06 次期、風龍の王
「あのな。目のやり場に困るからこれ着てくれ。頼む。と言うかお願いします」
俺は初めて契約した龍、暴風龍 テンペストこと翡翠に目を逸らしながら学ラン…では無くワイシャツを渡した。
「着たいのは山々なんだけどさ〜、どう着るの?これ。冒険者生活をしてた時もあったけど、この服は着たことが無いわ」
は?なに言っとるんやこのお嬢さんは。服着たことあんのにワイシャツ着れないって…。俺に着させろと言うまいな!?
「カズキ!」
「ん?なんだよ」
「私にこれ着させて」
やっぱり言いました。だがしかーし俺はここでくたばる訳にはいかんのだよ翡翠よ!
…はい。実際は着させたいですよ…。
「はぁ…着方教えるから俺の真似して着てくれ」
俺は理性を保ちながら翡翠に言った。
翡翠って冒険者ってやつやってたんだな。多分、というか絶対人間の姿で冒険者やってたんだな。
攻撃の方法ってどうやってたんだろう。やっぱり武器使ってたのかな。
そう考えながら俺は翡翠に着方を教えた。しかしーーー
「着させて?お願い…」
目を潤ませながらお願いしてきた。
「グフッ!」
「ふふん。効いたわね。私は冒険者の時、男共にお願いするときに自らが考えた必殺技よ!名付けて…
『必殺!目を潤ませながらお願いする』よ!」
そのままの名前じゃんかよ。ネーミングセンス無いな。しかし彼女のあのお願いの仕方は破壊力が半端じゃない。性欲の塊みたいな男にこれをしたら、襲いかかってくるであろう。翡翠、恐ろしい子…!欲望に負けるところだった…。
「はあ…仕方ねえな。次からはやんないからな」
「ふふん、やったぁ。……別にあんたに着させて欲しかった訳じゃ、ないんだからね!」
着させて欲しかったんだ。うんそうかそうか。俺は笑顔で翡翠にワイシャツを着させてやった。
この時俺は翡翠をこのまま襲ってしまう欲望と格闘していたのであった。
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「みんな聞いて!」
夜の中、翡翠が何かの生物に対して大きな声を出した。
今、俺の目の前に沢山の龍がいる。何故かって?それはな…。
翡翠は俺にワイシャツを着させた後、私の部下に言うことがあるから一緒について来て、と言われ、ついてみた結果こうなった訳だ。その龍の数100匹以上。どんだけいんだよ龍って…。
「みんなに聞いてほしいのは、私はこの人間、カズキと旅に行くことを決めたわ!」
翡翠が大きな声で目の前にいる沢山の龍に言った。
その翡翠の言葉でその沢山の龍が騒ぎ出した。めっちゃ大きな声で。耳が壊れそうだ。
「みんなの言いたい気持ちは分からなくもないわ。でもカズキがここで召喚魔法を試したら、私が選ばれちゃった訳。なんでここで召喚魔法使ったんだよ!って思うやつもこの中にはいるかもしれない!私もなんでカズキがここで召喚魔法使っていいって言ったのかわからないけど。でも!私が決めたことだから!このことはみんなにわかってほしい!」
使っていいとは言われていない。試してみれば、と言われたんだ。まあ意味は同じだけど。
そしてちょっと間が空いたあと、1匹の龍が翡翠の前に出てきた。そしてーーー
「それでは風龍王様。次の王は誰がやればよろしいのでしょうか」
「うーんそうね。あんたがやりなさい!」
「「!?」」
簡単に決めたなおい。俺も驚いちまったぜ。でもこの龍は翡翠の次に偉い龍、そう思ってしまった。
龍の状態の翡翠より少し小さいが、それでも翡翠の次に長生きしてそうだ。
「し、しかしわたくしに務まるとは…」
「なによ。あんた嬉しくない訳?あーあそれじゃ仕方ないわね。他のやつに任せるしかないわ」
意地悪だな。でも翡翠だからこの言い方なのかもしれない。俺が思うに、この龍ならなんとか他の龍達を引き連れそうだからな。
「い、いえ!嬉しいです!このわたくし、名前はありませんが風龍の王として、みなを引っ張ります!」
「ならいいわね。あんたら!異論は無いわね!あるやつは私が直々にぶちのめしてやるわ!掛かってきなさい!」
そう翡翠が大声で言った。
龍達は困惑を顔に浮かべながらも彼女の前に来ることはなかった。
「こんなもんね。カズキ、あいつに名前を付けてやってよ。あいつは私と同じ雌だからね。綺麗な名前を付けてやんなさい!」
「そんな重役を俺に任せていいのか?」
俺は翡翠にそう言いながら、次期王をみた。
翡翠と違って濃くて暗い緑色であった。そして眼の色が柚子の実の様な色だった。
緑の中に浮かぶ2つの柚子。その緑は葉っぱの様だった。
そしてこの色の名前が出てきた。
柚子の葉の色、柚葉色。
彼女に付ける名前はーーー柚葉。
「よし決まった。彼女の名前は柚葉。これからの彼女の名前だ。翡翠が言ってやってくれ」
「うん…。良いんじゃないかしら。よしあんた!今日から暴風龍 ユズハって名乗りなさい!他のやつもこいつのことをユズハって呼びなさい!分かったわね!」
翡翠は彼女、ユズハに名乗れと良い、他の龍達に最後の命令をした。
翡翠はやりきった、そんな顔をしていた。
俺は彼女を見て、本当に王の仕事をしてたんだな、とそう思えた。
「わ、分かりました。このわたくし、ユズハ。風龍王の名に従い、ユズハと名乗らせて生きます」
「もう私は風龍王じゃないわ。これからはヒスイ、今の名前で生きていくわユズハはもう風龍王よ」
