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龍言語を理解する者しない者

 火口ドーム内で、龍が実は菜食主義の優しい心の持ち主だと知った。

 そんな龍たちへ全力の攻撃を与えてしまった。

 返り討ちにされて良かったと思う。


 危機を脱した安心感からか、なんとなく、説教中の態度は正座であることを思った俺は、ちくちくと痛む尖った溶岩で出来た砂利の上で正座をしている。


 その姿は酷く滑稽だっただろう。

 買ったばかりだった生地の分厚いブレザーは、裾が肩まで千切れ飛んでどこかに行ってしまっていた。

 ノースリーブブレザーとかどんな世紀末だ。

 同じく高校学生服用のスラックスは、半分ほどの長さになり、焼け焦げ、ボロボロのダメージジーンズのごとき、ダメージスラックスに成り下がっていた。

 ポケットにしまっておいた小物類はギリギリなんとか助かっていた。

 今更、財布が無事なところで意味など無いが。


『では。では。その娘一人を助けるために、我ら爪龍に攻撃してきたと言うのか』


 俺が一番最初に串刺しにしてしまった爪龍が、信じられんという表情を作りながら、尋ねてくる。

 こさえた傷は何事も無かったように消え失せていた。

 黒々した鱗が生え揃った、意外に雄弁な爪龍に俺は答えた。


『まあ、そうだけど。……ごめんな。結構えげつないことやったよ』


 傷が無くなったとはいえ、丸太を何本もぶち込んどいて、えげつないの一言で済まして良いものかどうか。

 だが、図体と顔に似合わず、爪龍は気さくな様子で続ける。


『構わん。構わん。しかし天晴れだな君は。あんな木片なんぞでしてやられるとは思わなかった』


 確かに、こいつら硬い木を食べる龍にとってはキュウリとかネギとかセロリで殴られるようなものだろう。

 銃を持った凶悪犯に、ネギで立ち向かう姿を想像した。

 良く助かったなと思う。


『あんなに強いなんて知らなかったから。こっちも必死だったし』


『確かに。確かに。拙者たち爪龍は接近戦には自信がある。だが。だが。君も充分強いぞ。君ほどの強さがあれば、あそこから逃げ出すことも出来ただろうに。何でそうしなかった』


 ギラリと光る爪で岩壁の一部分を指差す。

 ぴっちりと隙間無く閉じられた金属製の扉だった。

 そういや出口あったな。

 頑丈かもしれないけど、俺の今の謎の力ならこじ開けるなんて大したことじゃないだろう。

 つまり、うっかりしてた。


『逃げたら他の人に迷惑がかかるかな、なんて』


 頭が回らなかった言い訳としては、上々だろう。


『天晴れ。天晴れだ。勘違いとはいえ、強大な敵に立ち向かわんとする自己犠牲の精神は見上げたものだ。拙者感服。君、良いよ。すごく良い』


 明らかに龍たちの目線の方が高いから、見下される形だった。

 見下されながら見上げられるって矛盾じゃんと、ひねくれた考えを持つ俺でも褒められている事ぐらいは分かる。


『マリアは大丈夫なの?』


 デカ龍に向き直り、マリアの安否確認をする。


『ふむ。板切れがあったおかげで即死はせんで済んだようだ。中々の幸運であるな』


『えっ!? 大丈夫なのか!? 怪我は!?』


『オレだ。オレが治した。安心しろ。強き者よ。この法龍にかかれば、死なん限りはたちどころに回復できる。オレにかかればなんてことはない。オレに治せない傷なんてない。お前もオレが治した』


 雷を遠慮なくぶっ放してきた二匹のうちやや男前な龍が、胸を張って話しに入り込み、得意そうな顔になる。

 爪龍に比べて爪や牙は大きくないが、額にそびえ立つ角は大きい。


『ああ、回復魔法まで使えるのか。何でも有りだな。龍ってのは』


『その通り。オレが治したお前もそう思うか。万物を統べる誇り高き種族だ。オレも鼻が高い』


 さっきその誇りがどうこう怒られていたくせに、と野暮な突っ込みはよしておこう。

 オレオレうるさい法龍は、満足したのか、顔を引っ込めた。


『その割には、言語の壁を突破できなくてややこしいことになってるみたいだけど』


 どの龍に言うでも無く、ぼそりと言った。

 ちょっと褒められたからと言って、調子に乗ってしまった。

 言ってから龍たちの五対の目が俺を睨んでいることに気付いた。


『そもそも言語は――』デカ龍が、俺に言い訳のような説明を開始した。


『言語は地域コミューンの発達によって、独自の進化形態を獲得した、文化の集大成である。

 通常、言語はコミューン内での情報伝達の道具として機能するが、知らない者にとってはその音の発する意味は理解できない。

 そのため必要に応じて、生き物は異文化コミュニケーションを図るために、他言語の習得をする。

 素晴らしいことだ。こうして争いも無く余所のコミューンへ混じることが出来、文化交流が加速し、さらなる発展をするのだ』

 

