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バルトリアへの往路

 獣人の国。バルトリア公国。

 一年のほとんどが雪に覆われる雪原の国。


 ひたすら寒い。

 針葉樹が雪から突き出している。かなりの積雪だ。辺りはすっかり白く塗りつぶされていて道路やそれに準ずる物は全く見えない。

 俺たち六人は大型のそりの上に積載コンテナが乗っかったような変な形の船に乗っている。

 雪進船と言われる種類の、動力をメガスに頼ったメガス船だ。

 二本のそりが雪を掻き分けるようにして滑る。雪は音を吸収するため、移動音は非常に少ない。


 〔ゲロゲロ! 敵襲! ヒツジが来たゲロ!〕


 ……また来たみたいだ。小さな声が大量に聞こえる。

 コンテナから顔を出し、声の方に目を向けると、雪が盛り上がっていた。よくよく目を凝らしてみると見渡すばかりの雪原に、近づいてくる二対の目がそこら中に生えている。

 これまでも何度も遭遇した、歩兵ガマだ。

 茶色く黒い刺青のような縁取りのカエル。両まぶたの上が岩のように尖り、角のように見える。口が顔の半分以上を占め、額はなく、アゴもない。目がくるんと真丸く見ようによっては愛嬌がある。

 コノハガエルと言われるカエルに非常に良く似ていたが、俺の知っているコノハガエルはあんなに大きくないし、言葉だって喋れない。全身を簡素な鎧で包み、棍棒を握り締めたりしない。それに俺の知っているカエルってのは変温動物だ。冬の間は大人しく冬眠してくれる優しい生き物だ。雪の中をぴょんぴょん飛び跳ねるようなアグレッシブな生き物ではない。


 コンテナ内で武器の手入れをしている学園長に、再度カエルたちが接近してきた旨を伝える。

 いい耳だしかし歩兵ガマだらけだな、と小さく呟きゴツイ鞭を片手に学園長はコンテナの外に出て行った。


「クリューガー先生、ガマたちは寒くないんですか?」


 寒さにたまらずコンテナ内に引っ込む。しかしコンテナ内も風が当たらない程度で、まるで冷蔵庫のようにひんやりしている。この船に暖房機器はない。

 クリューガー先生は僅かに揺れるコンテナの中で本を見つめ続ける。

 俺なら車酔いしそうだそれ。


「気合の入り方が違うんでしょうね」


 メガス譜に目を固定させたまま、どうでも良い事のように言う。

 この船の運転をしているのは、クリューガー先生だ。絶えず小さいメガスを展開することにより、エンジンになっている。使われるスピリットは大したことはないらしいのだが、連続展開しなくてはならないため、メガス譜は非常に長いものであるらしい。ペラペラめくっても三〇分はかかるような分厚いものだ。当然、さすがのメガス研究者様でも暗記できる代物ではない。

 一応これには理由があって、メガス展開を止めた瞬間に停止させるためこういう面倒なメガス譜になっている。メガス船は車輪で制御していないためブレーキ方法がないのだ。移動中の突発的なアクシデント、例えばがけ崩れや悪天候、動物の飛び出し、急停止する必要のためだ。長距離になればなるほどそういった危険性は予期できない。そのため、メガス船の操縦は展開と同時に行われるマニュアル方式だ。オートで設定した場合、直進しかしないため、例えば倒木が一本あっただけでも大事故になるからだ。


「……気合、ですか」マジかよ。異世界のカエルはハンパじゃねえなあ。


「冗談です。体表上の油と、皮下と真皮の間にある油。その二層構造が彼らの体温の調整に関わっています。保温効果が非常に優れた油です。他のカエルとは違って冬眠を必要としないのもこれのおかげです。彼らにとっては寒さよりも暑さのほうが辛いはずかと」


 へええ。面白い体の構造してんだなあ。


 俺たち一行は現在、獣人の国バルトリア公国の中心都市を目指して北上中である。

 メンバーはクリューガー先生、学園長、俺、ヴィゾとニーズ、リント姫。流石にマリアは連れてこれなかった。


 メンバーについては学園長とクリューガー先生に反対された。なぜならこれは極秘潜入の類になるからだ。ただでさえ危うい龍とのいざこざをこれ以上面倒なものにするな、と言う言い分だ。同盟を結ぶ前に堕天した龍たちが怪我をしたら、同盟どころではないかもしれないという恐れからだろう。

 しかし、龍側の意見としては鳳凰二体の戦力は相当なものになるはずだということと、三人を元龍だということを知っているのはヒト側でも龍側でも極少数であるため問題にならないはずであるということ。

