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05 鳥の羽根と牡鹿の角

 部屋に荷物を置くと、二人で宿屋を出た。宿屋を出る前に受付をしてくれた宿の娘、シリルにおすすめの場所などは調査済みである。

「シルヴェスト様は食べ物の好き嫌いは無かったですよね?」

「ああ。特にないが……様?」

「ああ!ええっと、ちょっとした言い間違いじゃないですか。そこに食い付かないで下さいよ!」

 シリルに書いてもらったメモを見ながらシルヴェストに声を掛けたら、うっかり敬称を付けて呼んでしまったらしい。シルヴェストはそこを聞き流すでもなく、怪訝そうな顔で聞き返してきた。

 エステルはシルヴェストに様付けなんかしないのだったと思い出して慌てて誤魔化すように捲くし立てた。彼はエステルの旅の仲間。今は“元”であるが、たとえシルヴェストが騎士であろうとも仲間に様付けなんてしたらおかしい。やはり今までは自分の身体に戻ったばかりということもあって、気を張っていたこともあり勇者のエステルになりきれていたのだろう。自分のことを勇者だと見る人が多い、城から離れて少し気が緩み始めていたのかもしれない。気を引き締めなければと自分に言い聞かせる。

「そうか」

「そうです。――あ!本屋さんがありますね」

「せっかくだから覗いていくか」

「是非!」

 はっきりとシルヴェストに頷くも、先ほど言い間違えが恥ずかしくて何となくシルヴェストの顔を見ることができない。そのまままっすぐに前を見ていると、本屋のマーク――鳥の羽の栞が書かれている看板が目に留まった。


「いらっしゃい」

「少し見させてください」

「どうぞ、ごゆっくり」

 初老の店主に声を掛けて、店の中を眺める。


「わぁ!懐かしい。この本、実家にあったんですよ。あ、続きもあるなんて知らなかった」

「本、好きなのか?」

「はい。父が若い頃、都会で研究をしていたとかで田舎なのに実家には本がいっぱいあるんです。私には難しくて読めないものも多かったんですけどね」

 古く小さな本屋には壁という壁の隅から隅までが本で埋め尽くされていて、エステルには難しい言葉や知らない単語もたくさんあった。魔物に荒らされた時期もあったというのに、こうやってたくさんの本が残されているなんて嬉しいことである。そんな本屋の中にいると思わず顔に笑みが浮かぶのが分かった。

 書店の中はまるで父の書斎の本棚のようで、古ぼけた紙とインクの匂いがとても懐かしい。昼食を食べた後、明るい光が差し込む窓の傍に本を持って行って、父が何か書き物をしている音を聞きながら弟と一緒に本のページを捲る。知らない言葉や分からないことがあれば、父に聞けば何だって教えてくれた。没頭して本を読んでいると、母が呆れながらもお茶を入れて持ってきてくれて、あれは確かにエステルの幸せな時間だっただろう。


「エステルを見ていると育ちが良いのかと思っていたが、研究者?それは凄いな」

「育ちが良いだなんて、いえいえ!研究者って言っても、ほとんどそれでは食べていけなかったらしいです。研究者という名の討伐隊の魔法使いなんですよ。魔物を討伐しては稼いだお金のほとんどを本に費やしていたとか。でもそこで剣士として参加していた母と知り合ったんですって」

 エステルは驚いた顔のシルヴェストを見てくすりと笑った。

 研究者と言うと、まるで凄い人のように聞こえてしまうのがおかしかった。確かに賢者の塔にいるような魔法使いたちであればそうなのであろうが、エステルの父は残念ながらそうではなかった。魔法の才は普通の人よりも優れていたが、それだけで衣食住を支えていけるほどの成果を上げられることはなかった。そのため、お金がなくなると田舎で魔物の討伐隊に参加してその報奨金を得ていたのだと言う。


 討伐隊とは、町や街道に現れる魔物を集団で討伐する組織のことだ。定期的に人が通る場所や町の近くに現れる魔物を掃討するのである。そうすることで人々は安全に暮らすことができるというわけだ。

