第42話 シュワーラ=エレメント リースの正体を知る
シュワーラ=エレメント リースの正体を知る
リースの正体を聞かされた時、シュワーラ=エレメントは言葉を失った。
副団長として数々の修羅場をくぐり抜けてきたが、心の底から驚愕したのは久しぶりだった。
「……元、公爵令嬢……?」
低くつぶやいた声は、自分でも信じられないほど震えていた。
目の前の男――無精ひげを生やし、擦り切れた外套を肩に引っかけた調査員エックスは、淡々と語っただけだ。感情を挟むこともなく、事実を淡々と告げるその口調が、かえって重く響いてくる。
あのリースが、公爵令嬢であり、しかも国王の妹マリアンヌ様の娘――。
これまで「町娘」と信じて接してきた日々が、一瞬で音を立てて崩れ去った。
シュワーラは拳を握りしめ、冷静さを保とうと必死に呼吸を整えた。
胸の奥で、何かがぎゅっと痛んでいる。
彼女の正体が明かされたことで、自分の抱いていた感情がまるで幻だったかのように思えてならなかった。
リースに向けていた淡い恋心。
それは、彼女が身分の低い少女だからこそ芽生えたものだったのかもしれない。
年齢も「十八」と聞かされていたから、十歳差とはいえ、結婚を考えることも不可能ではなかった。
だが、真実は「十六歳」十二歳差となれば、さすがに大人の自分が恋い焦がれていい相手ではない。
シュワーラは静かに目を閉じた。
脳裏に浮かぶのは、必死に働き、雑務を一手に引き受けるリースの姿。
書類を整理する手際のよさ。
掃除の最中に見せる明るい笑顔。
あれはどう見ても平民か、せいぜい下級貴族の娘の立ち振る舞いだった。
「……公爵令嬢の気配なんて、これっぽっちもなかったな」
ふっと口元に笑みが浮かんだ。
自嘲のようであり、同時にあきれも混じっていた。
十六歳という若さで、あそこまでしっかりしている少女がいるとは。
立場を隠し、下働きに徹していたのだ。
彼女なりの理由があったのだろう。
しかし――。
「俺の想いは、ここで終わりか」
ぽつりとこぼした言葉は、思った以上に重かった。
恋は終わった。
だが、なぜか不思議な安堵が胸を満たしている。
自分の想いが報われることはないだろう。
それでも、彼女が幸せになるのなら、それでいい。
そう思える自分がいた。
副団長としての責務もある。
国王が探していたリース=グラスゴーが、目の前にいる少女である可能性が高い。
それを報告する義務がある。
しかし――今のままでは証拠が足りない。
ただの噂話として終わらせるわけにはいかないのだ。
シュワーラは深く息を吸い込んだ。
冷たい夜風が頬を打ち、頭を冷やしてくれる。
恋心は消えても、守りたいという気持ちは残っている。
彼女が元公爵令嬢であろうと、ただの町娘であろうと、今までと同じように支えることはできるはずだ。
エックスは無言で煙草をくゆらせていた。
その姿が、どこか現実と夢の境をつなぐ存在のように思えた。
情報を持ち込み、心を揺さぶり、そして何事もなかったように去っていく。
「エックス。……この情報、どこまで確かなんだ?」
沈黙を破ったのは、シュワーラの問いかけだった。
自分の心情を整理するためでもあった。
「確かさ。だが、まだ表に出せる段階じゃない」
エックスの声は低く、だがはっきりしていた。
「……そうか。ならば、俺も確かめなければならないな」
シュワーラは決意を込めて言った。
国王に報告するのは、すべてを確かめてからだ。
軽々しく命運を左右することはできない。
副団長としての責任と、一人の男としての矜持。
その両方が彼を突き動かしていた。
心の奥底では、まだリースを想う気持ちがわずかに残っている。
だが、それは恋ではなく、もっと静かな感情へと変わりつつあった。
守りたい。
支えたい。
彼女が本当に公爵令嬢であろうと、ただの少女であろうと、それは変わらないのだ。
シュワーラは目を開け、遠くを見つめた。
夜空に瞬く星々が、彼の胸に淡い光を落としていた。




