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16 美しい世界

 目の前にはエステルの腰ほどの体高の、まるで小さな木のような姿をした植物属性の魔物がいる。エステルはそれを睨みつけるように見るとぎゅっと奥歯を噛み締めて、最後の一太刀を魔物に浴びせる。エステルのそれを受けた魔物は紫色の体液を流し、きらりと輝く小さな石を残して跡形も無く霧散してしまった。魔物がいたはずの場所は元の美しい森に戻っている。

 そんな森を見上げていると、エステルの体を突然光が包む。だが、それは鋭く突き刺さるような光ではなく、ふわりエステルを包み込むような温かさを持っている。それは少しの間エステルを照らしていたかと思うと、自然と消えてしまった。

「――精霊の祝福か。エステル、これでレベル上がったな。おめでとう」

「ありがとうございます。だけど、シルヴェストのレベルにはまだまだ程遠いですね」

 黙って見ていたシルヴェストが嬉しそうに笑ってエステルを見ている。エステルはシルヴェストに頷きつつも、まだまだレベルはシルヴェストに遠く及ばない。男女の差があるにしても、シルヴェストの一太刀は重いだけでなく速い。それを避けることはいくら俊敏な魔物であろうとも困難であろう。だが、エステルも以前はシルヴェストのように体が動いていたのだ。それを覚えているからこそもどかしいのである。

 レベルが下がったと分かってから、シルヴェストに助けてもらいながらこうして魔物と戦っている。魔王を倒し、魔物の増加はなくなったが、元々存在していた魔物まで消えてしまうわけではない。そのため人の多いところは街の治安を守るために人が倒してしまうが、人がほとんど立ち寄らない場所などでは以前と同じように魔物に遭遇したりする。今の植物属性の魔物もそのうちの一体なのだ。

「まぁ、それは仕方ないだろ。危ない時は助けるから、次も頑張れ」

「はい。頑張ります」

「――へぇ。騎士が手を出さないのかと思えば、勇者がレベル上げ中なんだね」

 後ろで二人を見ていたラズエルが納得したように頷いて、魔物から落ちた石を拾った。木漏れ日を受けてきらりと輝く石は宝石と言っても過言ではないほど美しく、それが魔物が残したものだとは言われなければ思いもしないだろう。

「勇者の役目を終えたら神の加護が無くなり、勇者としての力も失いました。今の私は勇者ではなく、ただの『エステル』ですよ」

「……そっか。エステル、はい。これ。大事な戦利品だろ」

「ありがとうございます」

 エステルに勇者としての力はない。小さく肩を竦めながら言えば、ラズエルはどこかほっとしたような顔で頷いてエステルに石を渡す。

 その美しい石はただの綺麗な石ではなく、魔物の核だ。強い魔物ほど透明度が高く、大きな核を持っている。その核は装備品や魔法道具などの材料として用いられることが多く、町へ持っていけば道具屋などで買い取ってもらえるのだ。

「……じゃあ、行こうか。もうすぐ着くから」


 そしてラズエルに連れられて行った場所は、深い森の中にあるというのにそこだけがぽっかりと木々が無くなった場所だった。ラズエルの屋敷よりも圧倒的に多くの花々が咲き誇っており、まるで地上の楽園とても言えそうなくらいである。

 だが、たくさんの花が咲いているにしても一つだけおかしいことがある。

「――春の花だけじゃない……。夏の花も冬の花まで咲いてる。ここは何……?」

 そこにはありえない光景が広がっていた。春と夏の花が近い時期に咲くことはあるかもしれない。だが、そこには冬に咲くはずの花までもが狂ったように一緒に咲いているのだ。

 そこは花を育てるための特別な場所でもなく、ただの野ざらしの野原である。しかもほとんどの花が盛りの美しさで咲いている。それは美しくもあるが、明らかに異様な光景であった。

「――ここは私の奥さんのお墓さ」

 紫の光が点滅したかと思えば、驚いたように花畑に見入っていたエステルの耳にどこかで聞いたことのある一人の男の声が届く。


「お前は……!」

 エステルを庇うようにシルヴェストが前に出て、鞘から剣を抜いてかまえた。

 そこにいた男は長い蜂蜜色の髪を編みこんで後ろに流している。その絹糸のように美しい髪の毛は陽の光を受けてきらきらと輝いていた。そしてハーフエルフだというラズエルよりも美しい顔をしているだろう。ラズエルと同じように耳の先は天を向いて尖り、その耳の形は人間でないことを示すのに十分であった。

「……魔王?」

 その顔はエステルにも確かに見覚えがあった。美しすぎる顔は彼の他に見たことがないと言って過言ではないし、男性にしては長い髪も珍しい編みこみも彼以外に見たことがなかったのである。

