閑話4 アリータ編 ダイエー王国への道
船旅の始まり ― 荒れる海と仲間たちの試練
港を出てすぐの海は、思ったよりも穏やかだった。
春先とはいえ冷たい潮風が顔に刺さるようで、アリータは外套の襟をきゅっと握りしめた。
船の甲板には、彼女と同じように心細そうに外を見つめる仲間たちの姿がある。
けれど、その目には確かに「前に進む」という決意も宿っていた。
しかし、それは長くは続かなかった。
出港して三日目の夜、海は突如として牙をむいた。
空は黒雲に覆われ、稲光が瞬き、船を叩きつけるような大波が次々と襲いかかってきた。
「しっかり掴まって!」
アリータは叫びながら、隣にいた調査員のカレンの手を強く握った。
船員たちは必死に帆を下ろし、舵を守ろうと走り回る。
雷鳴にかき消されそうな怒号が、甲板のあちこちから響いた。
彼女の足元では水が溜まり、何度も転びそうになる。
必死に体を支えながらも、心は恐怖でいっぱいだった。
「このままじゃ……流される!」
仲間の一人、リバプールが顔を歪めて叫んだ。
その声は現実を突きつけるものだった。
アリータもわかっていた。
この荒れた海では舵を取ることなどほとんど不可能だ。
船はただ、大自然に翻弄される小舟にすぎないのだ。
嵐は丸一日以上続いた。
誰も眠ることができず、ただ祈るように夜を越した。
朝になっても空は鉛色で、水平線すら見えなかった。
アリータは疲労で意識がぼんやりする中、心の底から思った。
――どうか生き延びさせてください、と。
そして数日後、彼らが気づいたときには、船はすでに見知らぬ港にたどり着いていた。
そこは隣国の港町。
予定していたダイエー王国とは正反対の方向に流されていたのだ。
「嘘……ここって……」
アリータは呆然と呟いた。
目の前には異国の街並み。
言葉も通じないかもしれないし、ここからどうやって目的地に行けばいいのかもわからない。
けれど、落ち込んでいる暇はなかった。
仲間たちも同じように途方に暮れていたが、エリオットが大きく息を吐いて言った。
「とにかく、次の船を探そう。立ち止まってたら春が終わっちまう。」
その言葉に、アリータは顔を上げた。
そうだ、立ち止まるわけにはいかない。
リースお嬢様に再び会うために、彼女はここまで来たのだ。諦めるなんてできない。
それからの日々は、まさにあたふたの連続だった。
言葉が通じず買い物一つも一苦労。
船宿に泊まるにも足りないお金をどうにかやりくりし、仲間たちと食べ物を分け合った。
新しい船を探すために港を駆け回り、何度も断られ、それでも交渉を続けた。
寒さは少しずつ和らいでいたが、アリータの胸の中は焦りでいっぱいだった。
「もうすぐ……春になってしまう……」
そう思った頃、ようやく彼らはダイエー王国へ向かう船を見つけることができた。
船に乗り込む瞬間、アリータの胸には安堵と期待が入り混じった。
長かった遠回りの旅路も、ようやく終わりが見えてきたのだ。
そして――再び海を越え、今度こそ目的の王国に辿り着いたのは、桜が咲き始める春の日だった。
街路樹の枝にほころぶ花々を見た瞬間、アリータは思わず深く息を吸い込んだ。
冷たい冬と嵐を乗り越えた彼女たちを迎えるように、国全体が柔らかな光に包まれていた。
「着いたんだ……ダイエー王国に。」
その瞬間、アリータの目には涙が滲んだ。
仲間たちも同じように笑顔を浮かべ、互いの肩を叩き合った。
どんなに苦しくても諦めずにここまで来た。
それは、すべてリースお嬢様のいる学院にたどり着くためだった。
「いよいよ……お嬢様のもとへ行けるんだ。」
アリータの胸は高鳴り、足取りは軽くなった。
学院の門をくぐるその日まで、もう一歩も迷わない。
嵐も遠回りも、すべてはこの瞬間のためにあったのだと信じて。




