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猫 in the 地球最後の日

作者: 仙人掌

吾輩は猫である。

名前はある。

ただここで俺の名前を知ったからといって、誰がどうかすると言うわけでもないので名乗らないでおく。

もう一度言おう、俺は猫だ。

しいて言えば野良猫にも関わらず、美しい毛並みを持つ高貴な、しがない高貴な黒猫だ。

ただこの他の猫よりサラサラヘアーだからといって何の意味も無い。

何故なら今日は地球最後の日だからだ。

人も猫も男も女も美も醜も優も劣もなく等しく死ぬのだ、にゃんてこったい。


「兄貴~!兄貴~!」


「どうした?」


人が・・・もとい猫がせっかく車の上という「ベスト日向ぼっこプレイス」で黄昏ているところを邪魔しやがって。

舎弟の三毛猫は俺の静かな怒りに気づきもせず、俺と同じように車体に乗って話し始めた。


「今日の夜、隕石が降って来て地球を滅ぼすってホントっすか?!」


「何せ町内野良猫会連盟もこの話を真実だと断定したんだ。信憑性はかなり高い」


最初はホラ話だと思われていた。

しかしいたるところの人間がその話をしているため地球最後の日が現実味を帯びてきた。

加えて連盟の長老が同じ滅びの予言を残して、享年百二十歳(猫的に)で逝った。

いつもより人通りが少ないところを見ると、人間達も最後の日を家族で過したいんだろう。


「兄貴・・・今までお世話になりやした!」


「おいおい、野郎に別れの挨拶はいらないって言っただろ?」


「あ、兄貴ぃ!」


三毛猫はわんわんと泣いた、猫なのに。

・・・・ちょっとつまらないか。


「それじゃ俺は彼女の元で最後の日を過ごすことにするっす!」


「あ・・・うん・・・そうか」


「兄貴、ご達者で!!」


お前・・・彼女居たのかよ・・・・

裏切られて酷く惨めな気分だ。

さっき別れの言葉は要らないと言ったばかりなことにツッコむ気すらしなかった。


「はぁ・・・」


目を細めて太陽のほうを見やると、とっくに太陽は傾き始めていた。

このままじゃ不味い。

最後の日を日向ぼっこに費やすなんてもったいなさすぎる。

あの野郎が彼女がいて、兄貴の俺がいないってのは格好付かないな。

そんな事実を残したまま終焉を迎えるのは悔しい。

どうせ最後の日なんだから当たって砕けろだ。


「にゃっ!」


車から飛び降りて塀の上を歩き始めた。

目指すは想い猫のマリーの家だ!


