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陰陽師も錬金術も化学も結局、0か1でしかない。

今回はちょっこし長いです。

 えらく、スペクタクルな夢を見た。

 久々の事である。暑さに脳が暴走したのだろうか。

 いや、単なる二度寝の魔か。


 ともかくも、はじまりは一台のFAXであった。

 スマホで常時繋がっている時代、ゲームキャラクターが二次元を飛び出して現実とリンクするような時代にFAXと言われそうだが、まぁ仕様がない。



 ある少年が来た。

 初登場ではその少年は、身長1メートルもなかったと思う。

 少年と言っても、その言動からすれば、その身長に見合う様な子供ではない。

 その人を食ったような、すべてをはるか高みから見下ろし睥睨している様な物言いは、17,8くらいの年の頃を思わせた。


 少年が来たのは、ある高校である。

 私立か公立かは分からないが、学校崩壊も学級崩壊もしていない、「普通の」高校。女子と男子が何順だか知らないが教室でお行儀よく席に着き、所々居眠りをしている生徒がいる様な。


 その学校に少年がなぜ来たのか。

 件のFAXを届けに、である。

 学校にならばFAXの一台くらいあろう、彼は運送屋か何かか?という突っ込みがいま私の中で生まれたが、無視しよう。彼は単に、そのFAXの製作者兼持ち主であり、その学校の教師に頼まれて持ってきただけだからだ。


 そのFAX。一見すれば、我が家にあるものと同じく、白い筐体のプラスチックと金属の集合体である。

 ただこのFAXでFAX送信をすると、おかしなことが起こる。

 多くの家庭用FAXと同じく、筐体上部の口から紙を挿入する。その紙に書かれた内容を中のある部位が読み取り、電気信号にして送り、挿入した紙はそのまま下の口から出てくる。はずなのだが。

 そのFAXでは、やたらと長い紙に代って出てくるのだ。

 A4まで対応のFAXだから、A4の紙を差し入れる。下の口から出てくるのは、幅はA4と同じく210mm、長さはその数倍、巻物のごとく、つまみあげると成人男性の頭から脛くらいまである。

 不思議な現象はもうひとつ起こる。

 下の口から紙が吐き出されると同時に、FAXの前の虚空から、飛び出してくるのだ。薄手の毛布と、タオルハンカチが。きっちりビニールパックされた状態で。


 最初にその現象を見たとき、FAXを取り囲んでいた教師達は発狂したように騒いだ。

「なんで紙が伸びるんだ」

「なんでこんなものが出てくるんだ。それもどこから?」

「なんで毛布とハンカチなんだ」


 出て来た紙をふりあげ、ビニールパックされた毛布をひっつかんで同じように振り回しながら、少年に詰め寄る。


 しかし少年はと言えば。

「うるさいですねぇ……。紙が少々長くなろうが、FAXで使ったものだからもう用済みだし、毛布はこうして使えるから良いじゃないですか」


 少しだけ顔をしかめてそう言うと、教師からビニールパックを取り上げ、あっさりと袋を破き、丁度彼の近くで机に突っ伏して眠っている男子生徒の背中にふわりとかけてあげた。


「ん…あれ……?」

 黒い学ランとセーラー服から見て、季節は冬。

 教室には暖房施設はなさそうで、数十人の人間がいるとはいえ、寝ていれば寒かろう。

 それが突然、優しさに包まれるように、薄くとも抜群に肌触りのよい毛布、ちなみにフリース素材で、色はピンク、をかけられたその少年は、むくりと起きて周囲を見回し、毛布に気づいて頬ずりした。


