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起動と展開

 世界で一番大きいショベルカーのサイズをご存知だろうか。

 日本の重機器メーカーが開発したそれは、重量720トン。出力4000馬力。

 一堀りでプールを掘れるんじゃないかと思わせるとんでもない怪獣だ。

 初めて動画をyoutubeで見たとき、その姿に興奮したものだ。

 巨大な甲殻類を思わせるいかめしい体と、SF映画に出てきてもおかしくないパワフルさはいっそ雄大で、憧れた。


 今、まさにそれくらいでかい怪獣が、俺に殺意を向けて襲い掛かってきた。


 大きな爪が俺に狙いをすまし、大振りの一撃が襲ってくる。

 それは遠くから軌道を見るのは簡単かもしれないが、実際に避けるとなると相当難しい。

 目の前いっぱいに爪が迫ってきて、その大きさから後ろに飛びのくのすら全力が必要だ。

 ぶおお、という恐ろしい勢いで空を裂き、当たった時の想像などしたくない代物だ。

 被った布の端が摩擦だけで持っていかれる。


 ぎりぎり回避した俺は冷や汗ダクダクで、次の攻撃に備える。


『ちょこまかと、しおって』


 外れたことに意外な表情を見せて、もう片方の爪を立て、反対方向から振りかぶり、降りぬく。


 あぶねえ。

 が、振りかぶる力も制御する力も、相当なものが必要なのだろう。

 一度回避できれば、何とかかんとか、その速度と方向性が予測できた。

 バックステップを踏みながら、迫り来る圧力を予測し回避する。


『……虫けらだけに避けるのは上手いものだ。そらそら』


 口では悔しがっているが喜色満面で、どんどんと攻撃してくる。

 爪に続き、いかつい尾での攻撃が加わった。

 攻撃回数が多すぎる。

 左右上下から、近距離・中距離の攻撃を間断なく浴びせられるのだ。


 いわばコイツは、ネズミで遊ぶネコ。

 自分が反撃されるなんて、これっぽちも思ってないんだろう。

 避けまくる標的をむしろもてあそぶ様に、楽しんで引き裂くか、叩き潰そうとするヴィゾーニブル。


 だが、日本にはこういう諺もあるんだぜ?


 窮鼠ネコを噛む。


 くらえ!


『うおらあああああ!』


 避けながら溜め込んでいた全力を『レーヴァンテインの枝』に乗せ、両手で持ちながら突っ込み、思い切り振りぬいた。


 突如として、反撃に出た俺に驚いた顔で巨龍は目をむいた。

 虚を突いた攻撃をその巨体で回避できるわけも無く、生物の急所である首下に俺の全力の一撃をもらうヴィゾーニブル。

 ミドガルズ曰くどんな圧力をかけても折れないらしいから、遠慮無しで思い切り振った。

 頑丈と言われるだけあって木製の棒とは違い、砕けることなく俺の狙い通りに当たり、その衝撃を伝える。


 ごきごきと鎖骨を砕く音と嫌な感触がグリップを通して俺に伝わる。

 振り抜かれた『枝』に乗った力はなお将軍に向かって突き進み、そのまま遠く離れた闘技場の壁まで吹き飛ばした。

 土煙とともに吹っ飛ぶ将軍は叫び声を上げ、壁に叩きつけられる。


『よっっしゃ。ざまあ見やがれこの野郎』


 まるで劇中に登場するモブキャラのようなセンスの無いセリフだ。

 硬い『枝』による奇襲のカウンターがうまく言ったことで俺は調子に乗った。


 もうもうと煙る土煙の奥から、りいん、という聞き覚えのある恐ろしい思い出を持った澄み切った音が聞こえる。


 やばいっ!


 その場所から全力で逃げたが、流石に将軍まで上り詰めた爪龍の魔法はとんでもない出力だった。

 火口で命の危険を感じたあの火球のサイズでもやばかったのに、そんなものすら目じゃない大きさだ。

 まるで大気圏との摩擦で燃え上がる隕石のようだ。


『レンヴァーテインの枝』を無様に振り回して、燃え盛る隕石をもろに食らった。



 ――――――


 ――――


 ――



 わああ、と歓声が沸き起こり、闘技場内がその波動で震える。

 応援なのか、感嘆なのか、それとも、決着がついたことへ向ける声なのかは分からない。

 だが、それが俺に聞こえると言うことは――


『くっ……虫けらなんぞが調子に乗りおって……イタイ、イタイ……早よう治せ……な、なんだとっ!?』


 将軍はぶつぶつ呟きながら鎖骨付近に手を当て、驚きの声を俺に放ったが、それは俺の言いたいセリフだ。

 全力で叩き込んで骨を砕いたはずの一撃だったのに、ほとんど無傷で反撃した将軍。

 それと、食らったはずの隕石魔法のダメージがほとんどない俺。


 どういうことだこれは。

 何故、アイツだけじゃなく俺まで無傷なんだ?


