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土下座する神

 いきなりの土下座だった。


「もうしわけありませんでしたぁあああ!」


 どこだ、ここ?

 あんまり急すぎる展開に頭が全くついて来ない。


 どこまでも続く地平線が見えた。

 なにごとで、ここはどこなのだろうか。

 石ころ一つ転がっていない地面と真っ青な空しか無い、だだっ広いそこには、俺とその少女がいた。

 この事態を説明できる物は何一つ存在しない。


 少女は地面にこすり付けるように頭を下げ、ぴっちりとした姿勢で小さく丸まっている。

 何なんだこの状況は……。

 

 中学生くらいの年齢だろうか。

 小さくて薄い背中に黒髪がさらりと流れる。

 こんなか弱そうな少女にあまり強い物言いは出来ない。


「……分かるように説明してくれるかな?」


 ワケが分からなかったが、取りあえず現状把握をするにはこの少女に聞くしかあるまい。

 俺みたいな男が、見知らぬ少女に語りかけるにはそういう態度で臨む以外ないだろう。

 にっこりと笑いかけ、子猫をあやすように優しく声をかけた。

 大丈夫だよ、怖くないよー。


 その言葉と怒ってないアピールが効いたのか、少女は勢い良く顔を上げるとドヤ顔で俺にこう言った。


「わらわは神じゃ」


「だから分かるように説明しろっつってんだろ!」


 理不尽過ぎるその顔と言葉に、反射的に怒鳴り声を上げてしまった。


「ああ、ごめんなさいい」


 怒鳴り声を聞き慌てた彼女は、巻き戻しのようにまた元通りのきっちり土下座の姿勢に戻る。

 恐る恐る顔を上げ、俺の顔を伺い、「ううんと」と声を絞り出す準備をする。

 神の威厳など一ミクロンもない。信じられるか。

 ってかいきなり出てきて自分は神様って言う方が悪いんだよ。

 痛い女の子だなあ。


「えっと。……あの、あのですね。わらわたちの言葉・声・霊体を基に魂のキャンバスに書き記されている生命之書アカシックレコードって言うのがあるんです」


「うん。あんまり唐突過ぎて全く意味が分からないけど、説明しようと言う心意気は分かる。偉いぞ」


 よーしよし。アカシックレコードね。……完璧に理解不能だ。

 だが、ここから何らかの謎が解決されるわけだな。まずは、そちらの言い分を聞こうじゃないか。

 どうせここには俺とこの少女しかいない。ましてや明らかに年下の少女だ。いたいけな少女に怒鳴ってしまった負い目もある。

 大人になれ。こんな謝る気全開の少女を怖がらせてどうする。

 意思の疎通は、重要だよな。相互理解って美しいよね。

 土下座をしている方と、されている方。歩み寄りの精神は、態度的にも状況的にも、されている方がするべきだろう。

 そうぼんやり考えると、何とかこんな状況でも気分が落ち着いてきた。


 少女は俺の褒め言葉を聞き、ぱあっと顔がにこやかになり、続きを話し始める。


「その書にはヒツジ……えーっと人間が、どんなカルマを犯したとか、これからどうなるのかっていうことが全て書かれているんです。これは逃れられないんです。そういう風にあなた方を作りましたから。DNAってありますよね。それは体の設計図ですが、魂の設計図が生命之書になります」


「うん。聞いたことあるような話かな」


 ふむふむ。DNA。聞いたことある単語だ。

 体にDNA何て言う設計図があるなら、魂にもアカシックレコードって設計図があるってわけね。


「生命之書は魂の設計図ですから、DNA上でどんな人間になるよう脳や体が作られても、強制的にその通りに従うようにプログラムされているんです。例えば、ホントはあなたたちヒ……人間っていうのは、メガスとかサイキックとかモーゼとか余裕で使えるんですけど、わらわたちのコントロール化に置かせてもらうためにリミッターとして掛けられている面もあります。都合のいい話に聞こえるかもしれませんけど……」


 メガス? モーゼ? 

 何やらわけの分からん単語が出てきた。

 ちょっとお兄さん君の話についていけなくなってきたよ?


