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名前

 フランケンに査定してもらった俺たちは、しばらく謹慎ということになった。

 監禁と言った方が適切かもしれない。

 とにかく厳重でそこそこ快適な地下牢に一〇日ばかり閉じ込められた。


 やることも無い俺とマリアは延々と元龍たちに言葉を教え込んだ。

 マリアは俺に文字を教えてくれた。

 アルファベットともキリル文字とも違い、象形文字のような形の文字だった。

 だが、何となく意味が拾えるようになってきた。


 ヴィゾの上達が凄い。

 ゆっくりとした聞き取りくらいならばもう俺の翻訳が要らないのではないだろうか。

 文字に関しては同時スタートであったはずなのに、むしろ俺が質問しヴィゾが応えるという構図が出来てしまった。

 次いで、ニーズ。

 単語の意味は分かりつつある。

 まだマリアに言語のみの意思疎通は難しい。

 だが、ニーズは生来の人懐こさが言語習得に向いているのだろう。

 カタコトの言葉とボディーランゲージで大体マリアには通じている。

 意外なことに一番言語学習が遅いのは、リント姫だった。

 どうやら原因は、ヒトへの興味だった。

 俺もここへきてから知ったのだが、ヒト言語というのはいくつもの種類があって、リント姫は昔からそれを少しばかり齧っていたせいで、ごっちゃになってしまっているのだ。

 帯に短したすきに長しってヤツだ。


 ヒトと一言に言っても人間だけでのことではない。

 ヒトという言葉は大雑把な意味を持つ。

 人間、魔人、獣人といった種族を十把一絡げに指す。

 少し微妙な立ち位置にいるのが、亜人というものだ。

 人間のマリアにとっては亜人とヒトは明確な違いがあるが、龍にとっては無いらしい。

 まだ亜人というものを見たことがないが、何となく区別されているらしいニュアンスは分かった。


 そんな雑談と学習に一〇日を費やした。


 もうこのまま一生監禁されるんじゃないか、と嫌な気がしてきた一〇日目。

 事態は一気に進んだ。

 そして俺の名前も決まってしまった。


 まずは俺だけ監禁されている部屋から出された。

 元龍の三人と話すことは難しいだろうし、マリアに話しても元龍へとスムーズに伝わらない。

 どちらの言語も分かる俺を連れ出すのは妥当な判断だろう。


 学園長は廊下を歩きながら話す。

 これから俺を含めた五人を解放する旨だった。

 謝罪の言葉の後、ここに残る意思を聞かれる。

 もちろんイエスだった。


「どうして解放する気になったんですか?」


「ルディスだ。領主、町長、他の顔役がお前たちの証言を全面的に保証してくれた。まさか本当にトーテムを倒していたとはな。流石、龍神様だ」


「ああ、そういうことですか」


 助かったぜ。ルディスのヒトたち。

 一応、領主と町長にも感謝しておくか。


「龍との交流はむしろ望むところだ。本当にお前が言ったとおりだとして、だが」


「裏工作の方はお願いしますよ。どうせ俺たちを監禁している間に、各国のお偉いさんには話したんでしょ?」


「……ふん。お見通しか。ま、色々、政治力学上手続きってもんがあってな。いきなり龍と仲良しになるってのは無理だろう。まずは実験的提案だ。お前から聞いた話を元に、生贄の全面撤廃から始めるべきだと各国に提案している。もうこれ以上生贄は要らないんだよな。本当に何も起こらないんだな? 信用するぞ?」


