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デッドラングメガス

 長々とした怒涛の質問ラッシュは、俺の姑息なやる気を無くさせるにはぴったりだった。

 ポール・クリューガー先生はらんらんと目を輝かせながら聞いてくる。


「――では、アバドンのネットワーク形成にはメガスやモーゼが使われた形跡は無かったと言うんですか? 報告によるとルディス近辺の土地が埋め尽くされるほどの情報交換があったとされていますが、そんなことがメガスを使わずに可能なのか信じられません」


 しらねえよ……もう一時間以上質問攻めだぞ、帰っていいっすか……。


「おっきなメガスを使う時って、輪廻陣が展開されるじゃないですか、バッタは街中に溢れかえっていたのに、輪廻陣は全くありませんでしたよ。電波みたいな感じじゃないですかね」


 集中力が切れかけてきた俺は、段々対応が雑になってしまう。

 しょうがない。


「電波? 電波とは何ですか?」


 しつけえ……。


「目に見えない波みたいなものです」


「磁石の持つ力のようなものですか?」


「磁石……まあそんな感じです」


 確かに磁力も目に見えない。

 一々応対していたら、話が終わらないと判断した俺は、テキトーに答えた。

 もう眠いんだよ。


「磁力をコントロールしているってことですか? それこそ信じがたい」


「電磁石とかなんじゃないですか。知りませんって。バッタに聞いてくださいそんなことは」


「電磁石?」


 おいおい。右ネジの法則から説明すんのか、めんどくせえ。

 ああ、もう。


「金属に雷のメガスが流れるのは分かりますか?」


「ああ、ありますね。そういう現象。それがどうかしましたか」


 どうやら電気の概念はこの世界では一般的じゃないらしい。

 よし、決めた。電気のことは内緒にしておこう。

 めんどくさい。


「……金属の棒に細い銅線をきっちりと巻き付けた状態で、銅線端から雷のメガスを流します」


「はい」


「そうすると、巻き付けた金属の棒は磁石になります。それが電磁石です」


「は? 何ですかそれは……ちょ、ちょっと待ってください」


 凄まじい勢いで机をひっくり返し、ペンを手にする。

 空いているスペースにガリガリとメモ書き始めだした。

 思った以上の食いつきに、少し引いてしまった。


「……だ、大体そんな人工的な磁石を作り出して、一体何になると……」


「モーターといった動力になりますね。逆にモーターだけを回転させると、人工的な雷を作り出せます」


「……なるほど……そうか……出力で磁力をコントロールする……待てよ……銅線をたくさん巻けば出力が一定でも……」


 紙を破りそうなほどの勢いで、ペンを走らせる先生は、酷く嬉しそうだった。

 学者様の考えていることは分からん。

 いいのか。こんな雑な説明で。


「俺は専門家じゃないんで、大したことは分かりませんよ」


「……いや、大変参考になりました。横道に逸れましたが、実験してみたいです、銅線と雷のメガス」


 何やら変なスイッチを押してしまったらしい。

 嬉々としてメモ書きを止めない。

 ちょうど良い。機嫌がいいなら話が通るかもしれない。

 明日の裏口試験……もとい、修了試験についての相談を。


「あのお、俺の、いやボクの話もしていいですか?」


「後でも良いですか。ちょっと自室でまとめたいので、ああ、でも管理室を無人にするわけには……」


 何かを期待する顔の先生。

 よっしゃ。ダメもとで行くか。

 悪いことを頼むなら、貸しを作っておこう。


「俺、しばらくここで留守番してましょうか?」


「いいんですかっ!? ……いや、流石に一生徒にそんなことを頼むわけには」


「良いですよ」


 形だけの断りなのは、何となく察しがつく。

 先生は予想通り、飛びついてきた。

 がさがさっと手元の資料を抱え込むようにまとめる。


「一時間、いや三〇分で戻りますっ! 誰か来たら、トイレに行ったと言っておいてください!」


