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出発と寄り道

 色々と大変な堕天が終わった俺たちは、にゅ龍のドラム缶御殿を出て、改めて神殿に戻った。

 龍たちの社会システムは良く分からないが、既に送り出す準備は万端らしい。

 時間にルーズなくせに、こういうことはテキパキと素早いようだ。


 いくつかの物資が積み込まれた、繭のような形の大きな籠の中に入れられる。

 中には医務室のベッドのような素材のソファーがあった。

 籠の壁に沿うように設置されている。

 だが、俺たちは五人もいたため、籠の中はぎゅうぎゅうになった。

 ソファーが大きいため、かえって狭くなっている。


『これ何とかならないの? ちょっと狭すぎるよ』


『文句を言うな。元々、月に一度、一人だけを連れて行くために作られたものだ。替えがないのである。我輩たちにとっても急なため、準備が出来なかったのだ』


 まあ、そりゃそうか。

 一日前だもんな『学園』行きが決まったの。

 いやいや、だったら、出発の時間を遅らせるとかあるだろう。

 龍社会がのんびり社会なのか、せかせか社会なのか分からん。


 万年樹に来た時と同じように、何ともあっけない出発だった。


『では閉めるぞ』


 蓋が閉められた。


 中の素材は何で出来ているのだろう。

 かなりはっきりと外の明かりが半透明に透過する。

 石英か、もしかしたらポリカーボネートのような軽くて丈夫な素材なのだろうか。

 だが恐らく、道具のほとんどが木製の龍社会のことだ。

 何かの樹脂か繊維製なのだろう。


 ふわりとした浮遊感と共に、籠は宙に浮いた。

 五人の重量を乗せた籠は、ぎしぎしと色々なところから不吉な音が聞こえるが、弾力性は強いようだ。


『これから『学園』に行くに当たって何か注意点はないか?』


 地味な生成りの麻で出来たパンツとシャツをさらりと適当に着たヴィゾが、着慣れない服の首元をやたらと気にしながら、俺に聞いてきた。

 こういうヤツを見ているとつくづく思うが、お洒落なヤツがイケメンなんじゃなくて、イケメンがお洒落に見えるってだけなんだよな。

 

