↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
18/30

歯車輪廻陣オステルンとリプログラム

 ミドガルズとの約束は三日後だった。

 厚いバッタの雲のおかげで日が差さない、真っ暗な状態が続いているため時間間隔が良く分からない。

 レヴァンのカウントダウンが無ければ、一日経っていることすら分からなかったかもしれない。

 時間前行動ってヴィゾが評するだけあって予定よりも早い到着だ。

 ……予定?

 そういや時間と場所を特に決めてなかったな。

 あっぶねえ。もし時間と場所を正確に予定してたら、間に合わなかった可能性だってあるのだ。

 今頃、俺たちは……いや想像するのはやめとこう。


『ミドガルズ。ありがとう。助かった』


 巨大な龍に礼を言う。


『礼を言うのは早い。彼奴らはトーテムだ。一筋縄ではいかんぞ』


 ミドガルズにそうたしなめられた。確かに神掛ったおぞましさだ。

 レヴァンも言っていたが、神が作り出した下級神をこの世界ではトーテム何て呼ぶらしい。

 一二柱の一つがアバドンと言われるこのバッタの群れだ。こんなもんが後十一種類もいるなんて。


【レヴァン。スキャンしろ】


【――スキャンの結果。1100億匹です。端数は省略します】


 やっぱりミドガルズはすげえ。一瞬で100億匹以上を丸焼きにした。

 ミドガルズの火球は、俺たちが手の届かなかった上空のバッタの塊に当たったため、その駆除する数も圧倒的だった。


 だが、食欲旺盛になったこいつらは最初よりも速いスピードで増えていく。

 質量保存の法則だ。食った分だけ新しい個体を生み出すことだろう。

 ただ飛び回っていただけの800億匹でビビッてた頃が懐かしい。


『我輩の輪廻陣魔法(アルスメガス)でもこれほどの数になると、ちと厄介だな』


『もっと凄いのは無いの?』


『あるにはあるが……』


 辺りを見回し、言いよどむミドガルズ。何だ?

 その話の途中で、ヴィゾがニーズとリント姫に抱えられ、俺たちに合流する。


『殿下。……お見苦しいところを……申し訳ありません』


『良い。姫を連れてヴィゾーニブルたちも避難しろ。魂切れを起こしているではないか』


『……そうはいきません。腕が鳴ります。殿下と共に仕事をするのは幽鬼討伐以来――』


 その言葉の途中で、ミドガルズは慈愛のこもった眼差しを向けながら言う。


『強がるな、泣き虫ヴィゾ。避難しろ。これは職務命令ではない。父としての言葉だ』


『……御意。……父上、ありがとうございます』


 そんなミドガルズとヴィゾの成り行きを見ていた。

 ミドガルズとヴィゾは、義理の父子関係らしい。

 ヒトに襲われて母親を亡くし孤児になったヴィゾを育てたのが、このミドガルズだ。

 二人の間には多くの出来事があったのだろう。多くを語らない彼らの会話には、割って入れない強い絆があった。

 俺が散々休めといっても聞かなかったヴィゾは、うなだれながらもその言葉に従った。


 その感動の再会を断ち切るように、からん、と剣が地面に落ちる音が聞こえた。

 力の無い悲鳴のような短い叫び声を出した後、二人のゴルドスタインさんが喋りだす。

 この場にいる中で、龍の諸事情を知らないのはこの兄弟だけだ。


「まさかこんなタイミングで龍神様が……生贄はどうしたんだ……」

「もうダメだ。アバドンだけじゃなく、あのミドガルズオルム様まで……」


 この反応がこの世界では普通なんだよな。

 ミドガルズは巨大な龍だ。

 ヒトは龍を神聖視し畏怖している。

 だが、ヴィゾがリタイアした今、ミドガルズの戦力は何としても必要だ。

 何とかここに龍がいることを納得してもらわないと。


「大丈夫です。ミドガルズは味方です」


 事情の知らない兄弟を恐慌状態になる前に、何とか宥める。

 時間が惜しいため、細かい事情の説明は出来なかったが、龍は敵ではないことを伝えた。


「……龍神様が草食って、そんな馬鹿げた話があるわけないでしょう……」

「……だが龍神様でもなければこの収拾はつけられない……」


 ……龍神様? さっきからちょいちょい出てくるなその単語。

 龍全般のことじゃなくて、ミドガルズ単体を指しているように聞こえる。

 ミドガルズがヒトにとってどういう立ち位置なのか聞こうとして、兄弟の背後に揺らめく影を見て思いとどまる。


 やばい! あんなに燃やしたのに、もう復活しやがった!