 その討伐隊は町ごとに組織されることが多いが、それのほとんどが民間の人によって行われている。ほとんどの騎士は王都や国にとって重要な町を守るもので、その他の重要でない町は自力で何とかするしかないからだ。しかし危険であるために、報奨金は他の仕事に比べて時間の割りに多くもらえる。そのため腕に自信がある人であれば、参加するメリットも大きい。

「ほう。母君は剣士をしていたのか」

「母君だなんて、母はそんなお上品なものではないですよ。何と言うか、豪胆な人なんです。我が家は父が穏やかな人なので対照的な夫婦で。シルヴェストのご両親はどんな方なんですか?」


 それは何気なく聞いた、軽い世間話のつもりだった。

 今までの旅でも雑談をすることは多かったが、家族のことについて触れることは少なかった。聖女であるイザベルは生まれてすぐに両親から離されて神殿で育っているというのは有名な話だ。そんな彼女に気を遣う、という側面もあって今まで家族の話に関しては何となく触れにくかったのだろう。


「俺の両親、か。よくある貴族の夫婦そのままだ。自分の保身ばかりに捉われている父と、ドレスと茶会のことにしか興味がない母。騎士団長の座を蹴ったら、勘当するんだそうだ」

「シルヴェスト、それは……私のせい、ですね」

「そういう顔をするな。俺は感謝しているんだ。もうあれらの顔を見なくていいのだから」

 エステルについて来るなんてことがなければ、シルヴェストは今頃騎士団長になっていたはず。そうであれば、両親に勘当されることもなかったはずなのだ。エステルが落ち込んだ顔をしてしまっていたのだろう。そんなエステルを見て、シルヴェストは本当にそう思っているかのように目元を緩めて微笑んだ。

「でも」

「いいんだ。俺には兄がいて、俺が一人いなくなろうが家族は困らない。元々、貴族の息子が騎士団に入るなんて体の良い厄介払いみたいなものなんだ」

 シルヴェストの表情を見る限り、本当に気にしている様子もない。

 人間一人一人が違うように、親が親であるから必ずしも子供から慕われるような親であるとは言い切れない。その家族の中でしか分からないような、そんな何かがあったりすることもあるだろう。

 それでも、親からどうでも良いなんていうような扱いをされて傷付かないとは言い切れるだろうか。元々そのような空気があったのだとしても、その最後の引き金を引かせてしまったのは勇者ではない。――エステルだ。


「……私には、シルヴェストが必要です」

「え?」

「今の私にはシルヴェストが必要です。どうかこれからも手助けをしていただけますか?」

「……もちろん。――ああ、そうだ。この本買うか?」

 頷いたシルヴェストは照れを隠すように話を変えた。手に持っていたのは、先ほど懐かしんだ実家にあった本の続編である。確かに読みたいし、欲しい。

「でも、旅はまだ長いですから。荷物になるので次回来た時にします」

「そうか」

「はい。……と、あまり冷やかしをしていてはいけませんね。出ましょうか」

「ああ」

 そうこう話しているうちに結構な時間が経ってしまった。あまり本屋で長居をすると、迷惑になってしまう。店主に礼を言うと、店の外に出た。


「本当におなか空きましたね。付き合わせてしまってすみません。シリルさんに聞いたお店、近くにあるみたいなんで行ってみませんか?」

「ああ」

 そう話して、シリルにもらったメモを見て店を探す。メモには、看板になっている牡鹿の角が目印と書かれている。それを見て、上を見ながら町を歩くとその看板はすぐに目に入って来た。

 確かに看板には牡鹿の角がまるでフォークのようなモチーフになって描かれていた。入り口の扉から中を覗けば、入り口を入ってすぐの場所に牡鹿の凛々しい角が飾られている。ここで間違いは無さそうだ。


「牡鹿の角亭、これですね」

「ふむ。良い匂いがする。さすがに腹が減ったな」

「ふふ。入りましょう。――すみません!二人なんですが、座れますか?」

「はいよ!そこの窓際の席に座っとくれ」

 中に声を掛けると、店の中はほとんど満席で座席が埋まっている。言われたように窓際の空いていた場所に座ると、少しして料理屋の女将だろうと思われる恰幅の良い女性がやって来た。

