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龍社会の常識と人間社会の非常識

 龍が人間の姿に変化することを、ここ龍社会では堕天という。

 龍はヒトのことをヒツジと呼んだり、時には虫けらなどと呼ぶ。


 ある朝目覚めると自分が巨大な毒虫になっていたことに気付いたグレゴール・ザムザの悲劇は、もはや語る必要もないだろう。

 人間が虫になるなどという恐ろしい物語を描いた20世紀を代表する作家である著者フランツ・カフカはその心中にどんな変身願望を持っていたのか。

 今となっては推測するほか無い。


 だが、顔面が血だらけの俺は今、それを知りたかった。


『ねえ! 堕天出来てるのか、ちゃんと確認してよ! わあ。尻尾が無いの変な感じ。リントブルームなのに、リントブルームじゃないみたい』


『姫様、ちゃんと人間になっています……オレはそう思います。強き者、姫様もこうおっしゃっている。きちんと確認してあげておくれ。相方の頼みだ』


『貴様。姫様のご確認がまだ残っているのに何を休んでいるのだ。おい、どうした? 大丈夫か?』


『ヒヒヒッ! おヒメ様方、スゴクお似合いですよ! イイナイイナ。やっぱり写生しちゃダメなの? ボクのコレクションの中に加えたいのに?』


 奇声を上げながら俺をぶん殴ったマリアは、口元を抑えてまたもや叫びだす準備をしようとしていた。


 今の状況はとんでもないものだ。

 もしかしたら、今まで一番ぶっ飛んだ状況かもしれない。

 出血多量で貧血になりながらも必死にこの状況を何とかしようと考えを巡らせる。


 一刻も早く、何とかしないと……。

 俺は手に持ったブツを握り、元龍に飛び掛ろうとした。


「何するつもりなのっ!?」


 再度、マリアの平手が俺の頬にめり込んだ。

 ……誤解だ。



 ――――――


 ――――


 ――



 話は少し遡る。


 神殿のような王座の間がある建物から、俺たちは移動していた。

 人間は俺とマリア。

 龍はミドガルズと、ニーズと、姫龍と、ヴィゾだ。


 俺はマリアを優しく抱きながら、ミドガルズの背中に乗っていた。

 コイツには本当に世話になった。

 これからしばらく会えなくなるのかと思うと悲しい。


『堕天は良くない風習と龍社会では捉えられているのだ。なので、町外れの特殊な儀式加工をする専門の業者に頼む。人間好きの変わった龍らしいから、気をつけろ』


 特に解説を頼まなくても、俺に説明をしてくれる龍はそう語る。


『……俺も一応人間なんだけど……』


『ああ、いや、誤解するな、そう意味ではない。人間の造形が好きで、粘土で出来たそういう物を集めたり、作っているらしいのだ。ヒトを保護動物として認識している我輩たちからすると、いつ本物に手を出さんかと冷や冷やしておるのだ』


