表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/30

絶望の始まり

 町を埋め尽くすクロツノサバクトビバッタどもは、約23時間13分でアバドンという名の動植物全てを食い散らかすバケモノと化すらしい。

 残り750億匹。

 この冷たい口調ながらも頼もしいガラクタ、レーヴァンテインの枝によると、アバドン化を阻止するためには最低でも510億匹のバッタ駆除しなくちゃならない。

 一分間に三六六〇匹以上だ。

 レーヴァンテインの枝、残存エネルギー3.8%。

 ……無理過ぎるにも程がある。


『強き者、大丈夫か? どっか痛いか? オレ心配だぞ?』


『ありがと。助かった』


 ニーズに礼を言い、立ち上がる。


『痛かったらオレに言えよ? オレは相棒なんだからな。オレに直ぐに言えよ?』


 身体を押し付け、目がきょろきょろと俺の体を観察し、『ここは大丈夫か? ここは?』と手で様々な部位を優しく触診する。

 しつこいが、かなり心配しているのが分かる。


 それほど深い損傷だったのだろう。

 レーヴァンテインの枝による術によって、体に負担がかかり過ぎた。

 辺りのバッタは一旦は一掃されたが、あっという間に他の個体がそれを穴埋めしてしまった。

 800億匹から750億匹に減ったところで、大したダメージではないようだ。


 ……おい?

 ニーズ、触り過ぎだ。


『変なところが元気になるから……じゃなくて……もう良い。大丈夫だから』


『元気になるのか? じゃあもっと触ってやる』


 そう言って、身体をあちこち撫で回す。


『やめ……やめろって。やめろ! ……今はそんな場合じゃない!』


 不謹慎過ぎるにも程がある!

 大体、何だその格好は。きわどい部分が見えそうじゃないか。

 ニーズは邪魔だからといって、金貨一枚もする高級な服の袖と裾を破り、肌の露出が激しい格好になっていた。白い顔は、激しい運動のせいで桃色に上気し、息が荒い。


『あ、ごめ、でも、オレ、強き者が元気になると思って……』


 ニーズは、しゅうんと力なく意気消沈する。


『いや、怒っているわけじゃない。……元気でた、ほら、元気元気』


 何か悪いことをしているような気になり、慌てて笑顔になり取り繕う。

 元気が出たという言葉を聞き、良かったという笑顔を顔中に花開く。


 うし。

 気分を入れ替えよう。


『ヴィゾ! リント姫! 集まってくれ、作戦を考え直そう!』


 ヴィゾは残念そうな顔で輪廻陣の展開を止める。

 だが、リント姫は明らかにほっとしているようだった。

 ……リント姫やばくねえか?


 ――――――


 ――――


 ――



【レヴァン。この三人をスキャンして俺たちの現在のバッタどもを駆除する力を……そこそこ分かりやすく説明してくれ】


 間をおかずに、レーヴァンテインの枝は例の光線を当てて三人をスキャンした。


【対象1、堕天後の爪龍、駆除能力178億匹。対象2、堕天後の法龍、駆除能力78億匹。対象3、堕天後の法龍、駆除能力23億匹。レヴァンの駆除能力は残存エネルギーで左右されます。推計できません。合算すると279億匹です】