 ゴルドスタイン兄弟の後ろで雲が波打つ。

 スタート寸前のスプリンターが力を溜めているようだった。


 ミドガルズの一撃によって削られた部分をあっという間に真っ黒な雲が埋め尽くした。

 うおん。まるで威嚇するように爆音を轟かせる。

 それを合図に雲からどんどん触手が出来上がっていく。

 さっきの比じゃねえ。数え切れないほどの大小様々なうねる触手。


 バッタどもの群れで出来たおぞましい触手は、俺たちに再度襲い掛かってきた。


『ミドガルズ! 頼む!』


『ちと火力が足りなかったようだな……仕方が無い』


 そう言ってミドガルズは小さな輪廻陣を手のひらに作り出した。

 りん。

 巨大な龍には似つかわしくない可愛らしい輪廻陣を鳴らす。

 ちっちゃくね?

 おいおい。ヴィゾどころかリント姫の輪廻陣より小さいじゃねえか。

 そんな不安は直ぐに消し飛んだ。


 りん、りん、りん、りん、りん、りん、りん、りん、りん。

 手のひらの中に、どんどんと新しい輪廻陣が出来上がり、それらが重なって何重もの層を作り出したのだ。

 重なった輪廻陣は、立体的な像を作り出し、卵のような楕円球の形にまとまっていく。

 手のひらの小さな球体から波動が迸る。

 圧縮され切った球体は回転する。

 きいんと、音まで圧縮されたのかかなりの高音を奏でる。


 ……何かとんでもなく嫌な感じするぞ、それ。


『皆の者、余波に備えろ。危険極まりないぞ』


 そうミドガルズが言って、その卵型の輪廻陣の塊を、迫り来る触手ではなく、バッタの雲が群がる上空へと放り投げた。

 

