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『学園』への片道切符

「きゃああぁぁぁぁ!」

『いいいいいぃぃぃ!』

『落ちてるうぅぅぅ!』

『姫ぇぇぇぇぇぇぇ!』

「うおおおぉぉぉぉ!」


 現在、俺たち五人は落下中である。


 パラシュートなど異世界にはない。だが残念ながら重力はあるようだ。

 マリア、リント姫、ヴィゾ、ニーズの各人は驚きの表情を思い思いに浮かべている。

 きっと俺の顔も似たような酷いものだろう。

 籠と呼ばれる半透明な繭のような形の乗り物にはソファーがあったが、上空から解き放たれたおかげで慣性の法則を謳歌中の俺たちには座ることも出来ない。

 異世界アスガルズにニュートンやガリレオのような偉人がいたのかという疑問はこの際どうでも良い。

 彼らがいなくてもリンゴは木から落ちるし、地動説は変わらない。

 俺たちの乗った籠だって上空から落ちる。


 絶叫がこだまする繭の中で、先ほどまでのやり取りが走馬灯のごとく思い出される。



 ――――――


 ――――


 ――



 寄り道のつもりで立ち寄ったルディスという名の町で、俺たち五人はアバドンと呼ばれるバッタの大群に出くわした。

 何とかかんとかバッタどもを倒し、数日の休息を取ることになった。


 ミドガルズと元龍の三人には喋らないように厳命したため、俺たちは「龍神」と「無言のメガス使い様」と「そのお供」として歓待されることになる。

 俺たちはルディスを存分に楽しんだ。


『これが龍への誤解をとくきっかけになるといいな』


『我輩もこれほど長い間ヒトと接したのは初めてである。異文化交流とは新鮮なものであるな』


 こそこそした俺とミドガルズの会話に酔っ払った三人の元龍が割り込んでくる。


『父う……殿下! この「自家製パン」をご賞味ください! 目が飛び出ますぞ!』

『閣下! それはオレのモノです! いたあっ!? 強き者っ! 閣下がぶった!』

『こっち食べてぇ。にゃにやってりゅのよおお、こっち食べ……りんとぶるーむのぱんがたべれないってゆうのぉ?』


 ……うざったい。何だお前らのその乱れようは……。龍は酒に弱いのか? 


「ねえねえ『学園』に着て行く服なんだけど、こっちの方が良いかな? それとももうちょっと冒険してこっちの……ねえっ! もう、きいてるのっ!? じゅうようなことなんだよっ!?」


 真っ赤な顔になり、据わった目で俺たちを睨むマリア。……お前もか。

 未成年のマリアに酒なんか飲ませたの誰だ。


『ま、まあ、これも異文化交流の一環……であるか?』


『俺に聞かないでくれよ』


 コイツら絡み酒かよ……めんどくせえ。「無言のメガス使い様」はどこに行った。

 リント姫との約束どおり乾杯もした。結果はご覧の通り散々だ。


 元龍たちは少しばかりのヒト言語を覚え、瓦礫撤去作業を手伝った。

 町の裏の顔役であるゴルドスタイン兄弟を筆頭に、半壊した町の住人たちは優しかった。

 異邦人である俺たちを受け入れてくれ、ヒトが誤解しているミドガルズへの恐怖も相当薄まったことが分かった。

 ミドガルズは背中に子供を乗せていたり、巨大な瓦礫を運んだりと大忙しだ。

 町の老人たちはお供えのつもりなのだろうか、お菓子や果物をミドガルズの前に置いてむにゃむにゃ言いながら手を合わせて祈っている。……それは何か違うんじゃないですか?


『もうこの町でヒト言語を学習すりゃ良いと思うよ』


『魅力的な提案であるが、当初の予定では『学園』に行くことになっている。これも任務なのだ。予定通りにしてくれると我輩も助かる』


 次の日の早朝、人目につかないようにこそこそと起き出した。

 まるで夜逃げだ。

 籠と呼ばれる繭のような形の乗り物に乗り込む。

 ミドガルズが蓋をしっかりと閉める。

 よほど精巧に作られているらしく、内側からは継ぎ目が見えない。


 籠がふわりと宙に浮かぶ。


 随分と馴染んだこの町に別れを告げるのは寂しい気もする。

 せっかく仲良くなったが、これ以上の逗留はこれからの予定に差し障る。

 挨拶もしないで出て行くのは申し訳ないが、人の良いあの人たちのことだ、宴会を開いて盛大な送別会をすることだろう。……コイツらの醜態をあれ以上晒して迷惑をかける訳にはいかない。


