蝦蟇の侵攻と鳳凰の復讐
俺は目論見どおり、試験を受けずに済んだ。
だが、全く嬉しくない。
何故ならば、フランケンのいる中央管理室が吹き飛んだ事故のせいで、逮捕されてしまったからだ。
クリューガー先生と一緒に、仲良く鉄格子の中だ。
先生はカンカンに怒っていた。
「……電磁石作りましたけど、何ですかあれは? 熱を持って発火しただけでしたよ。まあ、銅線に雷のメガスを流すと熱を持つという実験としてはアリでしたが」
銅線と雷のメガスの実験が上手くいかなかったことに対して怒っていた。
地下牢の中では、快適な獄中生活をおくるために、色々教えてくれた。
毛布のたたみ方から、食事の片づけまでやたらと手際が良かった。
「え? 銅線ちゃんと巻きましたか?」
「そりゃもう、たくさん巻きました」
確かエナメル線とかの銅線を規則正しく巻けば、出来るはずだと、エナメル線……しまった。
「ごめんなさい。銅線だけだとキツイかも知れないです。銅線は絶縁体でコーティングされていないと上手くいかないのを忘れてました」
「は? 絶縁体? 何ですかそれは」
「雷のメガスを通さない仕掛けです」
「銅線に雷のメガスを通さないよう覆う? うーん……要するに隣り合う銅線の雷の流れに干渉しなければいいんですね」
「まあ、そうです」
「それなら何とか出来ます。……そうか、別に銅線にこだわらなくても……雷として使えば……」
「が、頑張ってください」
俺たちは地下牢の中でそんな話しをしていた。
学園長は出張中であるため、とりあえず帰ってくるまで監禁ということらしい。
現場検証と取り調べもあった。
人造ゴーレムフランケンを不正に操作し、中央管理室を半壊させた容疑者が俺だ。
中央管理室を一生徒に預けたクリューガー先生も、重服務規程違反とやらで容疑者だ。
俺は一貫して無罪を主張したが、認められなかった。
取調官曰く「フランケンは喋れない」からだ。
そんな馬鹿な。
結構おしゃべりだぞアイツ。
「フランケンとも会話できるんですかタロウ君は……相変わらずわけが分からない存在ですね」
「逆に聞きたいんですけど、会話できないのにどうやって意思疎通してるんですか?」
「打刻機を置いておけば、フランケンが自分で打ってくれます」
打刻機? ああ。
ロール紙を吐き出していた、はた織機みたいなデカい機械か。
「あの、フランケンって一体なんなんですか?」
「秘匿メガスって知ってますよね? ワタシがその質問の答えをここで話すと、まず間違いなく死にます。聞いたアナタも巻き添えです。その覚悟があるなら答えますけど」
「え? マジッすか」
何じゃそりゃ。
「はい。原理的にはサインするだけの簡単な条件なんですけど、秘匿メガスは怖いですよ。命がけで契約内容、つまり約束事を守らせる効果がありますから。例えば大金持ちの老人が、若い婚約者にサインさせるなんてことをしたりします。浮気はしない、という内容の契約です。浮気をしたら相手も共倒れですから、それはもう効果的らしいです。毒の婚前契約書などと言われています」
「ひっどい話ですねそれ」
金にあかせて妻を娶る老人、金目的で結婚する若い妻。
どっちにとって酷い話なのか、それはこの際おいておくとしよう。
「全くです」
――――――
――――
――
「おい、帰ったぞ、いるか?」
何だか昭和の父ちゃんみたいなセリフだな。
ジークフリート学園長は地下牢に入ってくるなり、そう言った。
学園長の後ろに控えている牢屋番に「すまんが席を外してもらえるか」と言いながら、床に座った。
「ポォール。聞いたぞ。お前またやらかしたのか?」
学園長は、クリューガー先生に向けてそうぶっきらぼうに言葉を投げつける。
「申し訳ありません。つい」
全く謝る気ゼロのムッツリメガネは、学園長にそう言う。
「お前が当直の時は、いつも問題が起きるな」
「いつもではありませんよ。ほんの一〇回程度です」
「一〇回もやりゃ、毎回起きると言っても充分だ。……まあ、いい。そんなことより問題が起きている」
学園町の目つきが変わった。
「ジーク。いいんですか?」
クリューガー先生は、俺をちらっと見ながら学園長に視線を送る。
ああ、部外者に聞かれたらマズイ系?
「大丈夫だ。そいつにも秘匿メガスが掛かっている。おっとこれは内緒だった」
はああっ!?