「あれ、コレ?」

「寒いだろう。使ってくれ」

「あぁ……サンキュ」


 そうして彼はまた、幸福な眠りの中へ。

 その様を満足そうに見やり、惚けた様に口を開けたままそのやり取りを見守っていた教師に向けて、少年は「ほらね?」と振り返る。

 ただしくドヤ顔である。


 説明する機会がなかったが、その時点で少年の身長は、この教室に集う生徒たちの座った目線より少し上くらいには、伸びている。

 つまり話している短い間に、縦方向に30センチ以上成長したことになるのだが、そのことを突っ込む人間は、そこにはいなかった。

 FAXの構造についてやかましく問いただす教師さえ。

 奇異なことである。


 毛布が役立ち満足そうにしていた少年は、教師のうるささに辟易したのか、ぼやき始める。

 といってもふりだけだが。

「あ~あ。頼まれたから、わざわざ、自分のものを持ってきたのに。そんなに云うんじゃ、持ってくるんじゃなかった。これ、捨てちゃおうかな……」

 そう言いつつ、FAX前の虚空から毛布と一緒にビニールパックされて出て来たタオルハンカチを面倒くさそうに振る。


「だ「ダメ!」」


 教師が喚くよりも、少年の席に座る、女生徒の制止の方が速かった。


「あの……あたしがそれ、使いたい……」


 自分の出した声に驚き、少々恥じるような声音で、少年の持つハンカチを指す。

 クローズアップされたそれを良く見れば、クリーム地にピンク色のギンガムチェック柄。中々女子心をくすぐりそうな一品であった。


「そう。使ってくれるの? じゃぁどうぞ」

 機嫌良く笑って女生徒にさしだす少年。はにかみつつも受け取る少女。恋が生まれそうである。


「でもすごいよね~。今回のノーベル賞、ぶっちぎりだったんでしょ?」

「うん。他のもよかったらしいけど、○○君のには、比べようもなかったって」

「へ~すご~い!」


 ハンカチを受け取って大事そうに持つ少女の周りに、後ろと右側に座る女生徒が語りかけ、少女が少し自慢げに解説している。

 少年と少女はこの教室で初めて出会ったはずだが、会話する少女達は、少年が何者であるかを知っているようだ。

 そしてハンカチ少女はまるで自分が少年の代弁者であるかのよう。

 その横で少年はと言えば、自分が話題に出されているのが面映ゆいのか、あさっての方向を向いたまま、頬を書いている。


 結局そのFAXの現象はなんなのか、なぜそんなものを彼が作れたのか、そもそも虚空から出て来た毛布とハンカチなのに普通に使うのかお前ら。

 そんなある意味「真っ当な」教師の疑問を丸無視して、場面は転換する。



 ***



 どうやらそれは、修学旅行の一幕のようだ。

 制服姿の生徒達が、どこか浮かれた様子で、バスから降りてくる。

 どうやらこれから自由行動らしい。後ろで注意事項をがなる教師の声なぞ、聞いちゃあいない。

 いつの世も変わらぬ光景。



 そして何故か例の少年も……あぁいた。その集団の中にいる。

 彼らと同じ制服を着て、ついでに身長と容貌も揃えて。今の彼は、何処から見ても、ただの高校生。切りっぱなし、洗いっぱなしの染めていない漆黒の髪と、なんのアクセサリーも身につけていないところは、今風とはいえないか。


 彼の傍らには、あのハンカチ少女がいる。

 明らかに好意的な、とても嬉しそうな表情で、少年に話しかけている。

 彼女の手元には、その施設のものと思われるパンフレット。どうやら一緒に周るつもりらしい。

 彼女の友人やクラスメイト達は、その様を冷やかすでもなく、お馴染みの光景なのか、スルーしている。


 その施設は、優美な周辺の景観と、芸術品といえそうな細工の和菓子が売りのようだ。

 イマドキの高校生がそんなものを喜ぶのか? と思ったりもするが、立派な松が整然と植えられた湖岸に歓声をあげながら突進しているから、その心配は杞憂であったようだ。


 初登場時は、小枝のような手足をしていた少年は、成長しただけでなく、すこしふくよか……がっしりしたようだ。顔はまァ、十人並だろう。

 少女の方は、教室の場面とあまり変わりなく、肩を超すくらいの長さの黒褐色の髪に、色つきリップをつけただけのスッピン。目は大きすぎも小さすぎもせず、抜けるような白い肌であるとか、蟲惑的な唇の持ち主と言うわけでもない。


 その少年と少女は、ゆっくりと散策している。

 付き合いがどれほどのものか。何よりいわゆる「お付き合い」をしているのかは分からないが。二人の間にあるのは、認め合っていると言おうか、無言の信頼?

