Act.3 UBU
こいつがオトナのオンナかって?冗談じゃない。
「おまえはおまえのまんまだよ。」
ジョッキのビールをあおりながら、俺は断言した。
「オンナって化けるもんだけどな。俺から見ればおまえはおまえ。変わんねぇよ。」
そんな俺を少し上目遣いで見て、そいつはコップのチューハイをちびちびする。
・・・・・その仕種は、変わってないけどな。
“聞いてほしいことがある”そう言われてはるばるこの東京まで呼び出された俺は、目の前に座るこの女の・・・、うーん・・・・・兄貴役、とでもいうんだろうか。
「・・・そう、なんだ・・・。」
俺のことを相変わらずの上目遣いで見ながらコップを置く。“話し出す”事をためらっている仕種。不思議とおまえのことはわかるんだよ。きっと今、なにか痛い思いをしているんだろうってことも。
もう何年になるだろうか。・・・多分、10年以上。俺はこいつを見てきた。
嬉しそうなこいつ。怒ったこいつ。哀しそうなこいつ。楽しそうなこいつ。その全部を見たつもりでいる。・・・・・それって、“青春を共にした”って言うんだろ?
「なんでそんなこと聞くワケ?」
だから、よくわかる。
おまえが、本当は、最後に会った時とじゃくらべものにならないくらい綺麗になってしまったってことも・・・・・。
「・・・ううん。・・・ほら、“東京”って人を変えるって言うじゃない。」
「なるほどね。」
でも・・・、何故か言えない。“綺麗になった”そのひとことが。
俺が最後に見たこいつは・・・、もう、口にするのもはばかれるくらい、“哀しい”こいつだった。いや、その半年前よりはマシだったかもしれないが・・・、このままこいつをひとりで東京にやってしまって大丈夫なのかと思ってしまうくらい、それくらい、あの頃のこいつは哀しみをその全身に溢れさせていた。
・・・・・けど、今は。
「ねぇ。しばらく会わないうちに、私、少しはオトナのオンナになった?」
再会して開口一番、あの頃の笑顔でそう聞いたそいつのにおいは・・・、それをごまかしたくなるくらい、・・・・・そうだったから。だから、ああ言うしかなかった。
「けど、少しやせたろ?仕事、大変なのか?」
どんな仕事かは知らないが、一応、ギョウカイ人らしいからな。
「・・・・・あぁ・・・、うん。ちょっと最近、いろいろあってね・・・。」
イカのゲソでもかじりながら何気なく言った俺の言葉に、そいつはあからさまに動揺した。
“いろいろあって”って、仕事でイロイロあるってわけじゃなさそうだ。
「そ。そのイロイロで俺をこんなとこまで呼び出したわけだ。」
仕事じゃないなら私生活。・・・・・まさか、男じゃないだろうな。
自分でも変だとは思う。俺には実の妹がいるが、こいつのことはその妹と同じものの様に思えてしまう。・・・いや、それ以上だな。こいつももう23で、立派に俺の手から離れて生きていけるとは思うんだが・・・、未だに要らぬ心配をしてしまう。もう父親の域。東京なんて危険な所、本当は行かせたくなかったくらいだ。
・・・・・多分俺のその思いは、昔、あんなことがあったからなんだけど。
「ごめんね、わざわざ。」
「いーやぁ。たかが新幹線で1時間半。たいしたことないさ。」
俺の冗談にやっと普通に笑ったそいつを見ながら、俺は平静を装ってジョッキに手をかけた。
・・・・・やっと。
そう、やっとこんな笑顔を見せるようになったんだよな。2年、かかった。
「・・・別にね、何があったとかいうわけじゃないんだけど。」
けど今のその笑顔は・・・、また違う色の影が見える気がするんだ。
「なんか、会いたくなったから。」
いつもそうだった。いつも、なにかあるとこいつは俺のところに来た。昔は、テストが悪かったり、友達とケンカしたり・・・で泣いてたが、2年程前、仕事で名古屋に移り住んだ俺のところまでわざわざやって来て、泣きもせずに俺を見上げたこいつは・・・
「おまえの“会いたい”には“なにかあった”がセットだろ。」
「やっぱり全部お見通しなんだ。」
・・・・・いや、やめとこう。思い出したくもない。
過去を打ち消しながら、俺は綺麗になったその横顔を見つめてみる。・・・否定はできないよな。・・・・・なにも言わなくても、馬鹿みたいにわかってしまう。
「・・・ね。今、すきなひと・・・いる?」
その言葉が、俺の予想を確信に変える。なぁ・・・・・、そうなんだろう?