 そしてこれが一番大きな理由だったが「獣人、困ってる! みすご、みすごす! ダメ!!」とリント姫が強く主張したためだ。

 もちろん俺の通訳で細かいことは伝えたが、姫のたどたどしい統一言語による演説は学園長とクリューガー先生をうならせ、そして黙らせた。

 困っているヒトがいるのに理由なんか要らないんだろ。どうだおっさん、正論だ。ざまみろ。


 建前として、学園は特定の国家に肩入れすることが出来ない。そのため表立って動くことは出来ない。人間側にも獣人側にも公に知られることはマズイ。秘密裏に事を運ぶための少数精鋭となった。

 つまり、密入国になる。


「学園に獣人結構残ってたけど」


「残っているのは生徒と一般職員です。主だった獣人は全てバルトリアに向かっています。獣人の数、人間と魔人に比べて少ないこと気づきませんでしたか?」


 ああ、そういやそうだったな。


 〔ゲロゲロ!! 一気にやるゲロ!〕

 〔くたばれゲロ!〕

 〔囲め! 後ろゲロ!〕


 ガマの奇声が船外のそこら中から聞こえた。

 雪を掻くザクザクという音も聞こえた。辺りが包囲されていく気配が伝わってくる。剣呑とした一瞬即発の暴動のような雰囲気だ。

 船外の喧騒とは裏腹に、船内は静かなものだった。

 クリューガー先生は全く動じず黙々とメガス譜を凝視している。元龍の三人は雑談している。どうやらこれから行くバルトリア公国の食事についての話のようだ。


 一応、荷台から顔を出し、外の様子を伺う。

 奇声の主たちはかなり興奮しているようだった。雪の中から飛び出し、俺たちの乗っている船目掛けて襲い掛かってきた。

 何度見ても凄い跳脚力だ。俺たちの船を軽々飛び超える。どんくさそうな焦げ茶色の平面顔からは想像できないほど身が軽い。ごつごつとした肌の表面にはぬるりとした光沢があった、きっとあれが油だろう。体長は人間の半分ほどだが、その体の半分以上を脚が占める。

 折りたたんだ強靭な脚が伸び上がり、体を宙に放り出す。

 その落下する勢いで襲い掛かってくるのが彼らのセオリーのようだ。


 だが。


「邪魔だ」


 学園長はポツリと呟き、大きく長い極太のワイヤーケーブルのような鞭を振り回した。

 船上からの一閃。空中にいるガマたちの半分以上が吹き飛ぶ。

 手首をくいっと返して、当てそこなったガマたちにもぶつける。

 空中にいるガマたちは全部吹き飛んだ。

 その攻撃を見て飛び上がるのを躊躇する他のガマたち。

 自分たちの手に負えない事が分かったガマたちは追いかけるのを止めた。

 メガス船はあっという間に彼らを置いてけぼりにした。


 やっぱおっさん強え。



 ――――――


 ――――


 ――



 キャンプ地として選ばれた場所は、開けた場所だった。

 クリューガー先生は雪をほじくり返して固め、それは見事なかまくらを作り出した。メガスってのは便利だ。まるで魔法だ。このヒトによるとメガスは科学で魔法とは違うらしいが。


 かまくらの中で、簡単で暖かな食事を取って一息ついた。

 ヴィゾ、ニーズは目を輝かせながら干し肉で出来たシチューをがっつき、パンをむさぼった。リント姫は一々驚きながらも簡易の食事を楽しんでいた。リント姫がちらりと俺を見ながら『ワイン』と呟いたが、俺は首を振り『ダメ』と言った。

 

 食後、学園長は俺に目を合わせながらタバコの先に火を点けた。吸うけどいいよな、という無言の合図だ。意外と学園長はその辺りの礼儀を弁えている。荒々しい見た目とは違い、一々細かく優しい。

 最新の現状説明をするタロウ通訳を頼む、と言いながら学園長は語りだした。


「バルトリア公国がガマから侵攻を受けたことが大々的に発表されると、人間の国も魔人の国もこぞってさじを投げた。より正確には、戦線参加を検討課題とする、という消極的な発表を行った。バルトリアの要請に応じた必要最低限な派兵と物資支援をするだけに留まったってことだ。まあ期待はしていなかったが、想定の範囲内だ」


 現状を煙と共に吐き出した。


「……獣人の国が、可哀そうだ」


 俺はそれを聞いて正直に感想を言った。


「クソガキ。お前の気持ちは分かる。しかし、それに関しては難しいところだ。ガマだけならまだしも鳳凰がいるからな。誰だって鳳凰は怖い。高度に政治的な判断ってヤツだ。納得しろ」