 ともかく、二人でこうしているのが自然で当たり前である事を、お互い分かり、認め合っているようである。


 しばしの散策の後、その施設の横、丁度並ぶ松の木とその間の細い砂地が桟橋のようになっている絵のような風景を見渡せる場所にしつらえられた、緋色の番傘、緋色の毛氈敷きの席に二人は落ち着く。

 少年を少女が誘ったようだ。

 少年はかなりの甘党らしく、少女に促され、少々はにかみつつも、メニューから2、3点選んでいる。もちろん全ては彼の分。少女は少女で、自分の分をひとつだけ選んでいる。


 二人で風景を眺め、のんびりくつろいでいるうち、さほど待つほどもなく、注文の品が届いた。

 朱鷺色の和服の楚々とした美人が、抹茶の碗をふたつ、二人の間に置く。

 それはいいのだが、彼女の後ろ、同じような和服に身を包んだ女性が捧げ持つ漆塗りの箱の中には、目にも彩、細工は一級の和菓子達がお上品な配列で、しかしかなりの量があった。

 しかも同じように箱を捧げ持つ女性が、彼女の後ろからぞくぞくと。


「あれ~?」

 どう考えても注文した以上の和菓子が運ばれてくることに、呑気に首をかしげる少女。

 隣の少年は、無表情。

 髪と同じく純黒の、少しやぶ睨みの大きな目は、ひどく冷たい。

「あの……これ、間違いじゃ?」

 控えめにそう問いただす少女には答えず、周りの座席と持ってきた床几の上に和菓子満載の塗りの箱を配置して。少年に美しい礼をして女達は退場。


「○○君……?」

 訳の分からない状況に戸惑いつつも、無自覚無条件の信頼を込めて、少年の名を呼ぶ少女。

 しかし少年は、心底うんざりした様子で目の前に並べられた菓子達を見まわし、少女に「ちょっと行ってくる」とだけ言うと、足早に歩き去ってしまった。



 ***


 そして場面が再度変わる。と言っても同じ修学旅行の風景。

 バスで別の場所へと移動したようだが、降りてくる生徒の中に、少年の姿はない。

 ついでに言えば、少女の姿も。


 今度の訪問先は、古式ゆかしい神社のようだ。渡り廊下の丹塗りの柱が美しい。

 食い気を刺激されない為か、先ほどの和菓子施設の時に比べれば、生徒たちのテンションは低い。「あ~はいはい、神社ね~」という、だらけムード。まぁ高校生男子なら、そんなものだろう。


