「乙女ゲームの世界で(以下略)」書籍発売記念SS
7月15日に「乙女ゲームの世界でヒロインの姉としてフラグを折っています。」がKADOKAWAビーズログ文庫アリス様から発売と言うことで、せっかくなので記念の小話を作りました。
ついでに発売日に日付が変わる時刻で予約投稿してみました。
そんなことやってるから本編更新が遅れるんだよという苦言は自分ですでに言っているのでご勘弁ください。
一生に一度の記念くらい浮かれさせてください。
これはとある放課後の、桜花学園生徒会室での一幕―――。
「ねぇ~、生徒会室の前に落ちてたけどこれ誰の~?」
そう言って小林檎宇がぷらぷらと摘まんで見せたのは、紐が擦り切れて千切れたらしいストラップだった。くすんだピンクのそれはぴったりとした全身タイツの様な衣装に丸みのあるフェイスマスク、マントといったいわゆるヒーロースーツを身に纏ったキャラクターの人形だった。
その手元を覗きこんだ梧桐宗太が目を丸くする。
「それ、正義戦隊ジャッジメンのストラップじゃない? 十年位前にやってたヒーロー番組の」
「十年前って……。ビーバー先輩なんでそんなの知ってんの?」
「そりゃあ、見てたからだよ。その頃僕は小学校あがる前だからね。懐かしいなぁ……。小林君は見たことないの? 僕と1歳しか違わないのに」
「う~ん……。俺どっちかっていうと仮面騎士サンダーナイトの方が好きだったから……。けど、そんな古いキャラクターのストラップ使ってそうなやつなんて、生徒会にいたっけ?」
「うちは弟が今やってる武将戦隊ゲコクジャー好きだからお揃いで持ってるキーホルダーがあるけど、ジャッジメンは流石に持ってないなぁ……」
梧桐がそう言いながら小林から受け取ったストラップをしげしげと眺めていると、生徒会室のドアが開いて副会長の葛城真梨香が顔を出した。
「ねぇ、ちょっと探し物をしてるんだけど……」
「え?!」
「まさか?!!」
驚いて顔を見合わせる二人に、真梨香も何事かと首をかしげる。
「真梨さんの探しものって、これ……?」
小林の差し出したストラップを見た真梨香は一瞬目を丸くしたものの、懐かしそうに口元を緩ませた。
「あら、ジャッジメンじゃない、懐かしいわね。昔よく妹と一緒に戦隊ごっこして遊んだのよ。桃香は名前の通りピンクで、私はレッド役で。それ、梧桐君の?」
「違うよ。生徒会室の前に落ちてたんだって」
「ここの前に……? 誰かしら…………??」
3人で生徒会のメンバーを思い出してみるが、10年も前のヒーローグッズを持ってそうな人物など思い当たるはずもなかった。
「拾得物として届けるなら風紀の管轄よね。とりあえず、菅原先輩の所へ届けましょうか」
「そういや、寮長そういうの好きそうじゃない? 甥っ子と一緒に見てたりとか」
「榛くんと一緒に見るなら今やってるゲコクジャーじゃないかしら? 変身姿が鎧武者風でかっこいいのよ。」
「弟や甥っ子がいる人はともかく、真梨さんなんでそんなこと知ってんの?」
小林が思わず突っ込む。真梨香が一瞬しまったという顔をしたが、すぐににっこりと狐に似た笑みを浮かべる。
「日曜日の朝は桃香を朝練に送り出した後暇で、たまに見るのよ。……たまに、ね」
「僕のとこは弟と毎週見てるよ。毎回ちょくちょく歴史に関しての雑学が仕込まれてて楽しいよ」
「そうなのよね! 先週の桶狭間ネタは秀逸だったわね!」
「ジャッジメンは王道の勧善懲悪が爽快だったけど、ゲコクジャーは結構意外な人物の裏切りとかあるからハラハラするよね」
盛り上がる2年生二人を小林が唖然とした顔で見ていると、視線に気づいた真梨香が咳払いをして表情を改めた。
