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02 勇者様とその騎士

 城に与えられたエステルの居室にある姿見の前に座る。その鏡に映る姿はただの娘にしか見えない。緩くウェーブのかかった癖のある赤毛、そして明るい茶色の瞳。子供の頃から畑作業を手伝っていたために、鼻の上にはそばかすが散っている。険しい旅路で手入れがされていない分、同じ年頃の娘たちよりも肌は荒れ気味だろう。

 先ほどまで着ていた勇者の甲冑を脱いで、今身に纏っているのは先ほど城の侍女たちに数人がかりで着せてもらった明るい黄色のドレス。裾にはひらひらのレースがついて、きらきらと光を受けて輝く石みたいなものも付いている。

 村娘だったころのエステルには縁が無かったような、誰かのお下がりでも仕立て直しでもない、エステルのために作られたエステルだけのドレス。その肌触りはとても滑らかで気持ちが良くて、旅で荒れたかさついた肌でも引っかかることはない。

 きっとこのドレスの生地だけで、エステルの家族が一年は悠々と暮らせるに違いない。エステルに妹がいたら貸してあげたいところなのだが、残念ながら弟しかいないので着せてあげても喜ばないだろうことが残念な限りだ。

「……勇者エステル、かぁ」

 勇者になったのは、それはもう本当に突然だった。いきなり頭の中で声が響いて勇者になれだなんて言われても、此方にだって心の準備がある。それなのに容赦なく、いきなり剣を持たされて、魔物と戦うことを強いられて。

 ――まぁ、エステルには手先の感覚はなかったのだが。


「勇者!もうすぐ帰還の儀、始まるよ。準備できた?――あ!勇者、黄色のドレスだ!かわいー!」

 扉をノックする音がして、それに返事をするより前にそう言ってエステルのエステル室に顔を出したのはイザベルだ。彼女は白一色で作られた、ほとんど飾りの無いシンプルなドレスを着ている。色味なんてまるでないのに、それがかえって彼女の魅力を引き出していた。まるで女神のようなその姿に同じ女であるエステルも思わず息を飲むほどである。

「ありがとうございます。でも、イザベルの方がとっても綺麗ですよ。まるで女神様みたいです」

「ふふ。ありがと!でもね、どうせなら白じゃなくてあたしもピンクとか可愛いの着たかったなぁ」

 お礼を言って、くるりと舞うように回って見せたイザベルは、ご機嫌そうなのに少しだけ不満げだ。聖女と祀り立てられている彼女もエステルと同じように年頃の娘であることに考え付いて、自分のドレスの裾をきゅっと掴んだ。

 イザベルが明るい色の服を着たいと思うこと、それは全然おかしい話ではないのだ。

「着てはだめなのですか?」

「んー。あたし一応神官だからね。でも!念の為、神官のおじいちゃんに聞いてみたの。だけど、やっぱり神官が白以外着るなんて!って叱られちゃった」

 彼女はそう言って、悪戯がばれた子供のようにぺろりと舌を出して無邪気に笑う。その姿はまさに自分と同じ年頃の少女で、彼女が国中で神聖視されている聖女イザベルだとは誰も思いもしないだろう。

「制服のようなものはあるのかなと思っていましたが、もしかして白以外を着てはいけないのですか?」

「勇者の村には神官がいなかったんだっけ?」

「私の生まれた村は小さな村ですから」

 そう言ってエステルは生まれ育った小さな村を思い浮かべて小さく笑みを浮かべた。

 エステルの生まれた村はこの王都からずっとずっと東に行った田舎の村だ。近くに大きな町もあるのだが、近くと言っても歩いて一日、馬車で半日の距離である。周りには自然でいっぱいと言えば聞こえが良いが、逆に言えば自然しかない。当然ながらそんな辺境に神殿はなかったし、神官もいなかった。だから旅に出て、初めて神官を目にしたときは感動したものだ。


「そっか。何にも染まらない存在であることの証としての白だから。白は神聖の象徴なの」

「そのような意味があるとは知りませんでした」

 確かに神殿に入ると、白に溢れている。でも、それは当たり前の光景で、神殿だから白なのだと思い込んでいた。まさか、そのような意味があるのだとは思いもせずに。

「でもさ!女神様だって、女の子なんだから可愛い色の方が喜ぶと思わない?あたしだったら絶対ピンクとか黄色がいいもん」

「ふふ。イザベルと話していると女神様が身近な存在に感じますね」

 彼女の物言いはまるで女神がエステルたちと同じような娘であるかのような物言いだ。

 イザベルと話していると自然と笑みが零れる。きっと彼女の明るい人柄がそうさせるのだろう。


「まーねー。――あ、そういえば勇者はこれからどうするの?」

 そしてイザベルの透き通った瞳がエステルを見ていた。その瞳はまるでエステルの全てを見透かすような、そんな清廉な色をしていた。



 そして帰還の儀式を終えると、その日の夜はそのまま夜会へと雪崩れ込んだ。勇者になってから何度か顔を出す程度にこういう華やかな場所に出席したけれど、しがない村娘であったエステルには未だに慣れない場所だと思う。