 あ、やばい。

 この説明長くなる感じがするぞ。

 眠くなるからやめて。

 俺の心の叫びは口にしていないため、当然デカ龍には聞こえない。


『だが、我輩たちは生物として万能である代わりに、その必要性が欠如していた。

 何故なら、生物の頂点として生き続けている為、誇りを重んじる文化が形成されてしまい、それが作り出す排他的な思考によって隔絶された生活圏でしか行動しなくなった。

 結果として、今に至るまで龍は龍だけにしか分からない龍言語を使用し続けている。

 我輩たちがヒツジなどと無碍にする人間、魔人、亜人との交流をないがしろにして来たせいで、今になって無用の誤解が生じるという問題が顕在化してきたのだ。

 奔流の如き文化の交流が各地で進み、近い将来、龍だけに分かる言語では時代を生き抜くことが出来なくなるであろう。

 多種多様な言語の発達によって、多種多様な文化が生まれてきたことは紛れも無い事実だ。

 生物としては、そのような多様性は正しい戦略的選択肢であると言える。

 我輩たち龍は生存戦略に負ける選択をしている可能性がある。

 ようやく我輩たちもそれに気付き始めたのだ』


 あ、終わったの?

 えっと、つまり……。


『要するに、龍言語以外が分からなくて困ってるってことでしょ?』


『……無体無く言えば、そういうことになるな』


『努力が足りないんじゃないの』


『そうであるから『学園』と言われる所に、才能溢れるヒトを預けるようにしている。いずれ、龍言語を解する者が我輩たちと他種族との架け橋になってくれるはずだ』


 何て上から目線の他人任せだ、コイツら!

 これが文化の違いなのか!?

 大体、説明聞かされたとしても龍言語分かんないんだから、本人も何で『学園』に連れてこられたか分かるわけねえじゃん!

 などと、心中の思いは恐ろしい顔をした龍たちにぶつけるわけにもいかず、とりすました言葉を言う。


『どれくらい前から?』


『およそ二〇〇年ほどになるな』


『はっきり言うけど、全く浸透してないよ。龍言語。ついでに要らない尾ひれがついて、凄く怖がられてる』


 そうだ。

 マリアの怖がり方はかなり徹底してた。

 強いことは確認したし、強大な魔法を行使できることも分かった。

 

 だか、何かがおかしい。

 

 この残念な龍たちが畏怖としてそこまで恐怖に感じるものだろうか。

 理由ある行動も、何故か怖がるように捻じ曲げられて伝えられているようだし。

 見た目が怖いのは分かるが、何で二〇〇年も意思疎通が出来ないんだろう。

 例えば、この強大な龍たちを利用する者がいるとしたら、龍言語の習得を目指すはずだ。

 生物兵器なんてもんじゃねえぞ、コイツら。

 利用のしがいなんてはいて捨てるほどある。

 それとも、何故か俺には普通に聞こえるし話せるけど、そんなに特殊な言語なのか?


『ま、まだまだ始めたばかりである。ほら、そなたが龍言語を話せるのが、我輩たちが間違っていない証拠だ。遂に待ち望んだ時が来たのだ!』


『間違ってるわ!』


 さっきの理云々ってそういうことか。

 とんでもねえ勘違いだ。


「う……う、ん? ああっ龍様! お膝を汚して申し訳ありません! どうかどうかお許しください!」


 興奮して話していたせいで、マリアが目を覚ました。

 龍の胸元にいて、俺が叫んでいる状況でだ。

 一瞬でどういう状況下に置かれているか、全力で勘違いしたことは表情で分かった。

 あっという間に龍の胸元から離れ、地に額を付けて懇願する。


 恐る恐る顔を上げ、デカ龍に三つ指を突きながら姿勢を正す。

 その目元にはこんこんと湧き出る涙がたまり、こうほざいた。


「お口に合うといいのですが……」


「だから、間違ってるっつーの!」


 俺以外の一人と五匹全員が、頭上にクエスチョンマークを掲げる。

 こうして傍観者としてみると、アホだらけだ。


 村のために自らを龍に捧げる、自称生贄で将来の夢はお花屋さんのマリア。

 まだ時間が足りないと二〇〇年も間違いに気付かない、自称誇り高い草食系の龍たち。


 デカ龍は俺の突込みを無視し、マリアに向って慈愛の表情を浮かべながら優しく言った。


『無垢な娘よ。安心しろ。我輩たちはそなたを食べるつもりなど無い』


「ああ、そんな。恐ろしいことを言わないで下さい……もう覚悟は決めております」


『ほら涙を拭くが良い。これからそなたを『学園』にやる。そこで才能を開花するだろう』


「あ、足から、ゆっくり噛み砕いて『学園』を夢見ながら息絶えろ、命の火が消えるのを充分にかみ締めろだなんて……」


 ん?