 方向が違う、と言いかけて背筋がぞっとする予感を覚えた。

 俺は、龍言語の分からないゴルドスタイン兄弟とマリアを庇うために、三人を地面に引きずり倒した。

 三人はささやかな抗議の声を上げるが、そんなことに構っている場合じゃなかった。

 地面に這い蹲りながら、その輪廻陣を投げた方向を見る。


 バッタの雲の中に入る直前で、ばらりと解けるように卵輪廻陣は展開を始めた。

 輪廻陣を目で確認できたのはそこまでだった。

 展開を始めた輪廻陣は直視できない光を発した。

 カッと強い光線が雲を捻じ曲げる。

 強烈な光で目を開けてられない。


 まるで小型の太陽だった。


 光り輝く灼熱の塊が円状に空へと広がる。

 建物よりも高い位置にある、四方を展望するために作られた矢倉が消し飛んだ。

 町を取り囲む塀の一部が発火し出す。

 明々と照らされた町は、しばらくぶりに真夏日のような明るさと炎天下を取り戻した。

 こんなに距離が離れているのに熱い。


 光に遅れて、ずっ、という大気が割れるほどの巨大な振動が起きた。

 直後、静寂が辺りを包む。

 バッタの羽音が急激に遠ざかり、なぜか水中にいる錯覚を起こした。

 いや、違う。

 音が何も拾えない。水の中のように音が上手く伝わらないのだ。

 ミドガルズの攻撃の余波で、空気が振動し過ぎて、耳が一時的に機能停止したのだろう。


 実際、ここにいる全員がミドガルズのメガスの感想を叫んでいるのだが、全くの無音状態で口をパクパクさせているようにしか見えない。


『――――っ!? ――――っ!!??』


「……――――――。……――――……」

「――っ! ……――――。……――――」


『――――。――――、――――――――』


「……――、――――。――――――」


『――――っ! ――――!』


 耳を手で押さえながら、俺たちは叫ぶが、お互いの言っていることが聞き取れない。


『―――――っ!! ――、――! ――。―? ――――、―――――――――――!』


 ニーズが俺につばを飛ばしながら何か喋っている。

 嬉しそうなその顔と指差す方向から、大体想像できる。

『見ろ強き者っ!! ほら、あれ! 凄い。な? やっぱり、オレの言ったとおりだろ!』

 みたいな感じだろ、多分。

 お前、無駄な体力使ってる場合か。

 元気ないんだから大人しくへばってろよ。


 余波が収まり、きいんと言う耳鳴りと共に耳の感覚が戻ってくる。

 雲には風穴のようにぽっかりと欠損が出来上がっていた。

 暗い町中に太陽光が差し込む。雲の隙間から青空が見えた。

 空が懐かしい。……そういや朝か。丸一日が経過してるんだっけ。

 あんなに苦労して減らそうと思っても全然減らなかったのに。


 少々の嫉妬心が芽生えかけるが、俺には俺の仕事がある。


【レヴァン、再スキャンをっ!】


【スキャンします。――スキャンの結果、820億匹です】


 すっげ。300億匹!

 ハンパじゃねえよ、この紳士龍。

 ざま見ろバッタども!


『ミドガルズ、この調子で、どんどん頼むぜ!』


『……我輩は構わんが、やってもいいのか?』


 そう心配そうに俺に聞くミドガルズ。

 遠慮すんなと言おうとしたが、ミドガルズの促すような目線に気が付いた。

 ゴルドスタイン兄弟が、石造りで出来た建物に走り出したからだ。

 

 ミドガルズのメガスは強力過ぎて、町民が逃げ込んでいるはずの建物にまで延焼してしまった。

 木造の建築物は食い散らかされたせいでほとんど無くなり、残った背の低い石造りの建物は火事寸前だ。

 

 さらにもう一つの事実を気付かせる。

 今まで夜のような暗さで駆除作業をしていたため気付かなかったが、照らされた明かりが気付かせてくれる。

 瓦礫が広がり、山となったバッタの欠片と赤いマンジューシャの汁が絡まりあい、阿鼻叫喚の光景を作り出していた。

 俺たちがせっせと作り出していた、おびただしい数のバッタの死骸が町を埋め尽くしていたのだ。

 ミドガルズによって燃やされたバッタの灰がさらにその上へと降り注ぐ。 


 ……ここじゃダメだ。これ以上攻撃したら、町がなくなっちまう。


『……ミドガルズ。多分しばらくは大丈夫だ。乗せてくれ。町の外に行こう』


『そうするとしよう』


 避難する予定だった残った四人に町を任せ、俺たち二人は町の外に出た。



 ――――――


 ――――


 ――



 駆除要員のいない外の被害は凄まじかった。

 青々とした小麦畑は影も形も無くなっていた。

 うっそうと茂っていた森も無くなっていた。

 小川がさらさらと流れ、その場所が一昨日通った街道であるとやっとのことで気付かせる。

 景色が変わり過ぎている。まるで面影が無い。


 町に注視し過ぎて気付かなかったが、町から出ても一帯はバッタだらけだった。

 黒い雲は広範囲で空気中を埋め尽くしていた。

 そこら中の地面にもバッタの死骸が散らばっていた。

 爆音を立てて入道雲のような形を作っているところもあった。


 アバドンになったのはついさっきだぞ。

 まだ15分も経ってないのに……。

 そうだ。飢餓状態でもとんでもない速度で増えたコイツらだ。

 アバドンになって産卵し始めたら、えらいことになる。

 餌を食べたバッタどもは数を等比級数的に増やしてしまう。

 それとも、もう爆発的に増え始めているのか?

 急がないと。一瞬が致命的になるかもしれない。


『もう、ここで良い。やろう』


 ここだったら、あの極大のメガスを使っても被害は少ないだろう。

 なにせ何もないのだ。


『見晴らしもよいな。では――』


 ミドガルズは再度卵型の輪廻陣を展開した、が。

 瞬時に俺たちの周りからバッタがいなくなった。

 俺たちを中心にまるで大きな台風の目のようにぽっかりと雲間が出来、朝日が照らされる。

 ……バッタが近寄ってこない?


