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パーガニーニ合唱団

 俺たちの予定ではバルトリア公国の中心地である王都ライオという名の目的地に行くまでに、物資補給と情報収集のために三つのチェックポイントを通る。

 第一チェックポイント、マール村。

 第二チェックポイント、中継都市スタンバル。

 第三チェックポイント、港町ボートジェラート。

 まずは第一チェックポイントのマール村に立ち寄る予定だった。


 現在、地図上ではマール村までへおよそ三〇分ほどで到着できる距離。

 学園長は村を見渡せる場所に船を止めさせた。使い古された望遠鏡を覗き込み、村を観察した後、感想を言った。


「マズイな。先客がいるようだ」


 学園長がクリューガー先生に望遠鏡を渡し、その後俺にも望遠鏡を渡す。

 村の入り口ではカエルたちが物資搬入のために出入りしている。村人であるはずの獣人は一人も見当たらない。


「ガマに制圧されてからそう時間は経っていないようですね。補給は絶望的かと。第二チェックポイントまで我慢するしかない。ジーク。どうしますか?」


「うむ。少し時間が掛かるがしょうがない」


「……冗談じゃねえぞ。アンタたち。村を見捨てて迂回ルートでも考える気か?」


 たまらず口ばしを挟む。

 昨夜二人が語っていたメリットとビジネスライクという言葉が頭をよぎる。

 獣人の絶滅を回避するという大きな目的のため、村の小さな危機に構っていられる時間がない、つまり、迂回ルートを考える方針だと思ったからだ。


「何を言ってるんですかタロウ君。さっさと村を助けましょうジーク」呆れ顔で俺を見るクリューガー先生。


 え?


「そうだなポール。時間がもったいない」しかめ面で俺を睨む学園長。


 え?


「……い、急いでるんじゃないの?」


「クソガキ。ポールが制圧されてからまだ時間が経っていないって言っただろ? それなら抵抗しなかった村人が捕縛されているはずだ。それに迂回ルートを通るよりは村を奪還した方が早い」


「ちょっと知りたいこともあります。もしかしたら村で確認できるかもしれません」


「……ごめん。アンタたちが村を見捨てるのかと思った」


「何を謝る必要がある。お前は間違っていない。ちょっと先走っただけだ」


「そうですよ。勘違いは誰にでもあります」


 さあ、作戦会議と洒落こもうか。

 学園長はそう言って村の奪還作戦を話しだした。



 ――――――


 ――――


 ――



 村の入り口にゆっくりと近づく。

 三匹のカエルが村の入り口に立っていた。

 これまでの道で見かけた茶色いカエルではなく、赤・青・黄色というカラフルな三匹のカエル。

 一匹が俺に気付き、他の二匹に合図する。

 大きな目玉を持つパステルカエルたちは、手に提げた棍棒を一斉に肩に担いだ。


 〔どうやって逃げ出したんだゲロ?〕

 〔全部檻に入れたはずだゲロ〕

 〔早く戻さないと怒られるゲロ〕


 俺に語りかけるというよりは、三匹で愚痴を言い合っているようだ。

 手に持つ棍棒をぶんぶんと上下させ、俺を見ながら焦っている。

 木の板と金属片で出来た簡易な鎧はかなり使い込まれているようで所々破損が見えた。


 〔……あー、こんにちは……〕


 三匹は文字通り目をパチクリさせて驚いた。

 当然ながら、ヒトとカエルは意思疎通できない。

 カエルの言葉が分かる人間や獣人などいない。

 残念ながら俺を除いて。


 〔喋った!? 今喋ったゲロ!? 絶対喋ったゲロ!〕

 〔ヒツジが偉大なるアヌーラ語を話したゲロ!?〕

 〔落ち着くゲロ! 実はアヌーラなんじゃないかゲロ!〕


 俺の体をつま先からてっぺんまでジロジロ見つめる三匹のカエル。ってかアヌーラってなんだよ。


 〔誤魔化されんゲロ! よく見るゲロ! こいつ指が五本もあるゲロ! ヒツジゲロ!〕

 〔ひいふうみい……ゲロゲロきっもちわるいゲロ! 頭に毛が生えてるゲロ!〕

 〔コイツ水かきもないゲロ! ありえないゲロ! どうやって泳ぐんだゲロ!〕


 三匹は後ずさりをしつつ、棍棒を肩に担いだまま、値踏みするように俺を凝視する。

 まるで口から鳩をポンと出すのを期待するかのように、興味津々で目を離さない。

 何というかそこまで驚かれると、何となく切り出しにくい。

 ……妙な沈黙が二の句を継ぎづらくさせる。


 〔……ええっと、……責任者と、お話がしたいんだけど〕


 〔やっぱり喋ってるゲロッ!〕

 〔セキニンシャって言ったゲロ!?〕

 〔セキニンシャってなんのことゲロ!?〕


 〔一番偉いヤツのことだ。頼む。そいつと話がしたい〕


 〔一番偉いのはオヤビンだゲロ!〕

 〔でもホントは一番強くはないゲロ!〕

 〔確かに強くはないゲロ!〕

 〔実は結構弱いゲロ!〕

 〔口喧嘩は一番強いゲロ!〕


 タシカニゲロ。マジウケルゲロ。

 ゲロゲロゲロと笑う三匹。


 何だコイツら……。


 〔分かった。そのオヤビンに会わせてくれ〕


 〔オヤビンに話した方が良いゲロか?〕

 〔オヤビン起こすの嫌ゲロ〕

 〔オヤビン寝起き超悪いゲロ〕

 〔アヌーラ語を喋るヒツジなんて信じてくんないゲロ〕

 〔この前ちょっと掃除さぼったくらいでメシ抜かれたゲロ〕

 〔起こしたくないゲロ。絶対怒られるゲロ〕


 赤青黄の三匹は顔を突き合わせてわちゃわちゃと相談し始めた。

 風呂が長いとか食事のマナーがうるさいとか夜は静かにしろだとか。

 赤色のカエルがオヤビンなる恐らく上司の口真似「あんたたち静かにするケロ」と甲高い声で言い出し、他の二匹がゲロゲロ笑い出す、黄色のカエルが体をクネクネさせながら「もうちょっと頭を使ったらどうケロ」と声まねをして赤と青色のカエルが笑い出す。

 俺を無視してものまね合戦の応酬が始まりだした……ええっと、早くしてくれないか?