「突然だな。」
“「もう誰も好きになれないような気がする」”
おまえは俺にそう言った。
・・・・・でも。
「けど・・・、まぁ、一応な。」
こいつが俺に伝えたい想い。それは・・・、俺にとって嬉しいような、淋しいような・・・、こわい、ようなもの。そう。きっと誰かのことを“すき”になってしまったことにこいつは戸惑っている。だから俺を呼び出した。
“すきなひとができた”って、普通ならそんなことで動揺なんてするはずない。人間だから、誰かを好きになってしまうのは必然に近い。・・・でもこいつの場合、そのことには大きな意味があって・・・大きな・・・、ためらいがあって。
ウィークデイの居酒屋。
まだまだ宵の口の店内では、学生らしいヤツラが周りのことなんて気にもせずに騒ぎまくっていた。 その喧騒も遠のくくらい、そいつは黙ったまま俺の胸あたりを見つめている。言葉をさがして・・・・・
「その人のこと、どうして“すき”なの?」
やっと紡ぎだされたその言葉に、俺は戸惑った。
「どうして・・って・・・、聞かれてもな。」
“すき”に、理由なんてあるだろうか。“俺の妹分が泣いてるからちょっと東京行ってくる”俺のその言葉に、めちゃくちゃ疑い深いカオをしたカノジョの顔を思い出しながら、俺はその意味を考える。でもさ。
「理由なんてないだろ。・・・あったらそりゃ・・、なんかウソクサイよ。」
“すき”に理由なんてない。“すき”を認識してしまう証拠は見つけられても、“~だから好き”“~なとこが好き”は、ただのワガママにすぎない。ただ、自分の嗜好に合った“部分”を好きなだけだ。そのひとをすきなわけじゃない。
「理由・・・・・。」
そう呟いたまま、そいつはまた黙り込んでしまった。黙って、なにかを考えている。
俺は本当に複雑な気持ちでいっぱいだった。まさか、こんなにも早くこいつからこんな相談をされるとは思っていなかったからだ。まだまだ時間は必要なんだと思っていた。こいつがまた誰かを信じられるようになるには・・・“すき”って言葉で自分自身を他の誰かに預けられるようになるには、まだまだ時間がかかるんだろうと思っていた。
・・・・・だから、まだ、その時間の間は俺のことを必要としてくれるんじゃないかって・・・、そう、思っていた。
バカだよな、俺も。本当に父親みたいだ。そうやって、俺の元からこいつが離れていくのは淋しいんだ。こんなふうに俺のことを必要としなくなって、俺を頼らなくなるのが怖いんだ。だから、勝手に思い込もうとしていた。・・・まだまだこいつは俺の妹なんだって。こいつが頼れるのは俺しかいないんだって。“だれかをすき”になったら、きっと、そいつには敵わないだろうからって・・・・・。
本当は、その“誰か”に頼るのが、こいつにとって一番いい方法だろうに・・・。
これはきっと、喜ぶべきことなんだ。
「で?そのオトコ、どんなヤツなワケ?」
だから、俺は思い切ってそう言った。・・・結構、決心いった。
「・・・・・え・・・?」
するとそいつはいかにも驚いたようなカオをして俺を見る。
「ばーか。おまえのコトわからないわけないだろ?俺を誰だと思ってんだ。」
見つめるなよ。俺だって内心複雑なんだ。・・・弱いとこ、おまえには見せられない。
「・・・すきなヤツ、できたんだろ?だから俺を呼び出したんだろ。」
俺の言葉に、今まで見たこともないような綺麗に表情をしてそいつはうつむいた。俺はそのカオに、もう、俺なんてこいつには必要ないんだと思う。・・・あいつが、あんなに哀しい顔をしてたあいつが、こんなカオでうつむけるんだ。戸惑って、少し淋しげで・・・、でも、その色さえもが綺麗に見える。
・・・・・おんなに、なったんだな。
「・・・・・わかんない。」
なのにそう言う。
「わかんないの。・・・・・私も、あの人も、“すき”がこわいから・・・。」
“すきがこわい”それが、こいつのこころのなか。
「認めたくないから。」
認めたくない・・・って。
わかるような気がした。・・・いや、こいつがそう言うのは痛いほどわかる。けど、相手もこいつと同じ思いを抱いてるなんて・・・・・。
「そいつがおまえにそう言ったの?」
俺の言葉に、無言で首を振る。そして。
「・・・・・伝わってきた。あの人の想い。・・・・・いたい、想い・・・。」
こいつの心の中に侵入した男。・・・・・俺じゃない、見知らぬ誰か。
「私を抱きながら泣きそうな顔するの。いつも強がって、意地張って、私なんて必要ない、すきなんかじゃないって顔しながら・・・すきをこわがってる。そんなの・・・、私だって耐えられないよ。」
・・・“私を抱きながら”って・・・、おまえ・・・・・。
「あんなふうに抱かれたら、“すき”を感じずにいられないじゃない。」
私も、あのひとも。
俺は絶句した。
・・・多くを語らなくても、さっきのこいつの言葉だけでだいたいの状況は把握できる。つまり・・・・・。
「最初は遊びのつもり・・・だったってことか?」
おまえにそんなことができたのか?