『む。……臆したか。アバドンめ』


 手のひらの中に卵型の輪廻陣を待機させたまま、その異変にミドガルズも気付く。

 ミドガルズの言うとおりだった。

 忌々しいアバドンネットワーク、同期だ。学習しやがった。

 先ほどの一撃は、一瞬で他の個体に脅威として伝達されたのだろう。

 臆病になることで俺たちの攻撃を封じた。

 何億匹の攻撃よりも厄介だ。

 余裕を持った距離も学習の成果だろうか。


 一匹もいなくなるなんて考えてもみなかった。

 当たり一帯に大量のバッタの死骸が転がっているが、これは自然に落ちてきたものだろう。ピクリとも動かない。


 すぐさまミドガルズの背中に飛び乗り、バッタの雲を追いかけた。

 しかし、俺たちが接近するとそれ以上のスピードで、まるで潮が引くように一斉にその場からバッタどもはいなくなってしまう。

 バッタの空白地帯になった俺たちを、スポットライトのごとく朝日が照らす。 


 追う俺たち、逃げるバッタども。

 同じことを何度も繰り返した。

 結果、バッタが学習したというにわかには考えがたい、俺の考えが正しいことが証明されただけだ。

 近寄れねえ。


 焦れた俺はミドガルズに言った。


『いいから、攻撃しちゃってくれ。ギリギリ届くだろう?』


『届かんことも無い。……だが、輪廻陣魔法(アルスメガス)の威力は展開地点から遠くなると減衰するのだ。最大のダメージを与えたかったら、至近距離で展開しなければならない。さらに、我輩の輪廻陣は制御が難しいため、遠距離では暴発する恐れがある。この小さな輪廻陣を重ね合わせた歯車輪廻陣(オステルン)は我輩から大量のスピリットを奪う。無駄打ちは出来ん』


 異世界アスガルズめ。

 メガスみたいな魔法にまで物理法則をねじ込むなよ。


 アバドンネットワークが回避に最適な距離をどうやって学習したのかは分からない。

 だが、事実バッタどもは、ミドガルズの攻撃の効果が及ばない距離を保っている。


『……どうすれば、いいんだ』


 ぐるぐると上空を飛びまわるが、バッタに近づけない。

 手も足も出ない。

 さっきまであんなに鬱陶しかったバッタどもが離れてしまう。

 あとちょっとなのに……。


【まもなく起動24時間を超えます。再起動が必要です。再起動しますか?】


 そんな四苦八苦している俺たちに、レーヴァンテインの枝は、無常にもそう告げる。


【ああ、頼む】


 何もこんな時に言わなくても良いじゃねえか。空気読めよ。

 ていうか、残り0.8パーだぞ。再起動できんのか?