 と。彼らの前を、煌びやかな装束に身を包んだ集団が通り過ぎようとした。

「おい、いまって何時代?」

 男子生徒の一人が、傍らの友人に思わずつぶやいたほど、後ろの4人の服装は、奇抜なものであった。

 砧で打ったような光沢のある緑や蒼を下地に、銀糸金糸が織りなす豪奢な着物。袴も同様に綺羅で、ぴしりと折り目のついた裾には、銀と眩い白で織られた波が踊っている。

 腰には、柄は黒漆に革をまいた二本差し。銃刀法のある現代日本では、その先はぜひとも模造であってほしいものだ。

 4人とも美しく長い黒髪を持ち、その髪はポニーテールというより髷のように頭の高い部分で結わえられている。ちなみに、結わえているのはお揃いの組紐だ。

 錦絵か大仰な時代劇でしか見かけないような装束の人々が目の前に現れれば、「なにかの撮影?」と彼らが首をかしげるのも無理からぬと言う物である。


 そして。その男達の前を進むのは、少年である。

 学ラン姿は変わらないが、少女と散策した時にはなかった深いふかい皺が、その眉間には刻まれている。

 いつからこの状態なのかは分からないが、そろそろ限界、堪忍袋の緒が切れたのだろう。

 少年は突如として振り向き、

「いい加減にしろ。ついてくるな」

 それは低いひくい声で一言、そう言い捨てた。


 後は後ろも見ることなく足早に歩み去ろうとする少年に、表情を崩さず追いすがる青年達。

「いえ、我らは○○様を守るが務め」

「ここは空気がいささか悪うございます。拝礼を済ませた後は、すぐにお戻りください」

「車は」

 3番目の男の言葉は、少年の怒声で遮られた。


「ばっかじゃねぇの!?」

 くるりと振り向く少年に、対峙する位置で立ち止まる青年達。

 少年の怒気にあてられたのか、皆顔色が少々悪い。

「いい大人が揃いも揃って、金魚の糞見てぇにぞろぞろと。他にやることねぇのかよ?」

「いえ我々は」

「まだわかんねぇ? お前らなんかいらねぇんだよ! さっさと本家に帰りやがれっ!」

「しかし若」

 焦って少年に伸ばされた青年の手を避け、少年は吐き捨てるように言った。

「あぁもういい。言っても分かんないなら、実力行使だ」

 どこから出したのか、少年の手には一枚の紙。どうやら人の形に切り抜かれたその紙を右手に持ち、

「お前の名前は……確かこうだったか」

 これまた何処から出してきたのか、毛先をたっぷり墨で濡らした細筆でさらさらと紙に文字を書き。

「この力が見たかったんだろう? 見せて……味あわせてやるよ」

 ゆがんだ笑みを浮かべて、ヒトガタを真っ二つに裂こうとした。


「○○!」

 空気は吸う前に、読むもの。

 現代日本に生きる若者は、そんな処世術がしっかり身についているものだが、聞いたこともない少年の怒鳴り声と、なによりその表情に、「やばい」と思ったのだろう。

 背景と化していた生徒たちの一人が、少年に呼びかけた。


 どうやら怒りのあまり少年は、彼らが傍にいたことにすら、気づいていなかったようで。

「あ…あぁ……」

 いつもは眇めている目を大きく見開き、ぼんやりと級友たちを見返す。

「いや~ワリイワリィ。あいつは、お前がいないって言ってたんだけどさ、俺ら気付かず移動しちゃってたわ」

「そうそう、俺がいくら言っても、誰もきいてくんないんだもんな~」

 少年が呆然としているうちに、声をかけた生徒とその仲間達は少年を取り囲むようにして集まり、あくまで呑気な口調で、話しかける。

 そしてあくまでさり気なく、綺羅の装束のあやしい青年たちを、遠ざける。見事な連係プレーである。

「あぁ、いや。オレも、言ってなかったから」

「一応、岡本ティーチャーがさっきの場所に残ってる。後で車で追っかけてくんじゃね?」

「そうか……後で、謝らないとな」

 ぽんぽん投げかけられる言葉に、どこかぼんやりしたまま、少年は応える。

 両手で握りしめられていた人型の紙は、懐にしまわれた。


「あ、俺今、ティーチャーにライン送るわ。なに? 家庭の事情でいいの?」

「あぁ、うん……それで」

 最初に話しかけた生徒とは別の生徒が、やたらと装飾されたスマホを片手に、確認してくる。その口調はあくまで軽く、さり気ない。

 その雰囲気に救われて、少年はこっくり頷いた。



 ***



 またしても場面転換。

 少年は友人一行から離れ、大勢の人間に取り囲まれていた。

 場所は、同じ神社の奥か。祭壇が設えられ、その下の岩には大きな口が開いている。その前にある明るいのだか薄暗いのだかよくわからない広場で、少年は囲まれているのだ。


 と言っても、包囲されていると言うより、遠巻きに縋られているという雰囲気。

 取り囲んでいる人々は、皆々少年より年嵩な大人ばかりであるが、態度は明らかに、少年の方が上。

 そして少年が相変わらずの学生服姿であるに対し、彼らは時代がかった装束に身を包んでいた。

 綺羅の羽織袴の青年たちに、神主が着る真白の浄衣に身を包む壮年の男達。上は白絹、下は緋袴の巫女姿の女もいる。


「あ~もう。揃いも揃ってお出ましか。いい加減にしてくれ」

 先ほどのような眉間の皺はないものの、疲れた様子を隠しもせずに、少年が嘆息する。

「いいえ引きません○○様。我らは十分待ちました。この上はとくお戻りくださりませ」

 浄衣の男の一人が、そう言って膝をつく。

 それに合わせて、周囲の者も少年に傅く。

 おかしな光景だ。


「ほんと、人の話を聞かねぇ連中だなぁ。帰る気なんざねぇって言ってるだろ?」

「そう言う訳にはまいりませんわ」

 少年のうんざりした言葉にかぶせるように、澄んだ少女の声が響き渡った。


 ニューカマー登場。

 暗がりから出て来たのは、清楚な、しかしお高そうな白いワンピースを着た、美少女である。

 年の頃は、少年と同じくらいか?