俺とマリーの出会いは晴天の今日とは正反対の雨が降りしきる六月のことだった。

その時の俺は三日もロクなモノを食べていなかった。

捨てられたばかりの子猫にはゴミの漁り方なんかわらない。

餓えたボロボロの子猫相手でも、雨は容赦なく体力を俺から奪っていった。

家を持つ者もホームレスにも関係なく、ただただ平等に雨が降る。


『俺は・・・こんなトコで死ぬのか・・・・』


飯を探して豪雨の中を歩き回るのも限界だった。

右足から体が崩れ、大きなしぶきを立てて水溜りに倒れた。

限界だ・・・ただ一匹の野良猫が死ぬだけだ、大したことじゃない。

そう諦めて目を閉じようとしたときだ。

霞み行く視界の中で天使の姿を見た。

マリーの毛並みは天使の翼と勘違いさせるほどの純白だったからだ。

家の中から心配そうに俺のことを見て、ひと鳴きした。

声なんか届くはずも無い溝が彼女との間にはあったと言うのに、こう俺には聞こえた。


『生きて・・・』


俺は立ち上がった。

自慢の毛並みも汚れていて、もう一歩も歩きたくない。

しかし彼女の言葉は死に損ないの俺に生きる活力を与えてくれた。

もう一度マリーの方を見ようとするとゴミ袋が目に留まった。

彼女の家のモノだろう。

俺はそれを喰らった。

飼い猫の彼女から見たら、俺は無様かもしれない。

だがマリーは俺が恥じるのを見越してか、すでに窓際から引っ込んでいた。

あいつが居なかったら今の俺は無い。


いつの間にか俺は駆け足になっていた。

そうだ、マリーが居なかったら俺は生きていないんだ。

せめて感謝の気持ちを伝えるくらい許されるだろう。

彼女の家まであともう少し・・・・


「マリー!」







彼女の家の前には大量の野良猫がいた。

そういやマリーは雄の野良猫皆のアイドルだったなぁ・・・


「ちょっとでいいんだ、顔を見せてくれ!」


「マリーたぁああああああん!」


「はぁはぁ・・・一目、一目だけでいいんだ・・・・」


「俺のことを忘れたのかよ?!」


「マリイ!マリイ!マリイ!マリイ!」


「MARYYYYYYYYYY!!」


これ飼い主が家に居たら全員まとめて保健所行きだよな。

野郎共の考えることは割と似たり寄ったりなもんだ。

もっとも一歩間違えていたら、俺もあの中に居たんだろうが。

流石にその輪の中に交わるのも愚かしい気がしたので、さっきより空しい気分になりながらマリーの家をあとにした。

良く考えたら『生きて・・・』の言葉も妄想だった気がする。


「あーどうすっかな」


精神的に疲労したので、体を伸ばしてひと鳴き。

にゃあ。

ペットショップでも襲撃してキャットフードをたらふく食べてみるか。

でも捕まったらお仕置きとかされるのはちょっと・・・

意外と地球最後の日になってもやることが無いもんだ。


「俺も死ぬのか」


もうどうしようもない事実をぽつんと呟いてみる。

暇になるとロクなことを考えなくなる。

どうせ何を考えたって無駄なのに。

未練が無いか、と聞かれればそれはあるに決まっている。

何せ俺は童貞だ。

せめてムチムチの雌猫とヤってから死にたい・・・・ッ!


「そうだ・・・どうせ死ぬんだ・・・・」


今日一日しかない、という恐怖がジリジリと俺の欲望を焦がし、追い立てる。

舎弟の三毛に彼女が居たってのに、この俺は未だに妙にナルシズムが入った性格のせいで彼女いない暦=年齢だ。

格好がつかないとかじゃなくて、普通に格好悪くて情けない。

何だか涙が出そうになってきた・・・

童貞のまま死ぬのなんて嫌だ!!

町内野良猫連盟の掟なんて知ったこっちゃ無い。

絶対に次に会った雌猫を犯してやる、にゃはッ・・・にゃはははははっ!


「早速運の悪い獲物が現れたみたいだな・・・・」


前方五十メートル位先に白地に黒ブチのメスを見つけた。

悪いな、怨むんなら地球が滅ぶこの運命を怨め。

貪欲な下卑た目で哀れな雌を睨みつけ、俺はゆらりと歩き出してから少しずつ加速して雌猫の元へ駆けた。

しかしその決意が僅か3分もたたずに揺らぎ始めた。


「ぁ・・・・」


もう限界だ、と言わんばかりに全身から力が抜けていったのが傍目にもわかる。

やせ細った手足が崩れ、彼女はゆっくりと倒れていった。

まるでマリーと出会った日の俺のように。


「水を・・・下さい・・・」


遠くからではわからなかったが、良く見るとこの子はまだまだ小さい。

本来なら親猫が色々と教え込んでやっている時期だ。

恐らくここらの水場が何処にあるかさえ知らないのだろう。

加えてこの炎天下だ。

水分不足でぶっ倒れても何の不思議も無い。


「お願いします・・・」


俺は悩んでいた。

結局のところ、皆死んでいくのだから、この小娘を助けたところで何になるっていうんだ。

むしろ自分の願望を叶えてから死ぬほうが良いに決まっている。

それにマリーが俺を助けてくれたと思っていたのも幻想だったんだし。

この際だからヤれるんならロリコンだろうと構いやしない・・・ッ!

