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ピンチに掴んだ藁

 やばい。

 入門講座で、落第する可能性が出てきた。

 ……メガスが使えない。


 現在、同じ時期に入学した元龍の三人とマリアは非常に優秀な成績を修めている。

 入門用の初心者講座の中では飛びぬけた存在だ。

 四人は一目置かれた存在になっていた。

 特にマリアは元々賢いのだろう。

 メガス実践講座などの実学の成績こそ並だが、理論講座などの座学の成績はほぼ満点に近い。

 そんな四人の近くにいる、落ちこぼれの俺。

 肩身が狭い。


 三日後には、入門講座修了試験が迫っていた。

 やばいなんてもんじゃない。

 聞くところによると、初心者用の入門講座で落第する者など、二〇〇年の伝統を誇る学園の歴史の中でも数えるほどしかいないらしい。

 落第するものがいないのだから、修了試験など廃止した方が良いとまで言われている、超ゆるゆる試験だ。

 元々、この学園にやってくる者は大抵何らかの優れた素質があり、それを伸ばすためにまたは見つけるために来る。

 当然、基本能力が普通のヒトよりも優れている。

 っていうか、学園に入るまでが超難関なんだから、入学時点で文字が書けない俺のほうが異端なのだ。


 合格率一〇〇パーに近い試験に落ちるかもしれない。

 せめて難しいテストならば言い訳は聞くだろう。

 国家資格だとか、画期的なアイデアを思いつく必要があるとか、サイコロを連続で一の目だけを出すとか。

 だが入門講座修了試験は、初歩の初歩を確認するくらいの意味しかない。

 どんな形であれメガスを出せればパスできる。ごまかす余地がゼロだ。

 属性だとかそういった小難しいレベルの話ですらない。

 学園の生徒じゃなくても可能だろう。

 学食で働いているおばさんや部屋の掃除に来る女の子でもパス出来る者もいる。

 だが、俺はそれすら出来ないでいた。


 放課後、四人に散々しごかれた。


『何でこんな簡単なことが出来ないのかが、分からない』


 リント姫がぽうっとロウソクの灯火サイズの光を手のひらに浮かべながら呟く。

 俺はそれを羨ましく思いながら、手のひらを上に向けてうんうん唸る。


「マリア、を、みらないな、みならいなさい」


 リント姫は、龍言語でなく、わざわざ覚えたての統一言語で俺に説教する。

 三角の記号が羅列するテキストを片手に、なれない文字を一つ一つ目線でなぞりながらメガスの展開方法を確認する。

 おかしい……合ってるはずなんだけどな……。


『えっとね、タロウ。このマナの循環ってところは分かる?』


 眉根を寄せながら、顔をしかめるリント姫。

 色素の薄い真っ白な指が、テキストの一文を指す。

 文字の読み書きがやっと出来るようになった俺にとって、ごちゃごちゃとした文章は酷く分かり辛い。が、まあ意味は分かる。


『要するに体内にマナを取り込んで、吐き出すってことだろ』


『分かってるじゃない。なら、何で出来ないのよ』


『……ってか、何で出来るの……』


 ミミズがはいずっている様な文字群には、メガスと呼ばれる技術の展開方法と必要なスピリット配分について書いてあった。その後、△▽▲▼という符号コードがずらずらと並ぶ。