 しかし彼女の澄んだ、この世の理を悟りきったような瞳を見れば、大分年上も思えるし、身体つきだけみれば、いくつか年下にも思えた。

「○○様は唯一無二の当主。代わりは居りませんし、勤めを放棄して頂いては困ります」

 少年の胡乱気な眼差しに気づいているだろうに、少女は微笑む。

「さぁ、○○様。わたくしを娶ってくださいませ。そして」


「悪いが、幼女趣味はない」

 少女の鈴を振るような愛らしい声を、少年はぶった切った。

「幼女、趣味とは。いかなる意味でございましょう? 私これでも」

 少年の言葉に、凪いだ池の面のような少女の微笑みが一瞬崩れたが、持ち直して問いただす。

「あ~、あんたがいくつか知らないし興味もないけどさ、未来永劫。一応、婚姻は結べる年だって言いたいんだろう?」

「はい。晴れて16になりました」

「でも身体つきは、そうじゃねぇよな?」

 どこかうっとりとした少女の微笑みは、少年の一言で凍りついた。


「別にさ、あんたがつるぺただろうが、下の毛がまだ生えそろってなかろうが、どうでもいいんだよ。個人差だしな、そんなもん。たださぁ。あんた、保健体育で習わなかった? それ以前に、女なら自分でわかんねぇ?」

「なに、を……」

「別にあんたを侮辱するつもりで言ってんじゃねぇから。あんたの身体つきから予想すると、セイ……あ~『女になった』のも、最近だろう? そんな未成熟な身体で子なんか孕んでみろ」

 数歩先にいた、信じられないといった表情を浮かべる少女との間を一気に詰め、少年は囁く。

「あんた、悪くすりゃ、死ぬぞ」

「死……ひっ」

 思わず後ろに飛びのく、少女。

「そんなバケモノ見たような顔すんな。別にオレが殺すって意味じゃ……あ~でもオレのタネで死ぬんなら、オレのせい? ……まぁいいや。どうせやんねぇし。

 昔に比べりゃ日本人も大分発育は良くなった見てぇだがな。子を安全に孕めるくらいに成熟するのは、なんのかんの言っても、20以上だ。あんたくらい小柄なら、もっと遅いかもな。未成熟な身体で孕めば、死産に難産、生まれる子供は良くて未熟児、なんらかの障害を持つ場合もあるかもよ? その危険性を考えたことあんのか、お前ら」

 最後の言葉は、少女ではなく、周囲の大人達に向けられたようだ。


「あんたもさ~『守護』してるんなら、それくらい教えといたらどうよ。大妖狐サマ?」

 呆れたように少年が、少女の後ろの虚空に向かって話しかければ。

「そう言うてくれるな、○○よ」

 金色の光をまとった大きなおおきな狐の影が、そこに現れた。

「おぉ……!」

 少年と少女以外が、どよめきとともにひれ伏す。

 少年はその様を、覚めた目で見る。

「この頃では我の言葉になど、たれも耳を傾けぬ。嘆かわしき事よ」

「いやそこは聴かそうぜ。アンタ、何千年もこいつの家守ってんだろ? 理由は知んねぇけど。のうのうと守ってもらってる奴らになら、多少のオシオキはいんじゃね?」

「そうは言うてものう……」

「なに?」

 どこか言い淀む妖狐を、少年は端的に促す。

 少年の顔と、ひれ伏す人々、それからどこか呆けたような自分を見つめる少女を順繰りに眺めて、しばしためらった後、アヤカシは口を開いた。

 彼女の心を表すように、三つに割れた尾を揺らしながら。

「そなたと違うて、この者、この者たちは……弱い。器である身体も、心も。妾はどうも、細かな細工が苦手での。そのう……」

「あぁ、やり過ぎて死ぬかも、ってこと? そりゃ、仕方ないんじゃね?」

「なにを仰います!」

 あっさり言い放つ少年に、少女が叫んだ。


「あ、復活した」

「うむ。重畳」

 少年と妖狐はローテンション。いや、妖狐は若干嬉しそう?

