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夢幻の愉悦 メッセンジャー

 やはり二度寝は、わたしを夢幻の世界へと連れて行くようだ。

 愉しかったが変な夢を観た。




 わたしは軍隊にいた。

 といっても女で、いまのわたしよりかなり若いようなので、雑兵というか、補充兵という扱いのよう。とりあえず厳しい訓練のシーンなどはなかった。



 で、そんな「わたし」がエルロイ「准将」にある任務を命じられる。


 わたしの役目はメッセンジャー。

 本土(どこだかは判らない)から船で小一時間の距離にある島で訓練中の、ムスタファ(だったと思う)兵士(階級は尉官?)にメッセージを渡し、准将の元まで連れてくる、という任務であった。


 これはもしかしたら軍隊生活、そして何よりメッセンジャーとしては致命的な欠陥なのではと思うが、夢のわたしは人の名前を中々覚えられないらしい。

 准将の名前はさすがに覚えているが、道々出会う人、上官、そしてお目当ての中尉だか少射だかの名前を良く忘れていた。彼の名は、何度もみかえすメッセージと思われる冊子に添えられた紙に、書いてあると言うのに。


 正規のメッセンジャーなのだし、何より准将などというかなり上の人間から命ぜられた任務なのだから、ボートをチャーターしてさくっと行けるものだろうと思うのだが、そこは夢らしく一筋縄ではいかない。

 メッセージを狙われての銃撃戦……なんてことはなかったが、なぜか途中で鍾乳洞のような場所に閉じ込められそうになるシーンがあった。


 しかも一人ではなく、大勢の人間と一緒に。その中には、別の部隊だけれど顔は知っているジョー・○ーイ(バ○ド・オブ・ブ○ザーズに出てくる)や、レゴ○スの衣装を着て鬘だけ脱いだオー○ンド・ブ○ーム、そして何故かアーサー王とドラゴンもいた。

 何故閉じ込められそうになっているのか、顔見知りの兵士はともなく王子様顔の人気俳優と一緒になぜ神話上の生き物もいるのか。その整合性のなさがまさしく夢だと思うのだが、なんとかその鍾乳洞のような場所から抜けだし、ムスタファ(?)兵士のいる島へと向かう。


 そうそう。そのムスタファ兵士宛てに、ジョー・○ーイからも伝言を頼まれる。

「渡せたらでいい」と言われても、官位は言っていないが、上官もしくは大分先輩と思われる彼からのお願いを断れるわけもなく、踵を合わせて敬礼して受け取る。


***


 あぁ、ようやく目的の島に着いた。


 漁船のようなボートから降りて、島の訓練所に向かおうとするのだが……兵士達と島の住民の仲はすごぶる友好のようで、フランクな付き合いらしい。

 射撃訓練をしている途中には賑やかな市が立ち、軍服を着こんでいる「わたし」にも、「お兄さん食べてきなよ!」と、気軽に声をかけてくれる。

 先に書いたように、夢の中のわたしは女なのだが、ベリーショートに式典用ではなく野営用の軍服に重いブーツを身につけたわたしは、まぁ若い男に見えるのだろう。

 ムスタファ兵士と連れだって本部に戻る途中でも、男に間違われて言い寄られるシーンなどあったから、「お約束」かもしれない。


 で。辿りついた訓練所では、どうやら射撃訓練の真っ最中。

 邪魔するのも悪いなと思い、脇で控えていたのだが、どうも様子がおかしい。


 目的の人物ムスタファ氏は、はちみつ色の少し長めの髪に、柔和な笑顔の似合う、少年の面影を残した小柄な男で。

 そんな彼がライフルを構えて的に狙いを定めている間、仲間からさかんに声がかけられているのだ。

「もうちょい右だ」「よ~しそのまま、良いぞラルフ」「お前なら出来る、当てて見せろ!」などと。


 一瞬いじめかと思ったが、声をかける同僚達は温かい笑顔で、ムスタファ氏の撃った弾が中心からは外れたものの、的を射抜けば肩を叩いて健闘を称えているので、

 激励と思われる。

 しかし採点しているならともかく、射撃訓練と言うのは、幾人かの兵士が一列にならび、上官の号令を合図に一斉に撃つものなのでは……?

