11 授業
すでにほとんどの生徒達が集まった教室から、学院の生徒だけでなく同じ制服を着た中学生組まで驚きの視線で、素敵なお嬢様を見つめています。
元々、お美しいお嬢様でしたが、ほんの少し健康状態と美容を整えただけで、
「シャロンお嬢様は女神のよう美しさで、地上をあまねく光で満たされ、」
「レティっ、何を口走っていますのっ!?」
お嬢様がその可愛らしいお手々で私の口を慌てて塞ぐ。小声でしたのに、さすがはお嬢様、褒められ慣れていないので敏感でいらっしゃる。さすおじょです。
どうも、お嬢様の事になりますと、本音が漏れてしまうフルーレティにございます。
「……いや、私も本当に驚いたよ。今の君が本当のシャロンなんだね。本当に……奇麗だ……」
「……ぁ、…その、……ありがとうございます……」
すっかり見る目が変わったようなジョエル様のお言葉に、お嬢様も顔を赤く染めて、戸惑ったように礼を返しました。
「……(レティ)」
一歩下がって佇む私に、お嬢様がボソリと呟き、ちょっとだけ恨みがましい視線を向けてくる。まぁ、そうなるのが分かっていて、お嬢様には朝から鏡をお見せしていませんでしたから。(ゲス顔)
それでもお嬢様に向けられる視線は様々ですね。
素直に感心されている方。見蕩れていらっしゃる方。単純に驚いている方。忌々しげに見つめている方……。
それだけで単純にお嬢様の敵と味方を断定は出来ませんが、目安にはなります。
ジョエル様は感心半分、見蕩れ半分と言ったところでしょうか。そう言えば、名目上は婚約者候補でしたね。
これまで碌に気に掛けもしなかったくせに、やっぱりこの方は、ゲス野郎様です。
こんな場所で迂闊にそんな言葉を掛けたおかげで、女性陣からのお嬢様に向けられる視線がきつくなっているように思えます。
「シャロン、良かったら後で…」
「え、あの…」
「君達、席に着きなさいっ。授業を始めるよ」
ジョエル様が何か言いかけた時、丁度いらっしゃったエリク先生が場を鎮めて下さいました。おやぁ? 私に気付いて何か言いたそうにしております。
「フルーレティ君……制服は?」
*
侯爵令嬢であるシャロンの変わり様は、程度の差はあれ好意的に受け止められた。元々シャロンが疎外されてきたのは、正直に言えば“良く分からない”理由だった。
ジョエル王子の婚約者候補となって、令嬢達からの嫉妬を受けていた。
だが、シャロンは五人の候補の一人でしかなく、他の令嬢は疎外されていない。
貴族として気高くあろうというシャロンは、他の者にもそれを求めた。
だが、大なり小なり、貴族ならば矜持は持っている。そして学院でも上級生や上級貴族なら下の者の手本となり、指導する立場でもあるので、シャロンだけが責められるのはおかしい。
上級貴族でありながら、シャロンは魔力の制御が稚拙である。
これは家庭環境によるもので、表だっては言わないが上級貴族ならその噂も耳にしている者は多く、親世代はシャロンに同情している者もかなり居る。
シャロンの目付きがきつく、睨んでくる。
遺伝はどうしようもないし、強い眼力も意志の強さの表れだろう。幼い子供ならともかく、成人間際の貴族がそれが分からないはずもない。
それらを全て含めれば、嫌われるのも理解できそうな気もするが、よくよく考えてみると、それら全てに当て嵌まり、シャロンを嫌う者は、嫉妬深く、品性が無く、貴族の情勢に疎く、他人を見下す、どうしようもなく臆病な子供と言うことだ。
しかも、そう言った者達は、大抵声がデカいと相場が決まっている。それは間違ったことを押し通す為に、自然と声が大きくなるからだ。
そう言った者達が率先してシャロンを疎外していた為、そのような“空気”が出来てしまった。その他の者達も、ただその空気に流されて、特に大きな理由もなくシャロンを疎外していたに過ぎない。
しかし、幼い頃より固まってしまった固定観念を崩すのは簡単ではない。
だが、ここに固定観念を崩す、幾つかの“切っ掛け”が生まれた。
召喚により、シャロンを知らない同年代の者が多く現れた。
彼らは幼い子供ではなく、年齢なりの価値観と道徳観を持っている。
一人で居て話しかけづらいシャロンに、最初にパートナーが出来た。
そのパートナーが……“普通”ではなかった。
そのパートナー発案による、『どうせ若い男は巨乳美少女に弱いよ』作戦によって、若い発情期の少年達は、固定観念があっさりと取り除かれたのだ。
だが、それを良く思わない者も居る。
先に述べた、嫉妬深く品性が無く事情に疎く他人を見下す臆病な子供は、もちろんそうだが、それ以外にも居るのだ。
それは【乙女ゲーム】の事情を知る【ヒロイン】達である。
凝ったゲームの性質上、会話はランダムなのだが、様々な場面で【悪役令嬢】の一人として絡んでくるシャロンは、攻略対象者の好感度を上げる為に必要な人物だった。
それ故にシャロンは“クラスの嫌われ者”でなくては困るのだ。
*
「えっと……フルーレティさん? お隣よろしくね」
本日の授業は、初めて授業に参加する中学生組の為に魔術の基礎をお復習いし、勝手が分からない中学生組に、学院の生徒がサポートしながら教える。と言う、ぶっちゃけ“集団お見合い”でございます。
そのため、少人数の四~五人ずつのグループに分けられたので、大変大変不本意ですが、お嬢様と離ればなれになってしまいました。
ボッチ気質のお嬢様が大変心配です。
「はい、よろしくお願いいたします」
「私のことはクラリスと気軽に呼んでくださいね」
