第44話 メアリーからの手紙
メアリーからの手紙
夜、騎士団の管理室の部屋で手紙を読み返していた。
差出人はメアリー。
学院時代からの数少ない友人のひとり。
――けれど、なにかが変だ。
「秘密の悩みがあるから、一人で来て」
なんて、メアリーが書くような文じゃない。
あの子はもっと正直で、怖いことがあればすぐ顔に出てしまう性格だ。
それに、わざわざ町外れの物置小屋を指定するなんて……。
胸の奥がざわざわした。
本当なら飛んでいきたい。
でも、これは罠の匂いがする。
◇
翌日。学院近くの大通りを歩いていたら――本当に偶然、メアリーと出会った。
紺色のスカートを翻しながら、パン屋から出てきたところだった。
「メアリー!」
思わず声をかけると、彼女はびっくりした顔で振り向いた。
「え、リース? どうしたの?」
「……これ、書いた?」
私は昨日受け取った手紙を見せた。
メアリーは目を丸くして首を横に振る。
「なにこれ……私、こんな手紙知らないよ!」
「やっぱり……」
胸の中で小さく息をついた。
メアリーは眉をひそめ、不安そうに私を覗き込む。
「誰かが、私の名前を勝手に使ったってこと?」
「そうだと思う。この手紙のことは学院の人には内緒にして。大事になる前に、こっちで調べるから。あともう一つ用件があって、もし淡いピンク色の髪をした女の子――アリータっていう子が学院に訪ねてきたら、わたしが騎士団にいるって伝えてほしいの」
「……わかった。リース、気をつけてね」
メアリーは小さく頷いて、心配そうな目を向けてくれた。
◇
その夜、副団長のシュワーラに相談した。
銀色の髪を束ね、机に向かっていた彼は、私の話を聞き終えると、深いため息をついた。
「やはり……狙われているな」
「狙われている……」
その言葉に、背筋が冷たくなった。
「いいかリース。この件は一人で動くな。君をおびき出すための罠だ。だが、敵の尻尾を掴むチャンスでもある。指示に従ってくれるか?」
「はい」
私はまっすぐ彼を見て答えた。
もう迷わない。逃げてばかりではいけないのだ。
「指定の時刻に倉庫街へ向かえ。だが、騎士団が影で援護する。君はいつも通り振る舞えばいい」
午後三時。
私はひとりで町外れの倉庫街に向かって歩いていた。
昼下がりだというのに、そこはひっそりしていて、空気がひどく冷たく感じられる。
古びた木材の匂いが鼻を突き、誰もいないのに見られているような気配がする。
メアリーから届いた手紙。
――でも、それが偽物だということはもうわかっている。
彼女本人に確認したとき、メアリーは首を振り「知らない」と答えた。
つまり、誰かがメアリーを名乗って、私をこの場所へおびき出そうとしている。
(副団長に言われた通り、わたしは“来たふり”をするだけ……)
胸の奥で小さく呼吸を整える。怖さはある。
けれど、今は逃げない。
真相を確かめるために。
◇
物置小屋の扉を押すと、ギイ、と不気味な音を立てて開いた。
中は暗くて、埃っぽい。薄明かりの中に、誰かの影が見えた。
「……やっぱり来たか」
低い声。無精ひげに擦り切れた外套。酒場の匂いが漂ってきそうな男――エックスだった。
「あなたは……」
「しっ。声を荒げるな。こっちだ」
彼は私に紙切れを差し出した。
そこには大きな字で、短い指示が書かれていた。
――『驚いたふりをして、しばらく会話を続けろ。その後、外へ出ろ』
私は思わず顔を上げた。
「これって……演技?」
エックスは口の端を上げ、指を口に当てた。
「そうだ。おまえが怖がる姿を“誰か”が外から見てる。おまえは芝居をしてればいい。捕まえるのは俺たちの役目だ」
胸が高鳴った。どうやら、騎士団はすでに包囲を整えているらしい。
◇
私は紙を握りしめ、演技を始めた。
「どうして……どうしてこんなことをするんですか!」
わざと声を震わせ、身をすくめる。
エックスも合わせて、乱暴に笑った。
「おまえみたいなお嬢様、こうして脅されるのが似合いだろう?」
声が小屋の中に響き、私は胸の奥で必死に恐怖を抑えながら、足を少し後ずさった。まるで本当に追い詰められているかのように。
数分、そんなやり取りを続けた。
やがてエックスが紙を指さし、目で合図する。――『外へ出ろ』。
私は大きく息を吐き、扉を押し開けて外へ飛び出した。
◇
眩しい午後の日差しの下。
そこには、信じられない光景が広がっていた。
二人の男性に拘束され、両手を縛られて膝をついている女。
淡い金の髪に華やかなドレス――それは、クローリー伯爵令嬢だった。
「……クローリー……さん?」
私の声に、彼女はギリ、と歯ぎしりした。
「なぜ……どうしてバレたのよ……!」
副団長シュワーラが一歩前に出る。
銀髪を光らせ、冷静な目で彼女を見下ろしていた。
「おまえがメアリーを騙った手紙を出したのは分かっている。リースを陥れるための計画、すべて証拠を押さえた」
「わたしはただ……!」
クローリーの瞳は悔しさに震えていた。
「どうしても、あなたが憎かったのよ! 公爵令嬢だからってみんなから慕われて……レスター様の目まで奪って!」
その叫びは、空気を切り裂くように鋭かった。
でも私は、何も言い返せなかった。
彼女が抱いていた嫉妬や怒り――それがどれほど強かったか、痛いほど伝わってきたから。
◇
けれど、もう彼女の企みは終わったのだ。
騎士団員たちがクローリーを立たせ、引き立てていく。
副団長は私の方を振り返り、静かに頷いた。
「よくやったな、リース。君が演じてくれたおかげで、計画は暴かれた」
私は大きく息を吐き、震える手を胸に当てた。
「……ほんとうに、終わったんですね」
「いや、始まったのかもしれん。だが安心しろ。君はもう一人ではない」
その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなった。
◇
夕暮れの帰り道。
私は空を見上げた。
西の空は赤く染まり、鳥たちが巣へと帰っていく。
今日の出来事は、きっと一生忘れられないだろう。
メアリーを装った偽手紙。
罠にはめようとした伯爵令嬢。
でも私は、仲間の力を借りて乗り越えた。
(これからも、わたしは前を向いて歩いていける……)
風が頬を撫で、金の髪を揺らす。
その瞬間、私ははっきりと感じた。
――どんな罠が待っていても、仲間となら必ず立ち向かえる、と。