「うん。ごめんね。話をさえぎるようでゴメンなんだけど、そのメガスって魔法ってことでいいのかな?」


 少女の顔が曇る。

 何言ってんだコイツ的な表情を俺に全力でぶつける。


「ま……魔法ですか? いや? え? うん……と。いえ、そうです。大体そんな感じで合ってます? ……ああ、でもワケが分からなくなると、わらわお話できなくなっちゃうんでちょっと黙ってくれますか? 土下座しといてこんなこというのアレなんですけど……」


 ワケが分かんねえのはこっちだ、と再度怒鳴りつけたい気持ちをぐっと堪える。

 いやいや、大人になるって決めたばかりだ。取りあえず、話は聞こう。

 自分たちの管理下におくために、魔法? メガス? を人間に使えなくしてるわけね、神様たちは。

 そうだよな。神様ってそういう自己中なところあるよな。あるある、旧約聖書でも、ギリシャ神話でも、日本神話でも全然珍しくないし。

 まずはこの痛さ百点満点の少女を理解しないきゃ。

 お兄さんの俺はそういう風に自分をごまかす。


「……まあ、いいよ。話を続けて」


 俺のうちに秘めたる葛藤などお構い無しに、その自称神の女の子は「よかったじゃあつづけまーす」と笑顔に戻り、更に続きを話す。


「だから、そういう風に生き辛くしている代わりに、わらわたちは何日も徹夜してその人の人生のシナリオを一生懸命書いているんです。それはもう大変なんです」


「うん。そういうのが使えないから生き辛いって思ったこと無いから、大丈夫。大変な仕事なんだね」


 使えないものを本当は使えますゴメンなさい、と言われたところで何一つ怒る要素がない。

 現状把握は話の続きに任せることにして、分からない単語の回収は諦めた。

 同調したからなのか話を促されて調子に乗ったのか、段々と興奮して語気が強くなって「そうなんですもうほんとにたいへんなんですよ」と嬉しそうに言い、少女は話しを続ける。


「でも何人もの神が集まって、何日も一緒になってジェネシスしてるとイデアが近くなってくるじゃないですか。そりゃわらわたちはまだまだ若いし心も体も持て余してますから、共同作業してればイデアも段々近くなってきますよね。分かりますよ。分かりますけどやりすぎると周りが気にしてくるんです。それで最近、クロノス君とホーラちゃんがエロースだよねみたいな話がメガミの間でちょっと出てたんですよ」


「うん?」


 なにいってんだコイツ? 友達の話か?

 いや、話は聞くよ? でも分かるように言ってくれるかな? お願いだから――。


「だからわらわたちはそんなこといけないよ神同士でくっついたらお父様にイカロスされちゃうよ、って言ってあげるためにアルマゲドンになってすぐにゴルゴダに呼び出したんです。オラクルのつもりだったんですよ。二人を思ってこその純粋なオラクルですよ。でもクロノス君って最近サタンたちとも遊んだりしてるってミトラちゃんが言い出してから話がこじれちゃって。そうしたら二人ともハレルヤみたいになっちゃって、じゃあもういい辞めるよって。でも止めたんですよ。流石にそれはマズイからって。でも二人とももう意地になっちゃって、絶対ヤダ、マジでルシファーするわとか言っちゃって――」


 その時の状況を思い出しているのか、彼女は握りこぶしをブンブン振り回し、感情的になっていった。

 ぺらぺら喋りながら顔を真っ赤にする仕草は萌えんでもないが、今は結構真面目な話してんだよな?

 お前神様なんだろ?

 もっと落ち着いて話してくれっ!

 何が何だか分からないにもほどがある!

 神々のギョーカイ用語なんて分かるわけねえ!


「ちょ、ちょっと待って。言ってることがなに一つ分かんないんだ。つまり、どういうことなの?」


「ええっと。一言で言うと、貴方の生命之書アカシックレコードが消えました」


 さっき言ってたのはアカシックレコード=人生のシナリオってことだよな。

 例えば、コイツの言うことを信じるとして……。

 ……え? それが消えた……?


「は? はああぁああ!? 俺の人生が消えたってこと!?」


「ごめんなさい!」


 ぺこっと土下座する自称神の少女。


 ふ、ざ、け、ん、なぁぁぁあああ!

 なんだそれっ!?

 俺の人生そんなに軽いのっ!?

 土下座すりゃ何でも許されるわけ!?


「ほ、他の神とかいうやつらはどこにいんだよっ!」


 前述の通り、ここには俺と自称神の女の子しかいない。

 話を丸々信じるならば、他にも当事者がいるはずだろう。

 俺たち二人しかいないってどういうことだよ!


