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コンクリートオアシス

「……ったく、よそモンだからって足下見てくれちゃってさ! 盗賊三人始末しても、生け捕りじゃないから減額なんてふざけてるよ!」

 俺の隣で憤然と地面を踏みつけて歩くエリス。

 こいつをイラつかせているのは街に入る前に片付けた盗賊の報償金。その金額だ。

 あの後街に入った俺たちは、検問の自警団に盗賊に殺された親父さんの遺体をトラックごと引き渡した。

 その時に盗賊退治の件でエリスが交渉に入ったが、結果はこいつ自身がぼやいている通りだった。

 俺としては実入りが少なかろうが多かろうが、そんなものはどうでもいい。

 やろうと思えばどんな状況だろうとどうにでも出来る。やるべき事も何も変わらない。

 だが俺がそう思っていると伝えた所で、エリスのむかっ腹は収まらないだろう。

 喋ることのできない俺が荒事、その代わりに交渉の一切を担当。

 この分業はエリスが自分から言い出した事だ。

 それだけに、自分の仕事だと認識しているだけに、今回の交渉の成果が許せない。ということだろう。

 こいつは確かに息を吸う様に嘘を吐く二枚舌のちんちくりんだ。

 だが、自分の決めたルールには正直だ。

 今回も盗賊の死体からはぎ取ったものをポケットに仕舞いこんでも、トラックに乗せてくれた親父さんの商品には一切手を付けたりはしなかった。

 誠意を払うべき相手に不義を働くことはない。

 今まで一緒に旅をしてきて、コイツの義理堅さと交渉能力については信頼している。

 いずれ気も収まるだろうし、次の交渉事になれば頭も切り替わる。

 だから放っておけばいい。

 そう結論付けて、俺は改めて自分の歩く街中に目をやる。

 黄金の海にも似た砂原にぽつりと浮かぶ廃墟。それを人の住処の土台として利用した町が、このオアージというところだ。

 崩れ傾いた高層ビルの成れの果て。並ぶそれをヒビ入って砂埃を被ったアスファルトの地面が支えている。

 ビルの根本には砂礫や日差しをボロ布で避けた露店が並び、路地の陰には日も高いうちから客を誘う蠱惑的な女の姿も覗いていた。

 それらはここに来るまでに立ち寄った町のどこでも見られたありふれたものだ。

 それ以上に目立つのは、そこかしこに立つ警邏の兵士たちの姿だ。

 検問でも見たがこのオアージの自警団兵士は異常だ。

 戦後、国と一緒に散り散りになった兵隊崩れをかき集めた集団程度なら今までにも見なかったわけじゃない。

 だがこの街で見かける兵士の装備はそんな連中の使っていた辛うじて使える程度のシロモノではない。

 どこで作ったものかは見当もつかないが、戦時の使い古しとは思えないライフル。

 開襟具合に違いこそあるものの、統一されたカーキ色の制服とその上に被せたポケット付きの防弾ベスト。

 そんな雇われ自警団としてはあまりにも豪勢な装備を身に付けた連中が、町のそこかしこで目につく。

 この兵員と武装の充実。

 そして町の日常を装って塗り隠した緊張感。

 俺はそれらからこの町全体に立ち込めたきな臭さを感じていた。

 そこで不意に近付いてくるけたたましいサイレン。

「え? なに!?」

 その音に驚くエリスと揃って、俺はその鳴り響くサイレンの近付いてくる方角を見やる。

 すると「入」の字の様な形で傾き重なったビルの隙間から、人影が一つ転がる様に飛び出してくる。

「ウッヒャハァ! ヤッべヤベヤベェ! ドジこいたぁあ!?」

 喚く様に騒ぎ走る、黒いフード付きジャケットを着た男。

 ヤバいと言う割に、その声はまるで鬼ごっこを楽しんでいる風にも聞こえる。

「なにあれ?」

 エリスはバタバタと近付いてくるに男の姿に眉根を寄せる。

 俺はそんなエリスと一緒に、近付いてくる騒動の種から逃げるように道の端へ下がる。

 どうでもいいが、面倒なもめ事に巻き込まれるのは面白くない。

「オッホッ!?」

 だがそんな俺の考えをよそに、黒フードの男は珍妙な声を一つ上げて俺達の方へ向かってくる。

 その直後、俺たちの居る通りへ、無骨な装甲車がドリフトで滑り込んでくる。

 車体の頭に赤い警告灯を回した装甲車は尻を振って軌道を立て直す。するとその前面の機銃の銃口をこちらへ向けて、砂塵を蹴り上げながら突っ込んでくる。

「ちょ、マジで!?」

 突っ込んでくる黒フードと装甲車。それに道を開けるように割れる人の塊。

 その人の流れに乗って俺とエリスも騒動の軌道から逃げる。

