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表の偽善

 雲はすっかり晴れ、青空が広がった。

 ずっと暗闇で作業していたせいか、眩むような朝日に目が慣れない。

 体中が睡眠を要求してシュプレヒコールを上げる。


 レヴァンを杖に立ち上がった。

 まだ休むわけにはいかない。


 ……やるべきことはやらないと。


 笑いたければ笑え。自己満足だろうが何だろうが、そんなことは知ったことか。

 今から俺は、自他共に認める偽善者と化す。


 ――――――


 ――――


 ――


「ゴルドスタインさん。お兄さんは――」


 町に帰り着くと、辺りは大勢の人々が暗い叫び声を上げていた。

 予想していた声でないことに驚く。


 バッタはもういないんだぞ。どうしたんだ一体。


 石造りの建物から我先にと、ぞくぞくと飛び出しつつ、何事かを語り合い、その感想を漏らす。

 

 それはバッタが突如いなくなったことに対しての喜びではない。

 絶望的な慟哭だった。

 

 俺はまた何か不測の事態が起こっていることを感じ取り、忙しく走り回っていたゴルドスタインさん弟を見つけ話しかけた。


「君! 探していたんだ! 早く来てくれ! 龍神様が!」


 事情をある程度知っているゴルドスタインさんの表情は、複雑そうだった。

 彼はミドガルズが町を守ってくれたことを知っている。半信半疑だったが、危機を救ってくれた龍がわざわざ攻撃してくるなんて思っていないだろう。

 

 ああ、そういうことか。

 だからアバドンがいなくなってもこんな暗い感じなのか。

 龍を第二の脅威と見て、町のヒトたちはこんな反応をしているのだ。

 予想の範囲内の事態のおかげで若干心にゆとりが出来る。


「お兄さんは大丈夫ですか?」


 道すがらここにはいないお兄さんについて、ゴルドスタインさんに尋ねる。

 元々は、兄の方に用事があったのだ。


「ああ、兄貴は復興のために必要な計算をしている。私は、お金のことはからっきしでね」


「え……町長さんとか、そういう方たちは?」


 なぜ一町民であるゴルドスタインさん兄が、復興資金の計算をしなくてはならないのか分からなかった。

 そういえば、自警団以外の町の顔役を見ていない。

 が、次に続く言葉で何となく理解できた。


「町長たちは、領主様のところに行ったきり帰ってこないからな。……これからが大変だ」


 ゴルドスタインさんは町長不在の状況を恥ずかしそうに語る。


「そんなことよりも、まずは龍神様を何とかしてくれ」


 優先事項はそんなことではない。そう被せるように話す。


「彼は紳士的な龍です。何かをしでかすようなことはしません」


 いや、町の危機という意味では、問題はそういうことではないかもしれない。

 ミドガルズが大人しい龍かどうかは関係ないのだ。

 何もしなくても、この町には二つの汚名が着せられることになる。

 一つは、アバドンが出た町。

 もう一つは、龍が出る町だ。


 悪い噂は、警告となり、広がるのも早い。

 余所にいるヒトは出来ればそんな危険な所に寄り付きたくはないだろう。

 噂が噂を呼び、悪い意味で有名になってしまったら、逃げ出す町民も増える。人口も減る。

 人口が減れば、当然、ヒトの流れもお金の流れも悪くなる。

 人手もお金も無ければ、復興は遅れる。

 ……そこまで考えは回らなかった。

 

 偽善者として、やることが一つ増えた。

 これを含めて、あと三つだ。


「君は龍神様と親しげだったが、一体どういう関係なんだ? まさか君、生贄? でも確か今月の生贄は女の子だったと思うけど……」


 恐らくマリアのことだろう。

 そこまでは説明しなくて良いか。


「短く話すのは難しいですね。ただ、何度も言いますが、龍はヒトにとって害をなすような生き物じゃないです。信じられないかもしれませんが」


「私たち兄弟は町を救おうとしていた君たちを信頼している。あんなに凄いメガスを使った龍神様も大人しくしている。君がそういうのならば、そうなのだろう。だが、経緯を知らない町民がその話を信じるのは厳しいだろうな」


