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龍の神殿への道

「落ち着いたか?」


「……ひっ、ひっ、ひう、うう……うん」


 恐慌状態がしばらく続き、押さえつけるように抱きしめた。

 抱きながら背中をポンポンと一定のリズムで叩く。

 マリアは徐々に大人しくなっていった。


「マリア。良く聞いてくれ。コイツら龍のことだ」


「……うん」


 マリアが気絶している間に起きたことについて、簡単に語った。

 俺たちを取り囲みハラハラと心配そうにしている五匹の龍たちは流石に懲りたのか、口を挟むことなく大人しく聞いていた。

 龍たちには人間の言葉が分からないため、挟みようもないのだが。


 人間が喋る言葉と似ている龍言語は、人間には一見普通に聞こえるが、意味が全く違う。

 そして、龍は人間が言っていることを聞き取れない。


「――つまり、人間は龍を今までずうっと勘違いしていたんだ」


「嘘よ! 嘘よ! だって今年だけでも隣の村のヤマトちゃんだって、アンナ皇女様も連れて行かれたのよ。『学園』にいるんなら、そういう話を聞いていてもおかしくないじゃない!」


「そうは言っても、これがホントのことなんだ」


 ミドガルズに向ってマリアは言う。


「龍様あんまりでございます。さあさあ、早くお食べになってください。こんな辛い仕打ちをして何になると言うのですか」


 大方、マリアに希望を与えた後に食べようとしているとでも思っているのだろう。

 龍は人肉なんて食わないというのに。

 ミドガルズの口元に自分の腕を持っていく。

 ミドガルズはそれをうっとうしそうに避けていた。


『ミドガルズ。どうも信用してもらえないみたいだ』


『その様子であるな。この娘は何を言っているのだ?』


『安心させてから食べようとしている、と思ってるみたいだ』


『そんな酷い仕打ちをして何になる』


『全く同じこと言ってるよマリアも』


 二〇〇年という悠久の月日は、勘違いの歴史を育んでしまったようだ。

 幼い頃から散々言い聞かせられていたら、そう思い込んでしまうのも無理はない。

 例え嘘だろうが勘違いだろうが、真実よりも重く受け止められていると言うのは、珍しい話じゃないだろう。


『あと攫われて『学園』にいるなら、なぜその話が広まらないのかと疑っている』


『我輩たちが知っているのは、経歴を消され、名を与えられるという所までだ。生命之書アカシックレコードの洗い直しということだな。龍は生命之書アカシックレコードを一部だけ読み取ることが出来るのだ。言葉を介しなくてもそれは見れば分かる。そのため『学園』にいることを他の者に伝えない理由までは知らん。だが、どうやら見事才能を開花させ、新たな名で有名になった者たちはいるようだ』


『様子を見に行ったりしてるんだ』


『ちょくちょく行っておる』


 コイツらの時間間隔だけは全く信用ならん。

 どうせ一年に一度程度だろう。


『じゃあマリアを解放してくれないか? 悲しいけど信じてもらえないなら、しょうがない』


 ミドガルズはまとわりつくマリアに若干嫌気が差してきているようだった。

 そんな気はないというのに自分を早く食えと急かされているようで居心地が悪いのだろう。


『我輩もそうしたいところだが、これも任務なのだ。勝手な判断を下すことは出来ない』


 ああ、そんなこと言っていたな。

 龍にも色々としがらみがあるのだろう。

 あれ? でもここは龍巣のはず……いや、人間が勝手にそういっているだけだった。

 ってことは、龍の本拠地はここじゃない。


『俺たちを龍たちの所に連れて行ってもらっても良いか?』


『何かする気なのか? ソナタは強い。危険なことをするつもりなら認められん』


 やっぱり違うところに住んでいるんだな。

 ちょうど良い。思いのたけをぶちまけてやる。


『直談判だ。もしかしたら、諸問題が解決するかもしれない』


『人間が龍に対してそんな無茶なことをした前例はない』


『当たり前だろう? 誰も龍言語が分からなかったんだから。大体その許可だって、俺っていう証拠がいるだろう?』


『う……それもそうであるな』


『よし。決まりだ。じゃあ申し訳ないけど、眠らせる魔法とかある? マリアをしばらく眠らせて欲しい。これから龍がたくさんいるところに行くんだ。この状態じゃマズイだろう』