「人の命を、なんと心得ます○○様! 私は確かに御方様のお姿は愚か声すら聴けない未熟者でございました。しかし我ら一族、御方様と結んだ約定を違えたことなぞ、一度たりともございません! 誠心誠」

「あのさ」

 意気込んで続けようとした言葉を、少年は無造作にぶった切る。

「なんでございますか!」

「それ。その約定とか。それたぶん、嘘だから」

 邪魔されたからか、少年の表情に腹を立てたか、激昂して言い返す少女に、またも無造作に少年は告げる。

「は?」

「嘘、で言い方がわるきゃ、勘違い? ん~……まぁ歴史的変質? 大体、一族が連綿と受け継ぐなんてご託、まるっと信じるのもどうかと思うぜ? 人間なんて、百年も持たない。掟だの約定だの、人づて口づてに伝えるうちに、変質するのが当り前だろう。言葉がまず変わっていくんだし。書いて残したところで、その間に大戦がいくつもあったから、散逸したものもあるだろうし。自分の都合のいいように『解釈』した人間だって、わんさといたろう。彼女の声が聴こえなくなってんなら、尚更だ」

 なぁ? と少年が降り仰げば、何度も大きく頷く大妖狐。

 その細長い面は、「よう言ってくれた」とでも言うように、酷く満足げである。


「それでは、私は……」

「大体さ、何十倍、何百倍の時を生きてるこのひと達にしてみれば、約定を取りかわす、それで縛るほどの価値なんて、俺らにはないって」

「いや、それは違うぞ○○」

 呆然と膝をついた少女に追い打ちをかけるように続ける少年に、待ったをかける妖狐。

「分かってるよ」

「あぁおぬしは分かってくれておろう。だがこの者らは違う。せっかくおぬしのお陰でこうして顕現できたのじゃ。いまこの時、ことあげせねば」

 生真面目な口調と表情で、そう宣言する妖狐。

 しばし彼女を見返した後、少年は肩をすくめて「どうぞ」と言うように、手を前に出した。


「うむ。我らはそなた達を縛ろうと思うた事はない。ただ、守りたかっただけじゃ。そなた達の始祖に誓うたようにな」

 妖狐の声音はどこまでも優しく、真摯だった。

 それがどこまで彼らに届いたのかは、誰にもわからない。たぶん彼女はそんなこと、気にしないのだろう。

 そして、これからも。その誓いをずっと守っていくのだろう。

「なんつうか……律儀だねぇ。だって何千年前のことだよ? もう時効じゃね?」

誓約うけいは誓約じゃ」

「そっすか」

 そんな彼女のすべてを見てとって、呆れたように少年は言うが、大妖狐は変わらない。


「誓約、約定ねぇ……難儀なことだ」

 端然と、まさしく守るがごとく、膝をついた少女の後ろに佇む妖狐と、平伏したままの周囲を見回し、少年はため息ひとつ。

「ってもさ。オレもう、そんなのいらないんだよね」

「若、なにを……?」

 浄衣の男がかけた声は、当然のように無視される。

「いやずっと、たぶん何千年も守ってもらって、そりゃ感謝してるよ? オレだって、生まれた時は、身体弱かったらしいし? ついでに命を狙われていたらしいし? あんたの加護だか守護だかがなければ、たぶん死んでたんだろう。それはうん。素直にありがとう」