 話の腰がグニグニ曲がり、あっちへ行ったりこっちへいったり二転三転して、ようやく俺に向き直った。


 〔オヤビンは今お昼寝中ゲロ!〕

 〔邪魔したら怒られるゲロ!〕

 〔とっとと檻に戻れゲロ!〕


 〔分かった。……じゃあ、俺が起こすよ。それならいいか?〕


 三匹はまたもや目をパチクリさせて唸った。顔を見合わせて首をひねりながら、合点がいかない顔で相談しだした。

 俺の提案に何となく引っかかりを感じているのだろうが、オヤビンを起こす者が怒られるというルールの方が優先されるらしい。カエルというのは融通が利かないのか、それとも単にこの三匹がお間抜けなのかは分からないが、結論を出した。


 〔話は分かったゲロ!〕

 〔お前が起こすんなら良いゲロ!〕

 〔こっちゲロ! ついてこいゲロ!〕


 小さな村の中には武装した色とりどりのカエルがあちこちにいた。

 俺を見るとぎょっとしたように目を剥くが、案内役の三匹がいたおかげで、呼び止められるようなことはなかった。

 村の中では比較的大きい石造りの建物の前で三匹は止まった。


 〔ここゲロ。オヤビンは寝起きが一番機嫌悪いゲロ〕

 〔ゆっくり起こせゲロ。オヤビンすぐ怒るゲロ〕

 〔よく考えたらコイツがゲロったら怒られるゲロ〕


 〔ああ、内緒にしとくよ。ありがとな〕


 ゲロゲロっと笑う三匹のカエルたち。

 〔お礼言ったゲロ。ヒツジのくせに行儀良いゲロ〕

 〔もっと凶暴な生き物だと思ってたゲロ〕

 〔とんだ見掛け倒しのヒツジだゲロ。びびって損したゲロ〕

 〔お前超ビビってたゲロ。超強がってたゲロ〕

 〔うるさいゲロ。お前だってびびってたゲロ〕

 〔ビビリは黙ってろゲロ。ヒツジなんて怖くないゲロ〕


 ゲロゲロ話しながら三匹は手を振って去って行った。

 カエルと話したのは初めてだったが、そのファーストコンタクトは友好的だったと言えるだろう。

 予想外だった。学園長が立案したシナリオとは全く違った展開になってきた。

 これはいい兆候なのだろうか?



 ――――――


 ――――


 ――



 建物の扉が重い音を響かせて開く。

 イスがずらりと並ぶ。天井が高く、靴音が反響する。植物をモチーフに施された彫刻が等間隔で並ぶ。

 この荘厳な雰囲気。どこかで見た事のあるような雰囲気だ。

 恐らく教会の類だろう。何という宗教かは分からない。


 一枚の絵が飾られていた。

 絵の中で男が胸に両手を当て天を仰ぎ祈っている。

 男の祈りに応えるように天からは光と微笑を湛えながら手を差し出す女がいた。両者とも輝く裸体を布の隙間から見せる肉感的で多彩な色合いを見せる美しい絵画だ。

 ……だが、二人とも顔が人間ではない動物だった。間の抜けた風刺画のようなちぐはぐな宗教画に見えた。

 獣人の宗教なんだから、当然その神様も獣人のような姿かたちなのだろう。

 色々突っ込みどころがあるが、そんな暇はない。また今度にしよう。


 祭壇の上には大きなピンク色のカエルがいた。ぴっちりと手足を折りたたみ伏せているような状態で丸くなって眠っている。


 〔……あの、すいません〕


 ぴくりともしない。


 〔なあ、ちょっと、起きて欲しいんだけど〕


 体表にはぬらりとした油が照っている。触りたくない感情が勝ってしまい、再度声を掛けた。が、起きる気配はない。


 〔朝だぞ! メシだぞ! 火事だぞ!〕


 ……無視かよ。かちんときた。


 〔オヤビン! 起きろ!〕


 ピンク色の嫌に大きい瞳が面倒そうに俺を見つめて言った。


 〔オヤビンって呼ぶなって何度言ったら……アナタ、誰ケロ?〕


 〔村人をどこにやった?〕この村に入ってから恐らく先住民であるはずの村人を一人も見ていない。まずはその確認だった。


 〔質問を質問でかえすことは礼儀知らず……何でヒツジがアヌーラ語を喋ってるケロ?〕


 〔質問を質問で返すのは礼儀知らずなんじゃないか?〕


 俺の揚げ足取りにむっつりと顔をしかめるカエル。


 〔……村人は檻に入れておいたケロ。誰も傷つけていないケロ。無駄は嫌いケロ……さあ、私の質問に応えるケロ。アナタ、誰ケロ?〕


 〔俺はタロウ。ええと、タロウハイランドだ〕


 〔私はパーガ・ニーニー。パーガニーニ合唱団団長ケロ。この村に一時的に拠点を置かせてもらっているケロ。よろしくケロ〕


 ピンクのカエルはにっこり笑いそう言った。

 意外と愛嬌と表情のある可愛らしい笑顔だった。

 学園長の立ててくれたシナリオはもうこの時点で破綻していた。


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