表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/30

黒い雲、協力、剣戟の代償

 雲の中から、ぶうんと一匹が飛んできて、顔に張り付く。

 顔から引き剥がし見てみると、街道で何度も目にしたデカいバッタだった。

 棘のような角が何本も体から飛び出していた、凶悪なバッタ。

 きちきちと抵抗するかのように音を立てて、手のひらの中でもがいている。


 邪悪さを含んだその雲は、バッタの群れだった。


 バッタの大量発生により、植物が壊滅的な被害をこうむることを蝗害という。

 孤独相といわれるバッタが寄り集まり交配を繰り返し移動に適した体に変異して行き、群生相という世代が移動と共に植物を食べつくす災害を引き起こす。

 恐るべき世代交代だ。

 だが、俺の住んでいた世界では農薬の進歩により、もはや歴史上の災害のようで、中国、ヨーロッパ、アメリカ等で伝承や記録に残されている程度で、近年ではアフリカなどの国で起こる災害だった。

 なお、イナゴという言葉が当てられるが、実際にはイナゴ自体が蝗害を引き起こした例は無い。


 太陽を覆いつくしてしまうほどの大量のバッタが、空中に集まり、町中にも溢れかえっていた。

 町はバッタによる暗闇の中で、異様な興奮状態に陥っていた。


 俺たち五人は、急いで支度をして、宿から飛び出した。



 ――――――


 ――――


 ――


 町はバッタで前が見えないほど覆い尽くされていた。

 知り合いの少ないルディスの町で、知り合いに出会えたことは幸運と言えよう。

 食事処であった人物が、出口へと続く長蛇の列に並んでいたのだ。


「レイナルドさん。大丈夫ですか?」


「ああ、君は昨日の……。早く逃げた方が良い。この町はもうダメだ」


「アバドンって何ですか?」


「こいつらが、そうさ」


 レイナルドさんは憎々し気に顔を引きつらせて、盛んに顔に止まろうとする一匹を手に取り、叩き潰した。


「こいつらがいっさいがっさい食っちまうんだ。僕の畑も、この町も」


「でも、顔に張り付く程度で、うっとうしいだけじゃないですか」


「まだこいつらは襲わない。でもあと少ししたら、建物まで食べちまうとんでもないバケモンになる。そうなる前に早くここから逃げるんだ。もしかするともう遅いかもしれない。せめて、隣町まで辿り着いて、早く逃げろと伝えるんだ」