 ちなみに俺も着ていたボロボロの制服は脱ぎ捨て、にゅ龍から譲ってもらった綿らしき素材のパンツとシャツを着ている。動きやすいが、少し寒い。

 スマホ等の小物類は流石に捨てられない。感傷だろうが何だろうが、まだ持っていたい。

『レーヴァンテインの枝』も、もちろん持ってきていた。

 かなり大振りのため、背中に背負うしかないのが不恰好だが。


『注意する点か……』


 はっきり言って、服の存在すら知らなかったこいつら元龍たちに、細かい注意点を上げたらきりがない。


「マリア。ヴィゾが『学園』での注意点はないか聞いてる」


 俺はマリアに丸投げをした。

 にゅ龍御殿での堕天の事故後、落ち着いたのか、それとも二人の女の子に服を着せてあげることで敵対的じゃないことを再認識したのか、恐怖感はかなり薄れたようだ。

 マリアは変なものでも見るような目を浮かべながら、俺に言う。


「……注意点って……まずは、この三人の喋り方でしょう……」


 言い終わると、わざわざ言う必要があるの、という顔を作るマリア。


「ああ、そうか」


 どうしたものか。

 龍言語はヒトにとって恐ろしげな意味で聞こえてしまう。


「ちなみに今ヴィゾが言った言葉は何て聞こえたの?」


「のこのこ『学園』にいるものどもに死をくれてやろうか? って言ってた……」


 はあ。まるで悪魔の使いみたいなセリフだな。

 どうやったら、そういう風に聞こえるんだよ。

 一応、『学園』みたいな限定された固有名詞だけは共通項があるな。


『ヴィゾ。リントブルームっていう単語だけを言ってくれ』


『リントブルーム殿下』


 ヴィゾはわざわざ殿下という言葉をつける。

 ややこしいことするな、とは思いつつも素直に指示に従ってくれるのはありがたかった。


「……マリア。何て聞こえた?」


「リントブルーム様? かな?」


 ふむ。


『リント姫。ニーズは実はメスだった驚いた、って言ってみて下さい』


 今度はリント姫に向かって言った。

 彼女はぶかぶかのワンピースを着ていた。

 この世界にマキシスカートというものがあるのかは分からないが、立つとギリギリで足下まで届いてしまうワンピースは、そういう風に見えた。

 子供用の服は小さすぎて入らなかったし、大人用の服はそのサイズしかなかったためだ。

 本人は気にしていないが、胸元がざっくりとしているため、角度によってはきわどい部分が見えてしまう。


『ニーズは実はメスだった驚いた』


「マリア」


「ニーズは破壊を司る者ひれ伏せ、かな。あ、でもでも、何となくそう聞こえるだけだよ」


 うーん。

 そんな自信なさ気にパーフェクトに間違えられてもな。

 限定固有名詞以外は全く共通項がない。

 単語単語を検証する、文化人類学を一からなんて出来るわけねえ。

 そういや、こいつら声帯とかあったのかな。

 今度、ミドガルズに見せてもらうか。


「このヒトたちが本当に元龍だ何て信じられない……」


 マリアはそう言う。俺も同感だ。

 大人しく三匹、いや、三人は壁沿いのソファに座っている。

 マリアを怖がらせないために、会話は最小限だ。

 気を遣っているのが分かる。


『今、この子は何て言ったの?』


 リント姫が俺に尋ねる。


『三人が元龍って信じられないってさ』


『……へえ。そう言ったの。全然分からないよ』


『リント姫には何て聞こえたんですか?』


『リントブルームには「みゅ、にゃみゅにゃあにゅうにゃああにゅうみ」としか聞こえない。良く分かるね、君は』


 子猫かよ。

 確かに子猫の言葉なんて分かるわけがない。……分からないよな?

 生命之書アカシックレコードを消された俺にはどういうわけかヒトの言葉と龍言語が分かる。幸か不幸か、その違いが分からないくらい精通してしまっている。

 もしかしたら、子猫の言葉も分かるかもしれない。おいおいそうだとしたらスゴクねえか……。


「マリア、リント姫って言ってくれ」


「リント姫」


『姫、今のは?』


『にゃんにや。あ、でも、ちょっと甲高い音かも……』


 やべえ。

 こっちは限定固有名詞すらわからねえのか。

 人間が龍言語を聞くと、恐ろしい言葉に聞こえる。

 龍がヒトの言語を聞くと、子猫的な何かに聞こえる。

 確かアメリカ人も日本人が日本語言ってるのを聞くと、むにゃむにゃとしか聞き取れないってコメディ映画が昔あった。

 日本人がメジャーリーガーになった設定のハリウッド映画だ。

 未だに挨拶程度しか、日本語は出てこないよなハリウッドでも。

 ……挨拶か。


「マリア。こんにちわ、ありがとう、はい、いいえって言ってみて」


「こんにちは。ありがとう。はい。いいえ」


『ヴィゾ。今のを出来るだけ真似て復唱してくれ』


 口の中でもごもごとその発声を練習するヴィゾ。

 意を決した真面目な顔つきになり、言った。


『「コ、コニチワ。アリガト。ハイ。イイエ」』


「マリア。今のは?」


「聞こえた! こんにちは、アリガトウ、はい、イイエって聞こえた!」


 うおお。流石ヴィゾ。飲み込みが早い。

 これで行こう。

 まずは簡単な単語を物まねさせて、何とかするしかない。


「コニチワ! アリガト! ハイ! イイエ!」


 ヴィゾがもう一度同じ言葉をドヤ顔で力強く呟く。


「スゴイスゴイ! ちゃんと聞き取れる!」


 マリアが手を叩いて喜ぶ。

 ヴィゾも満更でもなさそうだ。

 素直にその賛辞を受け入れる。


『リントブルームも! ニャニヤア! アリニャア! にゃ! みにゃ!』


 リント姫も負けじとそれに続く。

 やっぱり子猫みたいな感じに聞こえるが……。


「リントブルーム。今宵の。基礎的な。臭い。うじが。……この子スゴイこと言ってる」


 マリアは俺に指示されるまでもなく、どういう風に聞こえたか言った。

 俺にはにゃあにゃあとしか分からなかったが、マリアにはとんでもない言葉で聞こえるらしい。


『オレも! ココココ! アアアア! ハハ! イイイ!』


 今度はニーズだ。

 こいつの服は、色々とぱつっぱつだった。

 細みのパンツにはかなりピチピチの状態でお尻が張り付き、シャツのボタンは柔らかく動く満タンな容量のおかげで弾け飛びそうだった。

 マリアは困り顔でその答合わせをする。


「肉? ココココ? アアアア? 母。胃……かな。せっかく綺麗な顔なのに台無しだね。何言ってるのか全然分かんないよ」


 うーん。ダメか。

 一般的には女の人のほうが言語習得が早いって言うけど、龍となるとそう単純なものでもないらしい。


『ヴィゾ。二人に教えてやってくれ……』


『ふむ。ちょっとコツが掴めて来たぞ。……いや、ヒツジの言語なぞ、たやすいわ』

 