「……そうですよね」


 二〇〇年も誤解し通しなら、そんなに簡単に信じられないのは当然だろうな。

 さあ、どうすれば良いか。

 歩きながら考える。


 辺りの人影が濃くなってきた。

 自警団団長ゴルドスタインさんの声でも、人垣は中々道を開けてくれない。

 何かに気を取られて、聞こえていないようにも見える。

 押し通るように人垣を潜り抜ける。


 広場には、ミドガルズのいる中心部を避けるようにぽかっと空間が出来ていた。

 俺たちはそこをやっとのことで通ることが出来た。


 そこに出た瞬間に柔らかな感触に抱きしめられた。

 耳元では大きな詰問口調。


「どこに行ってたの!? ホントにホントに心配したんだから!!」


「……マリア。うん、ゴメンな。ちょっと野暮用で」


 バカという言葉を何度も浴びせられ、ポカポカ叩かれる。

 だからオタンコナスってどういう意味だよ。


『やったな! 強き者! さすがオレの相方だ! オレは! オレは! うわああん!』

『リントブルームをこんな気持ちにさせるなんて、貴方やっぱりムカツク。おかえりなさい』

『中々いい運動だった。魂切れなど初めての経験だ。ふん。貴様、フラフラではないか』


 広場へとやっとのことで通った俺は、四人に迎えられた。

 四者四様の感想を俺に寄越す。

 元龍たちは満身創痍だったが、重態になっていないようで安心した。

 特に一番頑張っていたヴィゾは軽口を叩けるくらい回復しているようで、憎々しいほど元気だ。


『ミドガルズ』


 俺は歓迎なのかけなしているのか分からない言葉を受けながらも、広場のど真ん中を陣取っていたミドガルズに話しかける。


『良くやってくれた。トーテムを倒すとは、そなたはやはり只者ではない。これでトーテムは――』


 トーテム云々の話は聞き飽きた。

 その話はまた今度にしよう。

 今は、そんな話をしている場合じゃない。


『……最大の見せ場が来たぞミドガルズ。こんなチャンスは二度とない』


 俺はこの状況にむしろ活路を見ていた。


『どういうことだ?』


 ゴルドスタインさん、三人の元龍とマリア、それにミドガルズを加えて、説明した。

 俺の考えを聞いた四人は、嬉しそうにミドガルズに色々と教え始める。


 ゴルドスタインさんは、呆れながら俺に言う。


「良いのか? 一番の功労者の君に、何の得も無いじゃないか」


「でも、これなら町のヒトたちも納得できるでしょう?」


「それはそうかもしれないが、しかし……」


「まずは町の復興です。ね?」


「……君には感謝してもしきれない……ありがとう」


「感謝の言葉は――」


「――全部終わってからだったな……馬鹿だな、君は」


 ゴルドスタインさんは、最後まで言い切らせずに俺の言葉を奪い取った。

 ちくしょう。カッコつけようと思ったのに!


