第43話 リース=グラスゴーの正体は?
リース=グラスゴーの正体
石畳に夕陽の光が差し込み、寮舎の裏庭は静けさに包まれていた。
春の風に金の髪を揺らしながら、リース=グラスゴーは小さな桶を片付けていた。
その姿はどこか慎ましく、けれども凛としていた。
背後から足音が近づき、銀髪をきっちり後ろで束ねた青年が現れる。
シュワーラ=エレメント、副団長である。
冷静な瞳がリースを見つめ、やがて口を開いた。
「……ポーツマス学院で君のことを聞いた。リース=グラスゴー。君は元公爵令嬢で、王妹マリアンヌ様の娘なのだな」
リースは驚いたように目を瞬いた。
逃げることはせず、ただ深く息をつき、静かにうなずいた。
「……はい。名前は偽っていません。ただ……年齢だけをごまかしていました。本当は十六歳です」
その答えに、シュワーラの胸に複雑な感情が走った。
彼女が若すぎることへの驚きと、長い間の謎が解けた安堵。
そして、自分の淡い恋心が静かに幕を閉じていく感覚でもあった。
「そうか……。だが、それならなおさらここにいるべきではない。君をこのまま下働きにさせておくわけにはいかない。すぐにでも王城へ案内すべきだろう」
当然の言葉を投げかけると、リースは意外な返事をした。
「……今は、ここで働かせてください」
シュワーラの眉がわずかに動く。
「なぜだ? 君は王族の血を引いている。ここに留まる必要はないはずだ」
リースは少し寂しげに笑った。
「……母が父と結婚したとき、祖父は激しく反対していました。だから、きっと私のことも恨んでいると思っていたんです。お城に行っても、歓迎されない……そう思っていました」
その言葉を聞いたシュワーラの胸に、静かな怒りと哀しみが同時に広がる。
彼は首を横に振り、強い声で告げた。
「そんなことはない。むしろ逆だ。リース嬢を探すために、隣国にまで調査員が派遣されている。前国王陛下は、愛する娘が他国に嫁いだことに最も心を痛めておられた。君の存在は、決して軽んじられるものではない」
リースの蒼い瞳が揺れ、胸の奥の氷が少しずつ溶けていくようだった。
それでも彼女は、小さくかぶりを振った。
「……それでも、今は人手が足りないんです。私が急にいなくなれば、仲間たちに迷惑がかかります。だから、せめて代わりの人が来るまでは……ここで働かせてください」
その言葉に、シュワーラはしばらく黙り込んだ。
あまりにも真っ直ぐで、あまりにも彼女らしい答えだったからだ。
十六歳の少女とは思えぬほどの責任感と強さ――それが彼女の本質なのだと、彼は悟った。
やがて、静かに微笑みを浮かべる。
「……わかった。だが、君をこのままにしておくつもりもない。必ず迎えは来る。その時まで、私は君を見守ろう」
リースは小さく頭を下げた。
春の風が二人の間を抜け、淡い花の香りを運んでいった。




