考えは浮かばなかったの? なんでこんなの(・・・・)が、殿下の婚約者候補に選ばれたのか、本当に家に迷惑を掛けるような真似はするなよっ」

 ……さて、【オークキラー】は何処にしまいましたか。

「………レティ」

 私の憤怒に気付いたお嬢様が、小さなお声を掛けて私の手を握る。

 お嬢様のお手々はすべすべでございます。

 シャロンお嬢様が我慢なさっているのに、私が先に手を出す訳にはまいりません。そんなお嬢様に、ヨアンは調子に乗ってさらに言葉を続ける。

「なんだ、そのメイドは? 姉上が勝手に雇ったの? そんな余裕があるのなら僕から借りている金を少しは返して欲しいね」

 ヨアンは私を見て、吐き捨てるようにそう言った。

「「………」」

 その言葉にお嬢様と私は思わず顔を見合わせる。どうやら学年が違うヨアンは、私がメイドとしてお嬢様にお仕えしていることを知らないようです。

 

「あの、ヨアン君。その人は……」

「おお、アキル嬢申し訳ありません。家の事とは言え、退屈させてしまいましたか?」

「いえ……その、」

 ヨアンの後ろで侍女と一緒にいた彼女――アキルさんは召喚された中学生組の女生徒ですね。長い黒髪のお淑やかそうな人で、確か“私”の記憶では良い家のお嬢さんだったはずです。

「久しぶり? ……神白さん」

「これはこれは、妙なところでお会いしましたね」

 

 もちろんちゃんと覚えていますよ。あなたが“私”にしたことを。

 

「おや、お二人は顔見知りですか?」

「え、ええ」

「顔を知っている(・・・・・)だけでございますよ」

 私が澄ました顔でそう言うと、アキル嬢の口元がわずかに歪んだ。友達ではありませんから。……ね?

「アキル嬢は、今回召喚された殿下達の【パートナー】候補となるお方だ。慣れない学院で道に迷われていたのを僕が案内している」

「ええ、ヨアン君はとてもお優しくて良くしていただいてますわっ」

「ははは、アキル嬢のような高貴で可愛らしい方には当然ですよっ」

 二人はお互い満更ではない雰囲気で微笑み合っています。放っておいたら手を取り合って二人の世界に突入するのではないでしょうか? ピンクのカーテンで覆いますか?

 

「ヨアンっ! その方はパートナー候補ですよっ、あなたの立場で何をしているのですかっ!」

 常識溢れるシャロンお嬢様がお怒りです。姉にグダグダと言っておいて、学年の違う部外者がそのパートナー候補といい仲になるとか、結構な問題になりそうです。

「……姉上は煩いな。あなたがこの方達に気を使わないから、僕が代わりにやっているんだ。どうせ姉上のパートナー候補も、そうやって上から怒鳴って無理矢理決めたんだろ? 姉上にパートナーが出来ないのなら、お一人余るじゃないか」

「違いますわっ、レティと私は、」

「おい、そこのメイドっ。お前も姉上に無理矢理雇われているなら助けてやるぞ? そうだ、アキル嬢と知り合いなら、彼女のメイドになるがいい。給金は僕が姉上の倍を払ってやろう」

「よ、ヨアン君っ」

 あまりにアホな発言にアキル嬢も困ってますね。でも……倍額って。あなたの人生全部と引き替えても足りませんよ?

 

「お待ちください、ヨアン様」

 その時、後ろの控えていたヨアンの侍女が前に出てくる。

 ヨアンと似たような金髪の二十歳くらいの女性です。おそらくはヨアンの金髪は母親譲りなのでしょう。その継母が家に入った時から、その親戚共が沢山雇われたと聞いているので、彼女もその一人かと思われます。

「シャロン様が連れてこられた、何処の馬の骨とも分からない輩を、すぐさまアキル様のメイドにするなど憚られます」

「ミーア、では、どうしろと?」

「まずはミシェル家で雇い入れ、教育を施すべきかと存じます。不肖このミーアが性根から叩き直してご覧に入れますわ」

 そう言ってミーアとか言う侍女は嫌な笑みを浮かべて私を見る。なるほど、こうやってお嬢様の味方を削っていったのですね。

「何を勝手なことをっ、…ヨアンっ!」

「姉上には貸しがあるだろう。ミーア、貸してある金額は幾らになる?」

 お嬢様のお声を無視して、勝手に話を進めやがります。

「はい、ヨアン様。シャロン様にお貸ししているのは、金貨3枚ほどで…」

 

 ガシャン。

 

「正確には、金貨2枚と銀貨8枚でございますね。仮にも侯爵家に仕える者が、そんな大雑把では笑いものですわよ。でも利子を含めて金貨30枚お返しいたしますわ」

 

 何やら証文のような紙切れをミーアが取り出していたので、私はその手に叩きつけるように金貨の入った袋を乗せて証文を奪い取った。

「な、何をするの! 返しなさいっ!」

「ちゃんとした金額も書かれていますね。もうこれは不要です」

 手首を痛めたのか、顔を顰めながら手を伸ばすミーアの前で、私は“魔術契約”らしい証文を一瞬で腐らせて塵とする。

「ひっ、」

 その“腐る”という現象に、ミーアは伸ばし掛けていた手を慌てて引っ込める。

 失礼ですね。天然素材の腐敗毒ですので、直ちに影響はありませんよ。

 それにしても、姉弟間のやり取りで【魔術契約】ですか。どれだけ性根が腐ればそんなことが出来るのでしょう?

