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07 移り変わり

 公爵邸から出て、その後は来たときと同じように馬車に乗せられて宿近くまで送ってもらった。本当は歩いて宿まで戻ると言ったのだが、泊まって欲しいと言う公爵にこれでもどうにか譲歩してもらった結果なのである。

 そして宿まで戻ってみると、宿の周りが何やら騒がしいのである。何だろうと様子を伺っていると、その集団の一人がエステルたちに気付いた。

「あ!勇者様だ!」

 その集団はどうやらこの町の町民のようで、エステルが戸惑っているうちに彼らには自分たちの正体が分かってしまっているようだった。確かに先ほどの食堂でのやり取りを思い出してみれば、エステルが勇者であることが広まってしまうのも時間の問題であったのだろう。


「え?」

「――エステル。俺の後ろに」

 そうしているうちにあっという間に町民たちに囲まれたエステルとシルヴェストは彼らの雰囲気に飲まれてしまいそうである。

「確かなのか?」

「そうだよ!牡鹿の角亭で公爵様のとこの執事が言ってたんだ」

「あんなに若い娘さんがねぇ」

「うちの娘と大して変わらないじゃないか」

 勝手気ままにそんなことを言い放ちながらシルヴェストの後ろに隠されたエステルをまじまじと見ている。そんな遠慮のない視線に晒されていると、集団の中の一人が思い出したように声を上げた。

「そうだ!勇者様、お願いがあるんです」

「いーや!俺の方が先だ!」

「待っておくれよ。うちの方が困っているいるんだから」

 ついには町民たちで言い争いを始めてしまいそうな雰囲気だ。ここで勇者と名乗ってしまうのは簡単だ。だが、そうするとこの騒ぎは収まるどころか今よりも広がってしまうだろう。そんな困りきったエステルとシルヴェストの前に現れたのは一人の男だった。


「おっと!悪いが、この娘は俺の従兄妹で勇者様なんかじゃねーぞ」

 そう言ってエステルたちと町民たちの間に入ったのは、先ほど牡鹿の角亭で隣り合わせた口髭の若い男だった。口髭が生えているのと、くすんだ鳶色の髪色のせいで老けた印象に見えたが、よく見れば肌も若いし、皺一つもない。恐らくシルヴェストと同年代だろうと思われる青年である。

 青年にはおどけるように笑みを浮かべると、すんなりとエステルと町人たちの間に入って話を始めた。

「誰かと思ったらローランじゃないか。何だって?この娘さん、勇者様じゃないのかい?」

「ああ。似た年頃と背格好だしな。何せ、こんな時勢に若い娘が旅するなんてそうそうあることじゃないからな。間違われてもおかしくはないが。俺の母さんの姉さんの娘だよ。田舎の母さんから頼まれものをして、わざわざ兄妹で届けに来てくれたんだよ。――な?」

 ローランと呼ばれた男はそう言って、エステルを見た。その顔には話を合わせろと分かりやすく書かれているようだった。

「……はい!そうなんです。勇者様だなんて言われて、本当に驚いてしまって。私たちは従兄妹を訪ねて来ただけで。ねぇ、兄さん?」

「ああ。そうだ。勇者なんて一体何のことなのかさっぱり。母さんに言われてリキュロスまで来てみれば、突然妹が勇者だなんて言われて」

「……と、言うわけだ。残念だながら勇者様はまだ王都にでもいるんじゃねーか?お前らもいつまでも人を頼ってねーで、自分で何とかしろよ。――もう、時代は変わったんだ」

 ローランの言葉に合わせるように頷くと、シルヴェストもエステルの言葉と同じように続けて頷いた。そしてローランは集まっていた人たちに向かって少し呆れたような顔で言うと、私たちに荷物を持って来るように言ってその場を後にした。


 しばらく彼の後に着いて歩いていくと、彼はどんどん寂れた方へ向かって歩いていく。彼は着いて来るように言ったが、一体どこに連れて行くつもりなのだろう。今のエステルには剣が使えなくとも、隣にはシルヴェストが居る。彼が居れば普通の人間なんて大した恐怖でもないが、それでも寂れた方へ連れて行かれるのは少し心証が良くない。