【支払いコストは2%です。再起動出来ません。チャージをお願いします】


 出来ねえのかよっ。何がしたいんだお前は。

 もう何も出来ない。

 どうする。どうすればいい。誰か教えてくれ。

 俺たちの手札は完全に封じ込まれてしまった。


 ……攻撃できないんじゃ、ミドガルズの卵型の輪廻陣も意味無いよな。

 使い道ないけど、チャージしとくか。


『なあミドガルズ。それ、くれないか?』


 卵を指差して、ミドガルズにぽつりとそう呟いた。

 ミドガルズは不審げな顔を俺に向ける。

 正直言って、ほとんど投げやり状態だった。

 ミドガルズも俺の声色からそう判断したのだろう。

 戸惑っているようにも見えた。


 特に考えがあったわけじゃない。

 俺たちに手立てが無くなり諦めモードに差し掛かったタイミングで、レーヴァンテインの枝にチャージを要求されたから、それに乗っかったまでだ。


『我輩もスピリットにそれほど余裕は無いのだ。それを踏まえての発言か?』


 ミドガルズが慎重に言葉を選び、俺にそう答える。

 如何にも紳士らしい遠まわしの拒否を含むミドガルズの物言いに、少しだけイラつく。


 良いじゃねえかよ。一回くらい。

 あいつら腹ペコバッタどもと同じで、このガラクタレヴァンだって腹ペコなんだよ。

 俺も腹減ったなあ。


 ずっと休憩無しで駆除していた俺は、当然食事も取っていなかった。

 こんな非常事態なのに、頭はあらぬ方向へと現実逃避を繰り返す。

 何度と無く痛い目に会っているはずなのに、またもや注意力が散漫になった。

 しかし、最早出来ることがなくなってしまったと諦めた俺の心は、それに抗うことをしなくなった。

 引き続き、生産性の無い思考放棄に身を任せた。


 ルディスシチューを食わせてくれた店、無くなっちゃったなあ。

 そういやヴィゾとニーズは草食だったくせに、めちゃくちゃおいしそうにしてた。

 やっぱ堕天すると味覚もヒトっぽくなるってことだよなあ。

 バッタどもは好き嫌いが無くて何でも食べやがる。

 親のしつけが良かったのか。は。笑えねえ。

 食べられるものと食べられないものは、やっぱり体の器官に依存するのかな。

 それともプログラムとやらで、くそったれのアカシックレコードに書かれているのか?

 ヴィゾのアカシックレコードはこんな感じか。

 好きなもの:パン ルディスシチュー テール焼き リント姫 ミドガルズ

 嫌いなもの:体を包む布 俺

 何だそれ。ブログの自己紹介欄か。芸能人かよ。


 ……食べられるもの……食べられないもの?

 ……プログラム?


 …………っ!?


 ……そうだ……。

 ……何で俺は、こんな単純なことに今まで気付かなかったんだ。


 今までの経験が矢継ぎ早に頭の中に流れる。

 バッタの群れ、孤独相、群生相、アバドンネットワーク、プログラム、交尾産卵孵化、木造の建築物、バッタの死骸、食べ散らかした町と荒地。

 もしかすると、何とかなるかもしれない。

 いいや、ダメだ。このままじゃ単なる思い付きだ。

 そんなに簡単に飛びついてはいけない。

 これを確認して、クリアするために必要なこと。


 ――チャージだ。


『もちろんだ、ミドガルズ。それを踏まえての発言だ』


 見る見ると自分の目に力が入るのが分かった。

 顔に精気が戻った俺に向かってミドガルズは言う。


『……良かろう。受け取れ』


 一瞬躊躇したかに思えたが、ミドガルズは手のひらを差し出した。

 大きな卵の形をした輪廻陣、ミドガルズ曰く『歯車輪廻陣(オステルン)』はレーヴァンテインの枝にすうっと溶け込むように吸い込まれて行った。


【レヴァン。再起動後、残存エネルギーを教えてくれ】


【再起動の確認を完了しました。再起動します。支払いコストは2%です。残存エネルギーは21%です】


 すっげえ! 完璧じゃねえか!

 流石に龍神なんて言われるだけあるなミドガルズ!

 

 俺は内心の笑みを抑えきれなかったが、ここは焦らずに行こう。

 順序だてて質問しなければならない。

 何たってこの愛すべきガラクタは質問したことにしか答えてくれないからな。


【質問だ、レヴァン。クロツノサバクトビバッタは何を食べる?】


【通常の孤独相ならば植物を食べます。単子葉植物、特にイネ科の植物を好みます】


【じゃあ、群生相、アバドンになった場合は?】


【黒角笛(アバドン)つまり、アバドンネットワーク構築後のクロツノサバクトビバッタは、リプログラムがされて有機物全般、動植物、生死問わず、視界に入る近辺の炭化水素物全てを食べ尽くします。餌がなくなるたびに移動を繰り返し、肉体の限界を超えても餌となる炭化水素物を取り込もうとします】


