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入門メガス理論

 黒板にカツカツとチョークで書きなぐる音が聞こえる。

 学生の数は三〇人ほど。

 この講義を取っている学生の数が少ないのは、この講師が根暗なムッツリスケベに見えるからではない。

 入門メガス理論の講座だからだ。

 階段教室の最下層でメガネをかけた講師が話す。


「現在、メガスは各国が研究開発しているため、様々な解釈があります。今からワタシが教える四大元素法の他に、有名なところでは、五行法、六道法、八卦法、一二進法などがあります」


「ですが、歴史、多数派、文献量、論文数、研究進捗、実務要請、あとは単に使い勝手などを勘案して、当学園では全ての授業で四大元素法を用います。他の解釈で習ってきていたヒトは申し訳ないが、受け入れてください」


 ポール・クリューガーという名の男性講師は、何種類かの言語でそれを繰り返す。

 ざわつく教室。飛び交う文句。

 講師のわざとらしい咳払いがそれを強制終了させる。


「どうしても無理だと思うヒトはどうぞ、学園をお辞めください。誰も引き止めませんので。枠が空きますのでそれを喜ぶヒトもいるでしょう」


 メガネをくいっと直し、教室内を睨みつける。

 一気に静かになる教室内。


「メガスに限らず、世界は四つの要素から構成されます」


 コトリ、と机の上にあった水晶で出来た模型を掲げる。


「三角すい、分かりますよね。物体の最も単純な形です。わずか四つの頂点で構成される所に注目してください。四つの頂点は全て他の頂点に繋がっています」


 ピラミッドの頂点を一つずつ指し、学生が理解できているか確認している。


「このように、ありとあらゆるものが四つの要素を兼ね備えています。例えば、東西南北。方角は四つですね。心臓。心臓は四つの部屋に分かれています。または血液型、四種類ですね。社会にもそれが活用されています。資産、負債、費用、収入。これらはお金の動きを属性で捉えたものですが、元々は四元素から来ています。四色定理、いかなる地図も四色で色分けできると言うものです。まだまだありますが、次に行きたいのでこの辺にしておきます」


 いや、十分なげえよ例え話。

 見た目どおり理屈っぽいなこのヒト。

 理屈っぽい男は、ムッツリスケベであるという俺の持論は偏見のみで構成されている。

 あながち間違いでもないのではないか、などと思っている。


「君たちがやらなくてはいけないことは、何は無くとも四大元素の読み書きです」


 げ。俺の不得意分野だ。


 カツカツとチョークで「△▲▽▼」と簡素な四つの模様を描く。


「この四つは四大元素を記号で表したものです。火は△、風は▲、水は▽、土は▼」


 ああ、これくらいなら何とか。

 火と風と水と土、四大元素。

 何となく聞いたことあるような。


「四大元素を記号化して簡素化するには非常に重要な役割があります。メガスの構造が記されている物をメガス譜と言いますが。一々文字で記していたら、煩雑なメガス譜になってしまうからです」


 そう言って講師は、皮でできた分厚い本を机から取り出した。


「これが記号化される前時代、古代で実際に使われていたメガス譜です。当時は研究機関が未発達だったせいもあり、魔法と言われる不確かな存在とメガスの境界線が曖昧でした。