 今、俺が必死こいて試して成功出来ずにいるのは、火のメガス。

 コードで言うと△△△というシークエンスが並ぶ、初心者用のメガスだ。

 はっきり言ってマッチを付けた方が手っ取り早いくらいの火力である。

 だが、そんなお手軽メガスすら展開できずにいる俺は初心者以下だと言える。

 自分で言っておいて自分でへこむ。延々と循環するリサイクル自虐。誰にも優しくない。


 異世界アスガルズに存在する三つの特殊なエネルギー。

 マナ。イド。アニマ。

 奇蹟を起こす代償として支払う対価だ。

 対価を総称して、スピリットと呼ぶ。

 この世界に来た当初は、メガスのことを魔法だと思っていたが、実際はちょっと違っていた。

 メガスだけじゃないのだ。他にも種類があった。

 イドを支払い、得られる結果がサイキック。

 アニマを支払い、得られる奇蹟がモーゼ。

 メガスを展開するには、マナという対価を支払う。


 それらを学んだ俺が魔法みたいだね、とぽつりと率直な感想を言うと、烈火のごとく四方八方から怒られた。

 今回の試験監督である入門メガス講座の担当男性講師ポール・クリューガー先生は、目を吊り上げながら叫ぶ。

「魔法なんて非科学的なものと同一視されては困る」と。

 正直、科学と非科学の差が分からない。

 俺に言わせりゃあ、魔法以外の何物でもない。


 マナを取り込むのは呼吸をするのと構造が似ているという。

 言いたいことは分かる。

 空気を吸い、酸素を血中に紛れ込ませ、二酸化炭素を吐き出すのが、呼吸だとする。

 大気を吸い、マナを取り込み、メガスとして吐き出すのが、メガス展開なのだろう。


 だが、マナの存在すら知らなかった俺が、それらを意識するのは難しい。

 空気にしろマナにしろ、目には見えない。

 リント姫がじれったくなるのも分かる。

 生まれてから一般人ですら極普通に行っていることなのだ。

 例えば、鳥が教えられないにもかかわらずどうやって飛ぶのを知るのか、みたいな質問に似ている。

 この世界の住人にとって、出来て当たり前なのだ。

 ただ、残念ながら俺はこの世界の住人じゃない。


 置いてきぼり感が凄まじい。俺は何てダメダメな男なんだ。うーんリサイクル。


『強き者、アレだよ、力を抜いてポンってやれば出来るから……』


 ニーズは俺を元気付けようと励ますが、語尾に力が無い。

 優しく慰めないで。どうしようもない感が加速するじゃないか。

 かえってリサイクルの燃料になっちまう。


「力んじゃうのが原因じゃないかな。コードを頭の中に浮かべて、ちょっとだけマナを多めに配分すると取り敢えずは展開できるから。ロスがあるけど無視していいよ」


 それを横で見ていたマリアは、ニーズの喋る龍言語の意味など分からないはずなのに、ニーズに被せるように俺を励ます。


 ヒトであるマリアですら簡単に出来るレベル。

 それが初心者用メガス。


「変換ロスで魂切れになっても自分は助けんぞ?」


 ヴィゾは流暢な統一言語で、冷たくそう言い放つ。

 が、何だかんだ言っても付き合ってくれている辺りが、ヴィゾの性格だ。


 優しさが、むしろ痛い。


「……どうすりゃいいんだ」


 じゃんけんのパーの形をアホみたいに固定させたまま、俺はテキスト通り、頭に△をずらずら並べ、力をこめる。


 手のひらの手相。昔、テレビ番組で珍しい形の手相として紹介されていた手相。大器晩成型、非科学的で何の根拠も無いその言葉に、当時ちょっと嬉しくなった。

 俺のメガスはいつ大器晩成するんだろう。

 そんなことを思いながら、手のひらを睨み続けた。

 何かが起きる片鱗すら見えない。

 非科学的な手相があるだけだった。



 ――――――


 ――――


 ――



 俺は決して努力するタイプの人間ではない。

 どちらかと言うと、いかに楽してその場を乗り切れるかということに固執するタイプだ。

 だが、合格率一〇〇パーの試験に落ちるかもしれないと言う、地味な恐怖は俺の小さな自尊心を砕く可能性を秘めていた。


 ぶっちゃけると、醜態を晒したくないから、三日後の試験を何とかしようともがいた。


 誰にもばれないように夜中に起き出して、何とかなる手段を求めて消灯時間の過ぎた学園を徘徊することにした。


 一日目に訪れた場所。

 学問をする上で王道だ。

 図書館。

 流石に最高学府の図書館であり、夜中でも開いている。

 まるでサザエのような不思議な形の建物だったが、中は音にかなり気を使った造りになっていた。

 毛足の長い絨毯が足音を吸収し、分厚い木材で出来た机は筆記用具の音を弾かない。

 広大な苔が春先の柔らかな雨を吸い込むように、その空間は静寂を保っていた。

 暖かで快適な室温が、学習意欲を促す。


 それなりの人数がちらほらと見て取れた。勤勉な学生や学者はどの世界でも立派だ。

 空いている席に恐る恐る腰掛ける。机を挟んで相対する綺麗なお姉さんが、ニコリと微笑みかける。心臓がドキドキする。

 何故か自分も優秀な気がしてきた。筆記用具をあらかた並べ終え、席の確保をした俺は、書庫に向かった。

 無数の本棚が、縦横無尽に広がっていた。

 岩壁のごとく林立する蔵書棚に目眩を覚える。


 目ぼしいその中の一つを手にとって、内容を確認する。

 ――刹那。稲光が頭の中を駆け巡る。

 まさに、一瞬のうちに俺はあることを理解した。


 むり。ムリ。無理だあああ。

 あと二日で何とかなるわけねえじゃん!