『それは偏見だよ。俺の友達にもフィギュアって言われる人間の形をしたおもちゃを集めているヤツいるから別に変じゃないと思うよ』


 ……残念ながら、名前すら思えだせないが。

 俺の記憶は元に戻るんだろうな。

 心配だ。


『左様か。だが、人間が人間型を集めるのではなく、龍が人間型を集めているのだぞ』


『そういうことね。大丈夫。そいつも龍型のフィギュアとか持っているから。同じようなもんだろ』


『う、うむ、そうか』


 ミドガルズは納得していない感じの返事をする。

 合点がいっているのかいないのか分からない。


『龍にも色んなヤツがいるんだな』


 自称神の少女に送り込まれて、龍がいるような世界に来た俺は大抵のことでは動じなくなっていた。

 龍の中にだって良いヤツはいるし悪いヤツだっているだろう。

 おかしな趣味を持つ者がいても何にも不思議じゃない。


 龍が賑わう街中を抜けて、段々と家屋が少なくなり、まったく無くなった所をさらに進むと、目指す建物があった。

 巨大なドラム缶のような物を積み上げた形であることを認識した俺は、その見知らぬ龍がどんなヤツなのか想像できなかった。



 ――――――


 ――――


 ――



『ヤッ!? ヤヤヤ!? これは殿下様がた! ボク何にも悪いことはしていませんよ!』


 かなり独特な風体の龍だった。

 俺の知っている龍は、黒光る全身から自信を発散させる、いかにもパワフルな外見をしていた。

 例えこの場に居る最も小さい姫龍であっても、幼さを感じるのは言葉遣いと行動くらいで、何も知らずに相対すれば俺はすくみ上がるだろう。

 しかし、その怪しげな建物から出てきた龍は、細い鼻面にメガネらしき輪っかをかけた、全身が斑のように白くなっている、一風変わった龍だった。

 俺がこれまで見てきた龍は、大体が紺に近い黒色で、一部に白い部分がある程度だったが、そいつは、白の面積がかなり大きかった。

 牙は小さすぎて、まるでひょっとこのような口になっている。

 細い指の先端にある爪は削り取られたように、丸く滑らかだった。

 しかも、言動がかなり特殊だ。


『ホントに何にも悪いことはしてませんよ。棚とか棚とか棚にも何にも入ってませんよ!』


 棚を見ろってことで良いんだよな?

 そう思った俺は勝手にその龍の建物に侵入しようとミドガルズの陰から抜け出した。


『こらニンゲン! 何やってるんだ入っちゃダメだって……アッ!? アア!? ニンゲン!? 本物っ!? 君、コッチおいで。チッチッチ。ヨシヨシいいコだあ。ほらコッチおいでよっ?』


 うおおお、めちゃくちゃ怖い動きで近づいてくる!

 何なんだその体の柔らかさは!?

 関節どうなってんだよ!?


 にゅるにゅるとまるで軟体動物のように体をくねらせて、俺に近づいてくる龍。

 動きに予想がつかなすぎて不気味すぎる。


『ほらこのカエルちゃんあげるから。ほーらいいコだ。コッチ、コッチだよ』


『……何のためにそんな物を手に入れたのだ?』


 ミドガルズは威厳を放ち、その干からびたカエルを持つにゅるにゅ龍に向かって尋ねた。

 俺に猫なで声を上げていた、にゅ龍は震え上がり、言い訳を始める。


『そりゃニンゲンを捕まえるエサ用として……イヤ! ……違うんです! ニンゲンを捕まえて飼ってみたいだけなんです! 違います! 飼って生のニンゲンのリアルな動きを見たかったんです! アア、違うんです!』


『どうにもいかんな。そういう考え方は』


『ボクだってニンゲン飼いたいんです! アッ違います。ホントは飼いたいけど、違うんです!』


 二転も三転もしながら、けっつまづき話す、にゅ龍。

 全く起き上がる会話構成ではない、倒れっぱなしだ。

 特殊な動きはかなり不気味だったが、その正直すぎる言葉から何となく敵意を感じられなかったので、俺は助け舟を出した。


『なあミドガルズ。もうその辺にしといて中に入らせてもらわないか? 立ち話もなんだしさ』


『――ッ!? 喋った!? ニンゲンが喋った!? ワア。どういうこと!? ネエネエ、殿下!? コレどういうことなのっ!?』


 にゅるにゅるの顔がミドガルズと俺の間で高速で動きまくり、不気味度も高速で上昇して行った。

 何なんだコイツ。



 ――――――


 ――――


 ――



『――ということで、この者たちの堕天を依頼したい』


『ヨヨ、喜んで!』


 ミドガルズは、お忍びであることを強調し、事の経緯をほとんど省いて要点を言った。

 それでも少しも嫌な顔をせず、にゅ龍は何度も首を縦に振った。

 良いヤツなのかな?


『殿下。お願いがアルんですけど』


『費用か? 心配せずともそちらの言い分で支払う』


『イヤイヤイヤ。そんなことじゃなくて、デッサンを取ってもいいですか。写生です写生。せっかく堕天するなら残しておきたいんです。観賞用と保存用と布教用のために三枚』


 お前のことちょっとでも見直した俺がアホだったよ。


『……却下させてもらおう』


『ナンデナンデいいじゃないですか!? ボクが生のニンゲン見る機会なんてほとんどないんですよ! ボク弱すぎて、ニンゲンに会ってもボコボコにされちゃうんですよ!?』


『我輩たちは内密でここに来たと言ったであろう』


『ケチ! ケチケチケチ! ああ、これはごブレイをスミマセン。ホントはケチって思ってるけど、スミマセンでした』


 にゅ龍は文字通りにゅるりと頭を垂らし、平身低頭した。

 言葉が示すとおり、全く反省しているように見えない。


『そんなことを言っていいのか? ……あの棚の中には何が入っておるのだ?』


『何にもはいってません! 棚の中にはニンゲンのものなんて何にも入ってません!』


 今まであった中でも最高に正直な龍だ、コイツ。

 よしよし、棚の中を見ればいいんだな?