 だが、エステルは彼を前にしても何故だか魔王とは違うような気がしたのだ。顔も声も背格好も確かに同じように見えるのに、雰囲気が圧倒的に違う。

 魔王と対峙した時は傍にいるだけで彼の持つ魔力に当てられてピリピリと肌が痛いほどだった。それなのに、目の前の彼からは何も感じないのである。

「エステル、危険だ。俺の後ろにいろ」

「でも。何だか様子が違います」

「様子が違う?」

 エステルを庇うシルヴェストの背中越しに魔王を見る。シルヴェストに剣を向けられているというのに、魔王はのんきに微笑んでこちらを見ていた。その様子はエステルたちを歯牙にもかけていないのかと思わせるほどである。

「まず、記憶している魔王のものと髪の毛の色が違います」

「……確かに。魔王城が薄暗かったとは言え、魔王の髪の色は黒だった。さすがにあの色と見間違えることはないだろうな」

 魔王城の内部は光も届かないような場所で、壁の蝋燭か手元のランタンくらいしか灯りがなかった。その上天井の高い建物であったので、些細な光でも無いよりは良い程度の明るさしか得られなかったのである。そんな中であったとしても、目の前の男性のように蜂蜜色であったならば認識することができたはずだが、記憶にある魔王の髪の色は闇の色をしていた。

「それに魔王には耳の上から二本の角が生えていました」

「そう、だな。だが、目の前の男と魔王の顔は瓜二つだぞ」

 目の前の男とエステルたちとの外見上の容姿以外に明らかに違う場所と言えば耳の形くらいであるが、魔王は耳の上から前方に向かって山羊のものに似た角が生えていたのだ。


 そんな戸惑うエステルたちに向かって目の前の男が言い放った。

「騎士殿、大丈夫。私には敵意はないよ。私は魔王であって魔王ではないから。私のことはオルキスとでも呼んでくれ」

 そう言って蜂蜜色の青年はふわりと微笑んだ。

「――目の前のこれは魔王から零れ落ちたもの。害はない。力も無いし」

「父親に向かってこれとは酷いね。セシルが聞いたら悲しむよ」

 そう言うとオルキスは泣き真似でもするように目元に手を当てて、傍にあった大きな石にしな垂れかかる。その動きにつられるようにその石に視線をやると、随分と古い彫刻がしてあることに気付いた。綺麗に磨かれたその石は彫刻が施されているだけでなく、古い文字も刻み込まれている。かなり長い間風雨に晒されているのか、かなり読みにくくなっているが名前のように読めた。

「せ……しる?」

「そう。セシル。私の妻の名さ。ここはセシルのお墓なんだ」

 オルキスはそう言うと、その石をまるで愛しい人を抱くように愛しげに撫でた。

「随分と古いもののように見えますが……」

「そうだね。私の妻は君と同じようにただの人間だったから。ハイエルフの私とは生きる早さが違うのさ」

 そう言ってオルキスは悲しげに微笑んで話し始めたのである。


 オルキスは一人目の妻を病気で亡くし、もう誰とも連れ添わないと決めて一人長い時間を過ごしてきた。だが、そんな長い時間の中で出会ったのがセシルである。

 セシルは普通の人間だったのだが、一つだけ普通ではない点があった。彼女は人間としての寿命を終えても、再びオルキスの元に会いに来たのだ。また違う人間に生まれ変わって。そして最初に出会ってから三度目の生で、オルキスとセシルは結婚をしたのである。二人はラズエルと言う子供にも恵まれ大変仲睦まじい夫婦だったが、彼らはハイエルフと人間の夫婦。幸せは彼にとっては長く続かなかった。それはまさに瞬きをするような早さで過ぎ去っていってしまったのである。

 この世界は魔力が高ければ高いほど長い寿命を持つ。せめてセシルが魔力のある人間であればよかったのだが、セシル自身は魔力を持たない人間だった。そのために普通の人間としての寿命しか持っていなかったのである。ハイエルフのオルキスが不老不死に近い寿命を持っているのに対し、人間の寿命は瞬く間である。

 結婚してからオルキスにとっては少しの時間を経て、セシルはオルキスを残してこの世から旅立った。彼は妻のセシルを心から愛し、そして彼女が齎した温かい時間を決して忘れることができなかった。初めの妻を亡くした時のままであればいずれ諦めることもできたのかもしれないが、彼はまた生まれ変わって会いに来てくれる人を知ってしまった。

 そして、オルキスはセシルが再び会いに来てくれると信じて待ち続けることとなる。彼を絶望に陥れるのは十分な時間を。


「そして魔王になった私と、今だ諦めきれずにセシルを待ち続ける私が生まれたのさ。勇者のお嬢さんたちには私の半身が迷惑をかけたね。この美しい世界を救ってくれてありがとう」

 そう言って穏やかに微笑むその人は確かに魔王その人ではなかった。

関連作「エルフに恋して転生二度目となりました」

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魔王の馴れ初めのお話ですが、読まなくても問題ありません。

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