「あの。ローランさん」

「いや、ローランで良い。お嬢さん」

「エステルです。そしてこちらがシルヴェスト。先ほどはありがとうございました」

「いや。こっちこそ食事をご馳走になってるからな。そのお礼。牡丹焼きなんて滅多に食べねーから、良いもん食わせてもらったよ」

 ようやくローランに声をかけたものの、何て切り出していいのか分からない。何て言おうかと考えあぐねていると、彼はにこりと笑って立ち止まった。

「いえいえ。こちらこそご迷惑をおかけしましたので。ええと、それで……」

「はは。一体どこに連れて行く気だと思ってたんだろ?ここだよ。俺が今世話になってるとこだ」

 そう言って彼が立ち止まったのは町外れの小さな神殿だった。神殿とは名ばかりのぼろぼろの建物。屋根の一番上にある棟部分に神殿を現す星を模った飾りがあることで、ようやくこの建物が神殿であると分かる程度である。

「ここは……神殿ですか?」

「ああ。まぁ、そうなんだが――っと」

「ローランおかえりー!」

 隙間風が容赦なく入りそうな木戸を開けて外に飛び出して来たのは、エステルの腰ほどの背丈の子供たちだった。子供たちは一斉に飛び出して来たかと思うと、ローランの腰に纏わりつくように抱きついた。ローランはそんな子供たちを邪魔そうにするでもなく、にこにこと笑みを浮かべて頭を撫でている。


「神殿でもある、だな。――俺は少しお客さんと話さないといけねーから、ちょっと他で遊んどけ」

「えー。仕方ないなぁ。ローラン、一つ貸しだからね!」

「おう。悪いな。エステル、シルヴェスト。狭いところだが今日はここに泊まっていくといい。騒がしい宿屋よりかはマシだろうよ」

 子供たちとローランは気心の知れた様子でそんな風に笑って、子供たちは散り散りに分かれて遊び始めた。そんな子供たちを見る視線はとても優しい。いくら町外れにある小さな神殿とは言え、子供たちだけがぱっと見えただけで十人ほど。ここは神殿というよりも――。


「お気遣いありがとうございます。あの子供たちは……」

「見ての通り、ここは孤児院だ。流行り病だけじゃなく、魔物に親を殺された子供も多い。今はまだ余裕のある時代じゃねーからな。残念ながらこうやって孤児院に連れられてくる子供は少なくない。……ま、それでもここに連れて来てもらえただけあいつらは幸せな方だろうよ」

 ローランはそう言って悲しそうに目を伏せる。


 前の旅の道中、エステルは自身の瞳を通して様々なものを見てきた。廃墟の村、親を求めて泣く子供、弱りきって起き上がることもできない老人。

 誰でもが自分の身内が一番大事だ。親を亡くし、身よりもない他所の子供を守ってやろう、助けてやろうと思える人間がどれほどいるだろうか。それが自分にとって余裕があるときであるならばまだしも、あの頃はそういう場合ではなかったのだ。きっと自分の命、家族の命を守ることで精一杯だった人が多いだろう。

「私に……できることはありますか?」

「言ったろ。もう時代は変わったんだ。俺らが自分で何とかしなくちゃなんねーよ。お嬢さんにはお嬢さんの人生があるっつーわけよ」

 そう言ってローランはエステルを安心させるように優しく目元を細めた。

 エステルは魔王を倒した。そして、そのことによって増え続けていた魔物は減り、今では町にまで魔物が襲ってくることは少ない。大方の司令塔レベルの魔物はほとんどいなくなったはずだ。

 そういう物理的な恐怖、危機は確かに少なくなった。


 しかし、たとえ魔物がいなくなろうとも、魔物やそれらが齎した病気などによって失ったものは多い。

 今、ここで楽しそうに笑い声を上げている子供たちもその一人だ。親を亡くし、頼るものを失った子供たちはどれほどの心の傷を抱えていることだろう。

「……あの!子供たちと一緒に遊んでも良いですか?」

「ん?そりゃあ、あいつらは大喜びだろうよ」

「そうですか。シルヴェスト!ほら、シルヴェストも行きますよ!」

「……俺もなのか」

「当然です。最近鈍っているのではないですか?きっと丁度良い運動になりますよ」

 そう言ってエステルがシルヴェストの手を取ると、彼は嫌そうなことを言いながらも軽々とエステルに引っ張られているのだ。ローランはそんなエステルたちを楽しげに見ていたかと思うと、すぐに二人の後を追ってくる。


「よーし!シルヴェストが鬼な!おーい!お前ら、逃げろー!」

「は!?ああ、もう。仕方ない……!」

 ローランはエステルの肩にトンと手を置いて無邪気に言ったかと思うと、エステルを引っ張って走り出す。それにつられるように、近くで遊んでいた子供たちも一斉に楽しげな声を上げて逃げ始めた。そしてそんな子供たちの様子を見て、シルヴェストは一つため息を吐いたかと思うと、彼も同じように走り始めたのだった。

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