『ダメだって。ニンゲン。ほぉらカエルちゃんだぞぉ。これあげるから棚あけちゃダメ! 棚に登らないでっ!』


 いらねえよ。

 誰だ人間がカエル好きなんていいだしたヤツは。


 にゅ龍はミドガルズに向き直り、懇願しだした。


『殿下! この通り! お願いします! 何なら特別な情報サービスしますから。この情報ないと人間社会じゃ、変人に思われてメンドーですよ! 堕天した龍は、大体これですぐにバレちゃうんです! ああ、タイヘンだ。この情報がナイとタイヘンだ! 前にそれで失敗した龍たくさん知ってるよボク! アア、この情報とってもタイセツだなあ!』


 ちらちらとミドガルズを見る、にゅ龍。

 あざとすぎだ。


『その心配はいらぬ。ほら、そこの人間は既に龍言語を習得しており、姫様のエスコート役をかって出ているのだ』


『ああ、しまった! そうだった喋れるんだ! スゴイ! ズルイ! スゴイズルイ! ネエネエ、カエルちゃんいるぅ?』


 騒がしいなあ。

 俺は隣に横たえたマリアを見ながらそう思った。


『なあ、ニーズ』


 俺は、傍らで顔を引く付かせながら大人しく座っているニーズに、問いかけた。


『何だ? 強き者』


 この騒がしい交渉中に少しでも注意を逸らしてくれるだろう言葉に飛びついた法龍ニーズは、嬉しそうに俺に返答を返す。


『マリアがまだ起きないみたいなんだけど、結構時間経ってないか』


『オレが丸二日かかるようにしたからな。やっぱりオレのメガスは強力だ。お前も認めたとおり、俺のメガスが良く効いている様だ』


『二日か。じゃあそろそろ起きるな』


『そうだ。しかし、まだ二日しかたっていないのか。オレと強き者が会ってから随分経つように思えるが』


『全くだ』


 この二日間は色んなことがありすぎだ。

 ニーズの言いたいことも分かる。


『……オレはお前と会えて本当に良かったと思っている。強き者よ』


『何だよ急に』


『オレは龍より強い生き物を見た事がない。貴重な経験をさせてもらった』


 そうかも知れないな。

 俺もこの世界に来るまでは人間以外の生物または剣と話をしたことがない。


『……元来、戦いにおいて爪龍と法龍は二で一とする。爪や牙で闘うのが上手い爪龍と、メガスを使うのが上手い法龍は常に寄り添い、お互いを庇いあうのだ』


 ほおお。

 なるほど、相棒みたいなものか。

 そういや最初にバトった時、爪龍が二匹と法龍が二匹だったな。

 近接戦闘担当の爪龍と、それを魔法補佐する法龍って感じか。

 おお、理にかなっているぞ。


『だが、今はオレだけだ。オレはその任を解かれ、今は姫様の警護の任を任されているからな……』


『ニーズの相方はどういうヤツだったんだ?』


 確か、一番最初に磔にした爪龍だ。

 悪いことしたな、ホント。


『ガンドレー様か。あの方は実直で強い気高い龍だ。ちょっとばかり頑固なところがあるが、オレは知っている、それもまた一流の印だ。オレと違って、あの方ならまた直ぐに良い法龍が見つかるだろう……』


 ニーズは悲しい顔をした。

 まるで餌を取り上げられた犬の様に、体中がしょんぼりとなる。

 そりゃ相方組んでいた龍が他のヤツと組むのに嫉妬する気持ちは分からなくもないが、そこまで落ち込まなくてもいいだろうに。


『まあ、そう悲観するなよ。そうだ? 俺がその相方になってやる』


『ほ、本当か!? 強き者ぐらい強ければ、こっちからお願いしたいぐらいだ。本当は流石のオレも挫けかかっていたのだ。でもオレ、そんな不安がなくなった』


 きらきらと輝く顔をずいっと近づけて、ニーズは嬉しそうに言った。


『ああ、いいぞ』


 頑張って姫様の言語学習をさせようぜ。

 俺は机にへばりつく姫龍をムチを持って勉強させている法龍ニーズを想像して噴き出した。

 何となく、勉強させるより、勉強しなくちゃいけない龍はニーズのほうだと思ったからだ。

 こいつ結構天然入ってるからなあ。

 語学を勉強しなくちゃいけないのはお前もなんだぞ?