「わらわが言いだしっぺなんだから、ジーザスしてこいって。でもホントにわらわじゃないんですよ。わらわ、その時アークしに行ってたから絶対違うって言ってるのに――」


「そんな意味不明などうでも良いこと聞いてねえよ! どうすんだ俺の人生!」


「だからこうやってジーザスしてるんじゃないですか!」


「話にならねえ! おい。そのお父様っての呼んで来い!」


「お、お父様ですか?」


「そうだ。責任者だろ。そいつ」


「それだけは……どうか……イカロスされちゃいます。……そうだ! 貴方、アスガルズに行きませんか! そうしましょう!」


「アスガルズ?」


「そうです。そうです。ああ、なんだ。こんな簡単な方法があったじゃない」


 如何にもいいことを思いつきました、みたいな顔されても全く納得なんて出来ない。

 こっちは被害者だぞ。ちゃんと説明責任を果たせ。

 もう中学生だろうが何だろうが、見た目なんかには丸め込まれねえぞ。


「……おい……人の人生台無しにしておいて何なんだその軽いノリは」


「いいじゃないですかあ。どうせ彼女いない暦年齢のダヴィンチなんでしょ? このマリアホリックめ」


「う、ううう、うるせえ!」


 今までと同じく意味は分からなかったが、その声色は明らかに馬鹿にしてることだけは分かった。


「はい。アーメン。ああ良かった!」


「ちょ、ちょ、ちょっと――」


 待て、と言う言葉を出す前に俺の意識はぷつりと途切れた。



 ――――――――


 ――――――


 ――――


 ――



「……ふざけんなっ!」


「きゃあ」


 きゃあ?


 何だか柔らかい感触と硫黄のような臭いを感じ、目を開けると超越的に可愛らしい女の子がいた。

 くりっとしたうるうるな大きなブラウンの瞳と、子鹿を思わせる小刻みに震える仕草があまりに可愛すぎた。

 眉の上で切り揃えられた黒いうねり一つない直毛の髪が、さらさらとおでこの上で揺れる。

 小さなあごが輪郭を柔らかく結ぶ。

 頬はピンクに染まり、上気しているように見えた。

 驚きから口元に手を当てて、おずおずと俺に語りかける。


「き、気が付いた?」


「ええと、ここは……」


 ……今度はどこだよ?


 起き上がり、辺りを見回す。

 先ほどの慇懃無礼少女と俺しかいないだだっ広い空間とは打って変わって、随分と薄暗い所だった。

 木造の粗末な物見やぐらのような場所に寝転んでいたようだ。

 四方が天然の壁が広がるため日が差さない。辺りは薄暗く、その割りに妙に熱気のある場所だ。蒸気が至るところから噴出していて、それが臭いの元なのだろう。

 どこかで嗅いだ事のある臭い。……温泉? そうだ。温泉の臭いに似ている。


 膝枕をしてくれていただろう女の子は、機能美しか求めていない質素な白装束の裾を直し、こう言った。


「ここは祭壇よ。……アナタも生贄、なの?」


 イケニエ?

 今、生贄って言ったよなこの子。

 生贄って何だよと、聞き返そうと思ったその時、ごごごごとした凄まじい地鳴りと、ビリビリした空気の振動が感じられる。


 発生源と思しき物はすぐに確認できた。

 はるか上空に五匹の巨大な物体がいたからだ。

 一目見ただけで、その恐ろしさで身体がすくむ。

 生贄何て言う物騒な言葉。何に対しての?

 一々聞き返さなくても理解出来る存在感を放っていたからだ。


 翼を広げ、大空を優雅に飛ぶ姿。

 どでかい牙と爪、太い尻尾、色濃くギラつく鱗。

 ゲームで言えば終盤のほうに出てくる龍そのものだ。

 他に当てはまる言葉を俺は知らない。


 古来より人は天災を龍という空想上の生き物にして例えた。

 つまり、どうにも出来ない恐ろしい物を、龍は具現化したものだ。

 そしてその想像通りのものが、今、俺たちの頭上を飛び交っている。


 おいおい、冗談じゃねえぞ。何だあの化け物は。

 背中に冷や汗がどっと流れる。

 体温がさっと下がり、強制的に体が震えだす。

 

 自称神の痛い発言じゃなかったのか、さっきのやり取りは。


 やばい。やばいやばい。あんなもんどうしろってんだ。

 生贄? イケニエ? 嘘だろ……おい。

 同じ言葉を何度も反芻して恐怖で頭が一杯になる。


「……あの、大丈夫? 月に一人のはずなのに何でアナタはここにいるの?」


 ぷるぷるした子鹿もどきは俺の青くなった顔を見つめて、そう聞く。


「……全然状況が把握できない……いや……自分のあまりの境遇に嘆いている、いや……ちょっと待ってくれ……マジかよ……」


 洒落になってねえぞ。

 さっきまでのふざけた状況なんかじゃねえぞ。

 命の危機だ。

 これは現実なのか?