『ニーズ、命令だ。この娘をしばらく眠らせろ』


 先ほどの男前の法龍に向ってミドガルズは言った。


『御意』


 何故か嬉しそうにその命令を快諾する法龍。

 コイツ自己顕示欲高そうだな。

 女に振られたら、めっちゃ落ち込むタイプだ。


『おいおい。心配だな。何か副作用とかないのか』


『オレを疑うのか、強き者よ。オレに任せておけ』


 ニーズと呼ばれた法龍は、指先に豆電球のような淡い光を灯し、未だミドガルズに向って早く食べろと懇願するマリアの頭の上に、すうっと優しくそれを落とした。

 たちまちマリアは足から力が抜け、崩れるように倒れそうになる。

 あぶねえ、と思い咄嗟に抱きとめる。

 人間サイズから言わせてもらうと、コイツらの挙動は雑なんだよなあ。

 ぐにゃりとした四肢に力が入っていないマリアの身体は色々柔らかかったが、今は非常事態だ。

 そんなことを楽しませてもらう余裕は無い。



 ――――――


 ――――


 ――



 ミドガルズの背中に乗り、火口から脱出した俺たちは一路龍の住処に向った。

 日は完全に沈み、夜の帳が下りていた。

 眼下を眺めると、所々に蛍の光のようなポツポツとした光が瞬いて見えた。

 マリアの住んでいる村なのだろう。

 光の数からすると、村と言うイメージとは違って意外にも多くの人がいるように思えた。


 雲を抜け、ぐんぐんと上昇しながら飛行する龍たち一行。

 やっと平行飛行になったと思ったら、眼前にはとてつもないデカい壁のようなものが現れた。


 万年樹林というらしい。

 実際にはどれほど長い年月を経ているのか分からないくらい古い樹木の集合体であるという。

 我輩が小さい頃からこの姿のままであるな、とミドガルズは解説してくれた。

 彼ら龍たちの主食であり、住居であるとも言う。

 樹皮の炒め物がとても旨いと言っていたが、正直全く食欲を刺激されなかった。

 俺の国では二種類の根っこをみりんと醤油と鷹の爪をごま油で炒めたキンピラゴボウという食べ物があると返すと、何だその旨そうな物は是非今度作ってくれ、と食いつきが良かった。


 樹木で出来た壁を沿って上へ上へと向う。

 高度が高くなるのと、風圧のおかげで身体が冷え切っていた。

 俺は何とかなるが、マリアが凍えてしまう。


『ニーズ。すまんが、身体を温める魔法はないか?』


『何だ。オレの魔法が必要なのか。しょうがない。今回だけだぞ』


 さも嬉しそうに嫌々する振りをする法龍ニーズ。

 彼が指先にほのかな光を灯すと、俺たちの周りにはふんわりとした膜が出来、包み込まれた。

 おお、暖かい。


『ニーズ。凄いよ。もしかして龍の中でも抜群に魔法の才能があるんじゃないか』


『馬鹿じゃないのか。馬鹿じゃないか強き者。オレが才能溢れるのは間違いようのない事実だが。オレより凄い龍はたくさんいる。いっぱいいる。え? オレ、そんなに凄いか? 困ったことがあったら、オレにちょっと言っていいぞ。本当はしたくないけど、困ったことがあったらオレに言うと良い。気が向いたらだけど、オレが助けてやる』


 ニーズってちょろい。


 一際大きな雲を突きぬけると、朝日がちょうど上がっていく姿が見えた。

 雲海に光が走り、暖かな色が見事に広がる。


 逆方向に目を向けると、幻想的な光景があった。

 万年樹林の頂きが複雑に絡み合って緑の大地を作り出していたのだ。

 小川が光り輝き、様々な彩の植物が咲き乱れる、まるでCGのような美しい景色だった。


 全てが樹で出来た街が作られ、建物がビル群のように乱立していた。

 樹からは龍が飛び出し、いたるところを忙しなく飛んでいる。


 その間を縫うように飛んでいくと、荘厳で巨大な神殿様の建物が見えてきた。

 入り口にミドガルズ一行が降り立つと、門番らしき四匹の龍が近づいてきて、胸に手を置く敬礼のような仕草をした。

 しかし、俺とマリアの姿を見ると、慌てたように一匹が去って行った。

 ミドガルズはその反応を予想していたようで、特にそのことについて触れない。


『では、一旦解散。沙汰があるまで自由行動を許可する』


 ニーズたち龍にそう告げて、俺に向き直り、ついて来いという仕草をした。

 解散の旨を聞いたニーズは一目散にどこかへ駆け出して行った。

 腹でも減っているんだろうか。


『これは……凄い』


 ミドガルズの後ろに続き、マリアを背負った俺は感動していた。

 樹の配色が複雑怪奇な文様を形作り、その建物を彩っていたのだ。

 白と茶で構成される天然の色が絡み合って、絶妙な色を出している。

 その木材は誰かが設計したのではないかと思えるほど美しく、何かを奏でるように濃くもせず薄くもせずに綺麗な発色をしている。

 コーヒーの中にミルクの滴を垂らすと生じる渦のように、お互いを侵食し合い融合しようとするせめぎ合いが美しく戦う。

 長く続く廊下も物珍しさのせいで、苦痛に感じない。

 いたる所に縦に渦が生じている樹柱が立っていたが、それすら美麗に配置されているように見える。


『ここで待て』


 これまで見た中では最も大きな扉がそこにあった。

 ミドガルズは、扉の前にいる龍に何事か話し、中に入るように促された。


 扉の近くで待機するように言われたので、地面にマリアを優しく降ろす。

 樹で出来た地面を触るとほんのり暖かい。

 つるりとした質感で良く磨かれていることが分かる。

 これならマリアの背中も痛くなかろう。

 俺もそこに腰を下ろした。


 今日一日だけで目まぐるしいほどのことが起きた。

 少しだけ休むとしよう。

 目を瞑り、身体の力を緩めると、すとんと眠りに落ちた。



 ――――――


 ――――


 ――



 夢心地の中で、誰かがヒソヒソと喋っている声が聞こえた。


『これが龍言語を話す超人パラノイアなの?』


『そうです。強き者です。輪廻陣魔法アルスメガスを避けるくらい強いです。オレの才能すら見破りました。直に闘ったガンドレー様も天晴れと褒めていました。オレもそう思います』


『ふざけないで。輪廻陣魔法アルスメガスなんて避けられるわけ無いじゃない。でも、あの頑固者が他人を褒めるのは珍しいことね。相当なステータスがありそう。どれどれ……え、何これっ!? 生命之書アカシックレコードが無い!? ……どういうことなの? 不思議ね。うん……このヒツジのこと、もっと知りたいかも』


『オレも最初からそう思っていました。姫様』


 誰かが何かを言っている気がしたが、眠気が邪魔をして良く聞き取れなかった。



 ――――――


 ――――


 ――


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