 ばさっと翼を広げ、俺の近くまで飛んできた。

 傷痕を見せ付けるかのように、空中でおっそろしい顔を近づけ、言う。


『貴様……どうやって避けた?』


『さあな』


 格好をつけたが、俺のほうもちんぷんかんぷんだ。

 何でまだ生きているんだ俺は。

 ってか、あんな渾身の一撃が何で全く効いていないんだ?

 あれ以上の攻撃なんて無理だぞマジで。

 ほとんど無敵じゃねえかよ、ずりい。


『……まあよい。水だっ!』


 りいん、と何故か将軍からではなく、俺の背後で輪廻陣が鳴り、どこからともなく洪水でも起こったんじゃないかというほどの大量の水が、俺を押し流さんとする。

『枝』を地面に突き刺し、その奔流に流されないように逆らう。


 うおおおおお……ってあれ?

 別に何とも無いぞ?

 地面と体がずぶ濡れになった程度だ。

 ぐっしょりとなった地面がぬかるみ力が入らない。

 ドロだらけになった革靴は、廃棄決定だ。


『氷っ!』


 またもや背後から、りいん、という音がなった後、ペキペキと乾いた音が、濡れた地面からゆっくり響いてくる。

 瞬時に大木を倒す時に聞こえるような、ベキベギとした凄まじい凍結音に変わっていったのに気づいた時には、もう遅かった。


 ずぶ濡れの足下と地面が凍りつき、縫い付けられたのだ。

 地面に突き刺された『枝』もその余波に巻き込まれ、氷漬けにされる。

 じたばた動こうとするが、全く動けない!

 マジでやばいっ!


 空中に居たためそれから逃れた龍は、その様子を見て醜く傷痕を歪め、余裕綽々で俺に語った。


『もがけ、もがけ。虫けらにしてはようやったと褒めてやる』


 輪廻陣と呼ばれる、黒い魔法陣の様な物を、ゆっくりと頭上に展開していく龍。

 満身の力を込めているように思われる。

 大きな輪廻陣がぐるぐると回転し、その度ごとに力を蓄えている波動を嫌でも思わせる。


『そんな虫けらにご褒美だ。氷の棺に身を横たえ、灼熱の炎に身を焦がせ』


 にやにやと嫌な笑顔を顔に張り付かせ、身動きできない俺にしか聞こえないように囁くように喋る。

 さっきとは比較にならない特大の隕石を、至近距離から俺の頭上にぶち込んできた。


 くそ!

 足がうごかねえ!

 こんなヤツにやられたくねえ!


【――――?】


 ――何だ――

 ――誰かが、何かを喋っている――


【チャージにより残存エネルギーが5%を超えました。起動しますか?】


 何でも良い!

 藁にだってすがってやる!