聞いてねーぞそんなこと。
「契約書の中はしっかり確認しないといけない。教訓だな」
くっくと学園長は笑いたいのを我慢しているらしい、愉快そうに言う。
やられた。あの時だ。
タロウって名前を付けられた時に、たくさんの書類に名前を書いた。
秘匿メガスとやらの条件を満たしちまったんだろう。
「卑怯だっ! 詐欺だ! あの時は文字なんて読めなかったんだから、契約書に何が書いてあるかなんて分かるわけないっ!」
俺は猛然と抗議する。
これ以上ないくらいの正論だろう。
「あれ? そうだったか? はて、俺様はきちんと説明したはずだが」
て、てめえ……。
水掛け論で煙に巻こうってのか。
ニヤニヤとした学園長の面を思いっきりぶん殴りたい。
「ジーク。急ぎなんでしょう? 話を進めてください」
「いや、俺はまだ文句を言い足り――」
「蝦蟇だ」
俺の言葉を学園長がさえぎった。
蝦蟇?
カエル、のことだよな?
「ガマが率いる妖種連合が現在、バルトリア公国に侵攻中だ。すぐに戻らなきゃならん」
妖種連合? 何だそれ?
「……バルトリア公国といえば、アリス・ライジング様がいるじゃないですか。ガマどもはとち狂ったんですか? 無謀過ぎますよ」
クリューガー先生はそう応えた。
どうやら学園長とクリューガー先生の間では、話が通じているらしい。
「今回ばかりは、そうとも限らない」
「トーテムアリスの守る国に攻め込んで無事でいられるわけがないでしょう。そう言えば妖種連合と言いましたね、幽鬼でも率いているんですか」
「違う。鳳凰が味方をしている」
「ほ……鳳凰って、まさかあの鳳凰種ですか?」
「そうだ。絶滅寸前のあの鳳凰種だ。二体だけだが玉砕覚悟で来ている。腐っても鳳凰だ。戦力が洒落にならない」
「まだ生き残りがいたことにも驚きですが、まさかガマに加担するとは」
「トーテムを倒すのは至難だからな。兵を減らして、ガマのトーテムピリカンと獣人のトーテムアリスの一騎打ちに持ち込もうとしてくるはずだ。トーテム同士のガチンコなら弱った方が不利だ。鳳凰はその役には打ってつけだ」
カエルのトーテムピリカン。
獣人のトーテムアリス。
トーテム同士のバトルか、何か凄そうだな。
「何でガマは今さらそんなことを……」
「これは推測だが、多分、コイツのせいだろう」
学園長は、俺の顔前にゴツイ指先を突き出した。
話の流れ上、関係ないと思っていた俺は驚き、アホみたいにオウム返す。
「俺のせい?」
俺、カエルに恨みなんかねえぞ。
っていうか恨まれる覚えもねえ。
「ああ。ルディスの件だ。ヒトの暮らす町を救うためにトーテムミドガルズオルム様が立ち上がりトーテムアバドンを滅ぼした、だったよな」
ああ、そう言えばそんなことやった。
俺がでっち上げたヤツだ、それ。
それが何かマズイのか?
「ルディスにとっては良い話だろう。だが考えるとおかしな話だ。利益がルディスに偏り過ぎている」
学園長がそう言い切る。
「ふむ。龍がルディスに一方的に肩入れしているのがおかしいということですか」
クリューガー先生がそれに対して補足する。
あ、なるほど。
ヒトにとって龍は恐れる存在であり、助けてくれるような存在じゃない。
何で急に龍が味方になるんだって話だ。
「そうだ。この話には龍にとってうまみがない。龍であってもトーテムを倒すことはかなり危険だろう。今までのことから考えると、龍が町を救うなんていうのはおかしい。生贄元など放っておくはずだ。しかしアバドンが倒されたことは事実だ。これではつじつまが合わない。つまり、何らかの形で龍とヒトが同盟を結んだ――」
「――タロウ君の存在を知らないガマたちはそう考えた、と。龍がヒトを助けるメリットがないことが、かえってその同盟の力強さを示しているとも取れますね」
ちらりと俺の方を見るクリューガー先生。
確かに、そうとも取れる……。
実際にはまだ同盟を組んでいるわけではない。
やべえ、俺が変なことをでっち上げたせいだ。
「だけど、同盟組んだからって攻め込んでくるのはやり過ぎじゃ……」
俺は自分のフォローをする。
「龍と、人間・魔人・獣人のヒト種連合が組むとなると、今までの微妙な均衡が崩れる。ならば先制攻撃を。ガマたちはそう考えたんだろう。トーテムを減らせれば、戦力を大幅に削れるからな。鳳凰を味方に付ければ、それも可能だ」
「しかし、鳳凰種はすでに……」