また子猫はか細い声で助けを求めてきた。


「死にたく・・・・無いです・・・・・」


だからどうせ皆死ぬんだつってんだろ!

それなのにこのチビと来たら・・・どうせあと数時間の命なんだよ!


「ッ!」


でも本当にそれで良いのか?

弱った子猫を見捨てるどころか、襲うのが俺の生き方だったのか?

そんなに俺は格好悪いゲスだったか?

俺は・・・・俺は・・・ッ!


「あにゃぁあああああああああああああああああああああああ!!!」


俺は猫だ!

本能じゃない、ただ気の向くままに生きてるんだ!

グダグダ悩むのは人間様に任してればいい。

わけのわからない主張を心の中で叫んでいる頃には既に、数分前まで襲おうと考えていた子猫をくわえて走り出していた。


「ふぐにふふはら、ほふほっほはへへろ!」


「・・・・?」


「直に着くから、もうちょっと耐えてろ!」という内容だったのだが、全く伝わっていなかった。

某三刀流とかどうやって喋っているんだか。

オーバーヒートした思考の中で、そんなことを考える冷静な自分が居た。


「はふろふはーとら!」


ラストスパートだ、俺の巡回ルートの水飲み場がすぐ近くにあった。

ここのジーさんは水道水を植木にやるとき、いつもバケツで暫くの間放置してから使う。

俺はいつもそれを少しだけ拝借させてもらっている。

良かった、運がいい。

バケツには並々と水が注がれていた。


「ほら、早く飲め」


子猫は一心に水を飲み続けた。

お礼の言葉を待とうと思ったが、黙って何も言わずに消えた方がクールだ。

それ以前に少し前まで襲おうとしていた奴が、どのツラ下げて感謝されればいいんだ。

俺はチビが水を飲み終わるのを待たずにその場から去った。










夕日が真っ赤に町を染め上げる。

俺が歩く土手の上からは川がいつもより美しく見えた。

この光景を眺めながら歩くことは、俺の数少ない楽しみの一つだ。

土手の道をすれ違う、いつも俺で遊んでくる小学生のガキさえ可愛く感じた。


「結局、俺は童貞のままでその短い生涯を終えるわけだ」


悲観的なセリフとは対照的に、口元が緩み、心は晴れ晴れとしていた。

歩調も何処と無く軽い。

俺は俺のまま死ねる、その事実が単純に嬉しかった。

死の恐怖から最低な行為に走らなかった自分を誇りに思える。

夕焼けの中を背筋を正して、堂々と歩いた。


「隕石が降ってくるまで川に沿って歩いてみるか」


俺は、死ぬ最後の瞬間まで歩き続ける。







「ケンちゃん、隕石が降って来るとか嘘つくなよ~!」


「はいはい、悪かったって」


「だってケンちゃんがすっげー科学的に話すんだもん」


「あんなの完全にデタラメだよ」


「でも今日さ、こうかがくすもっぐ注意報だっけ?あれがホントに聞こえてきたときマジでびびったよ~」


「だから光化学スモッグが隕石と関係あるわけないじゃん」


「てか明日皆に怒られるかもよ?」


「皆そんなんで怒ったりしないって。冗談だってわかってた奴もいたし。でもまあ他の学校まで広まってたのにはびびったけどな」


残念ながら我輩は野良猫である。

人間の小学生の言葉がわかるはずも無かった。

御読了ありがとうございました。

コメント・誤字の報告をして下さると尚嬉しいです。


というわけで黒猫は後日、やっぱりお礼を言ってもらうまでその場に居ればよかったとか後悔します。

にしても猫可愛いですね、猫。

絶対にこの世は犬派<猫派なハズです。

転生してでも猫を飼いたいと思います。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ところどころ表現が猫っぽくなるのが良かったです。
[良い点] 話がスイスイと進み、展開も面白く、非常に良かったです。 キャラに感情移入しやすく、文章もとても読みやすかったです。 [一言] 世界観が面白かったです。 長編で描いてもらったら絶対読みます…
2010/07/30 21:10 退会済み
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