『お前、分かってるんだろうな? 遊びじゃないんだぞ?』


『分かっている。オレは分かっているぞ』


 鼻息で前に並んだどデカイコップが倒れるんじゃないかと言う位、ニーズは明らかに興奮していた。

 絶対、この『分かった』は分かってない時の『分かった』だ。

 ぶるぶると肩をいからせ、力強く呟くニーズに、『力を抜けよ、な?』という意味で背伸びをし、ぽんぽんと優しく肩を叩くと、ニーズは驚きながらも嬉しそうに頷いた。

 ちょうどその場所は、黒い鱗の中でも人間にとって唯一はっきりと個体差が分かる、体の部分が白くなっている場所だった。


 そんなほんわかした雰囲気の中で突然、悲鳴が飛び出した。

 交渉中のミドガルズと、にゅ龍も驚いてその方向を見る。

 にゅ龍は、またもにゅるにゅるしながら向かっていこうとしたが、それをミドガルズが羽交い絞めにして止めた。


 その悲鳴は直ぐに収まった。

 むしろ、自分で無理やり押さえ込んだ感じだ。


「あ、あああ。申し訳ありません。お、大声を上げてしまって。驚いてしまい……」


 全身をガクガクと痙攣させながら、マリアは言った。

 あ、違う。正確には、マリアじゃない少女が言った。


「か、覚悟は、出来ております。ひ、一思いに……ガブリ、と」


「……マリア。おい、こっちを見ろ」


 名前をどうこう気にしている場合ではない。

 尋常ではない取り乱し方だ。

 潤んだ黒目があっちへ行ったりこっちへ行ったりフルフルしていて、視点が定まっていない。


「な、なによ。もういいでしょ? ……心が壊れちゃいそう」


「安心しろ。家へ帰れるぞ」


 俺も釣られて興奮しそうになるが出来るだけ落ち着き、マリアの顔を両手で掴んで固定し無理やり目を合わせ、はっきりそう言った。


「………………え?」


 俺は万年樹に来てからの詳細をマリアに聞かせた。

 決闘の相手がヴィゾであることも伝えた。


 ヴィゾは人間が龍言語を理解できないことを知っており、口を一つも開かない状態で、マリアに俺が勝ったことを証明した。


 俺にひれ伏したのだ。


 これにはその場にいた全員が驚いた。

 ヴィゾは意味ありげな視線を俺に寄越したが、ふん、と鼻息一つ上げてまた元の位置に座りなおした。


 その様子から、龍が俺たちに敵意を抱いていないことをやっと信じたマリアは、周りにいる大人しくしている龍たちを恐る恐る見る。

 皆、気を遣ってくれて一言も発しなかったが、うなずく仕草を見せる。

 にゅ龍も興味津々の目を向けるが、ミドガルズに口元を覆われジタバタする程度で済んでいた。


「ほんっ本当なの?」


 マリアは、顔を赤らめ、体中の気が抜けたようにぺたりとその場に崩れた。


「ああ、本当だっ」


 マリアはうれし涙を流し、わんわんと泣き続けた。

 何故か姫龍とニーズも泣いていた。

 もらい泣きかよ龍のくせに。


 もちろん俺も泣いていた。



 ――――――


 ――――


 ――



「――う、ひっ。うう。ひん。……ふっ、ふっ、う……うん」


 しゃっくり上げの無限連鎖からようやく解き放たれたマリアは、何度も辺りを見回して、俺に言う。


「……ごめんね。アナタのこと嘘つきって言っちゃって」


「いいんだ、マリア。俺もあんな異常な状況じゃ、正しいほうを選ぶなんて出来ないから」


 マリアの背中をさすりながら、落ち着かせる。


「あのね、今更なんだけど、私の名前、マリアじゃないのよ?」


 そうだったんだよな。

 俺たちはお互いに自己紹介もするヒマがなかったんだ。


「ああ、知ってる」


 俺は落ち着いたことを確認し、会話するためにマリアから少し離れた。

 あっ、とマリアはそれを惜しがるようにこぼしたが、何とか笑顔を作る。


「うん……うふふ。私たちお互いの名前も知らないのね」


 泣き顔を見られるのは恥ずかしいのだろう。

 顔を赤らめながら、頬に手をやり、隠すような仕草をした。


「そうなんだよ。おかしいよな。……最後になったけど、名前を教えてくれ」


 マリアは解放され、家に帰れる。

 そうしたらお別れだ。

 やっと当初の目的に辿り着くことが出来た。

