閑話9 クローリー編 修道院での初めての公開奉仕の日
修道院での初めての公開奉仕の日
季節は秋に差し掛かっていた。
修道院の鐘が、重く響き渡る。
「今日は年に一度の奉仕の日です」
修道院長の言葉に、修道女たちが一斉に頭を垂れた。
奉仕の日――それは修道院が村人に食事や薬草を分け与え、同時に修道女たちが雑務を手伝う行事だ。
村の人々はそれを「聖なる施し」と呼ぶが、クローリーにとっては恐怖でしかなかった。
(まさか……村人たちの前に、わたしが出るというの……?)
かつて伯爵家の娘として、高級馬車に乗り、貴族の視線を浴びていた自分。
その自分が、村人たちの前で、修道服をまとい、下働きのように奉仕するなど――。
「ジリンガム嬢」
「は、はい……!」
院長の視線が突き刺さる。
「あなたには特別に、人々へ食事を配る役を任せます。伯爵家で贅を尽くしてきたあなたが、粗末な麦粥を配る。これこそ神の試練です」
周囲から小さな笑いが漏れた。
クローリーは耳まで赤く染め、唇を噛んだ。
広場には、すでに多くの村人たちが集まっていた。
籠に入った野菜や、鍋で煮込まれた麦粥の匂いが漂う。
クローリーは木の桶を抱え、列を作る村人たちに、ひとりずつ粥をよそっていく。
「ありがとう、修道女さま」
小さな子どもが笑顔で受け取った。
その無邪気な笑みに、一瞬だけ心が和らぎそうになる――が、すぐに現実が突きつけられた。
「あれ……お前、見たことあるぞ。ジリンガム伯爵家のお嬢さんじゃないか?」
中年の男が声を上げた。
その瞬間、周囲の視線が一斉に彼女に注がれる。
「本当だ、あのピンクの髪……間違いない」
「へえ、あれが噂の……リース嬢を陥れようとした伯爵令嬢か」
「こんなところで粥を配るなんて、落ちぶれたもんだな」
ざわめきは広がり、好奇と嘲笑が入り混じった視線が突き刺さる。
クローリーの手は震え、粥をよそう匙から熱い汁がこぼれてしまう。
「きゃっ……!」
粥が修道服にかかり、布に染み込んでいく。
それを見た村人たちは、堪えきれず笑い声をあげた。
「おいおい、お上品なお嬢様は粥すらまともに配れないのか!」
「やっぱり世間知らずだな!」
笑いの渦。
クローリーの頬に熱がこみあげ、視界が滲む。
(やめて……見ないで……! わたしは、こんな……!)
さらに追い打ちをかける出来事が起こった。
人混みの中から、見覚えのある顔が現れたのだ。
「……あなたは……」
それはかつての学院の同級生だった。
名はエリザベート。裕福な商家の娘で、かつてクローリーに散々見下された少女だ。
「あら……まあ! 本当にクローリー様? こんなところで奉仕をなさってるなんて、夢にも思いませんでしたわ」
その声はわざと大きく、周囲に響き渡る。
村人たちの視線がさらに集まり、笑いは一層強くなった。
「学院であんなに偉そうにしていたのに……」
「結局、修道院で粥配りか。ざまあみろだな」
クローリーの胸に鋭い刃が突き刺さった。
屈辱に耐えられず、目を伏せる。
だが、匙を持つ手を止めるわけにはいかない。
止めれば、院長の冷たい叱責が飛ぶだけだから。
夕暮れ。
奉仕が終わったころには、全身が疲労で震えていた。
両手には粥の匂いが染みつき、背中は重く痛んでいる。
けれど、それ以上に心が打ちのめされていた。
(わたしは……もう誰からも笑われる存在に……)
石畳に落ちる夕日の赤は、まるで血のように見えた。
涙が頬を伝う。
誰も慰めてはくれない。
ただひとつの事実が、胸を締め付ける。
――すべてはリースを妬んだ自分のせい。
――そして、最後までリースに勝てなかったということ。
修道院の鐘が、また響いた。
奉仕の日は終わった。
だがクローリーの屈辱の日々は、これからも果てしなく続いていくのだった。