「ヒスイ様ですか…ヒ、ヒスイ様。これからも頑張ってください!この暴風龍 ユズハ!次期王として!風龍王として!王の威厳を守り、ここに王となることを誓います!」
柚葉がそう叫んだ瞬間、他の龍達がそれを祝うかの様に叫び始めた。
この龍達も柚葉が王になることを認めた瞬間だった。
「それじゃあユズハ。いいえ風龍王ユズハ。それじゃ行くから、げん、きでね''…。ぐすっ…ひぐっ…泣かないってきべだのに"…」
翡翠が柚葉に別れの言葉を言おうとしたら…泣き出した。
本当は別れたくないんだ。部下だから…いや、家族だから。別れたくないんだ。
「ヒスイ様!泣かないでください。一生の別れという訳では…ここで泣かれたら私も…ひっぐ…泣いてしまうじゃないですか…」
柚葉は翡翠のことを慰めようとしたが、彼女が泣いていて、柚葉自身も泣き出してしまった。
翡翠がいなくなることの不安。王になることの不安。それが積み重なり、彼女も泣いてしまったんだ。
…畜生。泣けてくるじゃねえか。どこかの家族愛のドラマを見ている気分だ。
「わたじは!ほんどは別れたくなかっだもん"!離れだくながっだもん"!」
そう翡翠は言って顔を手で覆い、泣き崩れてしまった。
「わだぐじだって、別れたぐありません!離れだくあり"ません"よ!」
そう言って柚葉は人間の姿になり、翡翠の側まで走り出し、抱きしめながら言った。
「「うわあ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ん!!!」」
彼女達は大声で泣き叫んだ。他の龍達もその泣き声によるか涙を流していた。
俺は彼女達が泣き終わるまで、待ち続けた。
***************
翡翠は泣き疲れたのか、眠ってしまっていた。
俺はそんな翡翠をおんぶし、次期風龍王、柚葉に言った。
「すまない。俺のせいでこんな事になっちまったんだ。本当になんて言えば良いのやら…」
「いえ、大丈夫です。ヒスイ様が決めた事なんですから。これはヒスイ様自身の意志で、その意志をわたくし達は尊重しているだけです」
ヒスイが決めたこと、か。そうだよな。ヒスイが俺に着いていくって言ったんだもんな。
「そうか。柚葉、王として、この龍達のリーダーとして頑張ってくれ。それじゃ行くから…。あと、俺はここでさようならとは言わない」
「えっ…どう言う意味ですか?」
「俺にとってはさようならは一生の別れに使う言葉だと思うからだ。だから俺が言う言葉はーーー」
俺が使う言葉、一生の別れじゃないなら、また会うなら、
「またな…」
「!そういう事なんですね。それではまた、いつか会いましょう」
そう彼女は言い、俺は森に出ようとした。
あれ?ドウヤッテコノモリカラデルノ?
「すまない…。言いにくい言葉なんだが、森の入り口まで案内してくれないか?」
「ふふっ。しょうがないですね。わたくしが乗せていって差し上げます」
「ありがとう」
柚葉は人間の姿から龍の姿に戻り、俺と翡翠を乗せて森の入り口まで飛んでいった。
短い間だったが、この森ので色々な事があったのかもしれない。そう俺は思った。
***************
朝日が出た頃、俺と翡翠は柚葉に森の入り口まで乗せてってくれた。
「ここが森の入り口です。あの道を一直線に進めば森が見えます。あとこれはヒスイ様が冒険者の時に持っていたお金と言うものです。受け取って下さい」
そう言って柚葉は少し大きめな麻袋を俺に渡してきた。
「ああ、ありがとう。翡翠には柚葉達からこれからもよろしく言っといておくわ」
「お願いします。また、今度会える時を祈っています」
「ああ、またな」
俺は笑顔で柚葉に挨拶をして1本道を進んでいった。
***************
「んん…。あ、カズキ…」
俺が1本道を進んでいる時、翡翠が起きた。
「お、起きたか翡翠。どうする?このままおんぶされるか、歩くか」
「このまま…」
「そうか」
俺はそのまま翡翠をおぶったまま歩いた。
「ねえカズキ」
「ん?なんだ?」
「私って、もうみんなに会えないのかな?もうさよならなのかな?」
そう弱々しい声で翡翠は言ってきた。
「なに言ってんだお前は。いいか。さよならってのはな、俺にとっては一生の別れの言葉なんだ。その時に使う言葉はな…またな、だ。俺らが生きている間はまた会うかもしれないじゃないか」
「そう…また、ね…」
翡翠が小さい声で呟いた。今度もまた弱々しい声だった。
「そうだ。まだあいつらに会いたいんだろ?」
「当たり前よ」
「それじゃ今度またいつか会いに行こうぜ?一生会えないって訳じゃないんだから」
そうだ。俺らはまた柚葉達、風龍達とまた会う事ができるんだから。
「そうね。またいつか、会いに行きましょう。まだ少し、このままでいて良い?」
「そろそろ疲れてきたんだけどな…。強化魔法使うからそのままでいいぞ」
俺は苦笑いしながら翡翠に言った。彼女は安心してかまた眠りについた。穏やかな寝顔だった。
俺はそのまま街が見えるまで、翡翠をおんぶしながら歩いていった。
泣く場面がよく分かりません。
話の進みが早くて、理解できない人もいるかもです。
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