 ノリノリじゃねえか、お前。

 人間のことを虫けらとか言ってたヤツのセリフとは思えない。

 いいですか姫様口と舌をこういう形にするのです、といかにも言葉が話せるヤツが言いそうなことをヴィゾは二人に教授する。


 マリアがいなかったら気付かなかったかもしれない。

 すぐに『学園』とやらに行くわけには行かない。

 こんな状態じゃ馬脚どころか龍脚をあらわしかねん。



 ――――――


 ――――


 ――



『考えてみたら、結構問題山積みなんだよね』


『そうだな。いつもと違うのだから、いつもと違うルートで行くのも当然か』


 俺は途中でミドガルズに声をかけて、籠を地面に降ろしてもらった。

 五人全員が表に出ていた。

 どこかの町にでも寄り道して、少しだけでもヒト社会へと慣れようと提案したのだ。

 言葉は直ぐにはムリだが、金の両替、食事や習慣について、ヴィゾはともかく姫とニーズの服の再調達、必要によっては武器の調達などやることはたくさんあった。

 俺がこの世界のヒト社会を見たいという思いも少なからずあった。

 なにしろマリア以外の人間を見たことすらないのだ。


『これをヒトの使う貨幣へと換金するのか?』


 ミドガルズは金塊の入った箱を取り出す。


『この量はムリだと思うけど……これくらいかな、ちょっと貰っていくよ』


 龍はヒトを『学園』に送る時に、金を費用代わりに渡していた。

 今回もそれの例に漏れず、かなりの量の金塊が用意されていた。

 大きな箱の中には、大小様々なサイズの金の塊が入っていた。

 すげえな、時価総額いくらだよ。

 この世界のヒト社会でも、相変わらずゴールドは価値があるらしい。

 だが、その箱に入った量は色々とやばすぎる。

 俺はレートどころか、この辺りの貨幣の名前すら知らないのだ。

 紛失と諸々のトラブルが怖い。

 全部持っていくわけには行かないだろう。

 なので一部を箱から取り出す。

 金の相場なんて知らないが、これだけあれば当面の資金としては充分だろう。


『ヒトの価値観は分からんな。何でこんな重いだけが能の金属をありがたがるのやら』


『何でだろうな。俺にも良く分からん』


 綺麗な色とか産出量とか錆びないとか加工しやすいとか理由は色々あるのかもしれないが、疑問にも思わなかったその問いに、言われてみれば、答えづらい。


『町に行くにはこの道を進めば良いのだが、我輩の姿が見られるのはまずかろう』


『そうなんだよなあ』


 恐怖の龍様が町に近づいてくるのが見えたら、町は大変な騒ぎになるだろう。

 俺はミドガルズに時間が欲しい旨を伝えた。


『三日で良いのか?』


『分からないことだらけだから、もしかしたらもっと必要かも』


『良かろう。報告ついでに余裕を持って動けるよう許可を貰ってくる』


『忙しい中、色々ありがとう。助かるよ』


『良い。元々は我輩たち龍の問題だ。こちらこそ礼を言う』


『……言うと思ったよ』


 ミドガルズはマジもんの紳士だ。

 コイツだけは何があっても信用できる。


『では、我輩はヒトに見つからんうちに行こう。また、三日後に』


 そう言うミドガルズを見送り、俺たちはいくつかの金塊の入った小箱を持ち、街道を歩いた。



 ――――――


 ――――


 ――



 いたっ。またか。


 街道を歩いている最中、何度も顔に大きな虫が当たってきた。

 一匹を掴み取り、観察する。

 手のひらサイズのそれは、バッタの一種のように見えた。

 しかしデカいバッタだな。黒いしトゲトゲしている。

 俺から逃げようとキシキシと硬い甲殻の関節を鳴らし、口の辺りがにちにちしていて気持ち悪い。

 異世界バッタは、凶悪な人相してるなあ。

 ポイッと道の端に捨てる。

 ぶうんと低音の羽音を立てて、虫はいずこかに飛んでいった。


 それにしても暑いな。


 さっきまで上空を飛んでいたせいで気付かなかったが、季節は夏らしい。

 抜けるような青空の下、太陽熱がさんさんと降り注ぐ。

 薄着でよかったと思う反面、強烈な日差しが肌に痛い。


 街道は色々な場所に俺たちを導いてくれた。

 実り多くなることが予想できる緑色の青麦畑が広がっている。土地が豊かな証拠だろう。

 風に乗った青臭い麦の瑞々しい香りがふんわりと鼻をくすぐる。

 俺にとっては文明の香りに思えた。