 見上げると首が痛くなるほど高い天井も、立食式ではあったけれど豪華な料理も、全てが非現実的だ。旅では保存食ばかりが多く、見た目や彩りに気を付けてしっかり調理された料理なんていうことにも贅沢を感じさせる一因だったのかもしれない。

 たまに宿屋があればそこに泊まることもあったが、それでも宿屋で出される食べ物は精一杯の料理ばかりだった。携帯用保存食よりかは少しましなだけの、硬くてパサパサのパンと味の薄いほとんど具のないスープ。それでも、宿屋の主人たちの笑顔は本物だったから、ここで見る貴族たちの扇子の裏の作られた笑みよりも断然良かった。

 魔王を倒した勇者、その価値はかなり高いのだろう。我先にとエステルに近づこうとする貴族はいくらでもいる。そんな魑魅魍魎たちの群れから早々に戦線離脱したエステルは貴族たちの輪からどうにか離れて、目立たない場所にあった会場隅のバルコニーで気配を消していた。


「――ここに居たのか」

 その声にどきりとして顔を上げれば、ボロボロの甲冑から美しい装飾の施された騎士服に衣装チェンジしたシルヴェストがいつもの無表情で立っていた。

 折角の美大夫なのだから、その鋭い眼光を弱めて少しくらいにっこりと笑って見せれば、そこらの綺麗な貴族令嬢をいくらでも落とせるだろうに。貴族たちが話す噂話では、彼も魔王を倒した一人として騎士団長になって爵位をもらうことになるのだとか。まさに出世街道ひた走りというやつだ。

 そんなことを考えているとはおくびにも出さずに、エステルは誤魔化すようにへらっと笑ってバルコニー下の美しい庭を眺めた。

「こういう腹の探り合いっていうのはどうも苦手で」

「それは俺も同じだ。――隣、いいか?」

「え?はい、どうぞ?」

 エステルが許可すると、彼はすんなりとエステルの横を陣取った。別にいいのだが、何となくいつもと雰囲気が違うのはきっと彼の服装のせいだろう。

 いつもの彼はどこかピリピリしているのだが、それはまた彼が辺りの魔物の気配を探っているからだ。しかし、今日の彼はいつもにも増してピリピリ、というか堅い雰囲気なのである。

「……そうしていると、本当に騎士様なのですね」

「初めに会った時から騎士だが?」

 操られたままの状態であれば、空気が重かろうが何だろうが気にするところではない。勝手にエステルの口が話をし始めて、すぐに空気が変わる。でも、今ここにいるのはエステル自身だ。

 そんなエステルはいくらなんでもこの無言のプレッシャーを感じる重い空気に耐えられる女ではなかったので、場の緩衝材として伝家の宝刀会話のキャッチボールを試みる。

 しかしエステルの言葉に騎士様――シルヴェストは不満そうな色を表した。確かに騎士なのは分かっているのだが、彼の今までの姿は旅の生活ということもあって残念なものだったのである。

 旅の生活で髭なんて剃ることもできないし、服だってたくさん持ち歩くと邪魔になるのでそうそう着替えたり、洗濯したりすることもできない。宿に泊まれれば洗濯も頼めるのだが、旅の旅程ではほとんどが野宿だ。水場が近くにあればいいが、野宿の最中に洗濯をして干すなんて暇はそうそうなかったりする。おかげで旅の間は正直、騎士と言えども何となく薄汚れていて髭も生えたままだしで、結局は小汚い。……まぁ、人のことばかりではなくエステルもなのだが。

 しかしながら騎士と言えば、国中の娘たちの憧れの存在で、彼らに夢を見ている者も多いにも事実。今のシルヴェストの姿は、騎士に憧れを抱く者でもため息を漏らさずにはいられないだろう。中々に凛々しい姿である。

「あー、そうですね。そう言えば、初めて会った時はその騎士様に剣を突きつけられましたっけ」

「そ、それは!……その、本当にすまなかったと思っている」

 彼はエステルが見上げるくらいある大きな身体を小さくして、肩を落とす。

「冗談です。仕方ないと思っていますよ。突然、勇者を名乗る村娘が現れて警戒しないほうがおかしいですし」

「しかし、それでも!女性に剣を突きつけるなど……」

「シルヴェストは職を全うしただけですよ。まぁ、首に血は滲みましたけど」

「……すまない」

 エステルは操られるままに城へ向かい、そして自ら勇者であると名乗ったのだ。

 しかし、冷静に考えると物事には順序があるとは思わないだろうか。

 エステルには当時自ら名乗っているだけで、エステルが勇者である証拠なんて何一つなかった。勇者である証を手に入れてから城に向かうだとか、エステルが勇者であると証言できる偉い人を味方に付けるとか、その他にも方法はあったはず。