「ヘイ、パァス!」

 だが黒フードは割れた人の間をすり抜けながら、すれ違いざまに何かを俺に向けて投げつける。

 パスというよりはシュートと呼ぶべき勢いで飛んでくるモノ。

 そんなスピードで飛んでくるそれを、俺は思わず受け止めてしまう。

「ちょ!? なあッ!?」

 俺の手の中にある手の平サイズの小箱。

 それとそれを投げてよこして走り抜けた黒フードの背中を交互に見て、声を上げるエリス。

 すれ違いざまに見えた目深なフードの下に覗く両端を釣り上げた唇。

 逃げた男の残した笑みと、一斉に俺達へ向かってきた意識。

 それに俺はとっさにエリスの腕を引いてその場から駆け出す。

「し、シバ!?」

 状況についていけずに声を上げるエリス。

 その直後、俺たちの走り抜けた後の地面を銃弾が甲高い音を立てて跳ねる。

「ヒィイッ!?」

「ぎゃああああああ!?」

 放たれる銃弾。そして悲鳴を上げて逃げ惑う人々。

 波を作るそれに乗って俺たちは逃げる。

 すると黒フードを追いかけていた装甲車と兵士たちが、俺たちに狙いを変えて追いかけてくる。

《そこの大男と小娘止まれッ!! 大人しく止まれば悪い様にはしない!!》

「いきなり銃ぶっ放しといて、ふざけてんの!?」

 エリスの言うとおり、警告なしにぶっ放した連中が言うのではギャグにしか聞こえない。しかもまるで笑えないと来ている。

《止まれと言っている! 今度は当てるぞッ!!》

「やれるもんならやってみなよ!」

 そんな連中の言う事に従ってやるつもりになどまるでならない。

 押し付けられた箱を捨てて逃げる考えもあるにはあった。が、連中に目的を達成させてやるのは面白くない。

《いいだろう! ハチの巣にしてやる!!》

 そら来た。

 背中にぶつかる拡声器越しの定型文。

 それに俺は内心で唾を吐きかけながら、エリスを左手に空いた建物の隙間へ押し込みながら転がり込む。

「ぎゃあッ!?」

「ぐえ!?」

「うぎぃあ!?」

 直後、銃弾が路面を叩く音といくつもの悲鳴が俺の背中を叩く。

 背後の表通りで上がる血飛沫を一瞥しながら、俺は立ち上がってエリスと共に路地の奥へ駆け込む。

《逃がすな! 捕まえて奴の居場所も吐かせろ!!》

 拡声器を通して響く指示。

 それに続く形で足音が追い立てるように近付いてくる。

 エリスの背を叩いて急がせながら、俺はすぐ傍の壁に寄せてあったドラム缶を表通りに向けて蹴倒す。

「おお!?」

「な!? くそッ」

 中身をぶちまけながら弾み転がるドラム缶。

 それは追い掛けてきた兵士に正面から襲いかかって裏路地から押し戻す。

「シバ! 早く!」

 その間に薄暗い路地を先行していたエリスがドアの陰から手招きする。

 俺はその手招きに狭く薄暗い路地を走る。

 そして朽ちかけたドアを開き、エリスの先導する建物の中へ転がり込む。

 同時に、無骨なドアを銃弾が殴りつけて鈍い音が鳴る。

「こっち!」

 入口からすぐの階段。

 それをいくつか先行して上っていたエリスが、また急いで上る様に手招きする。

 跳ねるように駆け上るエリスの先導に続いて、俺も一段抜かしに階段を駆け昇る。

 踊り場で切り返して二階へ、そして同じように折り畳んでくの字を描く階段を上って三階へ出る俺達。

 その埃まみれの床を踏んだ瞬間、いくつもの足音が重なって階段を駆け上ってくる。

 近付いてくる足音に追い立てられるように、さらに急いで階段を上る。

 だが四階より上に続く階段は、崩落した上階の瓦礫に埋められて塞がっていた。

「ヤバ……!? シバ!?」

 歪に突き出た鉄骨や芯材。それが槍ぶすまの様に道を塞ぐ。俺たちが進むのを拒む瓦礫の壁に、エリスは振り返る。

「マズイよ! どうする!?」

 色の濃い焦りに歪んだその顔。そしてしだいに大きくなる階下からの足音。

 迷っている暇はない。

 俺はエリスの手を掴んで四階部分の廊下へ向かう。

 廊下に散らばる瓦礫。

 俺たちは大小様々のそれを避け、飛び越えて進む。

 その間にも重なり合った足音は俺たちへの追跡を続けている。

 積もった砂ぼこりを踏み散らし進む俺。その行き先のつきあたり。左への曲がり角へエリスもろとも飛び込む。

「う、そぉ!?」

 だが角の先にあった景色に、エリスから声が上がる。

 傾いたビルの乱れ立つ空。

 大口を開けた廊下。そこから飛び込んできた砂礫まじりの風が俺たちを殴りつける。

 俺たちの逃げ道はここで断れていた。

「ちょ……これ、シャレになってないよ……」

