第8話 リース追放 ― 非情な断罪
リース追放 ― 非情な断罪
三か月が経ち、リース=グラスゴーの名は、学院の裏方で小さな評判になっていた。
彼女の手にかかれば、散らかった帳簿も、山のような書類も、すぐに整然と片付いてしまう。事務員たちでさえ感心するほどの働きぶりで、いつしか「グラスゴーがいなければ学院の事務は回らない」と囁かれるほどだった。
けれど、その評判は同時に――彼女をよく思わぬ者たちの反感を買うことにもなった。
レスター=ブラッドフォード。かつての婚約者。
クローリー=ジリンガム。新たに彼が寄り添う伯爵令嬢。
さらにバーンズ=カーライルとカトリーヌ=ドンカスター。
四人は、中庭で顔を寄せ合っていた。
「下働きのくせに、みんなに褒められて……調子に乗ってるわ」
クローリーが唇を歪める。
「おれは我慢ならん。リースのやつ、俺の婚約者でもないくせに、なんで周囲から認められてるんだ」
レスターは苛立ちを隠さず吐き捨てた。
そこで悪巧みが始まる。
ただの“いたずら”のつもりだった。
夜、彼女が寝泊まりしている物置小屋に近づき、脅すために炎の魔法を放つ。
それだけで、泣きながら逃げ出すリースを見て溜飲を下げられる――そう思っていた。
◇◇◇
しかし、その夜。
クローリーの杖先から放たれた炎は、予想以上に大きく、凄まじい勢いで物置小屋を飲み込んだ。
「きゃあああっ!」
中から響いた悲鳴に、四人は顔を真っ青にする。
「や、やばい! 火力が……!」
「すぐに消さないと!」
だが、もう遅かった。木造の小屋はあっという間に炎に包まれ、炎の柱が夜空を焦がしていった。
鐘が鳴らされ、生徒や教師が駆けつける。
水の魔法で必死に消火される中、煤まみれのリースが咳き込みながら外へと飛び出してきた。
「リース!」
黒髪のメアリー=ファーンバラが駆け寄り、彼女を抱きとめる。
「大丈夫!? しっかりして!」
その場に、青い髪をなびかせた男が歩み出る。
学院長――ポーツマス=アーセナルである。
「……これは何事だ」
低く響く声に、周囲が静まり返る。
そして、真っ先に口を開いたのはレスターだった。
「学院長! ぼ、僕たちは見てしまったんです! リースが、自分で火を放ったのを!」
「なっ……!」
リースの瞳が大きく揺れる。
「そうです! 小屋に不満があったから、わざと燃やしたんです!」
クローリーがすかさず同調し、カトリーヌも声を合わせる。
「わたしたち、止めようとしたんですけど……間に合いませんでした」
「ええ、間違いありません!」
炎の光に照らされ、四人は必死に嘘を重ねた。
「嘘です! わたし、そんなことしていません!」
リースは声を張り上げたが、その訴えは虚しく夜空に溶けていった。
アーセナルは冷たい目で少女を見下ろす。
「……なるほど。前々から、私はお前の態度が気に入らなかったのだ」
リースは息を呑む。
「わたしの……態度?」
「そうだ。落ちぶれた公爵家の娘のくせに、事務で少し役立った程度で評価を得ようとしている。そんなものは驕りだ」
その非情な言葉に、教師の一人が声を上げた。
「学院長! それはあまりにも理不尽です! リースが火をつけるなど……」
「黙れ」
アーセナルの声は氷の刃のようだった。
「私の決定に逆らうなら、この学院を去る覚悟をせよ。いいか、味方をするということは――共に追放されることを意味する」
教師たちは押し黙り、誰一人としてリースを庇えなくなった。
アーセナルは腕を振り下ろす。
「リース=グラスゴー! お前は学院の規律を乱し、火災を引き起こした罪により――今、この場をもって学院から追放する!」
「っ……!」
全身が震えた。必死に否定しても、誰も信じてくれない。
「さあ、すぐに出ていけ。冬の夜でも構わん。責任を取るのだ」
その一言で、リースの居場所は完全に消え去った。
◇◇◇
こうして――寒風吹きすさぶ冬の夜。
リースは何の荷物も持たされぬまま、学院の門を追い出された。
吐く息が白く凍る。
外は雪がちらつき、星も月も冷たい光を放っていた。
煤で汚れた頬に涙が流れ、リースは唇を噛む。
「わたし……どうして……」
足は凍りつくように冷たい。
けれど立ち止まれば、本当に倒れてしまう。
学院の門が遠ざかっていく。
そこに戻ることは、もう二度とない――。
こうして、まだ十六歳の少女リースは、非情な決断の犠牲となり、冬空の下に放り出されるのだった。




