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18 ギルド キルテ支部

 麦の穂が彫られた門のアーチを潜ろうとすると、門の側に立っていた武装した中年の男がエステルたちの側にゆっくりと近寄ってきた。その顔にはありありと面倒臭そうな表情が浮かんでいて、その動きも渋々というような様子である。

「――待て、そこの旅人」

「通行検査か?前に来たときは無かったように思うが」

 シルヴェストが男の方を向いて、何でもないような顔で言う。そんなシルヴェストに門兵は面倒臭いとでも言いたげな顔で大きくため息を吐いた。

「全ては領主様のお言いつけだ。――フン。女の身で剣か?」

「護身用だが、見かけだけだ。これは抜けぬ剣だ」

 男の視線がエステルのローブの隙間に刺さる。そこからはエステルの腰に差してある剣が僅かに顔を覗かせていた。それは一見して装飾が美しい細身の剣である。エステルが腰に差していた剣を外してシルヴェストに渡すと、その剣を取り男の前で鞘から抜こうとして見せてから男に渡す。だが当然ながらそれが抜けることはなく、剣と鞘は初めから一つであるかのようにぴったりとくっ付いて離れなかった。この剣は元々勇者のための剣であり、ただ一人の勇者にしか抜くことができない剣なのである。尤も、今のエステルにも抜くことは叶わない。エステルが自由を取り戻してから、一日に一度だけ寝る前にこの剣が抜けないか試すのはすでに日課になっている。だが、エステルの期待も虚しくまだただの一度も剣を抜くことは叶っていない。しかし、だからこそ国宝級のこの剣をあっさりとこの男に渡すことができたわけでもあるが。

「随分立派なお飾りだな。――何か身分を示すものは?」

 男はエステルの剣を念入りに回し見る。仕掛けが無いか、本当に抜けないのかを確かめると興味を失ったように投げるようにしてシルヴェストへ返した。

「無い。魔物の群れに町をやられて命からがら逃げた時に、そういうものは全て燃えてしまった。だが、これでは?」

「――ほう。よく分かってるな。通れ」

「ああ」

 シルヴェストが何かを懐から取り出すと、それを隠すようにして男に渡す。男はそれを確認すると先ほどまでの不機嫌そうな顔から一転させて、にやりと笑うと顎で門を通るように指し示した。シルヴェストはそれに頷くと、エステルに着いて来るように目線を送って先に歩き出す。


 門を通り抜けて、少し離れるとシルヴェストをそっと見上げる。

「シルヴェスト、すみません」

「今は騒ぎを起こしたくないし、俺たちの素性も知られたくない。悪いがあのやり方にさせてもらった」

「……いえ。ありがとうございました」

 シルヴェストが男に渡したものは鈍く銀に光るコインだった。恐らく、小銀貨であったのだろう。しかし小銀貨一枚で一万アトロもの大金になる。それだけあれば、一般市民一ヶ月の食費に十分なくらいの金額だ。

 エステルたちが勇者だと申し出て通行検査を通ることは簡単だ。王にもらった身分証もあるし、それを証明することの方が簡単かもしれない。だが、どこか不穏な空気がするこの町で正体が知れてしまうのは得策だとは言えなかった。それがエステル自身にもよく分かっていたので、大人しくシルヴェストの行いを見守ったのである。

「何か身分証になるようなものが必要ですね。毎回こう上手く通れるとも限りませんし、町に寄らないで旅を続けることは難しいですから」

「……そういえば、この町にはギルドがあったな」

「ギルド?自衛団のことですか?」

「そうだ。だが、本来自衛団のことをギルドと言うわけじゃないんだ。近頃は物騒な時代で、それどころじゃなかったからな。ギルドに町を自衛する仕事が来るだけなんだ」

 エステルが知っているギルドというのは町を守る自衛団が組織されている場所いうものだ。町の内外に魔物が出れば自衛団が倒しに行くが、その時の連絡はギルドを通す。だからギルドというのは自衛団を組織する場所という認識であったのだが、違ったらしい。

「ええと、つまりギルドは仕事を斡旋する場所ということでしょうか?」

「ああ。元々はギルドに登録している者にそれぞれに合った仕事を斡旋する場所。だが最近は魔物が増えて、それから町を守るような仕事しかなかったからな」

「そうだったんですね」

「……とにかく、ギルドに登録していれば誰でもどの町の仕事も請けることが出来る。そしてその登録証は身分証明にもなるわけだ。俺も見習い騎士時代にそれを身分証として使う人間を何度も見たことがある」

「そうなんですね。それでは、ギルドに行ってみましょうか」

 エステルが言うとシルヴェストも頷いて二人で大通りを歩きながらギルドを探す。ギルドはある程度の大きさの町には必ず置かれていて、大抵は門の近くなどにあるはずなのであるが、なかなかそれらしい建物が見当たらない。

「あの看板……」

 辺りを見回していると、シルヴェストがある建物をじっと見つめて呟くように言った。その視線を辿った先にあったのは今にも朽ち果ててしまいそうな木造の古い建物である。扉や窓が壊れているわけではないが、他の建物と見比べると明らかに古くて傷みが目立つ。土地が豊かで収入が多いこともあり、この町の建物は石造りで堅牢なしっかりしたものが多いのだ。だからこそ、一軒だけある木造の古い建物が目立っていた。

 その建物の扉の上には同じ木製の看板が風に吹かれて揺れていた。揺れる看板に描かれているのは剣と盾が交差して組み合わされているもの。看板が作られた当時は色鮮やかだっただろう名残で、盾の部分には青い塗料が薄ら残っているのが見えた。

「入るぞ」

「は、はい!」

 黙って建物を見ていても何も変わらない。シルヴェストがエステルに有無を言わさない調子で言って扉を開けると、蝶番が甲高い音を立てて開いた。


「……はぁ。昨日も暇。今日も暇。明日も暇!だーれも来やしないわ。……もしかして、私が美しすぎるのがいけないのかしら。近付きにくいって感じ?ふふふ!……はぁ」

「――すまないが、少し良いか?」

「え?……人?――人が来た!」

 中に入ると、栗色の髪の女性が受付なのだろう壁際のカウンターの上に突っ伏して盛大な独り言を漏らしていた。独り言というよりも、一人で話しているとでも言った方が正しいくらいのものである。シルヴェストが呼びかけたのだが、すっかり自分の世界に入り込んでいるであろう彼女はそれに気づいた様子もない。

 そしてシルヴェストが何度目かの呼びかけをしたところでようやく気付いたらしい彼女ははっと驚いたような顔で立ち上がった。

「すまないが、ここがギルドで合っているか?」

「は、はい!ここがギルド、キルテ支部です。お仕事をお探しですか?私、メリーがお手伝いさせていただきます!」

「そうか。俺はシルスト、彼女はエスティ。登録をしたいんだが」

「ああ、受付嬢らしい仕事なんて久しぶりだわ!登録ですね。ええっと、登録用紙はどこだったかしら?少々お待ち下さいね。――ええと、前に使ったのはいつだったかしら……」

 彼女はそう言って、近くに置いていなかったらしい登録用紙を探しに置くに言ってしまった。彼女の姿が見えなくなったこと確認すると、小さく笑みを漏らしてシルヴェストを見上げる。

「ええと、シルスト?」

「そういうことだ、エスティ」

「――お待たせしてすみません!登録用紙をお持ちしましたので、こちらにご記入いただけますか?」

「ああ。分かった」

 シルヴェストはエステルににやりと笑みで返して、メリーから登録用紙を受け取ってさらさらとペンを走らせた。そこには剣士シルスト、そして剣士見習いエスティの名が記入されていた。

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