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黒部川殺人事件 ー白い花がそれを見ていたー  作者: 蘭鍾馗


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01.吉沢と宮本

この物語はフィクションであり、実在の事件や人物、団体等とは一切関係がありません。また、実在する特定の事件等をモデルにしたものでもありません。

「吉沢さん。」



 ◇



 また宮本か。今朝は何だ。

 極東新聞の社会部デスク、吉沢忠司よしざわただしはこの男が苦手だ。


「昨日のトラック事故の記事ですけど。」

「何だよ。」


「『クラッチ部品』が破損したことが原因でブレーキが利かなくなった、って書いてありますけど、吉沢さんはこれ読んで何が起きたか理解できるんですか?」

「壊れたクラッチ部品がブレーキホースに当たってオイルが漏れたんだろ?それでブレーキが利かなくなったんだ。」

「『クラッチ部品』って何ですか?」

「……クラッチハウジングだって言いたいんだろ!だが一般の読者にクラッチハウジングだなんて言って分かるのかよ!」

「わかりませんよ。だからこそきちんと用語の解説をすべきじゃないですか。」

「そんなことに使える紙面が何処にある。」

「それを作るのが貴方の仕事だ。」


 上司に向かって偉そうなことをぬかしやがる。何様だ。


「難しい言葉や耳慣れない言葉は工夫して平易な言葉に言い換える、それが難しければ解説をつけるべきです。でもこの記事は言い換えでも解説でもなく、『クラッチ部品』という新しい言葉を作って『クラッチハウジング』という言葉の代わりに置き換えただけだ。」

「それがどうした、何が悪い。」

「クラッチハウジングはクラッチ機構全体を収めるケースでしょ?吉沢さん、あなたは筆箱のことを鉛筆部品と呼びますか?」

「呼ばねえよ。」


 宮本記者が言いたいことは、こうだ。


 クラッチハウジングは、エンジンと変速機の間を繋ぐおわん型のケースで、クラッチとそれを操作する機構全体を収めたものである。クラッチに付帯してる部品じゃない。

 だが、「クラッチハウジング」は耳慣れない言葉だ。そこでクラッチハウジングを「クラッチ部品」というわかりやすそうな名前に置き換えたのだろうが、この安易な名前の置き換えにより、クラッチハウジングの脇を通っているブレーキホースが、クラッチハウジングの破損が原因で傷ついたという事実がかえって分かりづらくなってしまった。

 読者には、クラッチを収めた「ケース」が破損したことで、その脇にあるブレーキホースが傷ついたということを理解してもらわないといけない。であれば、必要なのは言葉の言い換えではなく解説だ。


「……わかったよ。明日載せるこの件の続報に解説を付ける。それをお前が書け。記事は今、山元が書いてるから、相談して解説のつけ方を考えてくれ。」

「科学部に頼まなくていいんで?」


「お前の方が詳しそうだからな。………おい山元、山元居るか?」



 ◇



 宮本雄一郎みやもとゆういちろうは、入社18年目のベテラン記者だ。



 国や警察の記者発表を鵜吞みにせず、徹底的に裏をとり、まめに現場を歩く取材スタイルで、社内でも一目置かれた存在だ。古いやり方だと言われることもあるが、彼はこの自分のスタイルを変えるつもりはない。そして、おかしいと思ったら、他人が書いた記事にもこうして意見を言う。

 大勢の記者をまとめる立場の吉沢デスクにとっては、煙たい存在だ。だが、彼の意見や指摘は、いつもいちいちもっともなのだ。


「正面切って正論を振りかざすやつが、一人くらいは必要なんだよなあ。」


 なんだかんだと言いながら、吉沢デスクも宮本記者を信頼している。

 この信頼関係あってこその、今朝のやりとりなのである。


「ま、ああいううるさいのは、一人で十分だけどな。」


 吉沢は、すっかり冷めてしまったコーヒーをひと口飲む。

「これで、山元は今日大変だな。」



 ◇



 宮本記者が、こういう面倒くさいスタイルを貫くようになったのは、ある出来事がきっかけだった。


 入社して間もない頃、宮本は、神奈川県の丹沢山で一度遭難しかけたことがある。


 下山中、前を歩いていた初老の男と一緒に斜面崩壊に巻き込まれてしまったのだ。幸い、山崩れのほんの端の方に巻き込まれただけだったので、大した怪我を負わなくて済んだ。だが、前を歩いていた初老の男は足を挫いてしまい、ゆっくりとしか歩けなくなってしまった。そこで、宮本は男に肩を貸しながら慎重にゆっくりと下山を始めた。

 その後、なんとか男が仕事に使っている小屋までたどり着いたが、日が暮れてしまい、そこで二人とも一泊することになった。

 そして、初老の男は、自分が「山窩さんか」であること、元は三重県の山奥で暮らしていたが、昭和東南海地震で生活場所を失い、丹沢まで流れてきて、ここで山賊のようなことをしながら暮らしていることを話してくれた。

 宮本は、この時初めて昭和19年に発生したこの大地震のことを知ったのだった。それは、まだ戦時中であったこともあり、軍需工場の被害等を秘匿するために、国は被災地の被害に知らぬ顔をしたのだ。


 そして、翌朝下山した。


 その後、山窩さんかの男から手紙が届いて、三重県から流れてきた山窩さんか仲間の宴に招かれた。こうして山窩さんかの存在とその生活の様子を知った宮本は、その後、山窩さんかの取材を試みて再び男の家を訪ねたが、家はすでに取り壊されて更地になっていた。



 ◇



 この一件から、宮本は三つの大きな教訓を得た。


  ひとつ。国はいざとなれば平気で大噓をつく。

  ひとつ。現場まで行ってはじめて分かることがある。

  ひとつ。取材は一期一会であり、次の機会など二度と訪れない。



 ◇



 この三つの教訓を胸に、新聞記者の仕事を続けてきた宮本が、ここ数年追っている古い事件がひとつあった。


 黒部川殺人事件。


 1976年に起きたこの事件は、犯人が逮捕され、死刑判決が確定しているが、逮捕された当時の捜査が山窩さんかに対する偏見に基づいたずさんなものであり、冤罪である可能性が高いと言われている。


 俺の手でひっくり返してやる。

 宮本は、そう心に誓っていた。


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