 ヴィゾ、ニーズ、リント姫の順に光を当てていたから、多分その順番なんだろう。

 ヴィゾが178億匹、ニーズが78億匹、リント姫が23億匹で合わせて280億匹に届かない。

 510億匹が最低ノルマだ。

 残り俺一人で230億匹倒すしかねえ。

 あれ、すっげえ痛いんだよなあ。


【注意。残り時間を加味していません。最大火力での限界可能駆除数です】


 わざわざありがとうよ。

 マックスで280億匹なのか……。

 あのとんでもなく身体に負荷が掛かる術で、0.2秒50億匹。

 単純計算で一秒ありゃ250億匹だ。合わせて530億匹。

 いけるかも知れん。

 ……体もつかな。


 三人に向き直り、俺は言った。


『そういうわけだ、皆。一人頭、ヴィゾが180億匹、ニーズが80億匹、リント姫が25億匹を目指してくれ』


 三人が俺に不思議な顔をする。

 おっと、いけない。

 コイツらには剣の言葉が聞き取れないはずだ。

 言い直す。


『この『レーヴァンテインの枝』によると、その数をあと一日以内に倒さないとアバドンって言う危険なバッタの群れになるらしい』


『億などという数字はまことか? 視認できんぞ?』


『マジだ。確認は『枝』がやる。取りあえず手当たり次第に攻撃してくれ』


『町中は出来るが、上空にいるバッタはどうすれば良い?』


『ヴィゾの火球でも届かないのか?』


『届かせるだけなら届くが、威力は半減する』


 そりゃそうだよなあ。

 ヴィゾは深刻そうな顔をしてリント姫をちらりと見ながら、続ける。


『それともう一つ。スピリットが一日ももたせられない』


『スピリット?』


 また意味不明な単語だ。もうやだ。


『メガスを使う際に消費する力のことだ。自分とニーズは、ある程度鍛えているため一般の龍よりは多いが、姫様のスピリットは枯渇寸前だ』


 おいおい。ガス欠ってことだよな。

 勘定に入れてなかった。


 リント姫のほうを見ると、確かにいつもの余裕がない。

 貧血の時のように顔が青く、反応が薄い。

 姫様結構へばっているじゃねえか、ここまで酷いとは気が付かなかった。


『リント姫。大丈夫ですか?』


『……だ、大丈夫よ』


 明らかに大丈夫じゃない時の『大丈夫』だ。無理をしているのが見え見えだ。


『少し休んでください』


『大丈夫って、言ってる。王家に、二言は無いの、よ』


 そういうと思ってたぜ。龍は、誇り高くて頑固だもんな。


『マリアを手伝ってください。怪我人の治療と、誘導が終わっていません。俺には治療する技術はありません。誰かにやってもらわないと……俺の知っている龍が言っていました。王とは上に立つこと以上に、民の先に立たねばならないって。必要なことです』


 諭すように言った。

 適当かもしれないが、怪我人の治療をしなければならないことは事実だった。

 俺たちにそんな余裕はなかったからだ。

 だが、算段が着いた俺は姫にそう言った。


『……言うわね。人間のくせに。そんな、使い古された誰かの言葉じゃ、リントブルームは、説得できないわ』


 目を虚ろにしながらも、俺をはっきり見据えて、そう強がる姫。

 ふらふらじゃねえか。

 もっと強い言葉じゃないとダメか。

 言いたくないなあ……。

 可愛い女の子に嫌われてばっかりだな、俺。


『邪魔です。はっきり言って姫の攻撃力じゃ戦力として足手まといです。とっとと治療に専念してください。よっぽど役に立ちます』


 心を鬼にして、姫にそう言った。

 王族がこんな言葉をかけられるのはもしかしたら初めてなのかもしれない。

 だが、今はそんな悠長なことを念頭に置けるようなときではない。


『……う……ぐすっ』


 悔し涙だろう。今まで人間に対して好意的な感情を持っていた姫だ。

 俺も決闘の後見人として恩義を感じている。


 顔を上げ、こちらに反論しようとするが、言葉をうまく話せない姫。

 感情的になり、無理やり言葉を作った。


『……君、ムカつく。人間、って、もっと、優しい、のかと、思ってた』


『人間に幻想を抱き過ぎです。良かったじゃないですか、俺のような話の分かる人間で。嫁入り前なんでしょ。無理をさせたらミドガルズに俺が怒られちゃいますよ』


『特別、扱い、しないで。そういうの、うんざり、なのよ』


 強がりの女の子にムチを打つのは、二度目だ。

 三度目がないことを祈りたい。


『特別扱いじゃ有りません。姫、アンタは自分の状態が見えていません。今、そんなワガママがいえる状態じゃないことくらい分かるでしょう?』


『……っ……う……うっ』


 声を上げて泣いているわけではなかったが、目から涙がこぼれないように必死に拭っていた。

 薄い唇を痙攣させ、嗚咽を抑えきれない。

 そんな俺の視線に気付いたのか、泣き顔を見られたくないのだろう。下を向き、金色の髪で顔が隠れた。肩が震えていた。鼻をすする音も聞こえた。


 ヴィゾもニーズも俺たち二人の間に口ばしを挟まない。

 彼らから見ても姫はもう限界なのだ。だが、上下関係の問題から言えないのだろう。

 人間の俺はそんなしがらみなど知らない。

 この場で姫に意見できる者は俺だけだ。


『姫。治療と誘導、お願いします』


 姫の目を見つめ、否定を許さない強い口調でお願いする。


『……うん。……分かった。……これは貸しよ』


『はい。終わったら「ルディスシチュー」を食べましょう』


『……ワイン、っていうのも、飲んでみたい』


 リント姫の外見は明らかに未成年だ。

 そう思って止めようとしたが、はて。

 龍の年齢っていくつだ?