「……えっと、とりあえず、それは落とし物として届けるしかなさそうね? 後で風紀委員会に持っていきましょう」
「そういや真梨さんの探しものって何?」
「ボールペンなんだけれど、生徒会室で使ったか、あとは……」
「おい! このけったいな飾りの付いたペンはお前のか?!」
室内の会話を両断する勢いでドアを開けて入ってきたのは代議会議長の一之宮石榴と、副議長の吉嶺橘平だった。その手にはピンクのタヌキの様な動物が装飾としてくっついている。つぶらな瞳の丸みを帯びたフォルムが愛くるしい。
「けったいだなんてひどいです。妹とお揃いなんですから!」
真梨香が眉を吊り上げて一之宮の手からペンを取り返そうとする。しかし、一之宮は機敏な動きでそれを防いだ。
「その前にわざわざ届けてやった俺に言うことがあるだろう?」
「トドケテクダサッテアリガトウゴザイマシタ! もう! 返してください!」
身長差のある相手に高々とペンを掲げられ、ピョンピョンと跳ねるように飛びつく真梨香の様子に一之宮は口元を緩めて更に高くペンを掲げる。ペンを取り返そうと必死の真梨香は殆ど一之宮に抱き付くような体勢になっていることに気づいていない様子だ。
それを見ていた小林が真梨香を、吉嶺が一之宮を、それぞれに引き剥がす。
「真梨さん、高い所にあるものを取る時は俺を頼ってよ。今回みたいなときは台座ごと床に沈めて取ってあげるから」
「ほら、石榴、今日は時間がないからペンを届けるだけって言っただろ? 早く戻らないと枇杷木が次の書類持ってきちゃうよ」
「ちっ……それじゃあ、これは返してやろう。しかしこのペンはもうすぐインクがなくなりそうだな。仕方がないから俺と揃いのペンを恵んで……」
「結構です! 吉嶺先輩、さっさと連れて帰ってください」
ペンを取り返した真梨香がさっさと出て行けとばかりに一之宮の背中を押す。いつもの光景と言えばいつもの光景を笑って眺めていた梧桐が、ふと思いついたように一之宮へ声をかけた。
「一之宮先輩、小学校に上がる前に見ていたヒーロー番組って何ですか?」
「ヒーロー番組だと……? ……そうだな、スペシャルマンとかいう、宇宙からの侵略者をなぜか宇宙から地球に来て隠れ住んでる奴が毎回90秒ちょうどで倒す奴なら何度か見たぞ。それがどうした?」
「いえ、さっきそんな話が出たものですから。それじゃあお仕事頑張ってください」
吉嶺に引き摺られるようにして一之宮が生徒会室を出ていき、残った者たちはそれぞれに今日の作業に集中し始めた頃、生徒会長である篠谷侑李が現れた。
普段ならば誰よりも早く生徒会室へ来ている男が最後に現れたことに誰もが驚いていたが、その表情が落ち込んで見えたことに、真梨香が反応した。
「篠谷君、元気がないけれど何かあったの?」
「それが……いえ、何でもありません。大丈夫です」
ため息交じりにうつむき加減でそんなことを言われても全く大丈夫そうではない。真梨香がそう言ってさらに追及しようとしたとき、篠谷の動きが止まった。目を見開いてある1点を凝視している。
その視線を追っていくと、その先にあったのは梧桐の机であり、その上に置かれたヒーロー人形だった。
「……宗太、それをどこで拾いましたか?」
「え……? これは僕じゃなくって小林君が拾って来たんだよ。生徒会室の前に落ちてたんだって」
「それ、僕のです」
「へぇ……え??」
梧桐が目を丸くして2度聞きしたが、篠谷の答えは変わらなかった。小林と真梨香が顔を見合わせる横で、篠谷の手が当のジャッジメン人形を取ると、ほっと安堵のため息を零しながらその人形を愛おしそうに撫でている。
