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06 公爵家別邸

 エステルたちが連れて行かれたのはやはりブランシャール公爵の屋敷であった。リキュロスの町の中心部に堂々と構えたそれは、エステルの実家が何棟も納まってしまいそうな大きさである。ここまで来る道中見えた街並みはどこもまだ傷跡を残しているというのに、この屋敷に関してはそんな様子もあまり見えない。強いて言うならば、植物に元気がないように見えたくらいだろう。

 馬車の中で執事が言うには、彼らの本当の屋敷は王都にあるそうなので、こちらにあるものは別荘的なものなのだそうだ。だが、それにしてもかなり大きい。これが本当の屋敷でないにしろ、エステルにとっては大きい屋敷と大きすぎる屋敷という違いしか分からないだろうとぼんやりと思った。

「では、こちらへどうぞ。――旦那様。勇者様方をお連れ致しました」

 屋敷に着くと、エステルたちは小柄な執事に連れられて屋敷の奥に進んでいく。そして執事が一階奥の大きな扉の前で止まった。屋敷に入ってから一番大きなこの扉は意匠にも凝っており、蔓の模様がぐるりと扉の向こうに告げるとメイドがゆっくりと扉を開けた。


「おお!勇者様!それにシルヴェスト殿も。ようこそ、我が屋敷へ。勇者様には先日の夜会でもご挨拶をさせていただきましたが、改めまして。アルマン・ブランシャールでございます。どうぞ、お見知り置きを」

「シルヴェスト・アングラードです。先日はご挨拶に伺うことができず、申し訳ございませんでした」

「いやいや。大丈夫だよ。あの日は人も多かったからね。私も勇者様にご挨拶することができてラッキーだったよ」

 扉を開けると、そこはワイン色のふかふかの絨毯が敷かれた応接室であった。部屋の中心にはソファーセット、そして壁には恐らくブランシャール公爵であろう、金髪の男性の姿が描かれた絵画が飾られている。そしてその部屋の中心にこの屋敷の主が居た。

 部屋に入って来たエステルたちを見て、彼はにっこりと目元を下げて歓迎している。シルヴェストとも気さくに話すその姿は優しげな初老の男性そのものだ。


「ブランシャール公爵。お変わりないご様子で。今日はお招きいただきまして、ありがとうございます。それで、ええと……」

「立ち話もなんですから、どうぞごゆっくりお掛けになってください。ああ、そうだ!勇者様は甘いものはお好きですかな?」

「え?あ、はい」

「それなら良かった。今日は久しぶりに甘いものを作らせたのです。この家には女性がいないので、こうやって誰かをお招きしないと食べる機会がないものでね」

 彼のそんな様子を伺いながら、挨拶の言葉をどうにか返すが続きが出てこない。そんなエステルを見て、ブランシャール公爵は茶目っ気たっぷりとにっこり笑みを深めた。

 エステルたちにソファを勧めると、自身もその向かいの席に座る。そして近くに居た執事に指示を出すと、あっという間にソファ前のローテーブルはお茶会のようになっている。目の前には彩りの良いジャムで飾られた一口サイズの焼き菓子に食べやすい大きさのサンドイッチ、そして良い香りの漂うお茶。それらはどれもエステルたちの食欲をそそるには十分すぎるくらいのものだ。何しろ、先ほどの執事の来訪でエステルたちは昼食抜きの状態であるのだから。


「何だか、こんなにもてなしていただいて恐縮です」

「いやいや、良いんですよ。さぁ、どうぞ召し上がってください。こうやって勇者様が我が屋敷を訪れてくださっただなんて、友人たちに良い自慢話となりますからな」

「いえ、そんな……。それと、私は今は勇者ではないのでエステルと名を呼んでいただいてかまいません」

 にこりと笑うブランシャール公爵に曖昧に笑って返して、とりあえずお茶に口を付けた。さすが公爵家で使われているお茶は渋みなんてものが全くなくて、爽やかにお茶の甘い香りがする。高級なものにはあまり縁がない生活であるが、このお茶は一口飲んだだけで自分が知るお茶とは違うことが分かる。

「そうですか?それでは、失礼して名前を呼ばせていただきます。……そうそう。そういえば、エステル様は今シルヴェスト殿と旅行中でいらっしゃるとか。差し支えなければ、目的地をお聞きしても?」

「旅行だなんて大層なものではなくて、私の里帰りついでにあちこちを見てみようと思っているだけなんです」

「ほう。そうなんですか」

 ブランシャール公爵はそう返事をすると、何か一人で考えているように顎に手を置いて頷いている。シルヴェストの顔を見れば、無表情のまま座っていてお茶にすら手を付けていない。シルヴェストもこの突然の屋敷訪問にあまり気分が良くない様子だ。むしろ、早く帰りたいと顔に書いているような気がするくらいである。


「あの、こちらへ来る時に執事さんに公爵からお話があると伺ったのですが……?」

「ああ!そうなのです。実は折り入って、エステル様にお話がありましてな」

「……はい。何でしょう?」

「少々お待ちくださいますかな。――カミーユをこちらに」

 何となく、嫌な予感がする。しかし、聞かなければ帰れない、そんな空気なのだ。そして心の中でため息を吐きながら意を決して公爵に聞いてみれば、彼は待ってましたとばかりに瞳を輝かせて執事に誰かを呼んで来るように申し付けた。


 そして待つこと少し。


 持っていたカップの中のお茶が冷めるよりも早く、先ほどの執事が一人の青年を連れて戻ってきた。目に飛び込んで来たのは公爵よりも少し明るい金の色。背丈は公爵よりも高く、適度に鍛えられた身体に細身の緑のジャケットがよく似合っていた。

