19 麦の高騰
「ええと、何だっけ。そうそう!――この水晶に手を当ててもらってもよろしいですか?」
「レベルの確認か」
「はい。レベルを確認させていただいて、こちらのカードに記入致します。このカードに書かれたレベルに合わせてクエストを受けて下さい。それと、ギルド員の皆様には定期的にレベルの確認をお願いしています」
エステルとシルヴェストの目の前にメリーが人の頭ほどの大きさの水晶を置いた。綺麗な球体の形をしたそれを見て首を傾げたエステルの横で、シルヴェストが一人頷く。
「俺が先にやろう」
「は、はい」
シルヴェストはそう言うと、丸い水晶の上に自身の右手を置いた。すると、無色透明だったはずの水晶が、淡く発光しだしたのである。
「――シルスト様は、……すごい!レベル83ですね。ここまでの高レベルの方はなかなかいらっしゃらないですよ!勇者様のパーティにだって入れちゃいますよ!」
「そうだったら良いんだがな。エスティ、次だ」
「……はい」
エステルはシルヴェストに促されて、胸をどきどきと鳴らしながらその水晶に右手を置いた。水晶は先ほどと同じように淡く光っているが、温度はない。ひんやりとした冷たさのままである。
シルヴェストのレベルが彼女が言うようにかなり高レベルだった。エステルも前のままであれば、シルヴェストに近いものであったのだろうが、今はレベルがゼロに戻った後である。もう何度も精霊の祝福を見たが、まだまだシルヴェストには遠く及ばないだろう。
「エスティ様はレベル23です。これなら見習い剣士じゃなくて、剣士でも登録できると思いますよ」
「じゃあ、それで頼もう」
「分かりました。それでは、お二人とも剣士でギルドカードを作成させていただきますね」
「はい。よろしくお願いします」
メリーはにっこりと頷いて、エステルたちが書いた書類をカウンターの下に片付ける。
「ギルドカードはクエストの達成と引き換えにお渡しすることになっています。入り口横の掲示板にクエストが貼っていますので、そちらでお好きなクエストをお選びください。あ、そうそう!クエストの達成までは仮のギルドカードをお渡しいたしますので、安心してくださいね。仮のカードはお二人がクエストを選ばれている間にお作りしておきますので」
「はい。分かりました。ええと、それじゃあ掲示板見てみましょうか?」
エステルはメリーの説明に頷くと、シルヴェストと入り口の横にある掲示板に向かった。掲示板には古いものから新しいものまでたくさんの紙が所狭しと貼られているのが分かる。内容は薬草採取から近くで出没している魔物の討伐までと様々なようだ。
「随分古いものもありますね」
エステルの指は所狭しと貼られたクエストのうちの一枚を指した。そのクエストが書かれた紙は随分と日に焼けてしまっていて、茶色っぽく焼けてしまっている。どうにか読み取れる文字を見てみれば、十年前の日付が記されていた。
「ルーベル火山の火竜、か」
「竜ですか?あのおとぎ話に出てくる?」
募集の紙に書かれていたのはルーベル火山、辺境の南にある火山の名前だった。今も時々噴煙が上がるような活発な火山で、近くには村も存在しない。だからその地方のことを知る者は少なく、エステルも知名としての情報しか知らなかった。
その上、シルヴェストの口から言われたのは想像にもしない単語である。魔王を倒す旅で色々なところを旅し、エルフや精霊とも友人になったエステルですら見たことがないのが竜という存在だ。古くから書物などにその単語が残されているが、その存在を証明するような話は聞いたこともない。
「竜はおとぎ話の住人じゃない。王国は隠しているが、人が入れないような深い森や火山、海の中になんかはいる。ただ、人が入れない場所に住むからそう簡単に会える存在ではないがな」
「そうなんですか!」
「見てみたいなんて思うなよ。俺には守りきれん」
「……分かりました」
シルヴェストの言葉に思わずエステルの声が弾んだ。今まで存在すると思っていなかったとは言え、彼らはおとぎ話では常連のスターである。その姿を一目見てみたいと思わないはずがない。
しかし、エステルがそれを言う前にシルヴェストがエステルに釘を刺した。
「クエストはこれにしよう」
「シマイノシシの討伐ですか?」
「ああ。これなら今のレベルよりも少し難しいが、腕試しになるだろう」
「分かりました」
シルヴェストは頷くエステルを見ると、クエストの書かれた紙を剥がしてカウンターにいるメリーのところへ持って行く。
「これを受ける」
「かしこまりました。お二人のレベルでしたら、問題なさそうですね。それでは、こちらが仮のギルドカードです」
「わぁ!これがギルドカードなんですね」
シルヴェストがクエストの書かれた紙をカウンターの上に置くと、メリーは二人の前に二枚の札のようなもの出す。その差し出されたカードを見て、エステル思わず感嘆の声を上げた。
エステルはてっきり木板、良くて紙のカード状のものであると思っていたのだが、実際のそれは想像とはまるで違う。見たことのない素材でできているらしく、ツルツルとした質感がよく磨かれた石か宝石のようなのに、紙のように軽い。その表面には、この短時間の間に整った文字で二人の名前とレベル、職業が浮き出ていた。
「はい。昔の賢者様がお作りになったそうです。こちらは仮のカードですが、この町を出入りする分には問題ありません。とは言え、仮ギルド員につきましては問題が起こればギルドでは庇いませんので、その旨をご了承ください」
「分かりました」
「クエストの達成を確認いたしましたら、正式なギルドカードをお渡しします。いってらっしゃいませ」
「はい!いってきます」
エステルはメリーの笑顔に背中を押されて、ギルドを出た。
そして二人はそのままクエストをこなす前に宿探しを始める。シルヴェスト曰く、麦を買い付けに来る商人も多いのでそれ用にいくつか宿もあるはず、ということである。
宿を探し始めた二人であったが、いくつかあったはずの宿は一向に見つからない。かつて賑わっていたであろう商店通りもどこか閑散としていて、人通りもまばらである。
「――あら。お二人共!もうクエストから帰ってこられたのですか?」
「いえ。あの、宿を探していたのですが、それらしい建物が見あたらなくて……」
「そうでした!実は宿はほとんど畳んでしまって。良かったら、滞在の間はギルドの二階にお泊りください」
二人は宿探しを諦めると、場所を聞くためにギルドに戻った。そしてメリーに聞くと、メリーは思い出したように顔を上げて二人にギルドの二階を勧めた。
「ありがとうございます。でも、あの。畳んでしまったって?」
「商人さんもあまりいらっしゃらなくなりましたから、お客さんがいないみたいで」
「……今って麦が高騰しているのですか?」
「――あまり大きな声では言えませんけど、そうみたいですね」
パン屋の店先に並んでいたパンは王都よりも高い金額がついているものがほとんどだった。しかし、ここは麦の町。輸送費などが除かれるので、本来であれば王都よりも低価格であるはずなのである。
エステルの問いに、メリーは小さく頷いて困ったような顔を浮かべていた。