 学園長はそう言うが、言葉通り信用しているかどうか怪しい印象を持った。

 でも人命が掛かってるんだから当たり前か。

 そのくどいほどの念押しには、色々複雑な意味もあるのだろう。


「起きませんって。龍がヒトを食べるなんていうのは誤解ですから」


「一度、龍社会の王様に会わせてもらえないか? ミドガルズオルム様でも良い」


「多分大丈夫ですよ。ただ、こっちから呼び出す手段がないんです」


「機会があったら是非頼む。ああ、とんでもなく面倒くさいことになってきた」


 頭をガシガシとかきむしるが、その顔は楽しそうに見えた。

 自信満々でリスクを取るタイプなんだろう。

 いかつい外見と妙にマッチしていて、言葉とは乖離したその笑顔は魅力的に見えた。

 渋いじゃねえか、学園長。


「ところで、ルディスでも有名みたいだったんですけど、ミドガルズって結構名前が知られてるんですか?」


 話の舵を少しだけ逸らす。

 学園長があきれ返った表情をこちらへ寄越した。


「……クソガキ、お前は大したヤツだな。龍神様を知らんのか?」


「学園長よりは仲が良いですよ」


 へっ。俺はミドガルズとは親友だと思ってるぜ。


「講義で習うかも知れんが、天蠍柱のトーテムがアバドンって言ったら分かるか?」


「天カツ?」


 出た出た、意味不明異世界用語。

 もう慣れちまったよ。


「……お前は本当に何も知らないんだな。違世界の流れ者か。あながち冗談とは思えん」


「だから、そう言っているじゃないですか」


「お前の素性に関しては、まだ結論が出ていない。まあいい。……龍神ミドガルズオルム様は、獅子柱のトーテムだ」


 うおい、マジかよ。

 唯の龍だとは思っていなかったが、トーテムだったのか。

 超紳士だぜアイツ。俺のミドガルズを、あんなバッタどもと同じトーテムにすんな。

 妙なところで、妙な気持ちになる。

 確か、トーテムって言うのは下級神のことだよな。


「ミドガルズが下級神ってことは、龍王の爺さんはもっと凄いってことですか? 下級神ってくらいだから、中級神とか?」


「お前から聞いた限りだと、龍社会は高度に発達した文明を持っている。単純に力の強い龍や頭が良いだけの龍、能力が高い龍がそのままトップになれる原始的なコミュニティーだとは思えん。だから、その質問には分からんとしか言いようが無い」


 そりゃそうだ。

 日本一強い日本人が内閣総理大臣になれるわけじゃないもんな。

 同じく日本で一番賢い日本人がトップになれるわけでもない。

 社会ってのはそんなもんだ。小学生でも分かる。


「俺たちはどんなクラスに入るんですか?」


「お前たちには、統一言語講座を必修科目にした初学者専用のカリキュラムを組んでもらう。なので、技術的には未習熟なクラスに所属することになる」


「はい」って言うかありがたい。やっぱ良いヒトだな学園長。


「いいか、あの三人が龍であること、お前が生命之書を持っていないことは機密事項だ。くれぐれも守ってくれ」


「でも、マジで龍に危険は無いんですって」


「何度も言わせるな。そんなに簡単に二〇〇年来の誤解が解けるわけないだろう」


「……分かりました」


「その件については相談がある。後で秘密保持契約書などの書類を書いてもらいたい」


「契約書ですか……」何とも重い響きだ。


「お前たちの身の安全の保護……いや、止めよう、これは建前だ。本音を言えば、書面上でお前たちの所属を固めたいという物だ。事務レベルから実務者協議、他国を説得する際に毎回お前を連れて行くのは煩雑になる。素性を学園に固定してくれ。各国機関に提出する書類だ。面倒かもしれないがこれは必須と思ってくれ」


 はあ、そうですか。

 異世界って言ってもあっちの世界と似たようなもんなんだな。

 身元保証に現住所が必要なんて現実的過ぎる。

 全然ファンタジーじゃない。


「だが俺様たちは要求を呑んでもらう立場だ。これはお願いだ。お前たちの希望を何でも言ってくれ。ああ、まどろっこしい。……面倒だからぶっちゃけるぞ。つまり、俺様たちについてくれ。その見返りを用意する、というお願いだ」


「……いや、特に無いかな」コンマ一秒ヨコシマな考えが頭をよぎる。


「何でも良いぞ。ここだけの話、龍言語を解するお前は各国注目の的だ。良かったな今ならモテモテだぞ。童貞を捨て去るチャンスかも知れん。国家クラスのお姉さま方が相手だぞ」


「な、なな、なにを言ってるのか、全く、全然、分かりません」


 俺にハニートラップを仕掛けるとは何て策士だ。そ、そんなものでおれがくっするとおもうか。おれをばいしゅうしようだなんてあまいぜ。え? モテモテなの? マジっすか?