解せない、という表情でクリューガー先生は言った。
「その通りだ。古代、龍のトーテムミドガルズオルムによって、鳳凰のトーテムフェニックスが倒されてしまっている。絶滅は時間の問題だ。だからこそガマどもが龍への復讐のチャンスとして特攻をかけるよう吹き込んだのだろう。どうやって説得したかは分からんが」
顔に手を当てて、考える仕草をする学園長。
じゃりっと無精ヒゲが音を立てる。
鳳凰って、鳥だよな、どこかで聞いたぞ記憶が……。
ミドガルズが教えてくれたおとぎ話が頭をよぎった。
龍が万年樹を支配していたニワトリを倒す話。
アレか。
「龍と手を組んだヒト種連合。ガマどもにとっては対岸の火事ではないはずだ。龍と妖種の仲の悪さは根が深い。一刻も早く龍とヒト種連合の戦力を早く削りたいのだろう。やらなきゃ自分たちがやられるかもしれないからな」
「何故バルトリア公国なんですか? 獣人の国よりも、国土が小さく人口も少ない魔人の国ユナイテッドジカングの方が攻め込みやすいはずです」
獣人の国バルトリア公国。
魔人の国ユナイテッドジカング。
へえ。
「出来るならそっちをやるだろう。幸か不幸か、あの魔人の引きこもり気質のせいだ。いつもの如くトーテムであるウインカ・クリスタは行方知れず。何せユナイテッドジカングですらその場所が特定できていない。まあ、知っていて黙っている可能性もある」
「龍と同盟を組んでいるから、ヒト種同盟の獣人の国に侵攻したのに、魔人は知らんぷりとは、本末転倒な気もしますが」
「全く間抜けな話だ」
新しい単語が出てきて、たまらず確認をする。
「えっと、ついていけないんだけど、獣人のトーテムがいて、その人がいる国にカエルが攻め込んできている、って話で良いですか?」
「そうだ」
二人は俺を見て頷く。
「そんでもって、援軍を頼みたい魔人のトーテムは、連絡がつかない」
「その通りです」
「じゃあ、人間のトーテムに連絡すれば良いんじゃ?」
「……」
二人とも口をふさいでしまった。
苦虫顔をしながら、俺に呆れ声を出す。
「……ヒトつまり人間・獣人・魔人の中で、人間のトーテムだけはまだ見つかっていません。大体、トーテムがいたら龍へと生贄を出すわけないでしょう。人間は龍に立ち向かう術がないからこそ、生贄などという形で生き延びたのです。……今となってはただの勘違いですが」
クリューガー先生はそう言う。
なるほど、そうかもしれない。
「トーテムというのは、顕現した神と言えるほど強力な生物だ。だから下級神などとも言われる。生命之書の解析によって、発生する十二の種はすでに判明している。しかし、過去二〇〇年以上の間、人間種のトーテムだけが見つかっていない」
学園長は顔をしかめながら、俺に語った。
あまりにもたくさんの情報が出ているせいで、ちんぷんかんぷんだ。
カエルが鳳凰と組んで、獣人の国にいるトーテム目掛けて攻め込んでいる。魔人の国の引きこもりトーテムは知らん顔。人間にトーテムはいない。
おいおい、勝ち目あるのか?
「ガマってどれくらい強いんですか?」
「安心しろクソガキ、一対一ならまず負けん。むしろ気をつけなくてはならないのは鳳凰だ」
うし、注意すべきは鳳凰か。
……ん?
うおい! ちょっと待て!
「……もしかして俺が行く前提で話してませんか?」
勘弁してよ。
ガマとかホウオウとかそんなんがいるところに行きたくないぜ。
学園長はあきれ返ったように俺を見返して、こう言い放つ。
「クソガキ、お前は困っているヒトがいるのに動く理由が必要なのか?」
「う……」
ぐっ! 何て人道主義っ!
正論過ぎて何も言い返せねえ。
「……聞いた話だと、初学者講座修了試験、受けられなかった者がいるらしいな。当然ながら、このままではそいつは修了試験に落ちてしまう。可哀そうだが、落第は落第だ」
「え」
いきなり何だ? 話が急に変わるな。
「ところで、俺様はその試験をパスさせる特別な力、いわゆる権力という物を持っている」
ニヤリと嫌な笑顔を見せる学園長。
き、汚え!
このクソオヤジ!
濁りきってやがる!
「ジーク、アナタは本当にヒトが悪い」
ふっと湿った笑顔を見せるクリューガー先生。
てめえらグルか!
やたらと説明くさい会話も俺に聞かせるつもりだったんだな。
大人ってずるい!
いやらし過ぎるにも程がある!
「喜んで……手伝わせていただきます」
だが断ることは出来なかった。
ちくしょおぉ。