 祭壇の下、岩にぽっかりと空いた、深淵の暗がりに向かって、少年は頭を下げる。

「んでもさ。そろそろいいと思うんだよね。俺の、遠いとおい先祖があんたを助けた礼だとしてもさ、これだけ経てばチャラというか、お釣りがくるだろ。だからさ」

 下げた頭をすっとあげて、にやりと笑う。

「もう自由にしなよ。大蛇、ミシャグチ様?」


 少年の呼び掛けに、祭壇の後ろの岩が膨らみ、撓み、瞬きする間に一匹の大蛇へと姿を変えた。

 その色は、真白。光源のとぼしいその広間で、銀とも金ともつかない光沢を放っている。

「ようやっと、我を呼んだか」

 妖狐より高い位置に蹲っていた頭がのっそり上がり、大きな口がぱかりと開いて、二股の赤い舌がしゅるしゅると出入りするその奥から、地の底から響くような低い声が出た。

「おう。久しいの」

 顔見知りなのか、妖狐が嬉しそうに嗤う。

「あぁ、御方の君か。久方ぶりじゃの。はて。幾歳いくとせたったものか」

「我らの間に時など無意味。とうに数えるのはやめにした」

「左様か。まぁなんにせよ、こうして顔を合わせたのじゃ、確か八塩折之酒(やしおりのさけがあったはず。後で呑みかわそうぞ」

「あぁ。それは、重畳」


「あ~。あのさ、ミシャグチ様?」

 楽しそうに言葉を交わすアヤカシ達に、少年が手をあげて声をかける。

「なんじゃ○○」

 大蛇の大きな頭が、少年を向くや、ひとくちに飲み込もうというまで近くに下ろされる。

「旧交を温めてるところ、邪魔して悪いんだけどさ。ちょっとだけ、時間くれないかな?」

 爛々と輝く金色の目とも相まって、震えあがるような光景だと言うのに、少年はペースを乱さない。

「ふん。相変わらず、可愛げのない奴よ」

「すんませんね」

「………そなたが先ほど言うた戯言なら、聞かぬぞ」

 鼻息とともに、そう告げるミシャグチ。

「え~いやもういいんだって。あんた、十分恩返ししてくれたし。こいつらだって、いままで十二分に恩恵受けて来たんだし。それを感謝しているようにはまったく見えなし、なにより選民思想がうぜぇからさ。もういい加減恩寵なんて、なしにしてくれよ。な?」


「なっ、若っ! なにを仰せられますっ」

 仕える神の顕現に、地面に額をめり込ませるごとく平伏していた者どもだが、少年の声に叫び声をあげた。

「何をもなにも。あんた達がオレを当主に祭り上げたんだろ? 頼みもしないのに。なら、当主として一族の方向性ってやつを決めてやっただけじゃん」

 青から赤へ、そしてまた青へ。

 くるくると忙しく顔色をかえる浄衣の男をつまらなそうに見返して、少年が言う。

「前から思ったけどさ、あんた達、ほんとに馬鹿~?『主』だの『尊い御方』だの持ち上げた相手が、増長しないと思わなかったわけ? オレはそんなこする気はないけどさ。めんどいから。だからってあんたらが押しつけて来たような『一族の為』の行動なんて、カケラもやる気もないけど?」

「そんな……」

 追い払う様な仕草をする少年に、絶望したようにくず折れる男。

 見れば、周囲の者の顔色も紙のように白い。

「『そんな』ってなにさ。オレが当主って言うんならさ、当主が何言おうが、その決定に従うんだろう? あんた達が言ってたじゃん。『御当主様は絶対です』。馬鹿じゃね? と思うけどさ。

 大体オレがさ~、なんで米国あっちに行ってたか、わかんない? もちろんバケガク勉強したかったからだし、有意義にきっちり学んできましたよ? でも何よりも、あんた達と物理的に離れたかったからだから」

「そうなのか?」

 男と少年のやり取りを見守っていたミシャグチが、興味深げに問うた。

「まぁね。だってミシャグチ様、考えてもみてよ。生まれた時から、『アレができた』『コレができた』『神と話せる』とか有り難がられてさ。知るかっての。

 やり方知ってりゃ、火ぐらいおこすだろ。風だって操るだろ。ヒトガタだって使えるだろ。あんた達と話せるのだって、そう言う能力を生まれ持ったってだけじゃねぇか」


「○○よ。そう言うてしまえば元も子もないがの。それができる者は、いまはほとんどおらぬのじゃ。そなたの一族も、此方こなたの一族も」

 鞭うつような少年の言葉に、さらに項垂れる男達、と少女。

 憐憫の情でも沸いたか、それを庇う様に、妖狐が言う。ミシャグチも重々しく頷いている。

「いないのは自然の趨勢だろ? この能力は劣勢いでんなんじゃないの? それに、使わない筋肉、器官が衰えていくのは当たり前。いやなら鍛えろ、学べ。出来る奴がいるからって、それに依存すんな。鬱陶しい」

 もちろん少年は、容赦をしないが。


「……確かにさ。一見、なんの動力も使ってないように見えるから、この業……錬金術? 妖術? 陰陽術? まぁ名前なんてどうとでもついてるけど、この技術は、エコだよね。万人が使えるようになれば、環境問題の一助にはなるんじゃない?」

「相変わらず、そなたの話はよく飛ぶの」

「いいから。しばらく聴いててよ」

「うむ」

「ミシャグチ様や御方の君と話せるのも、まぁ利点は多いよね。なにせ数千年の智識、見識。生きたウィキ様、グーグル先生。いやいや、そんなヒトが生み出したものなんて、比べるのがおこがましい。こちらが理解できるかどうかは別として、たぶん訊けばなんでも、それこそ森羅万象すべての理を答えてくれる」