「あなたたち兄弟ほどじゃありませんよ」


 けっ。町のために粉になって働くあんたたちほどじゃねえよ。

 どうせ寝てないんだろ。目のクマがかっこいいじゃねえか。


 後ろでは四苦八苦しながら、ミドガルズが練習していた。

 さあ、時間はないぞ。急げ。

 ニーズにだって出来たんだ。次期龍王のお前に出来ないわけがない。


 俺たち一行には、大きな目的があるはずだ。

 もちろん龍がヒトの言語を学ぶために『学園』に行くこともその一つだが、そもそもの目的は、文化の交流をすることだ。

 まずは、龍とヒトのお互いの誤解を解く啓蒙活動。

 そのための第一歩。


 俺が時間を稼いでやる。


「お集まりの皆さん! 聞いてください!」


 俺は周りにいる人たちの関心を集めた。

 右往左往しているのを目撃していたのだろう。

 そこそこ顔を知られている俺は、計画通りに注目を集めた。


「お互いの小汚い顔を見てください!」


 いきなり意味が分からない言葉を話す俺に、訝しがりながらも、町民はお互いの顔を見る。

 炭やドロで真っ黒になった顔だ。


「町はもう大丈夫です! 町の人たちが一丸となってアバドンに挑んだ成果です!」


 俺の言いたいことが伝わったのか、町民たちは少しだけ笑顔になった。

 これから何かを話すつもりであるという意向は伝わったようだ。


「ここにいるボロボロのメガス使い様たちを見てください!」


 広場に遠巻きに集まった群集は、彼ら三人に注目する。


「メガス使い様は、強力なメガスによって皆さんを守りました!」


 おお、という感嘆の声を皮切りに、歓声へと膨らんでいく。

 この中には、リント姫やニーズにケガを治してもらったヒトもいるだろう。

 ヴィゾの火球がバッタを燃やしているところを見たヒトもいるだろう。

 その言葉は受け入れられた。


「そして、この町、ルディスのために龍神様が立ち上がりました!」


 歓声が急速に収まり、しん、広場が場違いなほど静まり返り、俺に続きを催促する。

 この中で一番目立つ龍について説明されるからだ。

 誰もがそのことを聞きたがっている。

 やべえ、ドキドキしてきた。


「バッタどもに怒りの鉄槌を下したのです! その強力無比な一撃は、全てのバッタどもを砕きました!」


 おおおお、という長い感嘆の声がどこからともなく上がり、どんどんと人垣が膨れ上がっていくのに比例して声が大きくなる。

 我ながら安易なあおりだとは思うが、町民たちは安心して納得できる話を聞きたいのだ。

 ちょっと、大分はしょったが、詳細を一から聞かされても納得できなきゃしょうがない。

 皆は安心したいのだ。


「空を見てください」


 俺に促されるままに、観衆は空を見上げる。


「龍神様のおかげで、蘇った空です」


 感嘆の声。

 一匹のバッタもいない空。

 真夏日特有の抜けるような青が空に広がっている。

 さんさんと照りつける太陽がまぶしい。


「地面を見てください」


 マンジューシャとバッタの欠片が残る地面を指差す。

 町民が撒いた赤い汁はバッタの忌避効果があった。

 アバドンの共食いで山のような死骸はほとんど無くなっていたが、まだそこら中に欠片は落ちていた。

 だが、これくらいの数ならば、充分片付けられるはずだ。


「町の人たちのおかげで、人々を襲うことが出来なかったバッタたちです」


 おう、と人垣の中にいる多くの住民たちがそれを認める。

 恐らくここにいるほとんどのヒトがそれを手伝ったのだろう。

 みんな誇らしげだ。顔に活気が戻りつつある。


「龍神様を見てください」


 大人しくしているミドガルズでも、恐ろしいのだろう。

 ミドガルズへと話を移すと、誰も声を発せなくなる。

 なにせ龍は見た目がヤバイ。


「恐れる必要はありません! 龍神様は、守り神です! ルディスを守ってくださいました!」


 納得する声、心配する声。

 アバドンに襲撃されたばかりの町だ。

 恐ろしいバッタどもが襲ってきたと思ったら、次は恐怖の龍が町にいるのだから。

 不安がる心境は理解出来る。


 安心するには、分かりやすい、大きなインパクトが必要なのだ。

 敵ではないという分かりやすい証拠が必要だ。

 これを越えなくては、この町の復興はないと言っても良い。

 俺たちがこっそり出て行ったところでそれは変わらない。

 多くのヒトが龍を目撃してしまったのだから。

 龍にいつ襲われるかの心配をしなくてはならない町に居続けるのは、難しいはずだ。

 そんな要らない心配は取り払ってやらないといけない。


 よし、行くぜ。


「今から俺が龍神様に質問をします。皆さん、良く聞いていてください」


 俺は小声でミドガルズに確認する。ミドガルズは頷いた。

 後ろにいるマリアが頷く。ヴィゾも頷く。リント姫はニコっと笑い舌をぺえっと出した。ニーズがオッケーサインらしき両目ウインクをした。お前それじゃただのまばたきじゃねえか。


 俺は、ミドガルズに向かってというよりも、町民に聞こえるように大きな声で尋ねた。


「龍神様。町はもう大丈夫ですか?」


「……ハイ」


 恐ろしく静かなどよめきが、広場を包んだ。

 龍神様が喋ったことに対して、群集は固唾を呑んで見守った。

 龍とヒトが意思疎通をする所など、見たことがないのだから当たり前だ。

 

 もし龍が喋っているのを見たことがあるヒトがいたとしても、それは恐ろしい言葉を話しているシーンのはずだ

 その会話は成立していない。ただ恐怖の龍が人間を脅しているようにしか見えない。

 

 みんなの視線を痛いほどに感じる。

 よし、ミドガルズはちゃんと話せているはずだ。


「龍は、この先ルディスの民を襲うことがありますか?」


「イイエ」


 おお、という感嘆する声が聞こえる。だが、この反応は悪い感じじゃない。

 よし、もう一押し。


「最後に、町の人たちに一言お願いします」


「ルディス。コニチワ。ルディス。アリガト」


 うおおおおおおお、という強烈な歓声が沸きあがった。

 老若男女問わず、皆が涙を流して安堵と共にお互いを抱きしめる。

 ルディスの町には、嬉しそうな叫び声が響き渡る。


 挨拶と感謝の言葉なら、悪く受け止めようがないはずだ。

 デカいインパクトとともに、敵対する意思がないことを示す証拠だ。

 龍が人間の町を守ったという嘘の方が、俺が摩訶不思議な力でバッタを全滅させた事実なんかよりよっぽど説得力がある。


 嘘をついたことに少し罪悪感があるが、本当のことを言ったところで、ますます混乱させるだけだ。そう、これは皆のため。

 俺はそういう風に罪悪感をごまかし、恩着せがましい自己中な考えで塗りつぶした。


 だが、シンプルなだけに、効果的だった。

 町に再び明るい活気が戻ってきた。


 うっし。

 あと二つだ。

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