 悲鳴があちこちから聞こえる暗闇の中で、不意に近くから幼い泣き声が聞こえた。

 昨日の酔っ払いが子供を抱きかかえて、不安げに長蛇の列の先方へ叫び声を上げる。


「子供が怪我をしてるんだ! 早く進んでくれ!」


 見ると、子供は脚から血を流していた。

 ざっくりとした傷口から滴った液体は、白い肌に赤黒い線を作っていた。


『ニーズ。治してやってくれ』


 俺は怪我人が他にも多数いることを承知しながらも、目の前の幼い怪我人を無視することが出来なかった。

 ニーズは、頷き、その子供の傷に手をかざす。

 淡い光と共に、見る見ると怪我はふさがっていった。

 それに比例して、辺りは驚きの表情一色となった。


「あ、あんた、メガス使い様なのか? ありがとう。ありがとうございます」


 昨日とは打って変わって低姿勢になり、酔っ払っていた男は涙を流して喜んだ。

 ニーズはそれを受けて、覚えたての言葉を返す。


「アリガトウ? イイエ。コニチハ」


 ありがとうございます、と酔っ払い男は何度も頭を下げた。


 レイナルドがその横から入ってきて、ニーズに向かって叫ぶ。


「お願いします! この町を助けてください! メガス使い様!」


 メガス使いという言葉が伝播したのか、疑問と期待と懇願の三重奏で辺りがざわめきだす。


「おい、そこをどいてくれ! 急ぎだ! ……ああ、君たちは昨日の……」


 ゴルドスタインの弟の方が列をかき分けて、こちらに向かって言ってきた。


「ゴルドスタインさん」


「そうか……『学園』に行くといっていたな。その女の子は、メガスを使えるのか」


 バッタがぶんぶんと飛び交う中で、弟ゴルドスタインさんは、続きを搾り出すようにして話す。


「はい。この二人も使えます。俺たちに何か出来ることはないですか?」


 俺は三人がメガスと言われる魔法を使えることを伝えた。

 だが、ゴルドスタインさんは、リント姫とヴィゾとニーズを一人ひとり見て、首を振りながら諦めの表情へと変わっていく。


「無理だ。黒角笛アバドンは人間がどうこうできる代物じゃないんだ。大体、メガス使い様に払えるお金なんてこの町にはない……」


「無理でも何でもやるしかないでしょ? 金の心配している場合ですか?」


「……気持ちはありがたい。だが、黒角笛は、もはや……」


『ヴィゾ、火球を』


 ヴィゾに向き直り、指示を出す。


『了解だ』


 間髪いれずに、ヴィゾは返事を返す。

 りいんという美しい音色を上げた輪廻陣を素早く展開し、バッタの群れに向けて、大きな火球をぶつけた。

 バッタの群れの中で激しく暴れまわった火球は、大量の虫の炭を作り出して町に降り注がせた。

 それを顔中に浴びた町の住人たちは顔を真っ黒に染め上げ、驚きながらも歓声を上げる。


 だが俺の期待に反して、火球は空を埋め尽くすほどの暗闇に飲まれて消えた。

 くそ、ヴィゾの火球でもダメか。数が半端じゃねえ。


「四の五の言ってないで、やりましょう」


 焦りながらも俺は急いだ。

 ゴルドスタインさんの肩を揺すって、行動を促す。

 自警団長の瞳には勇気がわいてきた様に見えた。

 息を思い切り吸い、長蛇の列に向かって彼は叫んだ。


「……ルディスの町の住人よ!」


 ゴルドスタインさんは叫ぶ。


「自警団団長、ゴルドスタインだ! 良く聞いてくれ! 黒角笛へ変異するまで時間が無い! 女子供と老人がいる家族は、石で出来た建物に入れ! 男連中は、武器を持ってくれ!」


 羽音の中、悲鳴と怒号が飛び交い、ゴルドスタインさんの声はかき消される。


「メガス使い様が三人いる! 大丈夫だ! 木造の建物には入るな! 男たちよ! 手にとって虫を叩き潰せ!」


 火球を放ったヴィゾを中心に人垣が出来上がる。

 真っ黒な顔には期待をこめた祈りが宿っていた。


 ヴィゾはその声無き声に対して、胸をはって頷き返す。

 マリアを含めた残りの四人も頷いた。


「……自警団長ゴルドスタインが、君たちを援護する……感謝します」


「感謝の言葉は、全部終わってからにしてください」


 背中からレーヴァンテインの枝を引き抜き、ゴルドスタインさんに返事を返した。

 ぶぶぶ、という羽音は、やれるものならやってみろと挑発しているようだった。


 ――――――


 ――――


 ――



『ニーズ! スピリットを溜めろっ! 威力が落ちてきているぞ!』


『御意っ! 閣下の温い火球じゃ、明かりが足りません!』


『ほざいたなっ! 褒美に「ルディスシチュー」を食わせてやるわ! くそ生意気な法龍め!』


『すみません閣下! オレにはもう相方がいます! 姫様っ! 閣下にお断りの言葉をやんわり伝えてあげてください! 閣下の面子を潰さないように!』


『うるさいっ! 輪廻陣作っている最中に話しかけないでっ!』


 ヴィゾとニーズとリント姫が軽口を叩きあいながら、りいんと奏でる魔法陣を消えるそばから展開していた。

 火球が辺りを照らし、雷がバッタへと降り注ぐ。

 消し炭になったバッタは、もがくことなくバラバラと落ちてきた。

 俺はレーヴァンテインの枝を振り回しながらも、彼らのメガスの力強さを再認していた。


 バッタの死骸から延焼した火事を防ぐため、木造の建物は、町民たちの働きで、どんどん壊されていった。だが、広い町には人手が足りな過ぎた。

 マリアは避難指示を手伝っていた。

 転んだ子供の手を引いて、石造りの建物へと誘導する。


 三人の大きなメガスによる攻撃も、焼け石に水のように感じた。

 りいん、という音が悲しい響きに聞こえる。


 一匹当たりの防御力は大きな虫程度だ。

 子供でも叩き潰せる。

 だが、バッタの数は無限にも思えた。

 幾度も幾度も、鈍く光る枝を振り回したが、一向に減る様子が見えない。

 このままでは埒が明かない。

 