 いいのか、一生徒の提案にそんなにがぶり寄りで飛びついて……。

 あ、意外と足速いな。


 さて、どうしたものか。

 一時間後にクリューガー先生に裏口試験を飲ませる方法だ。

 誰もいない部屋で、ぽつんと一人考える。

 正確には、部屋の中央にいるフランケンと呼ばれる謎オブジェと一緒だが……。


 フランケン――。


【なあ、フランケン。起きてるか?】


【フランケンは睡眠を必要としません】


 直ぐに返事が返ってきた。

 人造ゴーレムフランケン。

 学園の中枢を担うシステムらしいが詳しくは分からない。


【何だ。静かだから寝てたのかと思ったよ。聞いていたのか?】


【聞き耳を立てていたわけではありません】


【すまん。咎めてるわけじゃない。メガスについて聞きたいんだけど、分かる?】


 クリューガー先生に聞きそびれた俺は、「基礎メガス書」と表紙に書かれたテキストを取り出し、フランケンに尋ねた。


【メガスについて、とはどういう質問か分かりません。質問を細分化してください】


【うーん。実は俺もそれが分からないんだ。メガス展開の時にどうすれば良いのか】


 分からないことって言うのは、そもそも質問する内容自体が分かっていないことが多い。

 ご多分にもれず、俺も何を聞けば良いのかすら分かっていなかった。

 ざっくばらんな質問に対してフランケンは律儀に応えてくれる。


【通常の生物ならば、取り込んだマナを展開の際に必要な形へと変化させることをメガスと言います】


【理屈は分かるんだけどね。具体的にどうすれば良いのか分からないんだ】


【コードは分かりますか】


 俺はテキストにずらずらと並ぶ△のコードを伝えた。


【純粋な火のメガスです。威力は極小です。火打石が無い時に展開すると良いでしょう】


【いや、それくらいは知ってるよ。やり方が分からないんだ。感覚って言うか、イメージって言うか】


【フランケンはヒトではありません。実際の使用感覚は分かりかねます】


【だよなあ……ってかさ、フランケンはメガス使えるの?】


【コード化されたメガスは使えません】


【どういうこと?】


【コードは龍や人間または魔人などの高度な文化的生物専用の、高速特化されたメガス譜です。決まった分量のマナを入力し、決まった分量のメガスが出力されます。固定されていて誰が使っても同じ威力しか出ないように工夫されています。生物ではないフランケンはコードではなく、直にメガスを唱えるしかありません】


 直にメガス、ってあれか、胡散臭い呪文みたいなヤツ。

 ちょうどいい、ここにあるじゃねえか。

 さっきまでクリューガー先生がにらめっこしていた「メガス譜」と表紙に印字された分厚い本。

 一番最初の授業で見せてくれた、古代メガス譜だ。


 ……ああっ!? その手があった!

 これで試験乗り切れるじゃん!

 威力が小さくても、メガスはメガスだ。

 やった! フランケンに相談してよかった。


【そうだよ、ありがと。助かった!】


【何に対しての感謝か分かりません】


【変な長いセリフの呪文の存在を思い出させてくれたお礼だ】 


【ヒト種には、デッドラングと呼ばれていて伝承していません。過去、一部のメガス使いでしか使えなかったものですので、喪失した古代言語扱いとなっています】


【長くて弱くて実戦には向かないって聞いたけど。……いや、いいや。メガスはメガスだ。威力はどうでもいいや】


 以前、授業でちょっとだけ触れた、呪文詠唱によるメガス展開。

 時間が掛かりすぎて、威力が低くて、何か呪いの一種みたいなおどろおどろしい感じがするから、今は使われていないとクリューガー先生が言っていた。

 これのせいでメガス使いは胡散臭く見えていた、とも言っていた。


【より正確には、生物の声帯では誤音ロストが起きるからです。発音し辛いようです。古代にはロスト無しで扱える生物がいたのですが、その固体の発生は極めて低く、また規格化されたコードの方が大多数にとって使い勝手が良いため、コード化メガスが一般的になりました】