 頭の整理が全く追いつかない。恐怖と混乱が現実逃避を促す。

 自分の現状が直視できない。

 目覚めたら龍のイケニエ? 何だそれ……。


「まあ……それは大変だったわね。でも……もうじき楽になれるわ」


 俺の言葉に対して疑問を抱かず、はるか上空にいる龍を見上げながら、その子は言った。

 諦めきった表情からどういう意味だか確認しなくたって分かる。


「……そんな物騒なこと言うなよ……頼むから」


「なぜ? だって私たちが食べられることによって、龍様は一月も村を襲わないのよ。それって……素敵なことじゃない」


「…………」


「私なんかが村にいても、何の役にも立たないもの。でも、痛いのはちょっと怖いかな」


 本心から言っているとしたら、生贄としては正しいのかもしれない。

 いきなりこんな場所なんぞに前知識無しで放り出された俺も大概かわいそうだが、この子はそうじゃない。

 理屈をつけて無理やり耐えようとしている。

 その我慢を堪えて、生贄辛くないもん、と強がっているのは見え見えだ。


 じゃあ、何で声が震えてんだよ。

 手のひらで必死に隠そうとしている指先が見えてるんだっての。


「……じゃねえよ」


「ああ。でも、一度でいいから、王都のケーキ、食べてみたかったなあ」


「強がってんじゃねえよっ!」


 彼女は大げさにビクリと体を弾かせ、口を閉ざした。

 涙が目元にぶわっとせり上がり、決壊寸前だ。


「もうすぐ……食われちまうんだろう……そんな時くらい泣いても、良いんじゃないか?」


 うう、と喉から搾り出すような声の後、彼女は泣き出した。

 わんわんと一しきり泣き、やがて話し出した。


「せっかく、決心、したの、に。うう。ぐすっ。どうして、そういうこと、うう、言うの?」


「俺が怖いからだ」


 口元を引き締め、短く音を発した。

 声が震えているのを懸命に抑える。

 目頭には無意識に水分がたまる。

 正直に言うと、俺の方こそ相当ビビッていた。

 見知らぬ世界に連れて来られて、いきなり見せ付けられたのは龍なんていうラスボスクラスのモンスターだ。

 むしろ強がっているのは俺だ。


 だが、可愛い女の子の前でくらい格好付けられなきゃ男としてダメだろう。

 達観して諦めたフリをして、自分を誤魔化す女の子を泣かせてあげるのは優しさだろう。

 現実逃避の一手段として、俺はそういう選択をした。


「最っ低よ、女の子、泣かして、この、女泣かせ」


「まさにその通りだな」


「アホ、バカ、オタンコナス!」


「なんちゅうボキャブラリーのなさだ。大体オタンコナスってどういう意味だ?」


「嫌い。アナタのことがだいっきらいって意味よ!」


「あっそ」


 生まれて初めて女の子に「だいっきらい」なんて言われたぞ。


「アナタなんて一生女の子と付き合えないんだから!」


 ひでえ、そこまで言うことはないだろ。


「ここで食われちまえばそうかもしれないなあ。はあ……童貞のまま死ぬのかあ」


 童貞ダヴィンチってそういう意味だろ、畜生。


「えっ!? 一回も無いの?」


「あ、今までの低次元な暴言よりよっぽど効いた」


「ご、ごめんなさい……」


「謝るなよ……俺のことよりも、そっちはどうなんだよ」


「龍様に選ばれるくらいよ。あるわけないでしょう?」


「龍様とやらも処女厨マリアホリックなのか。笑えるな。案外、龍様も童貞なんじゃないか」


 よし。下らない言い争いのおかげで手の震えがだいぶ収まってきた。

 ……やってやるぞ。タダで食われてなんかやらねえ……。


 マリア様もいることだし、強がりでも何でも良い、いっちょ最後の悪あがきをするか。

 現実逃避の手段として、俺はそういう選択をした。

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