 などと訝しんでいたわたしは、彼らがバラけた瞬間、ようやく理解した。


 ムスタファ氏は、目が見えないのだ。


 杖なしで、足場の悪い道をゆっくりとではあるがひとりで歩いていたので、全盲なのか、極度の弱視なのかは分からない。

 取りあえず目の前に立つ人間の顔を判別は出来ておらず、後ろから声をかけ、自分の任務を告げてメッセージを差し出すと申し訳ないような、困った表情を浮かべられたので、文字を読めないことはわかった。


 わたしの任務はメッセンジャー。だが、この兵士を准将の元にお連れするという任務も帯びている。

 相手が盲目だろうが、それは果たせねばならない。

 が。ムスタファ氏の許可を得てメッセージを読み上げようとしたわたしに、次なる難問が降りかかってきた。


 メッセージに添えられたわたしへの指令文には、「ムスタファ氏にメッセージを渡し、彼にそれを『解読させて』連れてこい」と言うものであったのだ。

 メッセージは冊子形態になっているから、暗号文の本か何かと思っていたのだが、開けてみたらばそれは、美しいポストカード集であった。


 クリスマスの家の中や日常の一コマを描いた、美しい、みる者をほっこりとした気分にさせるポストカード。

 道中中身をすり替えられる様な場面はなく、その冊子の入った封筒をエルロイ准将はわたしに渡す際目の前で再確認していたので、入れ間違いと言う事もない。

 その12ページ目がムスタファ氏へのメッセージのはずだが、それをどう解読しろと……?

 しかも氏は、目が見えないんですけど!?



 一瞬頭が真っ白になり、この指令を与えてくれやがった雲の上のお人に、「この状態でどうせぇっちゅーねん!」と悪態をつきたくなったが、目の前で困り顔を浮かべたままのムスタファ氏に止められた。

 しかもやんわり。宥めるような感じで。


 とりもなおさず、任務は任務である。

 メッセンジャーはメッセージを渡すだけ。などとは全く思わず、ムスタファ氏を本部へとお連れしつつ、口頭で絵の説明も試みることにした。

 ここで補足しておくと、夢の中のわたし達は日本語で会話をしているのだが、何故かムスタファ氏はフランス語が母語であるようで、それ以外の言語としては片言の英語しか理解できない。

 つまり、暗号かも分からないポストカードの絵を、盲目の人に、完璧には程遠いフランス語で説明し、解読してもらわねばならない、と。


 それなんて無理ゲー?


 ややもすれば折れそうになる心を責任感とムスファ氏の天使の笑顔に癒されつつ、本部へと急ぐ。

 氏には「ラルフと呼んでください」と可愛い笑顔で言われたが、経歴を聞けばはるかに先輩だったので、お断りした。


 そして往路では鍾乳洞が立ちふさがっていたが、復路では日本旅館が立ちふさがる。


 ロイにエルロイにトーイにムスタファにと、上官同僚すべてが欧米風の名前から類推するに、われらはイギリスもしくはアメリカの部隊で、夢の舞台もそうなはず。

 そこで何故日本旅館?

 そりゃ黒光りするまで磨き上げられた長~い廊下は立派だし、総ヒノキのお風呂は好きですよ?

 どっしり重い布団も好きだし、魚介祭りなお夕食は(きっとわたしはその時空腹を感じしていたのだ)、目にも胃袋にも嬉しいものでした。

 あぁ、最初は浴衣と箸にとまどっていたムスタファ氏も、一度説明すればさらりと着こなし、美しい箸使いを披露してくれたので、さすが(何が?)と思ったものだ。


 往路では全く見かけなかったこの旅館に何故泊るのかは謎だが、任務の疲れを癒すには十二分と、呑気にしていたところに、事件勃発。

 事件の詳細は語られず、どうやら不可解な殺人事件だったところを、ムスタファ氏と二人で解決したところで、夢はリスタートする。

 のは良いのだが、どうやら事件の最中助けた(らしい)若い女中さんに惚れられてしまったようで。目をハート型にした彼女に行かないでと縋られてしまう。


 いやそれタダのつり橋効果ですよ、とか。

 それで差別する気は毛頭ないのだけれど、えぇと貴女は同性を愛する方であって、わたしはいまのところそうではないので、残念ながらお相手は……。

 なんて焦ったが、なんのことはない。男と間違われていたのだ。


 四の五説明するより証拠をと、多分面倒くさくなっていたのだろうわたしは、脚にすがりつく女中さんに、晒しを巻いた胸元を見せた。

 その場には盲目のムスタファ氏と同性の女中さんしかいなかったので、それでも疑う女中さんに晒しを少々ずらしてお見せした結果、ようやく出発できた。


***


 で。後もう少しで本部と言うところで、いまだメッセージが解読できていない。

「解読させて連れてこい」と指令された以上、なんとしてでもムスタファ氏に絵をイメージして解いてもらわねばと、本部途中の港町にあるバルに腰を据え、周囲の昼間っから飲んでいるおじ様達の協力も仰ぎつつ、最後の解読タ~イムである。