 俺たちは『学園』に向けて出発した。


『ヴィゾ。籠の材質って何だ?』


 ぎゅうぎゅうになった籠の中で、俺はヴィゾに話しかけた。

 特に知りたかったわけではないが、ぎしぎしと不安げな音を上げる恐怖心を少しでもそらしたかった。

 ミドガルズによって運ばれる籠はかなり上空を飛んでいるはずだ。


『万年樹の樹液だ』


 リント姫、ヴィゾ、ニーズの三人は堕天と呼ばれる儀式により人間の形をしているが、元々は龍だ。

 龍は万年樹と呼ばれる巨大な木で出来た大地を住処にしている。


『万年樹の樹液は、加工することにより強靭な弾力を持った素材になる。龍社会では広い用途がある。なくてはならない基本的な物の一つだな』


 ほおお。便利だな。プラスチックみたいなもんかな。


『軽く、耐久性に優れ、大量生産が可能だ。だが、自分はこの籠ほど立派な樹液材は見たことが無いな。うむ。全く気泡が無い。さすが龍議会御用達だと言える』


 なるほど。龍がヒトの社会へと送るための乗り物だ。その決定は、龍社会の方針を決める龍議会の決を採ったものなのだから、当然、その乗り物も特別製なのだろう。

 国会議員がハイヤーに乗るようなもんだろ、多分。

 丸いこの形には龍社会独特の意味があるのだろうか。

 ヒトを運ぶだけの乗り物だったら、コンテナみたいな四角い形の方が作り易いと思うけど。


『へえ。じゃあこの繭みたいな細長い丸形は何か意味があったりするのか?』


『さあな。貴様も知っているだろう。自分はヒトを憎んでいたため、ヒトを運ぶ籠の形の由来までは調べたことが無い。……たしかに特殊な形であるな』


 あ、そう。知らないのね。

 ヒトをないがしろにしてきたせいで、龍とヒトはお互いを二〇〇年以上も誤解したままだ。

 ヒトにとっては龍は恐怖の象徴であるのに対して、龍はあまりヒトを気にかけていなかった。

 龍はヒト社会の文明が発展しているのを遅まきながら気付き、今更文化の交流を急いでいる有様だ。

 だが、文化交流を怠ったため、龍はヒトの話す言語が分からない。

 困った龍は一月に一度才能ある人間を『学園』に送ることを二〇〇年前から始めた。

 送られた人間が龍の言語を理解してくれて、龍社会とヒト社会の架け橋になることを望んで。


 二〇〇年という年月からも分かるように、その方法は全く効果がない。

 俺とマリアは半ば巻き込まれるようにそれに参加した。

 お互いの言語すら分からないのに、勝手に『学園』へと送られたヒトが龍のそうした意図などわかるわけがないと俺が進言したためだ。

 同乗している堕天した元龍の三人がテストケースとして『学園』と呼ばれる教育機関へとこれから留学する。


『リント姫は知っていますか?』


 リント姫とニーズとマリアは、覚えたての言葉とジャスチャーで意思疎通している。

 発音を訂正したり、手を取り合って笑ったり仲が良い。

 リント姫は俺の提案を一番最初に支持してくれた。ヒトへの関心も他の二人より大きい。

 もしかしたら知っているかもしれない。


『リントブルームも良く分からない。何だか丸い籠だなあとは思ったけどね』


 リント姫でも知らないのか。

 別に意味なんてないのかもなしれない。

 そういやニーズはミドガルズの部下だったな。

 意外と知っているのかもしれない。


『ニーズは知っているか?』


『オレ? うーん。あれに似ているなあって思う。ちょっと大きいけど』


 お、珍しく役に立ちそうな気配が。

 オレオレと自己主張が激しいこの元龍は、女だ。しかもかなりグラマラスな。

 俺もその口調にうっかり騙されて、堕天の時には随分良い思い……失敗した経験がある。


『オレ、小さい頃、よく毬で遊んだんだけど、その形にそっくりだ』


 まり? 毬ってボールのことだよな。


『ポーンって凄い良く跳ねるんだよ、オレの毬。だけどこの籠みたいに形がまん丸ってわけじゃないから、色んな方向に行っちゃう』


 キャッチボールじゃないな。その感じだと。


『強き者、跳毬って知ってるか? 空から投げて、地面で跳ねさせた後に的に当てるんだ。難しいけど面白いぞ』

『ふむ。ミドガルズオルム殿下は跳毬の名手だ。王家の中でも有数の射手だぞ』

『そうそう。代表選手だったわね。昔教えてもらったわ』


 三人は身内ネタで盛り上がっている。

 龍にもスポーツらしきものがあるってことか。日本じゃ京貴族の蹴鞠があるし、イギリスでは王族がクリケットやるのが伝統みたいになっていたな。

 ミドガルズも王家のたしなみとして、その跳毬とかいうスポーツをやっていたのだろう。ゴルフみたいな感じか。さすがミドガルズ、紳士だな。


『そう言えば、跳毬の試合で使われる毬も樹液材で出来ているな』


 ヴィゾが気になることを言った。

 ミドガルズは跳毬の名手、毬はこの籠と同じ素材で出来ている。

 そして今俺たちが乗っている籠を運んでいるのはミドガルズだ。


 まて……何かいやな予感がするぞ。

 龍を恐れるヒトがたくさんいる『学園』へどうやって俺たちを届けるんだ。

 ルディスの町のときは、結構遠い距離で降ろしてもらったが。

 まさか……。


 ミドガルズの声が上方から聞こえた。


『もう『学園』が見えてきた。これ以上近づくと、ヒトに無用な警戒を抱かせてしまう。我輩はここで引き返す。そなたたちの学習に期待しておるぞ。ちと衝撃があるかもしれんから備えておくといい。では、達者で――』


 ちょっと待て!

 今までの話を総合すると……。


 繭の外からミドガルズの咆哮が聞こえた。

 まるで怪獣の叫び声だ。

 掛け声のつもりだろうか。


 それとともに、俺たちは籠ごと放り投げられた。


 やっぱりかよちくしょおお!


 驚きの感想を漏らす暇も無く、遠心力による急激なGが俺たち五人に襲い掛かる。

 先ほどまで元気におしゃべりをしていたマリアを見ると瞬時にブラックアウトしてしまったのか、ぐったりとしたまま、圧力によってピッタリと籠の内側に張り付いてしまっていた。