 本で何かを得るにはそれ相応の時間が必要である、という当たり前のことに気付いた。


 席に戻り、お姉さんの邪魔になる前に静かに筆記用具を回収して、そっと退散した。

 静謐な空間でうっかり忘れていた。

 俺は努力型ではない。


 二日目に訪れた場所。

 とっておきの最終手段だ。

 学園長室。

 学園長に直訴すれば、もしかしたら明日の試験は免除になるかもしれないと言う、恐ろしく姑息で使い古された裏口試験だ。

 夜中だから酔っ払っているかもしれない。うっし。逆にそうなりゃ好都合だ。


 もちろんそんな悪巧みは上手くいかないと、相場が決まっている。


「学園長は、バルトリア公国に出張中です。ご用事でしたらわたくしが伺います」


 学園長付きの胸元がボリューミーな秘書にそう断られた。

 お色気担当で採用したに違いない。

 自分は試験の不正を頼みに来たのを棚に上げて「ずるい! 職権乱用だ!」と学園長を、心の中で弾劾裁判した。


「い、いえ、大した用事じゃ、ないんで」


 実際には、そうキョドりながら言って、そっと退散した。


 たった二日で、王道と邪道をとりあえず制覇してしまった俺は、次の手段がなくなった。

 やべえ、明日だぞ試験。


 自分の部屋に何の成果も上げられずに戻ろうとした時、廊下の先に一筋の明かりが見えた。

 あそこは確か、中央管理室。


 ――――――


 ――――


 ――



「ああ、タロウ君。こんな時間まで勉強熱心ですね」


 部屋に入ると、いきなり嫌味を言われた。


「お疲れ様です。クリューガー先生お一人ですか?」


「ご覧の通り。当直ついでに、フランケンで研究を。日中は君みたいな優秀な生徒のせいで、研究に時間を割けませんから」


 その部屋には、ムッツリもとい、メガス理論入門講座担当のメガネ講師、ポール・クリューガー先生がいた。

 多少理屈っぽくて嫌味なところがあるが、俺たちの事情を知っている貴重な理解者の一人だ。

 古い本が重なり山となっていた。ぐちゃぐちゃと下書きされたメモや、くしゃくしゃになった丸められた紙、ロール紙のような長い紙が散乱していた。

 夜中のせいか、それともたまたまなのか知らないが、部屋にはクリューガー先生だけだった。


 部屋の中央にはフランケンが相変わらず突っ立っていた。

 ここは学園を制御する中央管理室だ。


 昼間に散々怒鳴られているクリューガー先生に夜中に顔を合わせるのは、若干ばつが悪い。

 帰るか。どうせ明日の試験で嫌でも会うことになる。


「ちょうどいい。中央管理室の中にいる間なら、君の事を隠さなくてすみます」


 何となくその物言いが引っかかる。

 きびすを返すタイミングを奪われてしまった。


「もしかして俺たちのことを研究していたんですか?」


「不思議な存在ですねキミは。こんな古い文献、どんなデータと照合しても一致どころか、近似した例すらありません。本当に厄介です」


 初日の授業に使った、メガスが古臭いと言われる元凶である分厚い本をポンと叩く。

 ふっ、と学者特有の湿った笑いを見せる先生。


「……答えられる質問なら、何でも答えます」


 明日の試験監督はこのクリューガー先生だ。ここで恩を売るという手もある。

 もしかしたら裏口合格がいけるかもしれない、という姑息な手段がむくむくと鎌首をもたげる。


「それはありがたい。ではそこに掛けてください。長くなりますから」


 ニヤリと笑うクリューガー先生の笑顔を見て、少し後悔した。


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