 ムスタファ氏へのメッセージ絵は、橙と赤を基調とした台所の絵であった。流しとコンロの手前にカウンター。カウンターの右の壁には魚の干物がふたつ、かかっている。

 魚の種類はぼかされている為、良く分からない。漁師だと言う周囲のおじ様たちにも分からなかった。

 流しとコンロの後ろの壁には、黒い鉄のフライパンや片手なべが一つづつぶら下がり、床にはじゃがいもやトウモロコシが覗く麻の袋が数個無造作に転がっている。


 無生物画か、生活画か。


 ところどころラフに描かれているものの、その台所を使う誰かの生活の一部が感じられる、良い絵だとは思う。

 でもこれで何を伝えようとしているのか。どんな寓意が隠されているのか。何度見てもさっぱりわからない。

 わたしが分からなくとも、日本旅館の事件を鮮やかに解決してくれたムスタファ氏になら読み取れるのではと、出来るだけ正確に細かくお伝えしようとするのだが、如何せん画を口頭のみで表現するのは難しい。しかもフランス語で、である。


 申し訳なさそうに首をかしげるムスタファ氏に、「おっ前下手糞だな~だからな、」と参戦してくれた周囲のおじ様も、やはり撃沈。

 他の絵で練習するかと試してみるも、あまり効果は得られず四苦八苦していれば、いつの間にやら店の外は嵐の様相を呈してきた。


 ここで、(何故か分からないけれど)ムスタファ氏を准将の元に送り届けた後、わたしは自分が所属している本部ではなく、氏がいた島へ帰ろうとしていた。ので、

「あちゃ~この天候だと船出ませんよね~。今日中に島に帰られるかな……」

 なんぞと呟いていたのだが。


「無理に決まってんじゃん。っていうか、なんで島に『帰』んだよ」


 一瞬前までまったく気配を感じさせなかったエルロイ准将が目の前に立っており、どことなく不機嫌そうにそう返した後、

「あ、俺ここでいいや。すいません、俺にもシチューください」

 そう言いながら、狭いテーブルをはさんで向かい側に座っていた漁師のおじ様二人の間、わたしの真正面にするりと座ってしまった。



 そうそう。いままで書き忘れていたが、准将と階級は高いが、彼はまだ30代で、若々しい外見の持ち主である。

 脱いだら凄いかどうかは知らないが、背はともかく、身体の幅は漁師のおじ様たちよりも狭い。


 突然の准将登場に仰天し、あたふたしながら促されるままに道中の顛末を語っていたら、任務は完了。

 画の謎は結局解けずじまいである。

 何が笑いのツボだったのかさっぱりだが、こちらが必死に報告をしている間、准将はまず口角をあげ、次にこみあげる笑いを抑えているのか口元を震わせ、最後には大爆笑した。


「あ~やっぱお前面白いわ。工兵(どうやらわたしの所属はそこらしい)から引き抜きてぇけど、そうすっとリロイ少将に殺されっからな~」


 そんな言葉つきで。

 ちなみに「リロイ少将」とはエルロイ准将の直属の上官であり、わたしの養い親らしい。



「おとうさっ…ロイ少将は、わたしに甘くして下さいますから」



 ちなみにばかりで恐縮だが、「ロイ少将」とは、わたしとリロイ少将の間の愛称らしい。

 なんだかグダグダで謎ときが強制終了し、「僕は役に立ちませんでしたね」と哀しそうでもなく言うムスタファ氏に「そんなことありません。先輩は目が見えなくとも射撃訓練をし、事件を解決し、なによりもその笑顔でわたし達を癒してくれていますっっ!!」などと熱く語っているうちに目が覚めた。



 ………そんなドタバタ劇を繰り広げている間に外の嵐がますます酷くなり、雨なのか波なのか、店の上の方にある窓からざっぱ~んと幾度も水しぶきが入ってきたのは、寝ながら聴いていた雨音のせいだと思う。


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