 国単位で考えたらそういう選択肢もあるのだろうか。

 その判断に非情な感じがした俺は、何の責任もない学園長に食って掛かった。


「何のためのヒト種連合だよ? 同盟仲間じゃないんですか。あんまりシビアすぎる」


 学園長が悪いわけではないことは分かっているが、どうしても納得できない。

 学園長はばつが悪そうにその反論をする。


「……それは理想論ってもんだ。例えば、人間の国が同じ目にあった場合、獣人の国も同じような手を取らざるを得ない。文化の交流っていうのはそういうものだ。自分の種族を超えた手助けをするには相当のメリットがないと難しい」


「他の種族が滅んだとしても自種族にとってはほとんど関係がない、それくらいビジネスライクに考えなくてはいけません」黙っていたクリューガー先生は顔を上げて、そう追従する。


 何か寂しい考え方だな。思っていたのと違う……。


「そういうことだ。種族の違いってのは、それくらい煮詰めて考えないといけない。感傷や同情より、もっと重要な種族間問題だ」


「煮詰めて? メリットとかビジネスライクとかいってましたよね。外交とか貿易とかの話? 煮詰めて考えたら、貸し作ったほうが良いじゃないか」


「生きるためにはもちろんそういったことも必要ですが、もっと根本的な問題です。種族にとっての全体利益といいますか、最優先事項というか、ええと……」


 何やら言い辛そうに話すクリューガー先生。

 それを学園長が引き継ぐ。


「他種族とは交配が出来ない」


「交配って……」


「交尾だ」


「こっ、こうび!?」


「童貞には未知の領域だったな、すまん。おしべとめしべが――」


「知ってるよ! それくらいっ!」


 コイツら何言ってんだこんな時に。下らない冗談か?


「……これは冗談の類じゃない。本気の話だ」


 いたって真面目な顔で学園長は語りだした。


「俺様たちは人間だ。そしてバルトリア公国はほぼ獣人で構成される国だ。人間と獣人の大きな違い。それは交配出来ない、つまり子孫を共有できないというものだ。獣人を助ける理由として、困っているから、などと安直には手を出せない。俺様たちは互いの隣人同士を利用しあって生きている。そう考えなくてはならない」


「人間・魔人・獣人は、衣食住などの社会生活も行動パターンも寿命も非常に良く似ています。ですが、同じ種族ではありません。これは乗り越えられない壁だということを理解しなくてはなりません。愛情や友情を感じることは良くあります。恋人関係になる者もいるでしょう。が、あくまで隣人であることを覚悟しなくてはいけません。隣人を助けるため、たったそれだけのために、血を共有する家族を捧げられるかどうか、つまり、他種族を助けるために自種族を犠牲にすることは是か非か、という問題になってきます」


「マジかよ……」種族間問題にそんな落とし穴があるなんて。


「こういった感情論は、過去に何度もされている。答えは単純なものに集約された。自種の最優先。交配できるか否か。種族間の境は無視できない。自種族を危険に及ぼさない限り、自種族の安全が優先される。種の繁栄。それが正義だ。これは種族間問題では最も大きく、尊い。個人の生きる権利や所有権よりも重く考えられている。理解しなくても良い。納得しろ」


 焚き火ががらりと崩れる。小さな飛び火がちらちらと舞う。

 学園長はオレンジ色の埃を手で払い、続きを話す。


「トーテムは、その問題の最も中心にいる」


「……知ってるよ。トーテムは下級神なんていわれるくらい強い生き物なんでしょ? その種族の中で一番強いんでしょ? そりゃ中心にもなりますよ」


 あんまり冷た過ぎる論理展開に、半ばキレ気味で応えた。


「違いますタロウ君。もっと核心的な意味です。トーテムは自種族または他種族、どちらにとっても危険な存在なんです。つまり……」


 クリューガー先生は、やはり言い辛そうに俺の言葉を否定する。

 後を引き継ぐように、学園長が答えた。


「トーテムがやられると、その種族は、近く絶滅する」


 はあああ!? 聞いてねえぞそんなこと!


「諸刃の剣なんです。種族にとって守り神であると同時に、絶滅の引き金でもあります。トーテムが他種族によって殺害された場合、そのトーテムの種族は生殖能力を失ってしまうんです。次世代が作り出せなくなってしまう。つまり、絶滅が確定します」


「だってガマたちって、獣人のトーテムを倒すためにバルトリア公国に攻め込んでるんでしょっ!? そんな……じゃあガマたちの狙いって……」


「おそらくは獣人の絶滅をもくろんでいる」

「許されない暴挙です」


二人は興奮しながらそう言った。

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