 しかも、契約不履行時には、えげつない呪いが掛かるようになっていました。

 

「……お、お前は何者だ?」

 ヨアンが驚き、訝しむように私を睨む。

「あら初めまして、我が敬愛するお嬢様の弟君。シャロンお嬢様の【パートナー】である、フルーレティと申しますわ」

 どの貴族よりも優雅に、シャロンお嬢様より控えめに、私はメイド服のロングスカートの裾を摘み、完璧な振る舞いで一礼する。

「な、……お前が?」

「……うん」

 ヨアンが信じられないとでも言うようにアキル嬢を見ると、彼女は不本意そうに静かに頷いた。

 

「レティっ!」

「お嬢様、お預かりしていた予算で、勝手なことをして申し訳ございません」

「いえ、良いんですのよ。それより怪我は…」

 何てことでしょう。お嬢様はお金のことを気にもせず、証文を腐らせた私の手を躊躇なく取って、怪我をしてないか心配してくださいました。

 この場で抱っこして頭をナデナデしたいところですが、メイドがお嬢様にそんなことは出来ません。

「この喜びを表現しきれないので、お風呂で悪戯しても良いですか?」

「本気で意味が分かりませんわっ!?」

 

「……あ、姉上のパートナー? 傲慢な姉上にそんな……。何かの間違いだっ。家に迷惑ばかり掛けている姉上を選ぶパートナーなんて居るはずがないっ! カールにだってダンジョンで迷惑を掛けたと聞いたぞっ! カールもそんなことは認めないと以前言っていたっ!」

「そうでございます、ヨアン様っ。もしかしたら禁断の邪術で操っているのやも知れませんっ。このミーアが目を覚まさせてやりますわっ!」

 

 主従揃って勘違いなのかわざとなのか……。まぁミーアは、シャロンお嬢様の評判が上がるのを忌避しているようなので当然ですね。

 私はお嬢様を庇うようにそっと前に出る。

「あら、侯爵家の侍女たる者がはしたない」

「煩い、この私がっ、」

「……どうすると?」

 私が堪えきれずに満面の笑みを浮かべると、角度的に一人だけ見ることが出来たミーアの顔が硬直した。

 ……ああ、そんなお顔をされたら、思わず食べてしまいそうになります……。

 

「おい、そこまでにしておけ」

 

 良いところでそんな声を掛けてきたのは。

「カールっ!」

「カール様…」

 ヨアンが目をキラキラさせてその名を呼び、お嬢様が複雑な表情で呟く。

 お二方の様子を見たカール君は、一瞬顔を顰めて深く溜息を付いた。

「こんな場所で何をやっている? 学院内とは言え、姉弟喧嘩では済まされないぞ」

「姉上にパートナーなんて、無理矢理に決まってるっ! カールだって、認めないって言ってたじゃないかっ」

「そいつがシャロンのパートナーなのは本当だ。まだ“仮”だが、選んだのはそのフルーレティのほうからだ。俺はもう何とも思わん」

 ええ、そうでございます。

「そんな……。姉上がカールにダンジョンで迷惑を掛けたから、僕はカールの味方になろうと思ってっ」

「……俺がそんなことをいつ頼んだ」

 カール君は一瞬、シャロンお嬢様を見て、……私を視界の中に入れないようにして、きっぱりとヨアンにそう言った。

「ご、ごめん、カール……」

 まるで叱られた子犬のようにヨアンが項垂れる。

 どうやらヨアンはカールのことが大好きみたいですね。同じ年頃で、友人でありながら一つ上の兄のように慕っているのでしょう。

 項垂れながらも、ヨアンはお嬢様と私を交互に睨み付ける。

「……僕は認めないからなっ」

「ヨアン様っ」

「あ、ヨアン君、待ってっ」

 捨て台詞を残して早足で立ち去るヨアンを、ミーアとアキル嬢が追いかけていく。

 その一瞬、アキル嬢が誰にも気付かれないように小さく舌打ちをしていましたけど、残念、私が見ておりますよ。

 

「……カール様、弟が失礼しました。……それとこの前のことも…」

「いや、あれはもういい」

 そう答えたカール君の腰が、ひゅん、っと、海老さんのように引いているのは、見て見ない振りをしたほうが宜しいですか?

「では、わたくしはこれで……」

「いや、待てシャロンっ」

「は、はいっ」

 慌てて呼び止めるカールに、お嬢様も驚いたように振り返る。

「あ、あの時は……俺が悪かった」

「……カール…」

 ……なにやら妙な雰囲気ですね。今更なんだこの野郎。でも私は“出来るメイド”ですので、会話の邪魔はいたしません。

 せっかくですので程良いBGMでも流しておきましょう。

 

「そう呼ばれるのは久しぶりだ……」

「……そう……ね」

 

 ふんふんふん♪

 

「……あの頃は良かった。俺も兄上も……キリア様も居て」

「……うん」

 

 ふんふんふふん♪

 

「俺は……ガキだった」

「……え」

 

 ふんふふん♪

 

「……済まなかった。兄上もバカだが、俺はもっとバカだ」

「ううん。……私も」

 

 ふんふんふん♪

 

「……お、俺はお前が、」

「カール……?」

 

 らららら~♪

 

「………………」

「………………」

 

 突然無言になったお二人が引き攣ったお顔でぎこちなく天井を見上げる。

 

「………レティ…」

「……お前は何をしている……」

 

 どうやら天井に張り付いた私の、ノスタルジックな鼻歌BGMの選曲をお気に召さなかったようでございます。



 

レティは真面目にメイドをしております。


次回は、実家関連の話の予定です。


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― 新着の感想 ―
やはり鼻歌ではダメだったんだな。 そこは蜘蛛っぽく複数の楽器を同時に弾いてひとりオーケストラを…………!
[一言] 選曲をミスったか....
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