 まあ、いいか。


『祝杯ですね。その時は人間の言葉で「カンパイ」って掛け声をかけるのがしきたりです』


 目を逸らさず、俺はそう言った。


『王家にこんな口をきいたの、君が初めてだわ。この貸しは大きいからね』


 見ると、幾分、顔に赤みが差してきた。

 俺が挑発したせいか、それとも短い時間ながらも回復したせいかは分からない。


『怖いです』


 やっぱりムカつくでもありがとうね、と笑顔になり早口でまくし立てながら、あかんべえのように舌をぺロりとだし、リント姫はマリアの方に走って行った。

 スカートの裾がはためいた。

 プライドの高い元龍が、健気な意地を見せたせいで、俺はその光景に一瞬心奪われた。


 リント姫を見送るように、残った二人の元龍もその姿を眺めていた。


『すまんな。姫様はまだ修行中なのだ。龍の社会は色々複雑でな。自分は身分上、中々言い出せん』


 意外な角度からの謝罪だった。

 ヴィゾが俺に謝罪するなんて珍しい。


『いいや、おかげでノルマが増えちまった。余計なこと言ったよ』


 そうだ。姫の負担分、25億匹をやらなきゃいけない。


【警告します。残り23時間00分です】


 空気など読まないレーヴァンテインの枝は、俺にそう告げた。

 一〇分以上ロスしちまった。


【ナイスアシストだ、レヴァン。一五分ごとに俺に知らせてくれ】


【カウントダウンの確認。以後、レヴァンは一五分ごとに警告します】


 だが、これは必要な時間だ。

 どうせヴィゾとニーズのスピリットとやらもそんなにもたんだろう。

 援軍が必要だ。……援軍?

 そうだ。ミドガルズは昨日『三日後に』と言っていた。

 アイツは紳士だ。それも超がつくほどの。


『なあ、ヴィゾ。ミドガルズって時間は正確か?』


『当たり前だ。殿下は時間前行動が常だ』


 時間に適当な龍がよく言うよ。

 だが、出来るだけ早めに頼むぜ。

 マジで期待するからな。


『ミドガルズって爪龍で一番強いヴィゾと比べてどうなんだ?』


 戦力になるかどうかの質問だ。

 俺はまだミドガルズと手合わせしていないし、戦っている姿を見た事が無い。

 二人に比べると、姫はそうでもなかった。

 流石にそんな都合よくは行かないかも知れない。

 軍人と王族じゃ、鍛えるものが違うもんだよな。

 姫のノルマは俺に加算するしかないか。

 などと最悪なことも前提に考える。


『恐れ多いぞ貴様。修行中の姫様ならしょうがないが、爪龍と王族を一緒にするな。あのお方は次期龍王候補の中でも主席だぞ? とてつもないメガスを使う。自分やニーズなどとは比べ物にならん』


 都合よくいくじゃねえか。

 あとはどれくらい予定を前倒しで来てくれるかだ。

 遠くからでもこの町の異常事態は分かるだろう。

 間に合うかも知れねえ。


『強き者。ミドガルズオルム殿下はオレみたいな才能ある龍から言わせてもらっても凄い。一回見せてもらったけど、うわあってなるぞ。輪廻陣がぶわっぶわってなってたぞ。あれにはオレもビビった。ちょっとだけだけどな。漏らしてはいないぞ。ホントだぞ』


 ニーズの説明じゃイマイチだが、かなり強いってことだよな。

 よっしゃ。これいけるんじゃね。

 ミドガルズなら、リント姫のノルマ25億匹どころか250億匹くらいは余裕でやってくれるはず。

 皮算用だろうが何だろうが、期待するぜ?


『よし。ミドガルズが来るまでに出来るだけ数を減らすぞ。一時間ごとに休憩を取る。ヴィゾは引き続き駆除作業に戻ってくれ』


『了解だ。……おい、受け取れ』


 ヴィゾは、またもや嬉しそうに火球を投げつけてきた。

 燃え盛る白球は、ぶんぶんうざったいバッタを燃やしながら俺に向かってきた。

 やるならやるって言えよ!