「・・・・・私もあの人も、もう、身体以外を信じられないの。・・・あのひとは最初からそんな瞳をしていた。・・・・・おんなじにおいを、感じた・・・。」
「でもそいつは遊びだったんだろ?」
気付けば言葉に怒りがこもってる。そいつはそんな俺にさっきよりも強く首を振って
「あの人も逃げてただけ。私と同じ。あのひとは悪くない。」
必死にそう言った。・・・・・言って、はっと、気付いたような顔をする。
“好き”なんて、気付けばそこにあるもんなんだと思う。無意識の意識。・・・特におまえは・・・、哀しみを知ってるおまえが感じる想いは・・・、きっと、本物なんだと思うよ。それに、そんなおまえをすきになったその男もまんざら捨てたもんじゃないかもしれない。悔しいけど・・・、それだけは保証できる。
「ほらな。・・・それが“すき”だろ?」
こわがらなくてもいいんだよ。たとえどんな状況から生まれたものでも、いくらそれを否定しようとしても、生まれてしまった想いはそう簡単には消せないんだ。
「そいつもおまえも、理由なんてない。仕方ないんだよ“すき”になったんだから。」
これは、喜ぶべきことなんだ。
俺はそいつにそう言いながら、自分にもそう言い聞かせていた。こいつがあれ以来始めて感じた“すき”を、簡単に否定したくはなかった。けど、おれのこころはそれを否定したいと言っている。・・・相反するふたつの思い。でも、どっちがこいつにとっていいかなんて・・・、こいつのこのカオを見れば一目瞭然だ。
依然戸惑った表情をしたまま俺を見つめるその瞳は、“これでいいの?”“あのひとをすきになっていいの?”と聞いている。
「・・・おまえも、そろそろ俺にばっか頼るのやめないとな。」
だから俺は、あえてそう言った。自分にも、言った。
「前言撤回する。・・・おまえ、綺麗になったよ。オトナのオンナになった。それって、おまえがいいコイしてるからだ。・・・・・そいつに、あいされてるからだ。」
だから、俺は必要ない。
「自信持っていい。おまえの“すき”もそいつの“すき”も・・・、本物だよ。」
泣き出しそうな顔をして俺を見上げるそいつのその顔は、本当に、今まで俺が一度も見たことのないこいつだった。こいつに関しては絶対の自信を持っていたはずの俺が、一度もさせてやれなかったカオ。・・・・・しあわせそうな、カオ。
「大丈夫だよ。・・・きっともう、悲しいことなんて起きないから。」
俺の言葉に、そいつは少し哀しそうに笑った。
こいつが自分の手の中から離れていくのは淋しいが、やっぱり、こいつの哀しい顔はもう見たくない。できることなら、この、しあわせそうなあたたかい顔をずっと見ていたい。だから俺は、こいつをその男に譲ることにしよう。きっとそいつはこいつを大事にしてくれる。しあわせにしてくれる。こいつにこんな顔をさせてやれる男だから、こいつと同じ哀しみを知っている男だから。こいつをちゃんと理解して、ちゃんとあいしてくれるはずだ。俺はこいつの哀しみを知りすぎた。・・・もう、妹離れしないとな。
「・・・・・で?そのオトコ、どんなヤツなワケ?」
まだ慣れない自分の想いを隠しながら、俺は再度そう聞いた。そいつは戸惑ったような、困ったような複雑な表情をする。同じだな。まだお互い、自分たちのそんな気持ちに心がついていかない。 ・・・・・けど、だんだん慣れていくさ。おまえの“すき”も、俺の妹離れも、今始まったばっかりだ。これって・・・・・真新しい、ウブな想い。
「あのね・・・、そのひとね・・・・・。」
そんな表情のままでその男のことを話しだしたそいつを見ながら、俺は少しだけ嬉しかった。
自分の手を離れて、ひとりで歩いていくその姿が・・・、まだほんの少しだけ、嬉しかった。
3部作の3話目。
読んで下さってありがとうございました。
これで完結、というわけではなく、“彼女”の話はまだまだ続きます。
というより、私は“彼女”のお話しか書かないのかも。
今後とも宜しくお願いします。




