閑話6 クローリー視点 事件の真相
騎士団の門前 ― クローリーの思惑
――そのときだった。
倉庫街の静寂を破るように、背後から足音が近づいてきた。
はっと振り返るより早く、がっしりとした両腕に掴まれ、体が押さえ込まれる。
「なっ――!?」
驚いて声を上げる間もなく、左右から現れた二人の男が、わたしの腕をねじり上げた。
制服の袖口から覗く紋章――王都警備隊の印だ。
「クローリー=ジリンガム。リース嬢への殺人未遂罪の共犯として逮捕する!」
耳を疑う言葉が突き刺さった。
え? 殺人未遂? わたしが?
「え、え……? わ、わたしはそんなことしてない! 違うの、待って!」
必死に叫ぶけれど、両腕は鉄のような力で拘束され、身動きが取れない。
心臓が早鐘を打つ。
そのとき――物置小屋の扉が軋む音を立てて開いた。
中から現れたのは、リースと……エックス。
エックスはいつもの乱暴な笑みを浮かべ、リースは沈んだ瞳でこちらを見つめていた。
「もう終わったか?」
エックスが気だるそうに問いかける。
その口調は芝居でもするかのように淡々としていた。
リースはわたしを見て、ほんの少し唇を噛んだ。
その表情には怒りでも憎しみでもなく、ただ――悲しみと哀れみが混じっていた。
「クローリー……あなた、本当に、なんてことをしてしまったの……」
その言葉に、心臓が凍りついた。
どうして。
どうしてリースがそんな顔をするの?
悪いのは、わたしじゃない。
あんたがレスター様に近づいたから……!
「ふざけないで……わたしは……!」
言い返そうとしたけれど、その声は震えていて、自分でも情けなく聞こえた。
エックスが前に出て、忌々しげに吐き捨てる。
「クローリー嬢。あんたが俺に提案し、実行に移そうとしたこの件は、立派な犯罪なんだよ。まったく……後味が悪い」
その顔は、わたしの知っているチンピラのそれではなかった。
真剣で、冷たい――まるで別人のよう。
「……後は王都警備隊にまかせたぞ」
そう告げると、エックスは軽く手を振り、背を向けて去っていった。
◇
「待って! どうして、どうしてこんなことに……!?」
わたしは必死に声を上げるが、警備隊の男は冷たく答えた。
「あとは任せろ。お前の言い訳は、警備隊室で聞く」
――嘘。これは何かの間違い。
だって、計画は完璧だったはずなのに。
ぐちゃぐちゃになった頭の中で、リースの視線だけが突き刺さる。
彼女の瞳は、冷たくもなく、怒ってもいなかった。
ただ、どうしようもなく哀れむように揺れていた。
◇
後にわかったことだが――。
リースは手紙を受け取った時点で、違和感を覚えていた。
筆致が、メアリーのものと微妙に違っていたのだ。
念のため、メアリー本人に確認すると、「そんな手紙は出していない」と。
では、あの手紙は誰が?
疑問を抱えたままリースは迷い、結局、シュワーラ=エレメント騎士副団長に相談した。
「これは何かあるな?……念のために捜査協力をしてもらおう」
シュワーラは悪戯と事件性を考慮して動くことになったのだった。
そして、「後は俺の方でなんとかしてみよう」とリースを安心させた。
◇
その「なんとかしてみよう」という言葉の結果が、今だった。
リースが小屋に入ったとき、エックスは紙を見せたのだ。
そこには太い字で「俺に合わせてくれ」と書かれていた。
だからリースは震える声を出し、怯える演技をした。
エックスもまた、粗野な口調で芝居を続けた。
わたしに気づかせないために。
――そして、罠は完全に閉じた。
◇
その場で警備隊のひとりが説明した。
「エックス……いや、彼の本当の名は伏せるが、王都騎士団が派遣した護衛騎士だ。リース嬢を守るために、潜入していた」
頭が真っ白になった。
護衛騎士……? じゃあ、最初から全部――芝居だった?
わたしが信じ、利用したと思っていたエックス。
その全てが、最初から仕組まれた逆罠だったなんて。
「そ、そんな……!」
声にならない声が漏れた。
頬を涙が伝った。悔しさか、恐怖か、自分でもわからない。
◇
ピンク色の髪が乱れ、埃にまみれた靴が軋む。
十六歳、伯爵令嬢――クローリー=ジリンガム。
わたしは両腕を拘束されたまま、歩かされる。
遠ざかっていく倉庫小屋の前で、リースが静かに立っていた。
彼女の瞳は、やっぱり憐れみを湛えていた。
怒鳴りつけてくれたほうが、どれほど楽だっただろう。
――どうして。
どうしてこんな結末になってしまったの?
わたしの問いかけは、誰にも届かない。
ただ夕陽だけが、長く伸びた影を冷たく照らしていた。