 こええんだって。

 かかか、と高笑いしながらヴィゾは持ち場に戻って行った。


『オレも! 元気になれ!』


 周りにいるバッタどもを巻き添えに、雷が落ちる。

 ふっふっふ。残念ながら、お前の表情は分かりやすかったぜ。

 チャージさんきゅ。


 二人の繰り出した愛情を吸い切ったレーヴァンテインの枝は、事務的に返した。


【残存エネルギーは6%です】


 驚かなかった俺に不服なのか、ニーズはぷくっと頬を膨らませ、持ち場に戻ろうとした。


『ちょっと待ってくれニーズ』


 戻ろうとしたニーズを待たせる。

 オレか? しょうがないなあ、と言いながら嬉しそうに振り向く。


 2.2パーのチャージ。思ったよりも少ない。

 そういえばさっきの時よりも威力が弱かった。

 もしかしたら、早めに二人のスピリットが枯れちまうかもしれん。

 残り23時間。三人で510億匹。何て数だ。

 ……俺は覚悟決めたぞ。姫に偉そうに言った分だ。我慢してやる。


【レヴァン。さっきの毎秒1パーコストのヤツ。もう一回だ】


瞬断剣舞オーバーラッシュを展開します。支払いコストは毎秒1%です】


 枝から放出される力が、俺を包み込む。

 精神的な遠近感が狂い、俺の時間感覚もずれた。

 ニーズの驚く顔がスローモーションだ。

 それを尻目に見て、コイツ黙ってれば綺麗な顔なのになあ、と場違いで不謹慎なことを思う。

 

 物理限界ギリギリの剣戟をバッタどもに叩き込む。

 無表情なバッタどもが何を考えているのやら見当もつかない。

 引き裂かれるような体の痛みと引き換えに、ことごとく粉砕した。


 ぎりぎりと体中が悲鳴を上げる。

 まだまだっ!

 一瞬が果てしなく長い。

 爪がはがれ、肌からは血が噴出す。

 骨が軋み、関節が弾け飛びそうだ。


【ストップ!】

 

 失神寸前まで自分を追い込み、レーヴァンテインの枝に合図した。

 たちまち体感時間が戻ってくる。


 破壊音に一瞬遅れて、バッタの欠片が土砂降りのように降り注ぐ。


【0.5秒経過。支払いコストは0.5%です】


 ニーズが驚きと心配の表情をしながら、俺に駆け寄り、即座に回復してくれた。

 お前なら、そうしてくれると信じていたぜ。

 じわじわと傷ついた体が治り、痛みを取り除いていく。


 痛え、いてえが……0.5秒耐え切ってやった。

 くそったれのバッタども。

 さっきの二倍以上の時間だ。

 単純計算でもマイナス100億匹以上だ。残り650億匹程度には減っているはず。

 もしかしたら、もっといったかも。

 ニーズとの回復コンボなら楽勝だ。

 これを休み休み繰り返せば、あと23時間もいらねえ。

 ミドガルズの見せ場ねえかもしんないな。


 そういった希望的観測を胸にレーヴァンテインの枝へと語りかける。


【レヴァン、残りのバッタの数は?】


【スキャンします。――スキャンの結果、770億匹です】


 は?

 はああ?


 ふざけんな。

 さっき、750億匹って言ったじゃねえか。

 670億の間違いだろ?

 なあ?


【……もう一回スキャンしろ。早く】


【再スキャンします。――スキャンの結果、770億匹です。端数は省略します】


【何で増えてんだよっ!】


【クロツノサバクトビバッタは上空で交尾と産卵と孵化を繰り返しています。増殖しながらアバドンネットワークを構築中です。22時間55分以内にネットワークに必要な最低個体数まで駆除してください。530億匹の駆除が必要です。アバドンに変異した場合、凶暴性が増しますので早めの駆除をお勧めします】


 事務的にレーヴァンテインの枝は、そう返してきた。

 上空への攻撃なんて、俺は当然無理だし、堕天して飛行能力を失ったヴィゾとニーズにも出来ない。

 こんなんどうしろっていうんだ。


 俺たちの地獄のいたちごっこは、スタートしたばかりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