閑話1 クローリー編 騎士団の門前
騎士団の門前 ― クローリー視点
……信じられない。
あの子――リース=グラスゴーの姿を、わたしは見てしまった。
パンや野菜を抱えて、楽しそうに歩いていく金の髪の娘。
落ちぶれて学院を追放されて、今や騎士団の下働きにまで成り下がったはずなのに……どうしてあんなに生き生きとして見えるの?
門をくぐるとき、兵士と笑顔で挨拶していた。
わたしよりもずっと自然に、まるでそこが自分の居場所だとでも言いたげに。
胸の奥がぐつぐつと煮え立つ。
悔しくて、情けなくて、叫び出しそう。
わたしは正妻になるのよ。
ブラッドフォード伯爵家とジリンガム伯爵家――両家の結びつきは盤石。
誰もが羨む婚約者の立場。
なのに、レスターはどうして、リースなんかを愛妾に迎えようだなんて言うの。
「……わたしがいるのに」
思わず口から漏れた声に、レスターは気づきもしなかった。
緑の瞳は、門の向こうのリースだけを追いかけていたから。
心臓を鷲づかみにされたみたいに、息が詰まる。
もし本当にあの子を囲うなんてことになったら……わたしは絶対に許さない。
そんな男との婚約なんて、すぐにでも破棄してやる。
◇
思い返せば、学院にいた頃からリースは目障りだった。
公爵令嬢というだけでも腹立たしいのに、性格も頭もよくて、しかも美しい。
教室で彼女が発表するたび、舞踏会で微笑むたび、わたしの周囲の視線が
「リース様はやはり素晴らしい」
と語っているのがわかった。
ある日、つい口を滑らせてしまったのだ。
「……綺麗」って。
わたし自身が呟いた言葉に、どれほど悔しさを覚えたか。
絶対に勝てないと、無意識に認めてしまったようで。
そして彼女の婚約者だったレスター様も、彼女と並んでいるときが一番輝いて見えた。
羨ましくて、妬ましくて――胸が痛かった。
けれど事態は一変した。
グラスゴー公爵家が取り潰され、リースが一文無しになったとき、わたしは心の底から笑った。
やっと終わった、って。
学院の下働きとして、みじめに働く姿を見てやろうと思った。
馬鹿にしてやろうと。
でも、彼女は料理も事務仕事も、驚くほど器用にこなしていた。
なによそれ。
公爵令嬢らしい気取った態度なんて一つもなく、平民に落ちぶれた娘なのに誰からも頼られて。
許せない。
わたしより下の立場になったのに、どうしてあんなに評価されるの?
だから、レスター様や取り巻きたちを誘って、リースが寝泊まりしている物置小屋にいたずらを仕掛けた。
ちょっと困らせてやるつもりだった。
なのに――火が出て、小屋ごと燃えてしまった。
幸い、リースは無事だったけど、放火の罪を着せられて、学院を追放された。
あの瞬間、心の奥で「勝った」と思った。
もう二度と這い上がれないだろうと。
◇
……なのに、なぜ。
今の彼女は、前よりも綺麗になっていた。
働いているはずなのに肌はつややかで、瞳は生き生きと輝いて。
まるで学院で見ていた時よりもずっと眩しい。
何か特別な化粧品でも使ったの?
「どうして……」
声が震える。
そして、レスター様まで――。
「愛妾にすれば名誉になる」なんて、本気で思っているの?
誰がそんな馬鹿げた話を受け入れるっていうの。
彼女はわたしからレスターを奪おうとしている。
その笑顔で、また周囲を味方にして、彼の心を奪っていく。
――それだけは、絶対に許せない。
◇
わたしはピンク色の髪をぎゅっと握りしめ、胸の奥に湧き上がる怒りを抑えきれなかった。
リース=グラスゴー。
あなたのことは、学院の時から大嫌い。
今度こそ、絶対に負けない。
レスター様を奪い取られるくらいなら――わたしが、あなたをこの世界から追い出してやる。
夕闇に沈む石畳の道を歩きながら、心の中で固く誓った。




