閑話7 クローリー編 クローリーの断罪
クローリー=ジリンガムの没落
冷たい鉄の手錠がカチリと音を立てて閉じられたとき、クローリーの胸を満たしていた「勝利の高揚感」は跡形もなく消え去った。
連行される馬車の中、視線を合わせようとしない兵士たちの無言の圧力が、かえって心を締めつけてくる。
「どうして……どうしてこんなことに……」
小さな声がもれたが、誰も答えなかった。
ただ、石畳を叩く馬蹄の音が、無情にも彼女を現実へと引き戻す。
王都警備隊舎。
そこは罪を犯した者が取り調べを受け、裁きを待つ場所だ。
薄暗い部屋の中、椅子に座らされたクローリーは、向かいに座る騎士の鋭い目をまともに見ることができなかった。
「クローリー=ジリンガム。あなたがリース=グラスゴー嬢を罠にかけ、危害を加えようとしたのは事実か?」
「ち、違うの! わたしは……ただ、ちょっと……からかっただけで……!」
必死の否定は、机を叩く重い音に遮られた。
「からかい? 伯爵令嬢が人を誘拐しようとするのが“からかい”か!」
怒声に身体がすくむ。喉が乾き、息も苦しい。
だが、何を言っても無駄だということは、すでにわかっていた。
物置小屋での出来事は、すべて証拠として押さえられている。手紙も、エックス――護衛騎士による証言も。
三日後。
ジリンガム伯爵――彼女の父が、娘の前に姿を現した。
かつて見たこともないほど険しい表情に、クローリーは無意識に震えた。
「愚か者が……! おまえが、ジリンガムの名をどれほど汚したか、わかっているのか!」
「お父様、ち、違うの……わたしは……ただ……」
「黙れ! 言い訳は聞きたくない。おまえのせいで、我が家は笑いものだ!」
父の声には、失望と怒りが混ざっていた。
その視線は、もはや娘を見てはいない。ただ一人の罪人を見ているようだった。
そして決定的だったのは、婚約者レスターからの一通の書状だった。
『クローリー嬢との婚約を、ここに破棄する』
淡々とした文面。
だがその冷たさが、彼女の胸を鋭く刺す。
結局、自分の地位や未来を支えてくれるはずだった婚約も、砂の城のように崩れ去ったのだ。
学院からの退学処分もすぐに下った。
「規律を乱し、他生徒の命を危険にさらした」というのが理由だった。
教室に戻ることも、友人たちと笑い合うことも、もう二度とできない。
「わたしは……終わったんだ……」
呟いた言葉は、壁に吸い込まれていくだけだった。
本来なら――死罪も免れなかっただろう。
けれど、その処分を止めたのは、他ならぬリースだった。
「クローリーを……死なせないでください。彼女も、ただ妬みに囚われただけなんです。罰は必要です。でも、命までは奪わないで」
そう言って、彼女は王都の裁判官たちに懇願したのだ。
かつて自分を陥れようとした相手を、庇ってまで。
クローリーには、それが信じられなかった。
いや、信じたくなかったのかもしれない。
結局、クローリーに下されたのは「修道院送り」という判決だった。
表向きは「更生のため」――だが、実際には王都から追放され、厳しい規律のもとで一生を過ごすことを意味していた。
出立の日。
小さな馬車に乗せられ、郊外へと運ばれていく途中、クローリーは窓から流れる景色をぼんやりと見ていた。
涙が頬を伝い、手の甲を濡らしていく。
「どうして……どうしてわたしは、あの子を妬んでしまったの……」
リースの顔が浮かぶ。いつも明るく、誰にでも優しい彼女。
憧れていたはずなのに、気づけば憎しみに変わっていた。
その愚かさが、すべてを壊したのだ。
田舎の修道院に着いたとき、クローリーはもう抵抗する力を失っていた。
石造りの壁に囲まれた静かな場所。
鐘の音が響くと、シスターたちが祈りを捧げている。
これから自分も、その一員になるのだろう。
かつては社交界で注目を浴び、煌びやかなドレスを纏っていた自分が、今や質素な衣の中に押し込められる。
落差のあまり、笑いすら出なかった。
「……リース」
最後に彼女の名を呟く。
その声は祈りのようでもあり、懺悔のようでもあった。
――最後まで、リースには敵わなかった。
そう思い知りながら、クローリー=ジリンガムは修道院の門をくぐっていった。
涙は止まらなかった。
妬みに囚われ、すべてを失った自分の愚かさを噛みしめながら。




