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これはきっと、寝る前に読んだあの本のせい。

こんな突飛な展開の物語に、需要はあるだろうか。

ああちくしょう。やっぱりあの写真の束だけが気にかかる。

あれに、あの中にいた誰が映っているのか、写っていないのか。そしてそれに何の意味があるのか。

彼女からものすごく真剣な顔で渡された時「うわぁフラグっぽい」なんて思いつつも、一枚目でひるんで確認しなかった夢のわたしの大馬鹿野郎。


さて。

起きた瞬間から虚空に散っていった夢を手繰り寄せるのは酷く難しいが、思い出せる限りやってみよう。


夢の最後でわたしは何故か酒盛りをしていた。

公園の屋根と壁はあるが大きく開けられた窓の部分には、木の板も布もガラスもない、東屋の様な所で。

そこに集うた人々は、正面に、若い男が3人。さっきちょっと抜けだしたのと合わせて5人か。

そしてわたしの友人(知人?)と思しき女子ひとり。


彼女の名前はタカコといい、フィリピンの血が入った小柄な美人で、さっきから吐き気をこらえていたらしく、不機嫌そうに「こんな男たちほうって早く(ホテルに)帰ろう」と言っていた。

それにはいはいと返しながら、「あれ。一次会の時点では、君が早くここに合流したがっていなかったっけ?」と、わたしは内心首をかしげていた。


そう。そこでともに呑んでいた男達とわたし達とでは、ほとんど面識がない。

先ほど別の場所(並んでいた料理と内装から居酒屋っぽい)でたまたまテーブルについて盛り上がり、二次会と称してここに来たのだ。

しかも最初はこの東屋ではなく、公園の入り口の広場のようなところで、もっと大人数が輪になって集まり、この男達を中心に何故かラップ合戦をしていた。

駆けつけ一杯のごとく合流した途端に「君もなんか歌いなよ」とむちゃブリされ、高らかにアニメソングを歌って周囲を冷やしたのは良い思い出である。


夢の中のわたしはどうやらちょっと痛い奴、もしくはマイペースな不思議ちゃんキャラで行く事にしたようだ。

ちなみに本来のわたしは、そうではない。と思いたい。

そして夢のわたしも、それより前の場所ではきちんとTPOをわきまえ、危機には率先して対処する仕事のできるキャラだったはずなのだが、その場では非常に唯我独尊なふるまいをしていた。

特に居酒屋では、「お気に入りを見つけてしまった」とか言う理由で漫画(紙媒体のコミック)を読みふけり、気がついたら食事会が終わっていたという痛さである。


「話しかけても全く聞いてないんだもんな~」

もしくはコンクリートのテーブルの向こうで、壁を背にして肌の浅黒い男が笑ってそうからかってきたので、内心はともかく「この子はそう言うキャラ」と認識されていたらしい。


ちなみに、さっきからその男達を「男の子」と書くかどうか迷っている。

何故なら彼らはその外見年齢と服装から判断して、明らかに年下。たぶん20くらい下。

ファッションに詳しくも興味もないので、もしかしたら40近くでも彼らの様に、ごっつい上着の下は身体にぴったりしたタンクトップ一枚、カーゴパンツとブーツは男の制服ですが何か? なんて人も多いのかもしれない。