「エステル様。これは私の息子、カミーユでございます」

「初めまして。エステルです」

「カミーユ・ブランシャールだ」

 目の前の彼は間違いなく公爵の息子その人であろうと思う程度には顔が似ている。特に少し下がった目元のあたりは公爵の若かりし頃を想像させるのに十分だった。だが、穏やかな笑みを浮かべているブランシャール公爵とは違い、彼の表情は固い。僅かに眉の間に寄った縦皺は彼が不機嫌であることを分かりやすく表していた。


「話と言うのは、エステル様。我が息子と結婚していただけませんかな?」

「……はい?」


 嫌な予感ほど当たるというのは誰が言っていただろう。母だったのか、父だったのか、それとも他の誰かだったのか。だが、とりあえず今は誰でも良い。

 目の前には不機嫌な顔をしたカミーユ、そして横には大きなため息を隠すこともしなかったシルヴェスト。そしてこの状況に思考回路が着いていかずに固まるエステル。向かいにはこの場で一人だけきらきらと瞳を輝かせているブランシャール公爵、という状態である。

「いやー。こんなにめでたい話はありませんな!先日、陛下に我が息子とエステル様の結婚を薦めていただきましてまして。こんなに素晴らしいことはないと、二言もなく頷きました」

「あの?」

「陛下も本来は王子の誰かにと考えていたようですが、丁度良い年頃の男子がおりませんでな。しかし、息子はまだ結婚も婚約もしていない、そして年も二十三と丁度いい。どうでしょう?我が息子ながら、そう容姿も悪くはないと思うのです」


 やはり目の前にはにこにこ顔の初老の男。何度瞬きしてみても、夢から覚める様子はない。エステルが左手の甲を右手で思いっきり抓ってみても、景色は変わらないのでやはりこれは現実のようである。


 確かに現在、王子の中にエステルと似たような年頃の男性はいない。次の王になるであろう、第一王子はエステルよりも一回りは上で、妃どころかご子息も生まれているはずだ。そして第二王子はそれよりは年下であったが、妃はいらっしゃるはず。第三王子はと言うと、まだ十になったばかりくらいの年頃だと聞いた覚えがある。王族と言えど、重婚を認められていない我が国の制度では王子たちでは結婚できる人はいない。

 それらを考えると、確かに彼が言うように目の前にいる子息は確かに丁度良い年頃なのだろう。エステルが二十であるから、三つ上の彼は年齢差的にも良いのかもしれない。


「――公爵。大変申し訳ありませんが、突然そのように言われましても、エステルが混乱しております」

「うむ。確かに突然でありましたな。そうだ。若い二人で話してみるのも良いだろう。本邸には劣りますが、庭も自慢でしてな。カミーユ!エステル様をエスコートしてさしあげるのだ」

 そこへ助け舟を出したのがシルヴェストだった。よく見ると、眉の間には皺が寄っていて、彼もまた不機嫌であるような様子。こんな騒ぎに巻き込んで申し訳ないと心の中で謝って、エステルもとりあえず言葉を濁してこの場を去ろうと口を開きかけたその時。

 シルヴェストの言葉に引くどころか乗っかったのはやはりブランシャール公爵その人であった。

「え?いや、その!」

「……エステル様、お手を失礼致します」

 先ほどまでに不機嫌な顔をしていたはずのカミーユが颯爽とエステルの手を引いて応接間を出た。そしてあっという間に屋敷の庭に連れ出されてしまったのである。


 確かに屋敷の庭は見事だ。きちんと手入れが行き届いていて、伸びたままになっている庭木はないし、季節の花が庭を彩っている。無機質なくらいに整えられた庭は美しいと言えるのだろう。

「ええと、お庭、綺麗ですね」

「――父が失礼した」

 重い空気に耐え切れず、とりあえず庭を褒める言葉を出してみれば横の彼は俯いたまま頭を下げた。

「え?いえ!驚きましたが、謝られるほどでは……」

「それでも、ご迷惑をお掛けしている。……そう言えば、エステル様とシルヴェスト殿は恋仲か何かでいらっしゃるのか?」

「こっ……!いえ!そういう関係ではありません!」

「そうか……。実は、折り入って貴女に頼みがある」

「頼み、ですか?」


 彼の突然の問いに驚いて彼を見れば、彼は真剣な顔でエステルを見ている。それは決死の告白でもするかのような表情で、思わず視線を逸らしてしまいたいのに、逸らせない、そんな表情だった。


「この話を貴女から断ってもらえないだろうか?」

「私からですか?」

「理由あって、私は誰とも結婚するつもりはない。しかし、陛下の薦めの結婚とあっては私には断ることができないのだ。その点、貴女からであれば父も陛下も文句は言えないだろう」

「そうですね。陛下も私の事は縛ることはできないでしょうから。私の方からお断りさせていただきます」

 確かに彼が言うことは尤もだろう。貴族である彼にとって、王はある意味絶対の存在だ。一応は血縁の関係であるとは言え、彼がそれを断ることなんてできない。

 しかしその点、エステルは陛下の薦めであろうとも断ることも容易い。爵位を与えるという申し出は断ったので、今でも身分は平民であるが、それでもエステルに頼みごとはできたとしても命令をすることはできない。世界を救った元勇者という肩書きはこういう時には便利なものである。

 ともあれ、エステルにとっても彼の申し出は有難いものだった。


「……理由は聞かなくて良いのか?」

「はい。言えるようなことでしたら、もうお話してくださっているでしょうから」

「恩に着る」

「いえ。実は私もカミーユ様が乗り気でなくて助かったと思っていますから」

 そう言って悪戯めいた顔で笑うと、彼もようやくほっとしたように小さく笑みを零したのだった。

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