 チャージだ。

 こいつを起動させなくちゃならない。


『ヴィゾ! 俺に火球を頼む!』


『死んでも知らんぞっ!』


 特大の火球を作り出したヴィゾの顔は、心なしか嬉しそうだ。

 どデカイ火球を枝で受け止める。

 あっという間に火球を吸い尽くしたレーヴァンテインは未だ反応が無い。


『もう一発だ! ニーズも雷をくれ!』


『了解だ! 『枝』もろとも焼き尽くしてくれる!』


『強き者! オレも焼き尽くしてくれる! くらえっ!』


 だから、何でそんなに嬉しそうなんだよ。

 テンション上がりすぎだよ二人とも。


 殺意と愛情がこもった輪廻陣によるメガスを吸い切ったレーヴァンテインは、目を覚ましたかのように喋りだした。


【チャージにより残存エネルギーが5%を超えました。起動しますか?】


【起動する!】


【起動の確認を完了しました。支払うコストは2%です】


【残存エネルギーの確認をしてくれ】


【残存エネルギーは4%です】


 よし。

 ヴィゾの火球二発とニーズの雷一発で6%か。


【アバドンについて教えてくれ。出来るだけ手短に】


【――アーカイブを検索中――アバドンとは、一二種類のトーテムの一柱です】

 

 手短にとは言ったが、はしょりすぎだ。

 全く意味が分からん。


【……すまん、もう少し詳しく頼む】


 殆ど間をおかずに、レーヴァンテインの枝は話し出した。


黒角笛アバドンとは、神の作り出した一二種類の下級神、トーテムの一つです。クロツノサバクトビバッタが群生相となり、ネットワークを構築後、即座に近辺にある炭化水素物を食べ尽くすプログラムがされています。群生相ネットワークそのものをアバドンと言い、核となる個体は存在しません。メガス、サイキック、モーゼ等の特殊能力は有しません。スキャンします――】


 そう言いながら、レーヴァンテインの枝はバッタに向けて二次元的な面状の光線を照射した。

 分かったような、分からないような。

 しかし、下級神って言ったな今?

 冗談じゃねえぞ。


【――スキャンの結果、現在のクロツノサバクトビバッタは群れていますが、無害な孤独相の集まりです。群生相となり、ネットワークを構築するまでの推定時間は、23時間15分32秒後です】


 あと一日足らずで、やばいことになるってことか!?


【アバドンはどうやって倒す?】


【クロツノサバクトビバッタを各個駆除することです】


【違う。方法を聞いているんだ】


【クロツノサバクトビバッタは孤独相の場合、攻撃力は殆どありません。方法は数え切れません】


 ああ、もう、じれったいな。

 そういうこと聞いているんじゃねえんだよ。


【……なんとかバッタの群れを駆除するには、どうすればいいんだ?】


【スキャン現在の個体数は、推計800億匹です。クロツノサバクトビバッタの群れ全体を攻撃する手段は、残存エネルギー量ではありません】


 800億匹だと……。


【ネットワーク構築に必要な個体数は、推計240億匹です。23時間14分以内に残り560億匹を駆除してください。アバドンに変異した場合、凶暴性が増しますので早めの駆除をお勧めします】


 その早めの駆除の方法を聞いてるんだ。


【……残存エネルギー量から考えると、一番駆除に適した方法は何だ?】


【物理的な方法ですと瞬断剣舞オーバーラッシュが最も適しています】


【じゃあ、それを展開してくれ】


【支払いコストは毎秒1%ですがよろしいですか?】


 何て大食いなんだコイツ。

 あと23時間も持つわけねえだろ。

 あと4パーだぞ、4秒しかねえじゃねえか。


【ああ、頼む】


 ……だが、俺には選択肢は他にない。


瞬断剣舞オーバーラッシュを展開します。支払いコストは毎秒1%です】


 何かが、枝から放出される。

 それが体中をまとわり着くように伝わっていく。


 全身を包み込んだ途端、羽音や悲鳴や怒号が遠くで起きているような錯覚を起こした。


 うおおおおお!?