 やばい、と思いマリアを抱きとめる。


 左右上下の区別がつかない。三半規管は完全に機能不全を起こしている。

 俺たちはさながら乾燥機の中の洗濯物だ。回転する籠の中でもみくちゃになりながら、それに抗うことが出来なかった。


 ばいん、という間抜けな音と共に、上昇する力が掛かる。

 ベクトルは間逆の方向。今度は床に叩きつけられた状態になる。

 幸か不幸か、弾力の高いソファーによってクッション性は確保できている。


 次にふんわりとした浮遊感が感じられた。

 辺りに散らばる小物が宙に舞い、静止した。

 無重力状態だ。


 ゼロGによってマリアが目を覚ます。

 全員が過度の加速から解放されたおかげで、絶叫を上げる余裕が出来た。


 それもつかの間、繭に似た籠は落下を始める。



 ――――――


 ――――


 ――



 と、まあ、こんな感じだった。


 落下と上昇を繰り返し、何かに激突する。

 ぐううっと柔らかな何かが衝撃を和らげる。

 リント姫がヴィゾに抱きとめられ、ニーズとマリアは上下が逆さまになりながらも俺にへばりついていた。

 ヴィゾと俺はお互いの背中をぴっちり合わせ、足を籠の側面に固定し踏ん張った。

 狭い籠に初めて感謝だ。


 ぐっちゃぐちゃだ。

 俺たち五人はがんじがらめに絡まり、お互いの状態すら分からないままで、籠は停止した。

 次の動きに備えて、俺たちも動けない。


 外からは多くの音が聞こえた。

 籠によじ登る音、梯子をかけられる音、縄のすれる音、何かが突き刺される音、安否を気遣う声。


 素早い手際で外からメリメリと蓋が剥がされる。

 数人の手が見えた。大勢で籠の上部をこじ開けているらしい。


「おい! 大丈夫か! おあっ! 五人!? 五人もいるのか!?」

「救護班! おい! メディック! 五人だ! 五人分の担架を急げ!」

龍之落子ドラゴノイドが五人もいるぞ! 学園長に至急報告! 早く知らせろ!」


 大声で何事か叫んでいる男たちは、人間もいれば魔人も獣人もいた。

 肌の色どころか、形まで違う。ルディスの町でも見たが、ここにいる男たちはかなり骨格がしっかりしている。

 顔がいくつも覗き込み、いくつも引っ込んだ。


「もう安心だ! ここは学園だ! もう龍には怯えなくて良い!」


 無理やり担架に乗せられ、医療室に担ぎ込まれた。

 俺たちは事の成り行きに身を任せるしかなかった。



 ――――――


 ――――


 ――



「掛けてくれ。大変だっただろう。まさか五人もいるとはな。何か飲み物はいるか?」


 医務室で簡単な身体検査を行われた後、俺たちは学園長室と呼ばれる所に案内された。

 学問には一切関係なさそうな大振りな剣や、盾、鎧などが所狭しと飾られていた。

 壁には大きな怪物の首が剥製にされ飾られている。

 不似合いなことに照明はシャンデリアで、その柔らかな明かりは怪物の顔を恐ろしい陰影で彩っていた。

 これまた不似合いな繊細な足を持った、白い革張りの豪華なソファーが中央に配置されていた。


 部屋の主は、不器用な手際でカチャカチャとお茶を入れ、俺たちの前のローテーブルに置く。

 テーブルを挟んでソファーに座る。自分で入れたお茶を口に運び、顔をしかめた。

 大柄な男だ。無精ヒゲを伸び散らかしているのに、妙に様になっている。