「ふっ。思春期はプライドが先走って大変そうだな。……ああ、そうだ。契約書にはサインが必要だ。まずはお前の名前を決めなくてはならん。これからここで暮らすんだ。法的にも便宜的にも名前は必要だろう」


 名称なんて単なる記号だ。

 本当の名前どころか記憶だって無いんだ。何だって良い。


「田中太郎でも、山田太郎でも何でも良いですよ」


 考えるのが面倒だったのもあるが、この世界の普通の名前が思いつかなかった。

 ゴルドスタインさん、レイナルドさん、スミスさん。

 数えるくらいしか知り合いの名前が分からない。


「テ? タァ? トァヌアタロウ? ヤァムドタロウ? 長くて発音がし辛い。種族名か家名は分けてくれ」


 ありゃ? 

 日本語の発音は難しいのか、学園長はたどたどしく返す。


「家名がヤマダで、個人名はタロウです」


「ヨ、ヤァ、ヤムゥド、ヤムゥデ、ヨミュダ……分からん」


 喉に小骨がつっかえたかの様なしかめっ面で、発音し辛い音を出そうとする学園長。


「ヤ、マ、ダ。……もういいや、じゃあ鈴木太郎で」


「ススゥキィ、タロウ」


 口をすぼめて何ともいえない間抜けな顔をする学園長。

 これもダメか。


「佐藤太郎」


「サァトゥタロウ」


「佐藤」


「サァトゥー」


 うおお、何だこの歯がゆい感じはっ!

 真面目なのかもしれないが、恐ろしくむかつく。


「渡辺」


「ワッタネイビー」


 海軍か!

 どうしろって言うんだよ!


「……適当につけてください。この世界で普通の名前っぽいのないですか」


「違世界語っていうのは恐ろしく発音が難しいんだな。……ふむ。それなら、俺様の家名をくれてやろう。ハイランド家の家名は色々と便利だぞ」


 学園長の名前は、確かジークフリート・ハイランドだよな。

 おいおい俺もカッコいい名前になるんじゃねえのか。

 ラグナロクとかダークシュタイナーとかクリスタルロザリオとかザッハトルテとかツヴィーヴェルクーヘンとかすげえの頼むぜっ!


「今日からお前は、タロウ・ハイランドと名乗れ」


「太郎だけまんまじゃねーか!」


 ダークシュタイナーはどうした!

 もっと異世界っぽいのくれよ!


「何を言っている。力強い良い名前じゃないか。タロウ・ハイランド」


 本当にダークシュタイナーなんて付けられたいかと言われると、それはそれで嫌だ。

 浦島太郎とか桃太郎とか、俺の知っている歴代の英雄たちも太郎だよなあ。


「よし。では改めて――」


 学園長はガチャリと目の前の大きな扉を開く。

 強い日光がまぶしい。

 俺たちは学園全体が見渡せるバルコニーに出たようだった。


 大きな敷地は、建物で埋め尽くされていた。

 何とも奇妙な建物が多い。

 波打つような外壁、丸みを帯びた不規則な形状の窓。

 煙突と思しき棒状の塔はねじられたような形だった。

 だが一見無秩序なそれらが綺麗にまとまり、美しい幾何学模様を描いていた。


 良く晴れた空。

 輝くような白い雲が太陽の光を照り返す。

 流れる雲が眼下にある。

 背の高い山の上にでもいるようだ。

 いや、いくら何でもこの景色はおかしい。

 山にしては流れる雲が早過ぎる。

 違う、雲が動いているんじゃない。

 まさか――。


「――天空学園カルヴァリアガーデンへ、ようこそ。タロウ。お前たちの入園を許可する」


『学園』は空飛ぶ学園だった。

 やっぱりここは、とんでもない異世界だ。


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