 まったく同感だ。

 面倒事に巻き込まれて、逃げた先は袋小路。まったく、笑えない冗談にもほどがある。

 口に出せないぼやきを俺は内心で呟く。

 そうして足元の瓦礫を一つ。拾い上げて角の後ろへ投げつける。

「おごぉ!?」

 鈍い音とくぐもった声。

 どうやら命中したらしい。

 だがすぐさま俺たちの後ろを銃弾の嵐が殴りつける。

「ひゃあ!?」

 今さら出ていった所でハチの巣。良くて拷問だ。

 こんな状況に持って行きやがったあのフード。生きてあったらただじゃおかない。

 だがちょっと待て。

 俺は袋小路と言ったが、本当にそうか?

 現に俺たちの目の前はバカみたいに開けている。

 追跡者のライフルが壁を叩き続ける中。俺は一歩前に出て抉り取られた廊下の下を見下ろす。

 なるほど。見てみるもんだ。

 どうにかなりそうな崩れ残りがいくつか見える。

 それを確認した所で、牽制を目的とした射撃が止む。

 多分今すぐにでも突っ込んでくる。

 モタモタしてはいられないようだ。

 意を決した俺は、頭を抱えていたエリスの体を抱える。

「ちょ、シバ!? どうする気!?」

 俺の右脇から顔を見上げてくるエリス。

 下を指さす手間も惜しい。

 俺は抱えたエリスの質問を無視して階下へ跳び下りる。

「なあッ!? むぐ!?」

 舌を噛ませるわけにもいかない。悲鳴を上げかけた口を塞いで黙らせる。

 僅かに出っ張った三階部のコンクリート床に着地。そして崩れるよりも早く二階へ。

 また崩れ残りのコンクリートへ着地。だが踏んだ瞬間足場が音を立てて崩れる。

「むうぅ!?」

 支えを失って落ちる俺たち。

 しかし俺はとっさにエリスの口から手を離すと、近くに下向きに突き出ていた鉄芯を掴む。

 二人分の重みを左手一本でブレーキ。

 踏ん張る手のひらと指を摩擦熱が焼く。

 そうして落下の勢いを緩めて、片膝を着いて一階部分へ着地する。

「いたぞ! 逃がすなッ!!」

 ひりひりと手を焼く熱。それが抜けきらない間に上から振ってくる怒声。

 それに俺は上を見ず、瓦礫の影へ転がり込む。

 俺たちの体が屋根の下に入るのに一拍遅れて、銃弾の雨がコンクリート床に弾ける。

 振り返ってその激しいステップを確かめて、俺は軽く息を吐く。

 だがそれもつかの間。

 俺の踏んでいた床が軋み、沈む。

「うえぇえ!?」

 右脇から上がる驚くエリスの声。

 それを引き金にしたかのように俺たちの足場が再び崩れ落ちる。

 だが今度の崩落はさっきの比ではない。

 俺の足を軸に、たとえ腕の長さが倍あっても届かない範囲で床が崩壊。

「ひゃ!? あぁああああああッ!?」

 瓦礫と混じって床下の空間へ落ちていく俺たち。

 真下から連続して響く重い音。

「あう!?」

 エリスの悲鳴と同時に俺の体を突き上げる衝撃。

 激突の重さに白黒する視界。その間にも背中から体を走り抜ける痛み。

 それに俺は歯を食いしばって堪える。

 そうしている内に、崩落を続けていた足場がその勢いを緩めて、そして止まる。

 静まった地下に響く小石の弾む固い音。

 二度、三度と跳ねて遠のいていく微かなそれ。

「う、うう……」

 小さなその音を遮る様なエリスの呻き声。

 どうやら声が出る程度には無事らしい。

 右腕に抱えていた旅の連れの具合をそう判断して、俺は瓦礫に埋まった体を起こす。

 体に乗っかっていた石ころや砂が滑り落ち、音を鳴らして転がっていく。

「あぁ……い、たたたぁ……」

 体に着いた砂埃を払いながら起きあがるエリス。

 エリスは痛む体を抱く様にしながら、辺りを見回す。

「ここ、地下の下水道……?」

 エリスの言うとおり、弧を描いた天井とそこかしこに開いた水の通り道からここが下水道なのは間違いない。

 だがそれは過去の話だろう。

 カラカラに乾いて水気の無い空間からは、この場がその機能を失って長いことが見てとれる。

「上には、上がれないかぁ……」

 それにつられて俺も、下水道跡から落ちてきた天井を見上げる。

 大穴の開いた天井。

 多少無理すればよじ登れなくもないだろう。だが銃を持った追跡者が控えている事からするに、ここから昇る意味はない。

 そして俺たちは顔を向かい合わせて目配せ。すると瓦礫の山から下りて下水道跡の奥へ歩き出す。

 なんにせよこの場所に居座り続けてもハチの巣にされるだけだ。

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