 年の割には銀髪が多い。日によく焼けた身体には、荒縄をよじったような筋肉が盛り上がっていた。

 指で挟むように持ち上げているティーカップがこれほど似合わない人物もいないだろう。

 ソファーに掛けるように再び催促する。


「話が長くなる。座ってくれ。まずはここがどこで、お前たちドラゴノイドに何が起きたのか俺様が説明しよう。質問はいつでもしろ。適時答える」


 ああ忘れていた俺様は学園長のジークフリード・ハイランドだ、という簡単な自己紹介の後に説明が始まった。


 それによると『学園』は正式名称をカルヴァリアガーデンというらしい。

 名称の長さと人種によって発音がし辛いため、また正式名称があまり浸透していないため、その存在を知る者は単に学園と呼ぶ。

 影響力、実行力、地形の特殊性からどの国にも所属しない。一種の空白地である。

 そのためどの国の法律にも準拠しない治外法権で、あらゆる国からの干渉を受けない代わりに、特定の国に干渉しない。

 フランケンシステムと言う独自機構によって、全てのメンテナンスと防衛が行われる。

 メガスとサイキックの研究機関であると共に、ヒト社会の最高学府。全寮制。

 生徒数約二〇〇〇、教師数約二〇〇、その他従業員五〇〇、計二七〇〇人のヒト。他に亜人五〇〇頭がいる。


 龍之落子ドラゴノイドとは、龍にさらわれて幸運にもそれから逃げ出せた者のこと。

 大体月に一度の割合で学園に来る。ちなみに一度に五人もの人数は今まで無い。

 昔は龍のスパイだと思われていたが、ドラゴノイドは才能に恵まれているものが多く、先人の功績によりそれは払拭された。

 どちらかと言うと現在は、その境遇に同情している者が多い。


「とまあ、こんな感じだ」


 そういって学園長ジークフリートはソファーに背中をもたれてタバコに火をつけた。

 ティーカップとは違い、手馴れた様子だった。

 煙を吐き出し、再度説明を始める。


「お前たちには二つの選択肢がある。一つは家に帰ること。もう一つはこの学園で過ごすことだ。どちらも強制しない。そしてどちらにも支援の準備がある。自由意志で決めてくれ。ただ、どちらを選んでもフランケンに名前と経歴を洗い直してもらう。五人もいるため多少時間が掛かるが」


「名前と経歴を変えるのは何故ですか?」


 学園に来て初めて口を開いた俺は、洗い直しについての必要性を尋ねた。


「その調子だ。不安だらけだろうが、分からないことがあったらバンバンぶつけろ」

 にかっと笑い、俺の質問に応える。煙を手で扇ぎ、俺たちに当たらないようにする。

「洗い直しは、龍対策の一つだ。龍たちはこの学園を監視している。龍はお前たちの名前と経歴を知ることが出来る。また目をつけられて誘拐でもされたらたまらんだろう」


 監視……また勘違いされてるぞミドガルズ。ただ様子を見に来ているだけなのに。

 じりじりとタバコの先端から音を鳴らし、続きを話す。


「……それにお前たちの心的外傷を取り除く意味でも重要だ。龍との接触は、不安症、不眠症、摂食障害、恐怖症、感情鈍麻など様々な症状がでる危険がある。龍の恐怖は今さら言うまでもないはずだ。地域によっては、龍と関連がある経歴が今後の人生に関わる可能性、言われ無き迫害をされる可能性もある。その可能性も排除できるからな。……ま、学園の情報保護のためでもあるんだが」


 どういうことだ?