「お客さんたち、ここらでは見ない顔だね?旅行か何かかい?」

「ああ。リキュロスには久しぶりに来たんだが、何かおすすめはあるか?」

「旅行ができるなんて、本当に平和になったもんだよ。これも勇者様々だね。うちのおすすめは日替わりスープと……あとは牡丹焼きだよ。うちの猪肉は旦那が獲ってきてるから新鮮で臭みがなくておいしいんだ。合わせて400アトロだよ」

「じゃあ、それを二人分もらえるか?」

「はい!ちょっと待ってておくれね」

 シルヴェストが注文すると、女将はにっこり笑って厨房へ消えた。そして女将が居なくなると、隣の席にちょうどやって来た口髭の男性が興味深そうな顔で声を掛けてきた。自衛団か何かに入っているのか、彼は逞しい身体に簡易的な甲冑のようなものを身に纏っている。


「へー。お兄さん、旅行なのか。どこから来たんだ?」

「ああ、ええと……」

「リキュロスに来る前は王都を見て来たんです」

 言葉に詰まったシルヴェストを見て、エステルが変わりに返事を返した。

「王都!今、勇者様一行がいるんだろ?見たか?」

「残念ながら勇者様は見てなくって」

「そうか。残念だな。そういや、勇者様ってお嬢さんくらいの若い娘さんらしいな。いやー、すごいもんだよ。全く」

「……本当、そうですね」

 エステルは男性の言葉に曖昧に笑って頷いた。勇者という言葉が示すのはエステルのことだ。でも、それはエステルのことじゃなくてどこまでも他人事のようにしか聞こえない。


 その時。


 窓の外に、この料理屋とは少し雰囲気の合わない豪華な装飾が施された一台の馬車が停まった。艶のある紺色に塗られた馬車の扉部分には見覚えのある金のマークが見える。

 そしてその馬車からは一人の男が降りてきた。年齢はエステルの父よりも少し上くらいの中年。大きくない背には少し似合わない、長めの丈の執事服を着ている。


「――エステル」

「はい。――あの、まだ注文されていませんよね?私たち出なくていけなくなったので、頼んだ料理を食べていただけませんか?お代は私が出しますので」

「え?でも、それは……」

 隣の男性が驚いたようにエステルを見た時だった。

 そう重くはない扉が、ばたん、とまるで壊れそうなほどに大きな音を立てて開かれたのである。


「――全く、なんて小汚い店だ!」


 扉を開けて早々に文句を言ったかと思うと、執事服を身に纏った男がエステルたちのテーブル目掛けてまっすぐに歩いてきた。

「……おお!勇者様!それに騎士様も!リキュロスにいらっしゃったのであれば、いらしゃって下されば良いのに!旦那様がお待ちです。どうぞ、どうぞこちらへ。こんな店よりも、勇者様には料理長に相応しい料理を作らせます」

「私たちは自分で食べるものは自分で決められる」

 目の前に立った男の視線からエステルを遮るようにシルヴェストが彼の前に立って言い放つ。

「シルヴェスト。ここに居ては迷惑になります。出ましょう。――これ、お代です。すみません」

「え?お嬢さん!?」

 注文した料理のお代をテーブルに置くと、エステルはシルヴェストの背を軽く押して店を出た。


「ささ!勇者様、馬車にどうぞ。勇者様には我が主人より色々とお話もございますので」

「エステル、どうする?」

「仕方ありません。行きましょう」

 エステルの意思を伺うシルヴェストに首を振ってため息を返す。行きたいか、行きたくないかで言えば、圧倒的に行きたくない。だが、ここではかなり目立ってしまっているし、彼にもエステルたちを今解放する意思は無さそうだ。今の所急ぐ理由もないし、人の迷惑になるよりは良いだろうという考えだった。

 エステルたちが諦めて馬車に乗り込むと、すぐに馬車は動き出す。町の中心部に構えている大きな屋敷、――ブランシャール公爵家へ。

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