 非常に複雑で儀式的な工程は、魔法と混同しても不思議ではありません。展開方式は詠唱です。呪文と言う独特の文章とリズムに意味を転化していたようです。

 ですが、これには確かに再現性はあります」


 この世界では魔法とメガスは違うのか。

 正直、俺の中では区別が出来ない。


「が、その結果、唯の初級火炎メガスでも、非常に長い詠唱が必要になってしまいました」


 パリパリと硬いページを開く。文字が長文で書き込まれていた。


「ええと、例えばこの一節」


 読み上げながら、空いたもう片方の手のひらを上に向ける。


「火よ、火よ。常闇を照らす古の精よ。顕現せよ。我の魂を炎の調べと変え、灼熱の力を示せ。赤く輝くつぶて。業火の形。一振りは二振り――」


 その言葉に呼応するように、手のひらに蜃気楼のような影が浮かぶ。

 ムッツリメガネの手のひらからぽうっと拳大の火球が浮かんだ。

 おお、という驚きの声が教室内に上がる。

 すげえ。マジもんの魔法だ。ムッツリやるじゃねえか。


 だがその驚きの声とは裏腹に、はあ、と一息ついたムッツリメガネ。

 テンションは低いままだ。


「こんな感じです。呪文、おどろおどろしいですね。それに長過ぎます。実戦でこんな長台詞を歌っていたら、いい的になってしまいます。

 運よく詠唱が成功しても、今のは初級火炎メガス以下です。大した威力もありません。松明の方が良い仕事をします。

 こういう儀式めいたメガスは、ちょっと外聞が悪いんです。

 その証拠に古代のメガス使いは、才能に左右されるサイキックとは違い、唯の胡散臭い呪い屋としてしか扱われていませんでした。

 なんとも悲しい話です……。おっと話が逸れてしまった」


 ヒトにメガスを教えるくらいなのだから、このムッツリメガネ講師はメガスの専門家なのだろう。

 自分の専門が色物として見られるのは確かに悲しい。


「現在では長い不気味な詠唱は不要です。記号化によってこれ一枚になります」


 教卓の上から一枚をぺらりと持ち上げる。

 紙に書かれた△と▲と▽と▼の羅列。

 確かに単純な記号を使うことで短く出来ている。


「では、ちょっと実演します」


 ムッツリメガネが手のひらをひょいと上に向ける。

 何かの力が圧縮されるように手のひらに収束して行った。

 瞬間、手元からぼわっと炎が膨れ上がり、小さな炎になって留まった。

 さっきの数倍の大きさだ。


 教室内から歓声が上がる。

 室内に蔓延していた「理屈っぽいムッツリメガネ」というイメージが、「メガス使いのインテリメガネ」へとクラスチェンジした。


 小さめの炎を手のひらでもてあそぶメガネ講師。

 炎の照り返しがドヤ顔を明るく照らす。


「ちなみにメガス譜の簡素化は、実際の使いやすさや単純化だけで無く、本棚の整理にも貢献しているわけです」


 ふふっとムッツリは含み笑いをした。

 何だ、今のジョークのつもりだったのか。

 インテリジョークは考える時間がワンテンポ必要のため大体スべる。

 予想通り、どういうリアクションをとれば良いのかわからないほとんどの生徒は笑わなかった。


 インテリメガネ講師は寒いジョークに気付いたのか、ふっとかき消すように手元の炎を消した。

 気を取り直すように話を続けた。


「記号化するにも紆余曲折した面白い歴史があるのですが、ここで止めておきましょう。ではしばらく時間を取ります。各々この四要素をノートに記して練習してください」


 実演の効果は絶大だったようだ。

 言いつけ通りに教室にいる大勢がノートにペンを走らせた。

 カリカリとした音が教室中から聞こえる。


 マリアは必死こいて講師の話をまとめていた。細かい文字がノートにまっすぐ書かれている。文房具の使い方も丁寧だ。机の縁と平行になるようにノートを置き、姿勢正しくペンを走らせる。きっちりと眉の上で切り揃えられた髪型など見た目もそうだが、マリアは真面目だ。

 ルディスの町では率先して避難誘導をしたり、聞きづらいことも聞く。


 元龍たちは俺が翻訳した言葉にあまり興味を示さなかった。


『なあ、今の説明分かったか?』


 小声でリント姫に聞く。


『やっぱり難しいよ』


『だよな。俺もチンプンカンプンだ。いきなり四元素とか言われてもなあ』


『だらしないわね。初歩の初歩よ。リントブルームが小さい頃にあんなこと習ったきりよ。リントブルームが言ってるのはヒト言語の方よ』


『え? そっち? 四つの要素のこと知ってるの?』


『あれくらいは聞き流すくらいで良いわタロウ。これからもっと難しくなるから。タロウか、すっごく良い名前ね』


『そ、そうか? ありがとう』


 マジか。

 そうか、こいつらは既にメガスはかなりの高等技術を習得してるんだった。

 ってことは、今一番授業についていけていないのは俺だ。

 △は火で、▲は風、▽は水、▼は土だったっけ。

 よおし、たった四種類だ。

 これくらいなら――。


「では、次にメガス譜の基本構造について説明します。そもそもこの四元素だけを覚えても何の意味もありません。これは属性を示すだけの単なる記号です。それよりも配列順序シークエンスが重要です。例えば、そうですね、さっき実演した火炎メガスにしましょうか。単純に△△△を一つのシークエンスとして考えた場合を例に挙げます。スピリットの配分は実践講座で行いますが、仮想キャンバスを頭の中に展開、△△△というシークエンスを――」


 うおお。全く意味がわからねえ!

 今一体何の説明をしているんだ。

 やばい、眠気が……。

 メガス理論、むずかしすぎる……。


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