学院の生徒さん、クラリス嬢はふわふわな金髪を揺らしながら、優しそうな笑顔を浮かべる。
大変可愛らしい方ですね。まるで少女マンガの“ヒロイン”のようです。誰とでも気さくに話せる雰囲気で、印象的にはシャロンお嬢様と真逆の方でした。
その他には、学院の男子生徒と中学生組の女生徒が一人ずつ。
「僕はコージモだよ、こんな美しい女性ばかりに囲まれると緊張しちゃうね。さぁさぁギンコさん、こちらの席へ」
「……はい」
そうそう覚えていましたよ、ギンコさんですね。私を訝しんでいるのか視線がきつめですが、お嬢様以外にそんな視線を向けられても嬉しくありません。
女好きそうな(偏見)コージモさんは、必死扱いてギンコさんを口説こうとしているので、特に気にしなくても良いでしょう。
クラリス様が微笑んで進行役を買って出てくれましたので問題はありません。
「魔術の基礎ですが、本来でしたら魔術の歴史的なものを知るとより造詣が深まるのですが、歴史的なことはお聴きになりました?」
「いえ、さっぱり」
「……神白さん、先週、私達だけで教わったのよ。……あなたは来なかったけど」
「おや、そうですか」
お嬢様のことが第一なので、興味がありませんでした。
「私のことは気になさらずお始め下さい。後で本でも読んでおきます」
「そうですか? では、始めに【着火】の魔術から」
どうやら【生活魔術】をやってみるようです。ライターほどの火を灯したり、鍋に水を入れたりする便利系です。
魔法と魔術はあまり違わなそうですが、解析されて呪符や魔法陣などに活用されて、誰が使っても同じ効果が出るのが【魔術】で、術者の感覚によって効果に違いが出るのを【魔法】と呼ぶようです。
魔法、魔術は、力ある言葉によって魔力に方向性を持たせるそうですが、その言葉は私達があの暗い世界で使っていた言語に良く似ています。
まずは素人の私達に、クラリス嬢とコージモが実践して見せてくれた。
「『着火』……わ、出た」
ギンコさんも問題なく【着火】の魔術を使えていましたが。
「着火」
私が鉛筆を高速でこすり合わせて火をおこすと、微妙な空気が漂いました。
「……それ、魔術と違う」
結果が同じなら良いのですよ。
どうやら私には、この世界の魔法は上手く使えないようなのです。
それはどうでもいいのですが、お嬢様は平気でしょうか?
チラリと視線を向けると、五人グループの中でものの見事に孤立していますね。運悪く女性だけのグループになったようで、学院の女生徒一人と中学生三人が、あからさまにお嬢様を無視している。
……あの羽虫共、何かやらかしそうですね。
「あの……フルーレティさん。シャロン様が心配なのは分かりますけど、私のことも見て下さいませんか……?」
その声に視線を戻すと、クラリス嬢が意味ありげな視線で私を見ていた。
「まだ私にも、あなたの【パートナー】となるチャンスは残っているのかしら? もし良かったら、今度、」
ズガンッ!!
私が手首のスナップで投擲した【オークキラー】が、学院の女生徒とお嬢様の50センチの間を通り抜けて向こうの壁に突き刺さる。
一瞬の静寂。その一瞬を利用して立ち上がった私は、ロングスカートの裾を摘んで、固まっている皆様に頭を下げた。
「失礼。虫がいました」
虫がいたのは本当デス。大きな“羽虫”もいましたが、それがお嬢様の髪に虫の死骸を投げようとしましたから。
席に戻った私は、まだ硬直している同じテーブルの方々にニコリと微笑む。
「クラリス様にも失礼いたしました。はて、何を仰っていましたか?」
「……いえ、何も」
クラリス嬢のお顔の色が悪いです。貧血ですか?
*
「レティ、もうあのような事をしては、いけませんよっ」
「はい、お嬢様」
お姉さんぶってお叱りになるお嬢様は可愛らしい。
あの後、エリク先生からお叱りを受けて【オークキラー】を没収されそうになりましたが、エリク先生がトゲ棍棒を持ち上げられなかったので、反省文を提出することになりました。
最近の男性は貧弱でございますね。たかだか、お嬢様より多少重いだけですのに。
「……レティ。何かまた変なことを考えていない?」
「お嬢様の胸部は大変重そうですが、お風呂では浮くのですね」
「今は関係ありませんわっ!?」
本当に不思議です。
そんな、簡単に誤魔化されて真っ赤になるお嬢様は、お優しいことに教職員のお部屋まで付き添って下さっています。
「反省文、面倒ですね」
「あれで反省文だけなら軽いほうですわ。何しろ、伯爵家の方が白目を剥いていましたからね」
それでもお嬢様の口調が軽いのは、普段からあのご令嬢に、よほど嫌がらせをされていたのでしょう。潰しておけば良かったです。
残りの女子も、ヒナ嬢とその愉快な仲間達なので問題はありません。
確か、デンコとボタンという女子が私に食って掛かろうとしていましたが、顔を真っ青にしたヒナ嬢が必死の形相で止めていました。
本当に……後遺症が無くて良かったですね。
後にご褒美で、寝ている間に少しだけ“薬物”を処方してあげましょう。
「っ、」
学院の廊下を進んでいた途中、お嬢様のお顔が一瞬だけ強張った。
「シャロンお嬢様?」
何があったのかと、お嬢様が見ているほうへ視線を向けると、一人の少女と一人の侍女を引き連れた少年が、お嬢様を見て少しだけ驚いた顔をしていました。
「……姉上」
「……ヨアン」
なるほど、アレがご実家のゴミクズ共の一人、シャロンお嬢様の弟君なのですね。
次回、姉弟の歪んだ間柄が明らかに。