 畑があるということは、誰かが近くで管理しているのだろう。

 あぜ道には美しい真っ赤な花が咲き乱れ、無味乾燥な街道を飾っていた。

 マリアはあの花はモグラ避けの効果があるの花と根っこに毒があってね、と解説してくれたが、ヒト社会の存在を実感していた俺は正直あまり聞いていなかった。

 さらさらと流れる小川は、真夏の暑さを静かに癒してくれた。


 それは、ちょうどあぜ道が終わり、森の中に続く道でのことだった。

 日陰が太陽光をさえぎり、一時の清涼感を与えてくれた。

 蝉の声が大合唱で聞こえる中、小さな悲鳴が聞こえる。


 《いたいいたい! たすけて! たすけて!》


 何か、聞こえる。小さい声だ。


「何か聞こえないか?」


「え? 何も聞こえないよ」


 隣を歩くマリアに伝えるが、特に何も聞こえないようだ。

 ニーズとリント姫にねだられ、発音について何度も口の形を見せていた。

 人間の姿なら、言葉を介しなくても、意思疎通はある程度は可能みたいだな。

 かしましいなんて言葉が示すとおり、三人娘は手振り身振りでコミュニケーションを取っている。

 笑顔がほほえましい、仲良くなったものだ。


 《たすけてええ!》


 やっぱり聞こえるぞ。気になってきた。


「マリア、ちょっと一緒に来てくれ」


「え? うん。分かった」


『三人とも、先に行っててくれ』


『何だ? 厠か。こっちは大丈夫だ。行って来い』


 今度はヴィゾの指導により、リント姫とニーズは、「こんにちは、ありがとう、はい、いいえ」という言葉を連呼していた。

 この調子なら三人だけにしても大丈夫だろう。


 少し慣れたとはいえ、マリアを一人にするのは不安だったこともある。

 マリアと森の中に入って行った。


 確か、この辺りから聞こえて――ああ、あれか。


 暗くなった森の中で、一匹のケモノが罠に掛かっていたのだ。

 イタチだろうか? 子犬ぐらいのサイズのそいつは悲鳴を上げながら助けを求めていた。

 金属製の半円状の二枚歯で出来た罠が閉じられて、重なった部分に足が挟まれている。

 しきりに鳴き声をあげて、ガチャガチャと罠を外そうと噛み付いたり、引っ張ったりしていたが、堅牢な金属の歯はがっちりと後ろ足に食い込み逃げることが出来ない。

 挟まれている部分からは血がにじみ出ていた。


 ……まさか、本当に分かるとはなあ……


 《ああ! やめて! こないで!》


 俺の姿を認めた、罠にかかったそいつは叫び声を上げる。


 《大丈夫だ。俺の言葉分かるか?》


 優しく声をかけた。目線はかなり下の方に向ける。

 ひょろりとした尻尾には毛がなかった。

 イタチじゃない。ネズミだな。

 ネズミ語まで分かるなんて……。


 《わかる! ころさないで!》


 《そんなことしないよ。大人しくしてくれ》


 《大人しくするから。ころさないで! きいい!》


 きいきいと鳴き声をあげる。悲鳴のようにも聞こえた。

 埒が明かない。

 半円状の重なった部分に手を掛ける。

 そのネズミは一層ぎゃあぎゃあ叫んだ。

 ギリギリとバネ部が悲鳴を上げるが、ぐいっと力をこめるとあっけないほど簡単に金属が弾け飛んだ。


 ネズミは罠から解放してやると静かになった。

 きょとんとしたつぶらな瞳をこちらに向けて、逃げもせず俺に尋ねる。


 《……ころさないの? ニンゲンはぼくたちをころすのがすきなんじゃないの?》


 《殺さないよ。これからは罠に気をつけろよ》


 《きをつける! ありがとう!》


 ネズミとしてはかなり大きい部類だった。

 ハムスターのような薄茶色の毛皮を着た、目がまん丸でどこか愛嬌のある顔だった。

 ヒクヒクと鼻を動かしながらお礼を言った行儀正しいネズミは、ひょこひょこと後ろ足を引きずり、あっという間に森の中に消えて行った。


「何をするのかと思えば。もしかしてアナタ、ネズミの言葉も分かるの?」


「どうもそうみたいだ」


 めちゃくちゃだな、マジで。

 でも、これ、牛とかブタの声が分かったらご飯どうすんだ。

 ……いいや、深く考えるのは止めとこう。


 罠があるということは、人家が近いのだろう。

 町はもう、すぐそこだ。

 俺たちは森を出て急いで姫たちに合流した。


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