 龍の見た目は怖いから分からないでもない。

 ついでにあの上空からの落下は怖過ぎる。


 学園長は短くなったタバコをクリスタル製の大きな灰皿に押し付けた。

 丁寧に火が消えたことを確認し、目線を俺たちに戻す。


「帰るか、残るか。よく考えて決めてくれ。それまで洗い直しは行わない。名前の洗い直しは記憶の一部改変が起きてしまうためだ。書面も取らない。意味がないからな」


「以前の生活を忘れてしまうってことですか?」


「そうだ。学園にしか存在しない特殊な方法を使う。しかも本人だけでなくその証拠までも消えてしまう。公式非公式問わず書類すら残らない。つまり法律上存在しなくなってしまう。洗い直し前に関わった一部の者は覚えているらしいが、確認が出来ない。そういった事情も含めて学園は全面的に支援する。具体的には戸籍と資金と住居の保障だ」


 龍に会った記憶が変わる。さらに学園がバレないようにバックアップする。

 ……そういうことだったのか。

 長年続いていた龍とヒトの勘違いの一端をあっさり知ってしまった。


 何で学園にいる者が外にそのことを伝えないのかも分かった。

 本人だけじゃなく、学園側も積極的にそのことを隠そうと行動しているからだ。

 これじゃ龍言語が浸透しないわけだ。ミドガルズたちの苦労も水の泡だ。

 龍はわざわざヒトを学園に送っているのに、学園はその証拠を消してしまうんだからな。


 ……待てよ。記憶の改変……。


「それを一度受けた場合、その記憶は戻りますか?」


 個人的な質問だが、聞いておきたかった。


「もっともな質問だが、おかしな質問だ。お前たちのために名前と経歴を洗い直すんだぞ。元に戻したら意味がないだろう」


 俺は少し考えた。隣に座る四人に顔を向ける。

 マリアは会話の流れが拾えているが、ヒト言語の分からない元龍の三人は分かっていないだろう。

 まあ、いいか。


「洗い直しかどうか分かりませんが、俺は名前が無いんです」


「ほう」


 学園長は無精ひげを撫でる。じゃり、とタワシを擦ったような音が聞こえた。


「アカシックレコード、分かりますか?」


「生命之書。もちろん知っている。名前と経歴の変更をせざるを得ないのはそのためだ。龍はそれを一部読み取れるからな。むしろそれを知っていることに驚きだ。説明が楽でありがたい」


「俺にはアカシックレコードがありません」


「何? ……そんなことはありえん。フランケンで洗い直しをする際には生命之書を使う。嘘など意味がないぞ」


 その言葉とは裏腹に、学園長は俺の言葉を疑っている様子ではなかった。


「ええと、どこから話せば良いか分かりませんが――」


「落ち着け。いいか、ゆっくりで良い。話したいように話せ。情報の選別は俺様がやる」


 外見とは違い、意外に細やかで繊細な会話だ。


「分かりました」


 思い出す限りの話をした。と言っても一週間程度の出来事だが。

 それ以前の話は出来ない。俺には自分自身に関わるそれ以前の記憶が無いからだ。


「……この三人が龍、そう言うのかお前は」


 元龍を一人ひとり指差しながら、訝しげに見る。


「はい」


 俺は頷くしか出来ない。


「お前は龍を倒してトーテムを倒した、と」


 俺を指差して学園長は言う。


「……はい」


 頷く。あれ? 何か雲行き怪しくね?


「たしか俺様はアカシックレコードの話を聞いていたはずだが」


 指を眼前に突きつけてそう尋ねる。


「…………はい」


 話したいように話せって言ったじゃん……。


「こんな馬鹿げた話は聞いたことが無い。信じる信じない以前の問題だ。勘違い? それが本当なら俺様たちの苦労は一体何になるんだ」


「それは本当にご苦労様としか言えないんですけど……」


「ふざけるなっ! 二〇〇年だぞ! 勘違いで済まされる時間か!?」


 そんなこと俺に言われても……。

 学園長は、乱暴な言葉遣いながらも、友好的にまたは思いやりに満ちた態度でこちらに接してくれていた。

 口を開かない四人にも気を遣っていたのだろう。龍に関わった恐怖から口を閉ざしてしまっていると思っていたのかもしれない。

 しかし、実際のところ俺たち五人は落ち着いていた。

 リント姫とニーズは話が分からないためだろう、座り心地の良いソファーに深々ともたれ掛かって仲良く舟を漕いでいたくらいだ。


 学園長室では、驚きと憤慨の叫び声が響いた。


 ニーズがビクリと体を揺らし、寝ていませんアピールをする。

 リント姫はまだ寝ていた。


 何か……すいません。

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