 長かったなあ。


「最後ってどういうこと? ……アナタも帰れるんでしょ?」


 心底意外そうな顔をしてマリアは俺に尋ねてきた。

 説明したはずだが。

 ああ、決闘自由は教えたが、それで俺が着いて行く事が分からなかったんだな。

 確かに少しややこしい。


「俺は、コイツら龍と『学園』に行く。今はそのための準備をしているんだ」


「ちょっと待ってよ。龍様と対決したのは、龍様が『学園』に行くことについてでしょ?」


「でもコイツら龍言語しか知らないから、俺が一緒に行ってやらなきゃ」


「何でそこまでしなきゃいけないの? アナタにも帰る場所があるんでしょ?」


「……うん。多分ね」


 生命之書アカシックレコードを消された俺は、頭の中と持ち物が改ざんされ、俺に関する情報が消されているのだ。

 そのため、自分が帰るべき場所がどこかも分からない。


「多分って何よ。自分が住んでた場所も分からないって言うの?」


「うん」


「うんって何よ」


「……自分が住んでた場所も分からないし、自分が誰かも分からないんだ」


「え? ええ? どういうこと?」


「俺はこの世界の人間じゃない。日本って場所から来たはずなんだ。だけど、それ以上のことが思い出せない。住んでた場所も……親も……友達も」


「……」


「持ち物にあったはずのそれらしき形跡も無くなってたんだ。だから、コイツら龍に付いて行くことしか、俺はやることがない」


「友達なら私がいるじゃない!」


「……ああ、そうだな、ごめん」


 そうだよな。

 俺たちもう友達だよな。


 マリアは顔中に怒りマークをつけて、手をブンブン振り回し、俺に当てた。

 ポカポカ叩くが、痛くない。


「何よ! カッコつけちゃって。人助けしといて済んだらポイって。アナタはやっぱり女泣かせだわ!」


「人助けされてる側の意見とは思えないぞ?」


 もっとも、龍たちはマリアを傷つけるつもりなん最初からなかったんだから、人助けというよりも誤解を解いただけだ。

 誤解もあれくらいネジくれてしまうと、それを解くのも大変だ。

 大変だったなあ。


 だが、俺のそんな思いをよそに、マリアは怒りながら叫ぶ。


「だったらどうしたって言うの!? アホ、バカ、オタンコナス!」


「なんちゅうボキャブラリーのなさ、だ。……俺たち前もこんなこと言ってたな」


「嫌い。アナタのことがだいっきらい」


「あっそ」


「アナタなんか一生女の子と付き合えないんだから……」


 あの祭壇の上で言われたな、こんなこと。

 酷いこというよなあ。

 もしかしたらこんな俺にだって酔狂な誰かが付き合ってくれるかもしれないじゃないか。


 マリアは、怒り顔をみるみるすぼめ、真面目な顔でその続きを言った。


「……だから……私も『学園』に行くわ」


「え? どういう意味だそれ?」


「私だって知らないわよ。でももう決めたの。私も『学園』に行ってアナタたちのサポートしてあげる」


「いやいや。おかしいだろ。だって家に帰れるんだぞ? お母さんが心配しているんだろ? お花屋さんになる夢があるんだろう?」


 マリアには実家を継いで花屋になるという夢があるのだ。

 俺に付き合ってその夢への寄り道をする必要なんてない。


「……いいの。大丈夫だから。命の恩人を放って置けるわけないでしょ」


「何度も話したけど、元々命を取られる様なことじゃなかったんだ。恩人どころか引っ掻き回してるだけかもしれないんだぞ。大体、生贄っていうのは人間が勝手にそう言っているだけで、実際は『学園』にいてちゃんと生きているんだよ」


「じゃあ、私が『学園』に行くことだって、元々よ」


「そりゃあ、そうかもしれないけど」


「じゃあそうしましょ……ね?」


「大変なことになるかもしれないぞ?」


「いいのよ。その時はどこかの女泣かせに泣きつくから」


「……なんだよそれ。じゃあ一緒に行くか」


 俺たちは笑いあった。

 マリアの笑顔は、輝いて見えた。

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