 何だこれ!?


 瞬、間、が、長、く、感、じ、る。

 剣に、引っ張られる、ように、俺の体が、自動的に、動き出す。


 視界が急激に狭まり、時間がぶつりぶつりと切り取られ、辺りが静まり返った。

 スローモーションのようにありとあらゆる物の動きが遅くなっていった。

 こちらに顔を向けようとする、ヴィゾとニーズの目線とかち合うが、遅すぎて俺を目で追うことが出来ない。

 バッタが止まっているように見えた。


 無防備なバッタの群れに向かって、レーヴァンテインはとてつもないスピードで襲い掛かった。

 自分で振っている一振りの早さが視認出来ない。

 体がその力に振り回される。


 ぴきりと筋肉は悲鳴を上げる。


 一瞬でバラバラになったバッタの塊が、ゆっくりと弾け飛んでいく。

 それをかき分けるかのように、見えない剣筋は同じことを何度も何度も繰り返す。


 幾重にも重なって感じる斬撃、残撃、惨撃。

 線のような光が幾筋も目の前を通り過ぎ、その度にバッタを打ち砕く。


 だが、持続的な破壊は抵抗となり、握力が保てない。

 全身が引き千切られるかのような痛み。

 過負荷によって、俺の体が限界を訴える。


【待て! ストップだ!】


 しん、と身体から力が急激に失われていくのが分かった。

 急激な停止に慣性が働き、爪が割れる。

 両手に体中の力を使ってそれを押し留めた。


 瞬間、斬り付けられたバッタの破片が広範囲へと飛び散っていった。

 放射線状に広がる衝撃波が他のバッタを巻き込んでいく。

 その光景に破壊音が、遅れて聞こえてくる。


 ――近場一帯のバッタが一掃された。


【0.2秒経過。支払いコストは0.2%です】


 事務的に言うその口調が恨めしく感じる。

 まるでまんべんなく金槌で体を打ち叩き、全身をやすりで削られたようなすさまじい筋肉痛が襲ってきた。

 ブツブツと筋繊維が切れていく音が聞こえる。

 ブルブルと体が勝手に震え、力が入らない。


『強き者! すごいじゃないか! 何やったんだ!』


 ニーズは一帯のバッタが一瞬で駆除されたことを驚いて、俺に尋ねてくる。


『……ぐ、……うっ……』


 間断なく続く体中の痛みは、喋ることを許してくれない。

 息を吸い、吐き出すことすら苦痛に感じる。

 意識を失うことも出来ない鈍い痛みが全身を蝕んだ。


『強き者? おい! 大丈夫かっ!?』


 ニーズは抱き止め、手のひらから暖かい光を俺に灯してくれた。

 ああ、やわらけえ。


 みしみしと音を立てて、体が回復していく。

 優しくて柔らかいニーズに答える前に、確認しなくちゃ。


【……レヴァン、残りのバッタは?】


 痛みから解放されても、不快感は体に残った。

 苛立ち紛れに、長ったらしい名前を省略する。


【レヴァンという名称は登録されていません。登録しますか?】


 ステレオタイプかお前は、一々聞いてくるな。

 こっちはイライラしてんだよ。


【良いから、とっととスキャンしろ】


 付近一帯が一掃されたところで、雲はまだ雲でいつづけていた。

 数が減ったように見えない忌々しいバッタどもの群れに、レヴァンが光線を再度照射した。


【スキャンします。――再スキャンの結果、推計750億匹。残り510億匹を23時間13分以内に駆除してください。残存エネルギーは3.8%です】


 残り510億……。

 ……ちくしょう。この方法じゃ無理だ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