とても大切なものだというのがその表情から伝わっては来るが、金髪碧眼で長身のイケメンがヒーロー人形を撫でている様はだいぶミスマッチである。
「篠谷君ジャッジメン見ていたの?」
流石の梧桐も予想していなかったのか、そっと尋ねる。篠谷はと言うと、何を当たり前のことをと言わんばかりの態度でそれを肯定した。
「はい、昔熱心に勧められまして。見てみると緻密な心情描写や仲間との絆と成長が子供にもわかりやすく演出されていて、以降のシリーズも毎週欠かさず見ています。ジャッジメン以前の過去の作品も含めて全シリーズ録画しているほか、ブルーレイのBOXで揃えていますよ」
「マジで……?!!」
「え? う、羨ましい」
「ちょっと真梨さん、今気にすべきはそこじゃないよ」
学園の王子様と謳われる生徒会長の意外な趣味事情に執行部の面々も絶句する中、真梨香が何かを思い出したように手を打った。
「そう言えば、昔、一緒に戦隊ごっこするためにストーリーから何から滅茶苦茶語って聞かせた覚えが……」
「はい。真梨香さんのプレゼンのおかげで、今の僕があると言っても過言ではありません」
「え、なんかごめん。主に篠谷君のファンの子マジでごめん」
学園の王子様と称される生徒会長の、衝撃の事実に真梨香の顔から血の気が引く。当の篠谷が堂々としているのがさらに申し訳なさに拍車をかける。
「戦隊ものと言えば今期のゲコクジャーはシナリオライターが長編時代小説の大御所だけあって、合戦前の描写が丁寧ですよね」
目を輝かせて戦隊ものを語る金髪碧眼の王子様系イケメン。どう考えても違和感しか感じない。その原因を作ってしまったのが己であると知った真梨香は、そそくさとその場を逃げることにした。
心の中で盛大に篠谷のファンの女生徒へと謝罪の言葉を唱える。
「え、えっと、何はともあれ落とし主が見つかってよかったわ。それじゃあ、私ちょっと職員室へ届け物があるから。篠谷君ももうジャッジピンクちゃんを落とさないように気を付けてね。主に篠谷君自身のイメージ保護の為にも」
そう言って足早に生徒会室を出ていった真梨香の背を見送りながら、梧桐が傍らの篠谷にぽつりと呟いた。
「それ、日焼けとかで色が褪せてピンクに見えるけど、元はレッド、だよね?」
その言葉に、篠谷侑李は完璧なまでに美しい顔をほころばせて、柔らかく微笑んだ。
「ええ、情に脆く、猪突猛進、思い込みが激しくて周囲の好意に鈍感、そして人一倍のお人よし。ジャッジレッドは僕の最推しなんです」
「なるほどね~。確かに誰かさんにそっくりだもんね」
「……この事は是非ご内密に。生徒会庶務殿」
「他ならぬ会長の頼みとあらば……会長秘蔵の玉露で手を打ちましょうか?」
見た目だけなら愛嬌抜群の生徒会の参謀兼庶務の要求に、正義を愛する生徒会長は握手で応えるのだった。
一方、置いてけぼりで会話を眺めていた小林はと言うと……
「ジャッジメン……俺も見てみよっかな~~~」
「それでしたら貸し出し用に全巻ダブルで揃えていますのでお貸ししますよ」
「ついでにゲコクジャーも見てみない? 今謎のブラックの正体が織田信長じゃないかって説で盛り上がってるんだけど、甲冑のモチーフからいくともっとのちの時代の武将がモデルなんじゃっていう説もあってね……」
うっかりつぶやいた言葉がきっかけで、先輩二人からの怒涛のプレゼン攻撃を受けることになったのだった。
某書店の特典SSと関連があるような無いような。まあ単独でもお楽しみいただけます。多分。
次こそは本編更新、頑張ります。