第四話 似た者同士
「……っ! ヒース様!?」
突然、座り込んだ俺を心配し、クラリスが俺の傍に駆け寄る。
「大丈夫だよ……安心したら、力が抜けただけさ……。情けないな……」
大変格好悪いことに、俺はクラリスに恋人が居ないとわかり腰が抜けたのだ。本当に情けない。俺の心配するクラリスに、座り込んだ理由を告げる。これを伝えれば、今度こそクラリスに幻滅されるかもしれない。
「ヒース様は情けなくなんてありません! 勉強家で、いつも手紙で私のことを気遣ってくださり……。私こそ、ごめんなさい……演技とはいえ、ヒース様の御心を試す真似をして……。怒りましたか?」
クラリスは俺のことを全力で励ましてくれる。そして表情を曇らせると、今回の件について謝罪をした。それから、俺の顔を窺う。確かに驚いたが、彼女を不安にさせた俺が悪い。
「いや、怒っていないよ。心底安心した。愛しいクラリスが俺以外と並んでいるなんて、想像したくもない……」
「ヒース様……」
俺は正直な気持ちを告げる。大切なクラリスに恋人がいないと分かり、腰が抜ける程に安心してしまったのだ。
「それに反省したよ……。これからは、クラリスにもっと気持ちを言葉にして伝えていくよ」
「……っ! ありがとうございます。ヒース様」
今回の件で俺は大いに反省をした。これからクラリスと共に生きていく上で、いい勉強になったのだ。俺の返事を聞くと、クラリスは笑顔になった。矢張り、彼女には笑顔が似合う。
「因みに、クラリスがこの作戦を考えられたのは、王都からヒース様の肖像画が届いたのが発端です」
「っ!? オリバー! それはっ……」
俺たちのことを傍観していたオリバーが唐突に口を開いた。そのことに、クラリスは立ち上げるとオリバーを止めようとする。
「? 嗚呼、少し前に描いてもらったな……」
俺はオリバーの言葉に首を傾げる。確かに、数か月前に王都の絵師に卒業の記念にと、肖像画を描いてもらった。荷物になるため、先に実家に送ったのは覚えている。先程、実家に飾られているのを見た。
「その肖像画をカロン伯爵邸で飾り、お茶会を開きましたら……。訪れたご令嬢たちが、ヒース様のことを偉く褒め称えたそうです」
「……はぁ……え? それがなにか?」
続けてオリバーは、肖像画が実家に届いた後の話をする。それが一体なんなのだろう?クラリスが今回の件を起こす、きっかけとなったというが如何にも結びつかない。
「『何って』……他のご令嬢たちが、私の婚約者であるヒース様のことを『カッコイイ! この様な方と結婚したいわ!』とか『是非とも、今度お話ししたいわ!』とか言われたのですよ!? ヒース様は私の婚約者なのに!!」
「……え、ごめん?」
クラリスが再び大きな声を上げた。反射的に、俺は謝罪を口にする。矢張り、6年間の空白の間に俺への鬱憤が溜まっているようだ。折角、クラリスを笑顔に出来たというのに、どうしたらいいのだろう。
「ヒース様が悪いわけではなりません……。私も肖像画のヒース様を拝見して、同じ様な気持ちになりました。それと同時に王都では魅力的な女性も多いと聞きます。私では……ヒース様はご不満に思われるかと……不安になってしまって……」
「いやいや! 俺にはクラリスが一番だよ! クラリスは俺の特別だ!」
俺が不安だったように、クラリスの不安だったようだ。俺は立ち上げると、クラリスに偽りのない気持ちを告げる。クラリスを置いて王都で勉強していた。留年は以ての外であり、早く帰りたい一身で勉強に勤しんでいたのだ。他の女性を気にしている暇などなかった。
「……ヒース様。その……嬉しいです……」
「クラリス……」
クラリスは俺の言葉に、頷くと軽く微笑む。
言葉足らずな俺の所為で、クラリスは色々と不満や不安を抱えていたようだ。他の令嬢たちの言葉に嫉妬してくれるのは、意地が悪いかもしれないが嬉しい。
「でも、その……少し離れていただきたく……」
「えっ!? なんで!? え! オリバー俺、何か匂う? 変!?」
突然、クラリスが俺から顔を逸らした。そのクラリスの行動と言葉が、俺の心に刺さる。慌てながら、オリバーに異常がないか確かめる。6年ぶり会えたクラリスにカッコ悪いところは見せたくない。今更だが、俺のほんの少しのプライドである。
「違います……その、本当にカッコよくて……その少し照れます……」
「……え……。いや、それならクラリスの方が美しくなって……」
小さな声でクラリスが、離れて欲しいと言った理由を告げた。その内容に、俺は驚くと共に嬉しくなる。それから俺も思っていたことを口にした。
「……っ!? そんな……」
「いや! 本当だって! 美しいけど、可愛いくて……」
今度はクラリスが驚く。本当に言葉にしないと伝わらないことを実感する。
「ふふっ! 私たち、お互いのことを思って空回りしていたのですね」
「そうだね。でもそれって、似た者同士みたいで嬉しいよ」
お互いのことを褒め合っていると、自然と笑顔になる。クラリスの言う通りだ。不安になった結果が今回の件である。しかし、クラリスの気持ちも知ることができた。そして俺もクラリスに言葉で伝える大切さを痛感することが出来たのだ。
今回の件がなければ、いつか後悔することがあったかもしれない。
「お帰りなさいませ、ヒース様」
「嗚呼、ただいま。クラリス」
幸せを感じながら、笑顔のクラリスを抱きしめた。
その後、クラリスがイリアに笑っていたのが恋する顔だった件について言及すると、俺の話をしていたと聞き、クラリスの可愛さと嬉しさから椅子から転げ落ちた。
そして、結婚式当日に余興として祝砲の砲弾をイリアが切るという芸当を見せた。オリバーが本当に俺の言ったことを現実化しているのに、若干引いた。だが隣で、楽しそうに微笑むクラリスを見て全てが吹き飛んだ。