しかしその二の腕や胸筋、顎のしまり具合からすれば。そして何よりもそのノリが、彼らが20代、しかもその前半であることを物語っていた。


しかも、である。

何故かわたしも同年代と思われていて、そのように扱われていたのである。

「そのように」とはつまり、深夜二次会まで若い男女が一緒にいた後のあの流れ、お誘いを受けていたのだ。

夢の中のわたしがどう言う背格好をしていたのか、その場に鏡がなかったので分からない。

分からないが、居酒屋での食事会、更にはその前の現場での会話や相手の反応を鑑みるに、現在のわたしと同年代、つまりは40代であると思っていたのだが。


あぁでもなぁ。

自由業のせいか、それとも長寿家系の遺伝子のなせる技か、それともそれとも、30代のころ買った洋服をそのまま着続けているせいか。

42にめでたくなった今でも、10くらい下に見られる事がある。

30代に突入して喜んでいたのに、「いま(大学)何回生?」と素で訊かれた事もある。


うん。この話題に触れるのはやめよう。


空も白んできたし、東屋から道を隔ててすぐの場所に立つ家の窓からガタイの良いおじさんが腕組してこちらを睨んでいるし、そろそろお開きにしよう。

そう言って、飲み食いして散らかした残滓をかたづけ始めれば彼らも率先して動きだし、東屋の壁に何故か貼られていたゴミの分別表まで見つけて仕分け始めていた。

うむ、良い若者たちである。


でも御免。タカコちゃんを狙っていたラップの上手い君。彼女は多分ついて行かない。

ついでに言えば、わたしも元から行くつもりはない。

タカコちゃんに促されてここに来たのは、あの写真の件があったからだから。



***



あぁ本当に。返す返すも残念である。

そこで目が覚めてしまったので、一枚目の、こちらを睨みつけるような、なのに少し哀しげな黒人の青年が写っているのしか、確認できていなかったのだから。

写真の彼は東屋にも、たぶんあの現場にもいなかった。


さて、冒頭より繰り返している「写真の束」についてである。


名刺入れの様な箱に入れて渡されたそれは、白黒で、デジカメ画像をプリントしたのではなく、フィルムカメラで撮影して焼かれたものと思われた。

と言ってもふちの様子から、焼き増ししたての印象を受けたが。


ひどく真剣な表情をしてわたしにそれを渡した彼女の事は、よく知らない。

敵対しているのか、そうでないのか。

何処の組織に属していたのか……フリーなのかもしれない。

ともかくあの現場にいて、なんとか抜けだす事ができそうだと状況と装備を確認しあっていた時に、託されたのだ。

その少し前、出会ってすぐ。事故か事件か分からない騒ぎが起こる前には、わたし達に見られないように、さっと後ろに隠したあの写真の束を。


そうなのである。

夢の終りで飲み会をしていた我らだが、夢の始まりと途中はかなりバイオレンスな場所にいたのだ。


その場所は―――良く分からない。

廃工場か、廃倉庫群か。ともかくコンクリートと鉄骨と埃と水溜りが大量にある場所だった。

脱出する時に、大きなトラックが何台も出入りできそうな集配所のような場所の横を走り抜けたので、その予想はあっているだろう。


夢のわたしが一体何の職業についていたのかは分からないが、9時から5時のサラリーマンでなかった事だけは確かだ。

そこにも鏡はなかったし、途中見かけた水溜りは鉄錆や謎の油が浮いていたので映らなかったしで全体像は分からないが、移動する間、話している間で目の端に写っていたものならば分かる。

下は、東屋で一緒であった青年たちと同じような草臥れたカーゴパンツにごっつい黒のブーツ。

上は多分、黒のタンクトップで、素肌の二の腕には小型のナイフと思しきもののホルスターが巻きつけてあった。

そして背中には自動小銃、両足首には小型拳銃がくくりつけてあるのを、夢のわたしは知っていた。


傭兵か!

その通りである。

そこに集う小集団、年齢も外見も性別もバラバラな仲間と思しき彼らも同じような格好をしていたので、たぶんそうなのだろう。


名前や階級を呼び合うことなく行動していたので、その集団におけるわたしの立ち位置は分からない。

分からないが、小集団のリーダーと思しき細身の男が何かと相談してきたので、古参兵ではあったのだろう。

軽口を織り交ぜてきた彼の様子から、気安い仲でもあったようだ。

男女の仲ではない。たぶん。


我らの小集団の近くには、別のグループもいた。

関係性のよく分からない彼らが、東屋で一緒にいた青年たちである。

つまり彼らの服装はファッションではなく、わたし達と同じような仕事に適したものだったわけだ。


夢ゆえに前後の脈絡があいまいなのだが、彼らと我らがそこに一緒にいたのは、偶然。

正確に言えば、別々に逃げてきて、一呼吸ついた場所が一緒だっただけである。

薄暗い地下道を抜けて出た底にはスチール製の机やロッカーが置き捨ててあったから、事務所のような部屋だったのかもしれない。


そうそう、写真の束をわたしに託した彼女もそこにいたのだが、そこで初めて会ったのだろうか。

それともあの会場にもいた?