【起動するっ! 早くっ!】


【起動の確認を完了しました。支払うコストは2%です】


 その声はこんな緊急事態にもかかわらず、のんびりと言った。


 諦めに似た目の動きは、助けを求めるように俺の意思とは無関係に辺りの様子を探る。

 悲鳴のような唸り声を叫ぶ観客席の龍たち。

 目を見開く龍王。

 口元を押さえ目元を潤ませるリントブルーム姫。

 首をそむけ目をつぶり苦痛に耐えているようなミドガルズ。


 それらをかき消すように、目の前に迫り来る巨大なオレンジ色がゆっくり埋め尽くしていた。


 爆発による炎の熱は、俺の毛先をじりっと焦がした。


 嫌な臭いだ。



 ――――――


 ――――


 ――



 じゅうじゅうという余熱は地面を焦がし、氷が蒸発した水煙が辺りを埋め尽くす。

 揺れる蜃気楼が視界の隅で悔しがっている巨龍の姿を酷く歪ませた。


 空中から降りて来て、俺の無事を驚き、その理由を強い口調で詰問する。


『なんなんだ貴様はっ! どうなっておるのだ!!』


 死の瞬間を垣間見た俺は冷静だった。


 そんな疑問の矛先を誰に向けるか、はっきり分かっていた。


 地面から『枝』を引き抜き、そいつに向かって話しかけた。


【おい。【レーヴァンテインの枝】お前がやったんだろう?】


【その名称は登録されていません。登録しますか】


【ああ。お前は【レーヴァンテインの枝】だ】


【登録が完了しました。再度のチャージにより残存エネルギーが2%上昇。残存エネルギーは5%です】


【チャージって俺何かやったか?】


【輪廻陣によるチャージを確認しました。輪廻陣の説明をご希望ですか】


【いや……今はどうでも良い。それより、アイツを倒す方法を考えてくれ】


 特に考える時間をおかず、『枝』は事務的に俺に返事を返す。


【当該攻撃対象は他者による回復補助を行っている可能性が89%あります。一回の攻撃強度を上げる必要があります。残存エネルギーから計算しますと、回復を除外する場合、有効と思える攻撃手段は3つあります。回復を含めた場合、有効と思える攻撃手段は1つです。起動に必要な分を含めた、全ての残存エネルギーが消費されますが、よろしいですか】


 あの野郎!

 反則してやがるのか!?

 だが、そんなものを訴えている余裕は無い。


【……構わない。全部使ってくれ】


魔法刃メガスブレードを展開します。支払いコストは5%です。以後【レーヴァンテインの枝】はシャットダウンします。グッドラック】


 ヒィィン、と何かが『枝』から放出される音が聞こえた。

『枝』の周りには光り輝く白い刃が生じ、そのサイズは俺の倍を優に上回る。


 明らかに最大の攻撃を行った巨大な龍は、それをかき消されたショックからか、まだ俺に何事か叫びながら尋ねていた。


 今は決闘中だぞ?

 不用意に近づきすぎなんだよ。


『――っ!? 何をやったか聞いておるのだ虫けら! おい!? 何だその光は!? 貴様っ! 何をするっ!』


 瞬時に距離を縮めた俺は、その勢いで龍の顔に向かって切りつけた。

 咄嗟に顔を庇った龍は、腕から鮮血を撒き散らした。

 ずるりと嫌な音がして腕が落ちた。

 ぱっと俺の顔に龍の赤い血がまとわりつく。

 飛んで距離を置こうとする龍の尾を捕まえ、振り回して地面に叩き付けた。

 顔面を蹴りつけ、肩をぶちかます。

 どかっとした音が響き、龍が壁まで再度追い詰められる。


 逃げ場を無くし、体を小さくした龍は先ほどの威勢が嘘のようだ。

 血が滴る腕を中心に、逆回し映像のように傷がふさがっていく。

 だが、回復する時間など与えない。


『くらうがいいっ!』


 集中できないのだろう。

 傷を負いながらの輪廻陣は酷く歪んでいた。

 先ほどの大きさよりも明らかに小さな火球を連続で打ち込んでくるヴィゾーニブル。


 光の刃で受け止めると、出来損ないの火球は音も無く吸い込まれて行った。

 こんなのじゃチャージできねえよ、と思いながらその様子を見ていた。


 ヴィゾーニブルは、恐れおののいたように恐怖を顔面へとへばりつかせ、恐慌状態に陥った。

 そんな馬鹿な、と力なく呟きながら、それでもなお歪んだ輪廻陣を展開し、それが力を収束する前に放つ。


 全ての火球を受け止めた『枝』と俺は、じりじりと将軍に詰め寄っていく。


 光の刃をまとった『レーヴァンテインの枝』を振りかぶると、懇願する傷痕が醜く盛り上がるのが見て取れた。


『参った! 降参すると言っておるのだ!? 止めろ! ヤメロっ!!!』


 俺は、首へ目掛けて全力で振り抜いた。


 しゅうん、と炭酸の気が抜けるような間抜けな音が『枝』から聞こえ、光の刃は薄くなって消えた。

 恐らく、残存エネルギーとやらが切れたのだろう。


 物言わなくなった『枝』をそのまま将軍に向かって叩きつけた。


 首から打撃音が聞こえ、その音と一緒に将軍は気絶した。

 その威力だけではなく、戦意喪失と恐怖からだろう。


 『一回で全部のチャージ使ったんだよ。ビビリやがって』


 ぐったりした将軍は、幼く見えた。



 ――――――


 ――――


 ――



 闘技場は静まり返った。


『降参の合図を確認しました。決闘はリントブルーム派による勝利とします。リントブルーム殿下とミドガルズオルム殿下による言い分を全面的に認めることを正式に通達いたします。両陣営は、治療を終えた後、玉座の間に集合してください』


 場内アナウンスの後に、歓声がこだました。

 しばらく鳴り止まなかった。


 緊張の糸が切れた俺は、『枝』をからんと地面に投げ出し、そのまま崩れるように意識を手放した。


 『やったあ!』

 『流石はオレの認めた強き者。オレは最初から信じていたぞ』

 『驚きである。まことに驚きである』


 知っている龍の声が、聞こえたが、応える余裕は無かった。

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