【へえ、そうなんだ。でも、ここに書いてあるぞ?】


 俺は机に乗っている分厚い本を指差した。

 拾い上げ、開き、該当ページをフランケンに見せた。

 フランケンはマネキンのように微動だにしないし、目がどこにあるのかも分からなかった。が、文字は確認したようだった。


【ヒト言語の発音として翻訳された物です。そのまま詠唱しても、威力は初級メガス程度です】


【じゃあ、フランケンの使えるデットラングのメガスとやらはどんな物なんだ? やってみてよ】


 俺は、つらつらと淀みなく答えるオブジェに心底感謝していた。

 見た目はツタが絡まったような不気味外見だが、口調は丁寧なフランケン。

 こちらに害意や敵意は見られない。

 ……甘く見ていた。

 あとはお留守番のお役御免となればいいと高をくくっていた。

 明日の試験が何とかなるかもしれない、という安堵感からうっかり口を滑らせた。


 フランケンは俺の言葉を文字通り汲みあげた。


【火よ、火よ。常闇を照らす古の精よ。顕現せよ。我の魂を炎の調べと変え、灼熱の力を示せ。赤く輝くつぶて。業火の形。一振りは二振り。二振りは三振り。幾筋の光を重ね合わせてその身を震えよ――】


 ああ、確かにそう書いてあるな。

 どこがデッドラングだよ。まんまこの本に書いてあるじゃん。

 先生が実演したの見たけど、小さい火しか出ないぞそれ。


 だが呪文が進むにつれ、俺の意思とは無関係に、背中にはダラダラと冷や汗が流れる。

 予感だ。

 それも、凄い、嫌な。


 ……やばい。まさか。


 フランケンが呪文らしき詠唱を終えた瞬間にそれは起きた。


 ――ずうっ。


 急速に何かが収縮する、輝く引力場が発生した。

 瞬時にそれは斥力となって破裂する。


 音の壁を突き破るような瞬間的な爆音。

 高炉にでも顔を突っ込んだような熱風。


 光の塊が弾けた。

 強烈な明滅がまぶたの奥に弾ける。

 たまらず腕を交差してそれを防ぐ。


 熱による突風が部屋の中をかき回す。

 宙に舞う焼け焦げそこなった紙片が、じりじり焦げ臭い。


 壁の一辺が大きくたわみ、吹き飛ぶ。

 部屋が半分のサイズになり、見通しが良くなってしまった。

 凶悪なメガスは、壁の穴という出口を見つけたようでそちらに噴き出して行った。

 眼下の夜の海が赤々と光って見えた。

 渦巻く火炎が海面に降り注ぎ、オレンジ色の明かりが輝き弾けた。

 とぐろを巻いた炎は勢いを止めない。

 大量の海水にじゅうじゅうと反抗し、どんどんその足を広げる。

 舐めるように海面を滑る燃える絨毯は、かなり大きな範囲を灼熱の色に染め上げた。


【もういい! ストップだ! フランケン!】


 ふっと吹き消されたように炎は消えた。

 あ、あぶねえ……下が海で良かった……。


 びゅうびゅうと湿って冷たい夜風が、熱せられた煙だらけの部屋の換気を行う。

 ちかちかとした残像が目の奥で瞬く。


 一瞬だった。

 部屋の中がめちゃくちゃになった。

 山と積み上げられた資料の束はあちこちで引火し、並べられた机など木製のものは焦げ付き、金属製の棚はひしゃげていた。


 爆発の余波でガラガラと部屋全体が崩れる中、フランケンは気にもせず言った。


【これが詠唱による火のメガスです】


 冗談じゃねえぞ。知ってる話と全然違うじゃねえか。

 呪文は威力が無いから、廃れていったはずだろ。


【こんなんが初級メガスだって言うのかよ……】


 崩れた壁をどかしながら、フランケンに文句を言う。


【デッドラングメガスには、等級差はありません。威力は詠唱した者の操作で増減します。個体差が著しいため、管理には向きません】


 そう冷静に言うフランケンは、やはりマネキンのように突っ立ったままだった。

 コイツ、一体何なんだ?

 そもそも持たなくてはいけない疑問だった。


 バキリと嫌な音を立てて、後ろの柱が倒れた。

 っていうか、部屋、どうすんの?

 そもそも持たなくてはいけない疑問だった……。


 あれ? もしかしてこれ俺のせいか?


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