曖昧である。

夢のその部分を忘れたのか、元々知らなかったのか。

今となっては確かめるすべがない。


迫力ボディを全身おしゃれな黒づくめで決めていた彼女が、縮れた長い黒髪が素敵なラテンかプエルトリカン系の美人で、一人であった事はわかっている。

その場所にたどり着いたわたし達と彼らの集団が、大なり小なり薄汚れていたのに対し、彼女は汚れも怪我も見当たらなかったから、優秀だったのだろう。

もしくは、いま思いついたのだが、元々あの部屋に潜んでいたのかもしれない。


彼女以外、わたし達の小集団と、東屋でともに飲んだ青年たちは、その日が初対面である。

ある依頼を受けて他の小集団とともに集められ、顔合わせのためか、仕事まで待機しているのか。

夢の中での描写がなかったか忘れているかでそこら辺は分からないが、少なくとも電気が明るくついた白い壁の大きな部屋で寛いでいた。


と思う。


そこで待たされることに飽きてきたのか何なのか分からないが、わたし達と彼ら以外の何人かが、部屋の外に出て行った。

そこで彼らが何かやらかしたのか、元々そう言う流れだったのか分からないが、ナニカが起こった。

曖昧な表現ばかりで書いているわたしも眉間にしわが寄りそうだが、突飛な展開が当たり前の夢であるということと、それを忘れかけていると言うことで、ご容赦いただきたい。


ともかくもナニカ重大な事が起こり、我らの小集団はリーダーを筆頭に、一目散にそこから逃げ出した。

逃げだしてすぐ件の廃工場の様な場所に場面は切り替わる。

事務所の様な部屋にたどり着くまでの道程が曖昧であるが、あるシーンだけはいまでも鮮明に覚えている。



***



小休止中なのか、リーダーが我ら小集団を見回して誰もかけておらず、重篤な怪我を負っていない事を確認して安心したのか、左頬だけあげる笑顔を浮かべてこんな事を言いだした。


「ああ言う余計な事をする若造は、長生きしねぇな。だいたい、考えてもみろ、こんなソファとかいかにも怪しげじゃないか」


彼がそう言い終わらないうちに、その薄汚れた場所に置き去りにされていたような、同じく薄汚れたネズミ色のソファの間から、ネズミがはい出してきた。

シャレではない。


ソファはそこそこ大柄な男が大の字になって眠れる程度には大きいもので、フルフラットにできるタイプのものだったらしくその状態で打ち捨てられていたのだが。

その背もたれと座面の継ぎ目の部分がもこっと盛りあがったなと思う間もなく、ひょこりと一匹。

続いて、もこり、もこりとつぶらな瞳の可愛い奴らが数え切れないほど出てきた。

どうやらこの夢には、ミステリーとバイオレンスの他に、ホラーテイストも含まれていたらしい。


「うわわわわ」


リーダーの言葉、前ふりっぽいなと危惧していたわたしは、案の定な展開に、慌てて仲間とともに飛びのいた。

とは言え、即発砲、せん滅なんて行動はとらない。

みんな予備を抱えているとはいえ、これから何が起こるか分からないから、弾薬は温存しておきたい。それになによりネズミ達は攻撃ではなく、逃走していたから。


そう。

ソファ、そしておそらくソファの後ろの壁の向こうから湧き出てきたネズミ達は、ソファから飛び出るや脇目もふらずに出口に突進していった。

それだけなら特にホラーテイストとは言えないが、ネズミ達はソファの隙間から這い出す際、そして走り去る時、あるものを分泌していったのだ。


彼らの鼠色の体毛の中から、透明なしずくの様なものが零れおち、しずくが集まりコンクリートの床に落ちる頃には丸い塊になっていた。

ぱらぱら、ぽろぽろと音をたてて床に転がるそれらの塊は、真珠だった。


わたしは愚かではあるが、そこまで物知らずではない。真珠は真珠貝から獲れる。それは知っている。

けれどこの夢の中では、ネズミが分泌しているのである。

しかも「あ、それもう少しほっておいたら乳白色に変わりますよ~」なんて、夢のわたしが仲間に告げているではないか。

何処から得た知識だそれは。

わたしの言う通りに透明から美しい乳白色に変化したソレを拾い上げて、リーダーが脱力しているじゃないか。



その後から事務所跡のような部屋へ行くまでも曖昧で。

部屋で青年達と出会い、「お互い生き延びたか」なんて挨拶をしつつこれからどうするかと集団ごとに話しているうちに、気がついたら彼女もいて、わたしと同じ外見の紙の箱を手に持っていたので、なんだろうと聞いてみたら、慌てて後ろ手にされた。


その後さらにひと波乱あって、彼女からその写真の束を託され。

その表情から重要なものと察して中身を確かめるべく、元から開いていた箱を傾けたのに。

一枚目で何故か怯んで慌てて蓋をした夢のわたしは、やっぱり大馬鹿野郎である。

だから気になって仕方がないじゃないか。


もうこれは仕様がないな。いつか物語として書くしかない。

まったく。寝る前にミステリーレビュー集なんて読むもんじゃない。

お陰で気になる物語の種が、また出来てしまった。

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