「うむ」

「然り」

「でもさ………」

 重々しく頷くアヤカシ達を見やり、恐れで平伏しているのか、絶望で潰れているのか判然としない者達を見下ろし。

「出来ない物は、しゃあないじゃん?」

 少年はあっけらかんと言いきった。


「オレのこれが、なんなのかは、いまだに分かんないけど。第六感だか七感だか、とにかく何かの能力なわけで。こいつらが修行と称して阿保みたいに滝に打たれたり、五穀をたったりしても、得られないもんなんだろう」

「おぅ。そんな事をこやつらはしておったのか」

 少年の言葉にミシャグチが驚きの声をあげれば。

「……そうよ。妾もそんなことは無駄じゃと、何度も申したものじゃが……誰も聞かなんだ」

 妖狐の御方がため息とともに答える。

 二人の掛け合いに、更にめり込む周囲の者ども。

「練習すれば、鳥は空を飛べる。練習しなくとも、魚は生まれた時から泳げる。でもこの能力は、そう言うもんじゃない。たぶん。持ってるか持ってないか。1か0かでしかない。オレはたまたま1だっただけ」

「そうよの」

「でもさ。課題は多々あれど、人間はもう色んな力を持ったじゃん。マッチやライターがあれば火を起こせるし、団扇や扇風機使えば、風を動かせるよ? 空飛びたいんならハンググライダーか飛行機。あ、ヘリもあるな。そんで、誰かを殺したいんなら、包丁使えばいいじゃん。ヒトガタいらないじゃん。その方法なら、あんた達だって、もう知ってるだろ?」

 少年の言葉に返ってくるのは、無言。けれど彼は気にしない。


「持っていないから欲しい。その気持ちが想像できないわけじゃないけど、それで得られる行為や目的は、他の方法でも得られる。しかもその方法をあんた達は知ってる。それでいいじゃん」

 そう言いきると少年は、自分を見下ろす大蛇を見上げて、ニカッと笑った。

「と言う訳で、ミシャグチ様。永の加護、誠にありがとうございました。この御恩は一族代々、決して忘れぬことでありましょう。されど過ぎたる加護は、卑小なる人の身には毒ともなる。これより先は、どうぞ御身ご自由に。幾久しく、健やかで御在りください」

 身を90度に折り曲げて礼をすると、一気にそう口上を述べた。


「で、俺は。途中だった修学旅行を楽しむから」

 再びあげた顔は、どこまでも晴れやか。その表情は、友人達となんら変わるところのない、年相応のもので。

「御方よ」

「うむ」

「取りあえず呑むか」

「うむ」

 アヤカシ達も、そう呟くしかなかった。


以上、長々と、こんな夢を見ました。

何より見ているわたしが面白かったので、その他ココに出せなかった設定をぶっこんで、中編くらいの長さでいつか書こうと思います。

ちなみに、出せなかった設定は以下の通り。


1.差別発言ともとれる女性の成熟に関しては、実体験。血を薄めぬ為、近親婚を繰り返した祖父世代。彼の血縁上の両親も、従兄妹同士。彼を宿した時母親は、16歳になったばかりであった。ちなに相手は干支一回り上。


2、化学専攻でアメリカ留学をした時、彼は12歳。と言っても、生まれながらの智識があった為、スキップしてあっという間に博士号まで習得済み。それなのに日本の高校に編入したのは、向こうにはない体育祭だの修学旅行だのに、参加したかった為。


3、初登場時身長1メートルもなく、話しているうちに30センチ以上成長して、次は通常サイズに変化、もしくはちょっとふくよかにさえなっているのは、彼の体質、能力のせい。通常のヒトが使わない部分まで脳を無意識に使っている為、栄養が足りず、身体の成長できなかった。

日本に帰ってからは能力を意識して使わないようにしたため、成長期に追いついて、身体が成長した。


4、甘党設定。脳の餌であるブドウ糖を大量に送る為、幼少時よりチョコレートや餡子を大量摂取。能力を使わなくともその嗜好は変わっていなかった為、ちょっぴるぽっちゃりに。今回使い倒したので、スリムになった。

ハンカチ少女とのデート中に振る舞われた大量の和菓子は、一族のものからの「御側に行きますよ~」という表明。心底うざかったので、彼女と級友たちから離れて、迎え撃った。

大妖狐を連れた彼女がでてこようと、少年は最初から、一族をつぶす気だった。

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