 それなのに何も証拠持っていなかったエステルは完全に不審者だ。おかげで、城に着いて早々にシルヴェストに捕らえられて牢に勾留されることになる。何しろ、世界は滅びの危機に瀕していて、エステルの勇者発言は悪質な虚言という扱いになるわけだ。そして危うく勇者を騙る犯罪者になりそうになったエステルだったけれど、その後女神ロラから神託を受けたイザベルに勇者である証言をしてもらってようやく開放されたという経緯があった。

 そういうこともあってシルヴェストが罪滅ぼしにエステルのパーティの一員になったのは蛇足である。

 実は、このことに関しては本当にもう気にしてないのだか、口が利けるようになったら一度言ってやりたいと思っていたのだ。なぜなら、剣も持ったことがないような一般人が、首に剣を突きつけられたという経験は、それはもうトラウマものだったのである。エステルにいくら感覚がないにしろ、それはもう恐怖体験と言っても過言ではなかった。

 本当は恨みつらみを言うのであれば、この騎士よりも神に言ってやらないといけないということはよく分かってる。しかし、神との意思疎通なんて出来た試しはないわけで。向こうからは勝手に話しかけてくるのにこちらの話は聞いてくれないのだから、本当に酷い話である。

 つまり彼への言葉はただの八つ当たりのようなものだったのだが、彼は予想以上にダメージを受けてしまったようだ。エステルは急に申し訳なくなって、慌てて謝って彼に詫びる。彼も神の被害者なのかもしれない、よく考えてみると。

「ごめんなさい。冗談ですから。本当にもう気にしてませんよ。この通り傷も残ってませんし」

「……そうか」

 シルヴェストはエステルの首に一瞬目を走らせて、すぐに視線を落とした。あれは本当に仕方の無いことで、エステルが気にしていなくても彼なりに罪悪感があるのだろう。

「そういえば、シルヴェストは騎士団長になるんですってね。おめでとうございます」

「いや……話があるだけで、まだ決まりではない」

「そうなんですか?でも、騎士団長だなんてすごい出世じゃないですか」

 そうだ、と空気を変えるべく先ほど聞いたばかりの話を出してみる。彼は元々小隊の隊長であったが、小隊長から騎士団長だなんて普通では考えられないくらいの大出世だ。それくらい世界を救う旅で実力が上がったということでもあるのだか、きっと元々の素養もあったのだろう。彼も救国の英雄であるから、それに対する評価もあるのかもしれない。

 そんなとてもおめでたい話のはずなのに、彼の表情はどこか浮かない風だ。エステルの気のせいなのか、心なしかあまり嬉しそうな様子ではない。


「……どうかしました?」

「旅に出ると聞いた」

「え?……あ。私の事ですか?」

「ああ」

 彼の話をしていたはずなのに、シルヴェストは突拍子もなくそんなことを言う。ようやく自分のことだと気付いて、エステルが聞き返すと彼は真面目な顔で頷いた。

「はい。旅に出ようと思います。イザベルは大神殿、ラウルは賢者の塔、シルヴェストは騎士団長だなんて、みんなバラバラですねぇ」

「……ようやく王都に戻ってきたばかりだろう?少しくらいゆっくりしたらどうなんだ」

 シルヴェストはそう言って無表情な顔をさらに不機嫌そうに顰めてエステルを見た。エステルは苦笑を漏らして、彼への弁解にかかる。

 無表情で一見すると恐い顔の彼だが、これでいて意外と表情豊かだ。不機嫌な時は眉の間に皺が寄るし、機嫌が良い時は少しだけ眉が上がる。

「それはそうなんですけど、田舎の家族の顔も見たいですし。それに前の旅ではゆっくり見て回るなんてこともできなかったので、里帰りついでに国を見て回りたいなぁと思いまして」

「俺もお供しよう」

「……え?でも、シルヴェストは騎士団長になるんですよね?」

「ならない」

「それに、あれですよ!旅って言っても、私の里帰りのついでですし!悪いですよ!」

「俺が良いと言っているんだ。……それに、お前を守ると剣に誓っている」

「う……」

 彼の声色はまさにエステルが断ることも許さない声色で淡々と、だけど圧倒的な重圧を持って告げている。確かに彼は旅の始めにエステルの身を守ることを、彼のその腰に刺さっている剣に誓っている。


 正直、今の今までそれは魔王を倒すための旅の間限定のことだと思っていたのだが。

 ――しかし、その剣の誓いに許可を出したのはエステルであってエステルじゃないわけで。

 でも、彼にそんなことを言っても通じないどころか訳が分からない話だろう。結局エステルには彼の同行の申し出に対して頷くことしか選択肢は残されていない。エステルは曖昧に乾いた笑いを零して、心の中で大きくため息を吐くのだった。

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