 あれ?

 何だこの会話?

 全くかみ合ってないぞ。

 ちょ、ちょっとデカ龍さん?

 もしかして気付いてないのか。

 そうだ。

 さっきのマリアへの突っ込みも理解していなかった。

 龍言語を人間が分からないように、龍は人間の言っていることが分からないんだ。


『費用の心配はするな。我輩たちには価値は無いが、金と言った金属は豊富に持たせてやる』


「……分かり、ました。お好きな、ところから、ご賞味下さい。でも……どうか村の皆には手を出さないで下さい……私の命に免じて……どうか」


 ちょっと待てえええ!

 何て聞こえてるんだよマリア!

 物凄い誤解が生まれてるぞ!

 

 俺は両者の間に割って入り、会話に強引に加わることにした。

 マリアの一世一代の一生懸命な懇願の間に割り込むのは気が引けたが、そんなんに構っている場合じゃねえ。

 デカ龍も、何だコイツ的な場違いの者に向ける視線を俺によこす。


『龍。今更だけど、俺に自己紹介してくれ』とデカ龍に向って言う。


 目をパチクリさせて、分かったと言うデカ龍。

 そういや名前知らなかったな。


「マリア。この龍たちが何を言っているのか、通訳してくれ」とマリアへ言う。


 うん、と力なく頷くマリア。

 その目は虚ろで、ほとんど反応が無い。


『これは我輩としたことが、礼を失していたな。我輩の名は、ミドガルズオルム』

「汝一切の希望を捨て去れ、恐怖で心を満たせ。我が名は、ミドガルズオルム」


『龍神と名高い歴史ある祖父の名を継いだ、次期龍王の予定である』

「塵芥どもの未来の王者の名を叫ぶが良い、千篇万里に知らしめよ」


『自己紹介と改めて言われると、少し照れるな』

「その口からは血と叫び声以外、出すこと認めぬ」


『才能溢れる人間や魔人を発掘することを任されている。大任である』

「脆弱な虫けらを踏み潰すことに一片の戸惑いも無い。地にひれ伏せ」


『はい! ストップ!』


 デカ龍改め、ミドガルズに向って俺は言った。


「はい。いいよ。大丈夫だから。な」


 涙腺が決壊して、顔面がくしゃくしゃになるほど、顔を恐怖に彩ったマリアを宥める。


『ミドガルズ。今、やっとアンタたちが勘違いされてる理由が分かった。見た目がどうのこうのってレベルじゃねえ』


『や、やはり時間が足りないのか?』


『時間から離れろ。二〇〇年も無駄にしやがって。根本的に間違ってるんだよ。どういう理屈かは分からないけど、俺には龍言語とマリアの話す言葉が分かる。ミドガルズは自己紹介をしたつもりかも知れんが、人間にはこう聞こえる』


 俺は、今さっきマリアから聞いた言葉をそっくりそのままミドガルズに伝えた。


『何と傲岸なことを言う輩だ……成敗してくれよう』


『アンタが言ったの。だから、そういう風に聞こえんだよ。人間にとっては』


『何たることだ。これでは我輩たちが悪神のようではないか』


『その通りだよ。見た目と言動に変な補正がかけられて全てが悪い風に捉えられてる。龍言語何て言うのが浸透しない理由も分かった。めちゃくちゃだけど聞く分には人間にも意味が拾えるから、自分より格上の龍様たちが同じ言語を解すると考えても不思議じゃあない』


『我輩にはヒトたちが何を言っているのか分からんぞ。どうすればいいのだっ!』


 咆哮に似た龍の叫び。


 俺の腕の中で震えるマリアが泣き出した。

 ヤバイ、恐慌状態だ。

 恐怖に耐え切れなくなったのだろう。

 発作のように泣きじゃくり、胸元を探り「うううう。た、短刀。お母様の短刀。どこどこ。ひいひい。たんとうない」とぶつぶつとしゃっくり上げながら、手をせわしなく動かす。


『ミドガルズ!』


『いや、すまん。怖がらせるつもりは無いのだ。ああ、泣かないでおくれ』


 かしこまって、慌てて取り繕う次期龍の王は、威厳も尊厳も全く無かった。

 ミドガルズが何か言うたびに、マリアは恐ろしい顔の度合いを色濃くさせた。

 また、何か怖い意味に聞こえてるんだろうなあ、と俺に張り付いて泣きじゃくるマリアの背中を撫で、宥めながら思った。


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