 よし。ここまでは知っていることだ。


【じゃあ、何故アイツらは一番近くにいる炭化水素物、つまり、自分たちクロツノサバクトビバッタたちを食べない?】


 これが聞きたかった第一の質問だ。

 アバドンになったクロツノサバクトビバッタは、近くにいる生き物どころか建物みたいな硬い木材まで食べちまう。

 そんな獰猛で貪欲なバケモンたちが、何故お互いを食べないで仲良く群れなんて状態を保っていられるんだ。

 何で俺たちが駆除した山のようにあったバッタの死骸に手をつけなかったんだ。

 この辺りに散らばっている死骸を食べないんだ。


 おかしいじゃないか。

 共食いは、昆虫界じゃ別に珍しい現象じゃない。カマキリだってクモだってコオロギだってやる。

 草食ならまだしも、雑食獰猛なバッタに変化したのに何故それが起きない。


【無制限な共食い行動は群れを維持できなくなるからです。そのようにプログラムされています】


 よし。それが聞きたかった。ここまでは想定通り。

 恐らく、群れになるようにアカシックレコードにプログラムされているクロツノサバクトビバッタが、共食いで群れを崩壊させるのはおかしい。

 アカシックレコードには、名前、固有能力、履歴、行動目的、存在理由とか何とかが、ごちゃごちゃっと書かれているんだろ?

 自ら群れを破壊するような行動は、行動理由や存在目的に矛盾する。

 こいつらもある程度の法則の上に成り立っているはずだ。

 メガス何ていう魔法があるファンタジー世界のくせに、物理法則があるアスガルズ。

 独自かもしれないが、一定のルールがあるんだろう。


【質問を変えるぞ。アバドンネットワークは、プログラムにまで影響を与えるのか?】


 これが聞きたい質問の二つ目、アバドンの学習機能のことだ。

 バッタは群れてネットワークを繋ぐ。

 そのおかげで、群れ全体で食べつくす標的を即座にロックオンしたり、群れを崩壊させかねないミドガルズみたいな強い生き物から逃げたりする。

 一匹が学習したことを群れ全体で把握できる、恐ろしいネットワークだ。

 散々追いかけっこをして、その恐ろしさに気付いた。

 それはプログラムにまで及ぶのか、それとも単に意思統一程度のものなのか。

 それが聞きたい。


【与えます。学習に対応するプログラム改変は、より広範囲の移動や迅速な炭化水素物取り込みに適応する、肉体改造に必要です。ネットワークの同期によって多くの情報をやり取りするために、積極的に他個体のリプログラムを行います】


 何だかよく分からん説明だが、俺の考えは正しいと取るぜ。


【さらに質問を変えるぞ。一部のプログラムを書き換える術があっただろう。その名前とコストは?】


【二度筆(ブレインウォッシュ)の支払いコストは21%です。展開しますか?】


 そうだ。確かそんな名前だった。

 ブレインウォッシュね。覚えておかなきゃ。


【まだだ。質問を続ける。アバドンネットワーク全体にその術の効果を掛けるには、最低何匹に掛ければ良い?】


 さあ、最も聞きたい質問だぞ。

 俺の考えが正しけりゃ、多分――。


【一匹です。アバドンネットワークによって全てのクロツノサバクトビバッタに伝播します】


 よっしゃあっ!

 これしかねえっ!


 必要な確認作業は終わった。

 町での攻撃から30分近く経っている。また1000億匹ぐらいにはなっているだろう。

 だが、もう数は問題じゃない。

 学習するバッタどもを倒すにはこの手しかない。

 ミドガルズの攻撃が封じられた今、もう、これにすがるしか方法が無い!


【ただし、群れに接触できる必要最小限の行動が可能な一匹です】


 ……そうだ。

 それだけは何とかしないとならない。

 アバドンネットワークのせいで俺たちにはあのマンジューシャと同じように、虫除けみたいになっちまった。

 動けるバッタが全く近寄ってこないのだ。


 それをやるには元気なクロツノサバクトビバッタを手に入れないといけない。

 アバドンになる直前のクロツノサバクトビバッタは軽量化を繰り返したせいか、一匹一匹は枯葉のようにとても脆かった。

 リント姫どころか、一般的なヒトであるマリアが握っただけで簡単に行動が不能になるくらい体がスカスカだったのだ。

 そのおかげで何百億っていう数を駆除できたが、逆に仕留め損ないがほとんど無い。

 動ける個体は全部群れに加わってしまい、逃げる。


 無傷で捕獲。そう限定するとやり辛い。

 意外にハードル高いぞこれは。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。